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プレスリリース

2018年 2月 14日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

海底下の岩盤強度を掘削データから直接測定する手法を開発
-南海トラフ巨大地震断層上部の岩盤強度が明らかに-

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)高知コア研究所断層物性研究グループの濱田 洋平研究員らは、地球深部探査船「ちきゅう」による掘削データから、海底下の岩盤強度を直接測定する手法を開発し、南海トラフ地震発生帯の上部、海底下約3,000mまでの強度測定を実施しました。その結果、海底下2,200m~3,000mの岩盤強度が、想定されていたよりも非常に高くなっている可能性を明らかにしました。これは、プレート境界断層上部の浅い部分まで歪みエネルギーが溜められることを意味しており、巨大地震の際にこの浅部にたまる歪みエネルギーがプレート境界断層の運動に大きな影響を与えていることを示唆しています。

海底下の岩盤強度は、地質や地球物理の様々な分野で基礎的な情報とされています。一般的には掘削によって採取された岩石試料を用いて、実験室で測定されていましたが、実際の現場である海底下の温度や圧力などは仮定された条件で測定されており、また限られた掘削試料のため、これまでは深さ方向に連続的な測定は行われてきませんでした。本手法では、「ちきゅう」が海底下を掘削する際に記録される掘削パラメータ(※1)を岩盤強度に変換し、海底下の掘削試料や圧力など海底下環境の仮定を必要とせず、連続的な「海底下その場強度」の測定が可能となります。

また、「ちきゅう」をはじめとする掘削船が行う海底掘削に本研究の手法が適用されることで、様々な海域における「海底下その場強度」が明らかとなると考えられます。特に、本研究で注目した南海トラフ地震発生帯の掘削においては、今後プレート境界断層周囲の岩盤がどの程度の強度を持ち、いかに弾性歪みエネルギーを蓄積できるのかが明らかにされることが期待されます。

なお本成果は、英科学誌「Scientific Reports」に2月14日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル: Continuous depth profile of the rock strength in the Nankai accretionary prism based on drilling performance parameters
著者: 濱田 洋平1, 北村 真奈美2, 山田 泰広1, 真田 佳典1, 杉原 孝充1, 斎藤 実篤1, Kyaw Moe1, 廣瀬 丈洋1
 1. 国立研究開発法人海洋研究開発機構
 2. 広島大学大学院理学研究科(現所属:国立研究開発法人産業技術総合研究所)

2.背景

地下(海底下を含む)の岩盤強度は地球科学において最も基本的で重要な情報の一つです。特に、プレート沈み込み帯における地質学的・地球物理学的研究では、付加体(沈み込み帯の陸側プレート側)の成長メカニズムや沈み込み帯にかかる力の時空間変化、そして沈み込み帯のプレート境界断層の活動ポテンシャルを明らかにするうえで不可欠なパラメータとなっています。一方で、海底下の岩盤の強度は温度や圧力など、その場の環境の影響を強く受けます。一般的に、海底下の岩盤の強度は「ちきゅう」などによって採取された岩石試料を用いて、後日実験室内で測定されてきました。しかしこの測定方法では海底下の温度や圧力は仮定せざるを得ず、また試料量が限られるために深さ方向に連続的な測定は行われてきませんでした。そこで本研究では、「ちきゅう」が海底下を掘削する際に記録される「掘削パラメータ」を用いて、海底下その場強度を測定する手法の開発を試みました。掘削パラメータは岩盤を掘り進む際の海底下のその場の岩盤強度情報を反映していると考えられるため、その変換手法を開発し、その場の岩盤強度を深さ方向に連続的に測定することが地震発生場の理解にとって極めて重要です。

3.成果

本研究では、まず掘削パラメータを岩盤強度に変換するための掘削モデルの作成を行いました(図2)。海底下の掘削に使用する「ちきゅう」のドリルビットを、室内実験の際に使用する岩盤に力を加えるためのピストンであるとみなし、ドリルビットの回転数やビットにかかる力から岩盤強度を計算するための変換式を作成しました。そして、これまで得られている断続的な実測値と比較した結果、ほぼ同じ値を得ることができました。

