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プレスリリース

2018年 5月 1日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

アメリカでの大気汚染物質排出量の削減率は予想外に近年大幅に低下
―衛星観測情報を統合する新たな解析手法による推定結果―

1. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)地球環境観測研究開発センターの宮崎和幸主任研究員らは、アメリカ大気研究センター(以下「NCAR」という)、NASAなどと共同で、JAMSTECで実施した衛星観測情報を統合する新たな解析手法から、アメリカでの大気汚染物質排出量の推移を評価しました。その結果、排出量が継続的に大きく削減していることを示すアメリカ環境保護庁(EPA)による推計値とは異なり、近年(2011-2015年)には2005-2009年と比較して排出量の削減率が大幅に低下しており、窒素酸化物(※1)においては76%低下していることを示しました。

過去数10年の間、アメリカ政府は大気汚染を改善するために様々な環境対策を施しています。さらなる改善に向けて、近年に施された環境対策の効果を正しく評価することが重要です。本研究では、主要な大気汚染物質である窒素酸化物と一酸化炭素を対象として、JAMSTECが実施したデータ同化計算による推定結果を中心的に利用し、大気汚染物質の排出量の推移を推定しました。これらの推定結果を、アメリカ環境保護庁(EPA)による各種統計情報を用いた推計値と比較し、それをもとにした環境対策の評価の妥当性を調査しました。

その結果、本研究グループは、近年(2011-2015年)の排出量の削減率は従来考えられていたよりも著しく低く、アメリカ政府および自治体による大気汚染改善の目標が達成されていないか、もしくは遅れている可能性があることを明らかにしました。EPAによる推計値との差は、近年、ガソリン車に起因する排出の相対的な寄与が減少していること、ディーゼル車に起因する排出の削減が想定よりも低くなっていることなどに起因すると考えられます。

本成果は、アメリカにおける排出規制の評価の見直しを迫るだけではなく、大気汚染物質によって影響を受ける光化学オキシダント、PM2.5、温室効果気体の存在量などの再評価を通して、健康・農業・温暖化関連対策や気候変動に関する政府間パネル(IPCC)での議論にも役立つことが期待されます。アメリカでの窒素酸化物の排出量は世界各国の中で中国に次いで2番目に多く、その削減率の大幅な見直しは日本を含む世界全体の気候・農業・健康への評価の見直しをも迫ることが考えられます。

本研究は、文部科学省の委託事業「宇宙航空科学技術推進委託費(キロメートル級分解能を備えた新世代大気汚染観測衛星データの科学・政策利用研究:オゾン・PM2.5問題解決へ向けて)」により実施されたものです。

本成果は、アメリカ科学アカデミーによる紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」に5月1日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Unexpected slowdown of US pollutant emission reduction in the past decade
著者:Zhe Jiang1,2, Brian C McDonald3,4, Helen M Worden1, John R Worden5, 宮崎和幸6, Zhen Qu4, Daven K. Henze4, Dylan Jones7, Avelino Arellano8, Emily Fischer9, Liye Zhu9,10, Folkert Boersma11,12
1. アメリカ大気研究センター、2. 中国科学技術大学、3. アメリカ大気海洋庁、4. コロラド大学、5. NASAジェット推進研究所、6. JAMSTEC、7. トロント大学、8. アリゾナ大学、9. コロラド州立大学、10. カリフォルニア大学ロサンゼルス校、11. ワーゲニンゲン大学、12. オランダ王立気象研究所

2.背景

大気汚染は健康や社会経済へ悪影響を及ぼすため、先進国を中心に自動車の排気ガスや固定排出源に対する規制を設けるなど、各国でこれまで様々な対策が進められてきました。

大気汚染物質の排出量は、濃度のモニタリング等により算出可能ですが、継続したモニタリングが実施されている地域は限られており、空間分布や長期的な変化を知るためには十分ではありません。そのため、EPAなどにおいては、広域かつ長期的な排出量の推定を目的として、工場の活動や交通量、燃焼効率など各種統計情報をもとにした推計値(ボトムアップ法に基づく排出インベントリ、※2)が作成されており、環境対策の評価のために利用されています。

一方、人工衛星による大気汚染物質の観測網が拡充されるのに伴い、衛星観測情報を用いた排出量を推定するための研究が欧米の研究機関を中心に進められています。

そうした背景の中、JAMSTECでは、データ同化(※3)と呼ばれる高度な統計数理手法をもとにして、詳細な大気プロセスを考慮した化学輸送モデルと衛星観測による情報を融合し、大気中で化学反応によって汚染物質が消失する影響を詳細に加味することで、従来の手法と比較して信頼性の高い地球全体の排出量分布を推定することに成功しています(2017年1月27日既報)。

