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プレスリリース

2017年 3月 31日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
立命館大学

欧州とアジアの古気候変動に見られる対照的なパターン
~地質年代の“標準ものさし”となる水月湖の年縞堆積物~

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)海洋掘削科学研究開発センターのGordon Schlolautポストドクトラル研究員、立命館大学(学長 吉田美喜夫)古気候学研究センターの中川毅センター長・教授らの国際共同研究グループは、福井県の水月湖から採取された、およそ1万2000年前の堆積物を分析し、当時の気温、降水量、および風の吹きかたの復元を行いました。得られた結果をヨーロッパの湖沼および北大西洋の海底の堆積物の分析結果と比較したところ、北大西洋周辺地域では温暖化が進行していた時代に、日本を含む東アジアではむしろ寒冷化が起こっていたことが判明しました。これは、水月湖の年縞堆積物の特徴であるきわめて高精度な年代モデルを実際の比較研究に応用することで、世界の気候変動が地域によって多様性を持っていることを実証的に明示した初めての事例です。精密な年代論に裏打ちされたこのような実証的なデータは、気候の将来予測の精度を向上させるためにきわめて重要であるだけでなく、古気候研究の将来の方向性をも示唆するものです。

本成果は、英科学誌「Scientific Reports」に3月31日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Evidence for a bi-partition of the Younger Dryas Stadial in East Asia associated with inversed climate characteristics compared to Europe
著者:Gordon Schlolaut1,2、Achim Brauer2、中川 毅3,4、Henry F. Lamb5、Jonathan J. Tyler6、Richard A. Staff7、Michael H. Marshall5、Christopher Bronk Ramsey7、Charlotte L. Bryant8、Pavel E. Tarasov9
1. JAMSTEC、2. GFZ German Research Centre for Geosciences、3. 立命館大学 古気候学研究センター、4. University of Newcastle upon Tyne、5. Aberystwyth University、6. University of Adelaide、7. University of Oxford、8. Scottish Enterprise Technology Park、9. Free University Berlin

2.背景

将来の気候変動は、現代社会にとって最も差し迫った問題のひとつです。信頼度の高い気候予測を実現するためには、気候変動のメカニズムについて理解を深めること、特に複数の地域が相互にどのように関連しあっているかを理解することが重要です。古気候学的な記録を分析することで、気候がこれまでどのように変動してきたのか、また異なる地域の気候変動の間にどのような関連性があるのか、実際の証拠に基づいて検証することが可能になります。

このような観点から、日本、ドイツ、イギリス及びオーストラリアの研究者からなる研究グループは、福井県の水月湖から得られる一年に一枚の薄い地層、いわゆる「年縞堆積物」(※1)の分析を行いました。2006年にはじまった水月湖プロジェクト(※2)により、水月湖の堆積物には、年縞の計数をベースにした世界最高精度の年代の「目盛り」が与えられており、2012年には過去5万年をカバーする世界標準の「年代ものさし」であるIntCal13(※3)の中心部分に採用されています。つまり水月湖の年縞堆積物は、世界で最も正確に年代が分かっている堆積物試料なのです。そのため、同じく水月湖から環境指標が得られれば、その結果は即座に世界の他のデータと直接比較することができます。

研究グループは、とくに1万2800年前から1万1600年前までの時代に着目しました。この時代は専門的には「ヤンガー・ドリアス期」と呼ばれ、北半球の広い範囲で気温の低下が起こっていたことが知られています。気候変動を研究する場合、実際に変動が起こった時代に注目することが必要ですが、ヤンガー・ドリアス期は大規模な気候変動としてはもっとも最近のものであるため、年代推定の誤差が少ない上に、世界各地で研究がおこなわれており、地域による気候変動の特色を比較するのに適しています。

3.成果

研究グループは、水月湖の堆積物に含まれる花粉化石(当時の植生の指標になる)、淡水性のプランクトンの化石及び鉱物の分析を行うことで、この時代の日本で気温、降水量及び風の吹きかたがどのように変化したかを復元することに成功しました。その結果、ヤンガー・ドリアス期は前半と後半の二つに区切ることができ、特に後半は特徴的に寒冷であったと同時に、高い頻度で強風が吹いていたことが判明しました。

