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プレスリリース

2018年 10月 12日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
東京大学大学院理学系研究科
東京大学大気海洋研究所

潮の満ち引きと気候を繋ぐメカニズムをシミュレーションで解明
― 月の引力が地球温暖化までも左右する?―

1. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)気候モデル高度化研究プロジェクトチームの建部洋晶ユニットリーダーらは、気候モデル(※1)を用いた数値シミュレーション手法により、主に太平洋での潮の満ち引きによって発生する数cmから数m規模の海洋中の微細な海水混合が、海洋コンベヤー(図1)と呼ばれる地球の海を巡る大きな循環の変化を通じて、遠く離れた南極環海(※2)の気候を決定する要因の一つであることを明らかにしました。

気候は、雨や雲の生成を含む大気の流れによって、太陽から地球へ与えられる熱エネルギーが地球全体へ再分配されることで大まかには決まります。また、海洋の状態はこのようにして決まった大気の流れに従属的であると考えられてきました。

今回、「地球シミュレータ」を用いた気候モデルと海洋潮汐モデルによるシミュレーションを行った結果、潮の満ち引きによる海水の上下混合が、太平洋1000m以深における水温及び塩分の低下(図2)、南極環海の海氷面積増加(図3)、偏西風の強化及び移動性高低気圧の活発化を引き起こすこと(図4)がわかりました。これらは、月の引力に起因する位置エネルギー変化(潮の満ち引き)が海洋の微細な混合を促進し、特に太平洋の海洋コンベヤーを変化させることによって、遠く離れた南極環海の気候状態を決定しうることを示しています。また、気候を決定する上で、太陽と大気との関係性に加えて、月と海との関係性も大きな影響を持つことを示しています。さらに、南極環海は大気から熱エネルギーと二酸化炭素を吸収する海域でもあることから、将来的な温暖化予測と言う意味でも重要な知見となります。

本成果は、信頼性の高い気候変動予測情報を国際社会及び我が国へ提供することに貢献するものであり、今後は本研究で得られた知見を温暖化予測モデルや地球全体の炭素循環などを考慮可能なシミュレーションモデルへの適用を進める予定です。

本研究は、JSPS科研費JP15H05825(新学術領域研究)及び文部科学省委託事業統合的気候モデル高度化研究プログラムの支援を受けて実施されました。本成果は、科学誌「Scientific Reports」に9月27日付け(日本時間)で掲載されました。

タイトル:Impact of deep ocean mixing on the climatic mean state in the Southern Ocean
著者名:建部洋晶1、田中祐希2、小室芳樹3、羽角博康4
所属 : 1.JAMSTEC気候モデル高度化研究プロジェクトチーム、2. 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻、3. JAMSTEC北極環境変動総合研究センター、4. 東京大学大気海洋研究所

2.背景

海洋は地球面積の約70%を占めるだけでなく、大気の約1000倍もの熱容量(熱を貯めておける能力)を持つため、大気から受け取った熱の長期的な貯蔵庫の役割を果たしています。このため、人間活動起源の二酸化炭素排出に伴う地球温暖化の進行速度を決める大きな要因として、海洋は認識されています。また、大気から海洋が受け取った熱は、海洋コンベヤーを介して地球全体の海洋へ分配されます。この熱分配により、様々な地域での気候状態が決定されると考えられています。

海洋コンベヤーを維持するメカニズムは大きく二つあります。一つは、南極環海や北極海周辺(以下「極域」という。)における、海洋表層から深層にまで達する冬季の対流過程に伴う海水の沈み込みです。もう一つは、潮の満ち引きによって生じる数cmから数m規模の海洋中の波とこれが破砕する際に引き起こされる海水の上下混合です。海水の上下混合により、海洋深層の比較的重たい水は海洋表層及び中層の比較的軽い水と混ざることで軽くなり、海洋の広い範囲で湧き上がります。極域で沈み込んだ海水は、上下混合による変質を受けつつ、この湧き上がりによって、海洋の表層へ再び現れます。湧き上がりは、特に太平洋において顕著です。

海洋コンベヤーの描像は大雑把には把握されていますが(図1)、海洋中の微細な混合がどの場所でどの程度の強さで起きているのかの詳細については、広い海洋を隈なく観測することが困難であるため、未だ不明瞭な部分が大きく残っています。また、このような混合が、海洋コンベヤーを通じて、地球全体の気候の形成にどのような役割を果たしているのかも議論の的となっています。

そこで研究グループは、気候変動に関する政府間パネル第5次評価報告書(IPCC-AR5、※3)でも引用されている独自の気候モデルと、潮の満ち引きによって生じる海洋中の波をある程度再現することの可能なモデルとを併用することにより、三次元的に複雑な分布を持つ海洋混合過程が、海水の変質や海洋コンベヤーの変化、及びこれらによって生じる熱と塩分の分配過程の応答を通じて、地球気候の形成にどのような影響を与えるのかを、シミュレーション手法に基づいて調べました。なお、このような気候形成を議論する際には、1000年を越える長期シミューションを実施する必要があるため、本研究では、JAMSTECが所有するスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を用いました。