3.成果

2005年から2015年を対象として、JAMSTECが独自に開発している大気組成データ同化システムを用いた計算を「地球シミュレータ」上で行い、衛星観測データと数値モデルを組み合わせて窒素酸化物の排出量を推定しました。本推定では、6つの人工衛星搭載センサ(OMI、GOME-2、SCIAMACHY、MLS、MOPITT、TES)による4つの化学種(二酸化窒素、オゾン、硝酸、一酸化炭素)の観測情報を利用しました。これらの観測情報と化学輸送モデルによる計算結果とを照らし合わせながら、窒素酸化物の大気中での輸送と消失の効果を考慮し、全ての濃度観測ともっとも良く整合する排出量の推定を試みました(図1)。

その結果、窒素酸化物の排出量の削減率は、2005-2009年(-7.0%±1.4%/年)から2011-2015年(-1.7%±1.4%/年)の間に76%と大幅に低下していることが分かりました(図2および表1)。推定された2つの期間における削減率の違いは、アメリカ本土全域で広く共通して見られます(図3)。EPAによる推計値では、2005-2009年の削減率は-6.4%/年であり、JAMSTECによる推定値と類似します。2011-2015年には-5.3%/年であり、2つの期間の変化は僅かで、近年での大幅な削減率の低下を示すJAMSTECの推定結果とは大きく異なります。

また、もう一つの重要な大気汚染物質である一酸化炭素の排出量を推定するため、NCARが衛星観測と数値モデルを組み合わせた排出量の推定を実施したところ、窒素酸化物と同様に、2005-2009年の削減率は大きく、2011-2015年には削減率は大幅に低下していることが分かりました(図3および表1)。

1990年代後半から発電所や自動車に対する大気汚染物質の排出規制や発電システムが火力から天然ガスへ転換され、さらに2010年からはディーゼルエンジンの排気中の窒素酸化物を浄化する選択的触媒還元(SCR)システムの導入が開始されるなど、窒素酸化物の排出量は大幅に削減され続けられていると考えられていました。本研究により示された近年の削減率の低下は、予想外の驚くべき結果として捉えられます。

そこで、本研究グループは近年に削減率が大幅に低下した要因を明らかにするため、個別の排出区分について最新の統計情報と推計手法を用いた再評価も行いました。まず、主要な排出源である道路および発電所からの排出量について、EPAの推計値で用いられたモデルの評価結果のみを抜き出したところ、近年の削減率の低下を説明することができませんでした(図2黒点線)。そこでさらに、この推計値をベースにして、最新の知見をもとに独自に推計値の見直しを行いました。その結果、産業、面源(家庭,公共施設などの小規模発生源)、産業での利用など道路以外での車両からの排出量の削減率が2011年以降に大幅に低下していることが新たに分かりました。また、EPAの推計値では道路に起因する排出量が最大で40%程度過大評価されている可能性があることが分かりました。さらに、ディーゼル車に起因する近年の削減率がEPA推計値の半分程度である可能性があり、これは実際の道路状況では想定されていたよりも多くの排出があることや、SCRシステムに起因する排出削減効果が期待されたほどではなかったことにより説明できると考えられます。これらの修正を含むと、推計値からも近年の削減率の低下を説明することができるようになります(図2緑点線)。このように、近年の排出量の削減率の低下は、ガソリン車に起因する相対的な寄与が減少したこと、ガソリン車ほどの大幅な排出量削減が実現できていないその他の排出源の寄与が高まったこと、さらにはディーゼル車に起因する排出量の削減が限界近くに達し想定よりも低くなっていることにより説明できると考えられます。

4.今後の展望

本研究結果は、アメリカでの近年の排出規制が排出量をどの程度抑制したのかについて新たな示唆を与えるものです。光化学スモッグを引き起こす地上オゾン濃度についても、アメリカ東部では2011年以降に削減率が75%も低下していることが確認されています。これは、大気汚染物質排出量の削減率低下の影響が現れているものと考えられます。

排出量の推移はアメリカ内での地域差も大きく、例えばカリフォルニア州ではより厳しい規制が適用されており、2015年まで継続して排出量の大きな削減があることを確認しています。今後は、各都市や主要車道スケールでの詳細な調査とその大気環境への影響評価を実施することが望まれます。