ヤンガー・ドリアス期が前半と後半で異なる特徴を持つことは、ヨーロッパや北大西洋の記録からも報告されていました。しかし特筆すべきことに、これらの地域と日本では変動の順番が入れ替わっていた、すなわち、ヨーロッパや北大西洋の記録によれば、寒冷で強風が吹き荒れていたのはヤンガー・ドリアス期の前半であり、後半はむしろ温暖で湿潤な環境に移行していました。

ヤンガー・ドリアス期の前半と後半で見られたこのようなコントラストをもたらした要因としては、降雪の地理的なパターンの変化が考えられます。ヨーロッパで温暖化が進行すれば、極前線と偏西風は北に押し上げられ、より多くの湿気がユーラシアの東に運ばれます。その結果、アジアではむしろ積雪量が増え、陸域が相対的に冷却されたとすれば、アジアでは夏モンスーンの弱化と冬モンスーンの強化が引き起こされることになり、今回ユーラシアの東西で見られたような気候変動の対照的なパターンを合理的に説明することができます。

4.今後の展望

本研究は、気候変動の地理的なパターンがきわめて複雑であり、北大西洋周辺地域で見られるパターンが必ずしも北半球あるいはユーラシア全体を代表するわけでもないことを示しています。気候変動の地理的な多様性に関するこのような知識は、気候モデルを洗練させ、将来予測の精度を向上させていく上でも不可欠なものです。今後は気候モデリングなど、実際に将来予測をおこなう研究コミュニティとの連携を図ると共に、ヤンガー・ドリアス期以外の時代に対しても、同様の研究を拡大していく予定です。

5.謝辞

本研究は、以下の研究資金を総合的に用いることで遂行しました。記して感謝申し上げます。
ドイツ研究振興協会(DFG): BR 2208/7-1, TA-540/3-1, TA-540/5-2
英国自然環境研究協会(NERC): NE/D000289/1, NE/F003048/1, SM/1219.0407/001
JSPS科研費: JP15H06905
JSPS外国人特別研究員: PE07622
英国リバーヒューム・トラスト研究助成金: ECF-2015-396

※1 年稿:一年に一枚ずつ堆積する薄い地層のこと。縞の枚数を数えることで精密な年代決定ができる。また、数年ないし数十年程度の、地質学的にはきわめて短い時間スケールで起こる変動を検出するのに適している。

※2 水月湖プロジェクト: 2006年の掘削ではおよそ73メートルの試料を採取し、年縞を数えるとともに、植物の葉の化石の放射性炭素年代を800点以上も測ることで、過去5万年をカバーする高精度な年代目盛り(放射性炭素較正モデル)を作成した。2012年の掘削ではおよそ45メートルの試料採取、洪水の頻度の復元や、冬モンスーンと偏西風の吹き方を復元する研究が進行中である。2014年にはおよそ98mの深さのコアを掘削した。このコアは、平成30年開館予定の水月湖年縞展示施設(仮称)で展示する実物標本の作製に用いるほか、古地磁気や火山灰などの分析もおこなわれている。なお、2006年の掘削は英国ニューカッスル大学(中川教授の当時の拠点)、2012年の掘削は東京大学、2014年の掘削は福井県と立命館大学がそれぞれ主体となっておこなった。
 本研究を主導したGordon Schlolaut(ゴードン・シュロラウト)ポストドクトラル研究員(現JAMSTEC)は、2006年のコア(SG06)を用いて年縞を数え上げ、さらに年縞堆積物の組成の分析をおこなった(本研究)。中川教授(現立命館大学)は、水月湖プロジェクト全体のリーダーであると同時に、本研究では花粉分析を担当した。

※3 IntCal:誤差を含む放射性炭素年代を、より正確な暦年代に換算するために用いられる、世界標準のデータセット。最新版は2013年に運用がはじまった「IntCal13」であり、水月湖のデータセットはその中心部分を占める。

図1

図1 福井県にある水月湖

図2

図2 水月湖の掘削作業場

図3

図3 堆積物コアを半分に割ったもの

図4

図4 顕微鏡下での炭酸鉄。湖で採取された鉱物は、時間の経過とともに湖がどのように変化したかの情報を提供する。

図5

図 5 花粉は、湖の周りの植生が時間とともに変化し、温度と降水量に関する情報を提供する。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構 海洋掘削科学研究開発センター
ポストドクトラル研究員 Gordon Schlolaut
立命館大学 古気候学研究センター
センター長・教授 中川 毅
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長 野口 剛
立命館大学
広報課 石川、池田
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