そこで、この変換式を「南海トラフ地震発生帯掘削計画(NanTroSEIZE、※2)」において、科学掘削史上最深部までの掘削を達成したサイトC0002(水深1,939m)に適用し、南海トラフのプレート境界断層上部の海底下その場強度の測定を行いました。その結果、海底下約1,000mまでの強度は堆積物中の炭酸塩鉱物の含有度によって影響を受けており、また、海底下約1,000mに存在する大きな地質境界(前弧海盆堆積物/付加体堆積物)では強度の顕著な変化は見られないことが明らかになりました(図3)。一方、海底下1,500mを境に強度は大きく増加しはじめ、以降掘削最深部である海底下約3,000mまで、その場の圧力から考えられる以上に岩盤強度が大きい(硬い)ことがわかりました。これは、プレートの沈み込みによる力がプレート境界断層上部の堆積物を圧縮し、硬くさせているためだと考えられます。このことは、今までの想定よりもプレート境界断層上部の浅い部分まで歪みエネルギーが溜められる、つまり巨大地震発生の際にこの浅部にたまる歪みエネルギーが断層の運動量に大きな影響を与えていることを示唆しています。

4.今後の展望

本手法では一般的な岩盤強度測定に必要な掘削試料や特殊な測定機器、さらにはその場の温度・圧力などの環境の仮定が不要であり、現段階で唯一の「海底下その場強度」の連続測定手法であると言えます。掘削試料などの岩石試料そのものを必要としないという利点は、熱水活動域や、将来の実施を目指しているマントル掘削など、岩石試料の回収が困難な過酷な掘削環境においても非常に有用となります。これらの深部掘削において地殻・岩盤の強度が明らかになることで、プレートテクトニクスの運動力学や地球構造そのものの理解につながると考えられます。特に、今後実施予定の「南海トラフ地震発生帯掘削計画」における超深度掘削では、本研究の手法によってプレート境界断層近傍までの岩盤の連続強度の測定が可能になると考えられます。プレート境界断層周囲の岩盤がどの程度の強度を持ち、どのような仕組みで弾性歪みエネルギーを蓄積していくのかが明らかにされることが期待されます。

また、今後は室内実験装置を用いた掘削実験を行い、様々な掘削パラメータから岩盤強度の関係をさらに精査し、より正確なその場強度の算出手法を検討します。そうすることで、「ちきゅう」等が行う様々な深海科学掘削に本手法が適用され、世界中の多様な海域・地質において海底下のその場岩盤強度が測定されていくことが期待されます。

※1 掘削パラメータ:ドリルビットの回転数やビットにかかる力、ビット荷重やビットの深さなど、掘削中に記録される掘削情報のこと。

※2 南海トラフ地震発生帯掘削計画(NanTroSEIZE):巨大地震や津波の発生源とされるプレート境界断層や巨大分岐断層を掘削し、地質試料を採取するとともに、掘削孔を用いて岩石物性の計測及び地殻変動の観測を実施することにより、断層の非地震性滑りと地震性滑りを決定づける条件や南海トラフにおける地震・津波発生メカニズムを解明することを目的とする。

図1

図1  NantroSEIZE サイトC0002の位置(a)と、「ちきゅう」による掘削時に記録した「掘削パラメータ」の例(b)。このデータを使用して、海底下の岩盤強度を測定する。

図2

図2 掘削に使用したドリルビットの例(a)と、掘削時のドリルビット先端での岩石変形のモデル図(b)。ドリルビットの複雑な形状を単純化し、回転トルクから岩盤にかかる力を計算できるようにモデル化した。

図3

図3 本研究によって測定された南海トラフC0002孔での海底下の岩盤強度。深さ約1,000mまではおおむね直線的に増加するが、炭酸塩鉱物の含有度が高いところでは値がやや高くなっている(矢印)。深度1,500mから強度は徐々に大きくなり、2,200m以深ではおおよそ一定となる。顕著な地質境界である深度950m付近では、強度には変化が見られないことがわかる。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
高知コア研究所 断層物性研究グループ
海洋掘削科学研究開発センター 掘削情報科学研究開発グループ
研究員 濱田 洋平
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛
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