3.成果

この結果、数cmから数m規模の海水上下混合は、太平洋における海水の変質と海洋コンベヤーだけでなく、遠く離れた南極環海における海水及び海氷の状態や、その上の大気の状態をもコントロールすることが明らかになりました。潮の満ち引きによる三次元的に複雑な海水混合を計算した場合、これまでの経験的な数値による計算よりも、南緯50°S以北かつ水深1000m-3000mの太平洋において水温と塩分の両方が低くなる結果を得ました(図2)。このように変質した海水は、太平洋における海洋コンベヤーの強度を弱めると同時に、コンベヤーによって南へ輸送され、南極環海の海面水温の低下とこれに起因する海氷面積の増加をもたらします(図3)。また、海氷は比較的暖かい海洋と冷たい大気との熱の交換を阻害するため、上空大気は冷たくなり、南極環海上の偏西風や日々の天気を決める移動性高低気圧を強めます(図4)。本研究では、月の引力によって生じる海洋の微細な混合は、太平洋の極めて広い範囲の海洋循環を変えるとともに、遠く離れた南極環海の気候状態を決定しうることが示唆されました。

4.今後の展望

本研究で使用した気候モデルで再現される南極環海の海氷面積は、観測と比べると過小評価されています(図3)。このような誤差は本研究で使用した気候モデル特有の誤差ではなく、IPCC-AR5へ参画した多くの気候モデルで共通に見られる誤差です。海洋による大気からの熱や二酸化炭素吸収の多くは、南極環海や北極海周辺でなされています。したがって、これらの海域における気候モデル誤差を小さくすることは、地球温暖化の進行具合を予測する上で極めて重要です。今後は、本研究で得られた知見を温暖化予測モデルや地球全体の炭素循環などを考慮可能なシミュレーションモデルへ適用することにより、将来気候予測の誤差を小さくし、より信頼性の高い気候変動予測情報を国際社会及び我が国へ提供可能となるよう研究を進める予定です。

※1 気候モデル:大気、海洋、陸域などの気候を構成する要素やこれらの相互作用を物理法則に基づいて擬似的に再現するためのコンピュータ用プログラム。

※2 南極環海:南極大陸を環状に取り巻く海のこと。東西に地球を巡り太平洋・大西洋・インド洋を結びつけている海であり、高密度の深層水を生成する場として海洋学上重要な位置を占める。

※3 気候変動に関する政府間パネル(IPCC):人為起源による気候変化、影響、適応及び緩和方策に関し、科学的、技術的、社会経済学的な見地から包括的な評価を行うことを目的として、1988 年に国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)により設立された組織。IPCCによって2013年から2014年にかけて発表された評価報告書が第5次評価報告書(AR5)で、2007年に発表された第4次評価報告書(AR4)は、ノーベル平和賞を受賞し話題となった。

図1

図1. 海洋コンベヤーの模式図。青い線は海洋深層、赤い線は海洋表層の流れを表す。太平洋に着目すると、南極環海から北へ向かう深層海水の流れがある。太平洋の深層海水は、上下混合の影響を受けて軽くなって海洋表中層へ湧き上がり(緑色の線)、表層の流れへ加わる、あるいは、南極環海へ戻る(黄色の線)。

図2

図2. 潮の満ち引きによる海水の上下混合強度を超高解像度海洋潮汐モデルから見積もった実験(潮汐実験)と混合強度を経験的に与えた実験(基準実験)の比較。色が潮汐実験の結果、黒線が基準実験の結果を示す。
潮汐実験では、南緯50°S 以北かつ水深1000-3000mの太平洋において水温及び塩分が低下する。

図3

図3.潮汐実験(左)、基準実験(中央)及び観測データ(右)による海氷分布の比較。右のカラーバーは、単位面積あたりに海氷が占める割合を表す。
潮の満ち引きにより変質した海水は、太平洋の海洋コンベヤーを変えつつ、南極環海へ輸送され、南極環海での海面水温低下をもたらす。この結果、南極環海での海氷面積が増える。

図4

図4. 海氷面積が増えることに伴う大気2mの気温(左)、偏西風の強度(中央)及び移動性高気圧の活動度合い(右)の変化。色が潮汐実験の結果、黒線が基準実験の結果を示す。
潮汐実験で南極環海海氷面積が増えた結果、海洋から大気への熱輸送が減少し、大気気温が低下する。この結果、高度約5000mでは気圧の最も低いところを中心とする時計回りの循環が形成され、基準実験の偏西風は潮汐実験で強まる。また、移動性高低気圧(1週間よりも短い周期の大気の変化に伴う南向きの熱輸送で定義)の活動度合いも強まる。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
気候モデル高度化研究プロジェクトチーム ユニットリーダー(主任技術研究員)
建部 洋晶
東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
助教 田中祐希
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長 野口 剛
東京大学大学院理学系研究科・理学部
広報室 特任専門職員 武田 加奈子、広報室長 教授 大越 慎一
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