日本を含む先進諸国の環境対策についても、JAMSTECで実施した衛星観測を用いたデータ同化計算による再評価は有効であり、今後の効果的な環境対策の立案に役立つことが期待できます。また、大気汚染物質の排出は、光化学オキシダントやPM2.5を生成するとともに、国連環境計画(UNEP)や世界気象機関(WMO)などで削減策が議論されている短寿命気候汚染物質(SLCPs、※4)への影響も介して、気候変動を引き起こし人体や農作物にも被害を及ぼします。アメリカの窒素酸化物の排出量は世界各国の中で中国に次いで2番目に多く、その削減率の大幅な見直しは日本を含む世界全体の気候・健康・農作物への影響評価に対し見直しをも迫る可能性があり、本成果は国際的な排出規制や気候変動に関する政府間パネル(IPCC)での議論にも役立つことが期待されます。

※1 窒素酸化物:主に一酸化窒素(NO)と二酸化窒素(NO2)を含む窒素の酸化物の総称で、NOxとも呼ばれる。代表的な大気汚染物質であり、光化学オキシダントやPM2.5を生成し人間の健康や農作物に悪影響をおよぼす。メタンなど温室効果気体の大気中での存在量にも影響し、気候変動にも重大な役割を果たす。その排出源は、自動車、工場、火力発電所など、人間活動に伴う起源に加えて、森林火災、土壌、雷活動など、自然の起源を含む。

※2 ボトムアップ法に基づく排出インベントリ: 様々な化学物質について、排出量を発生源ごとに整理しグリッド化された排出量データ。排出源ごとの活動量と対応する排出係数などの統計情報を用いて排出量を推定している。環境政策においては、発生源毎の対策の必要性や過去の対策の効果を把握する目的などで利用されている。

※3 データ同化:数値モデルによるシミュレーション結果を実際の観測情報にもとづいて修正する手法。もっともらしい大気の状態を推定するために天気予報などにも利用される手法であり、本研究で適用したように観測された濃度の情報から排出量を推定することにも利用できる。

※4 SLCPs(Short-Lived Climate Pollutants):短寿命気候汚染物質と呼ばれ、ブラックカーボン、対流圏オゾン、メタンなど、気候に影響を与えるとともに人間の健康などにも悪影響を及ぼす汚染物質を含む。二酸化炭素などの大気中で安定して存在する長寿命温室効果気体と比べると、SLCPsの大気中での寿命は短い。そのため、SLCPsを削減することで、健康や農業へ被害の軽減と合わせて近未来の温暖化の抑制が期待できる。

表1 2005年から2009年および2011年から2015年の窒素酸化物および一酸化炭素の排出量の変化率(%/年)。

  窒素酸化物
(EPA)
窒素酸化物
(JAMSTEC)
一酸化炭素
(EPA)
一酸化炭素
(NCAR)
2005-2009年 -6.4% -7.0%±1.4% -7.0% -4.5%±1.1%
2011-2015年 -5.3% -1.7%±1.4% -4.6% -1.4%±1.1%
図1

図1 本研究による窒素酸化物の排出量の推定手法を示した概念図。
窒素酸化物は、自動車、工場、火力発電所などによって、地表から大気中へと排出される。大気中では、風によって運ばれ、その途中で化学反応によって消失する。JAMSTECでは、濃度の観測情報と化学輸送モデルによる計算結果をデータ同化により照らし合わせて、輸送・消失の影響を取り入れながらもっともらしい排出量を推定することを世界に先駆けて実現した。本研究では、アメリカ本土を対象として、窒素酸化物排出量の長期的な推移を推定することに適用した。

図2

図2 アメリカ本土全体からの人間活動による窒素酸化物の排出量の経年変化を、2009年からの変化量として示す。EPAによる推計値(黒線)、JAMSTECによる推定値(緑線)、EPAによる推定値のうち自動車および発電所からの排出量(黒点線)、燃料使用データにもとして本研究により改訂した推計結果(緑点線)を示す。

図3

図3 衛星観測情報を用いて推定した人為起源の窒素酸化物(上)および一酸化炭素(下)の排出量。窒素酸化物にはJAMSTECによる推定結果、一酸化炭素にはNCARによる推定結果を用いた。2005年から2015年の排出量の平均値(左)、2005/2006年から2008/2009年の変化量(中央)、2011/2012年から2014/2015年の変化量(右)を示す。単位は1010molec/cm2/sec。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境観測研究開発センター 地球表層物質循環研究グループ
主任研究員 宮崎 和幸
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛
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