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プレスリリース

2019年 2月7日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

テラヘルツ波を用いた炭酸塩鉱物の定量法を開発
~サンゴから医薬まで幅広い応用可能性~

1. 発表のポイント

テラヘルツ時間領域分光法による炭酸塩鉱物の結晶構造を高感度で定量する手法を開発した
従来のX線による分析法を超える感度で観測が可能で、低Mg方解石等の含有率を求めることにも成功した
過去の海洋環境の記録媒体として重要なサンゴ骨格の変質度等を評価する新しい方法として活用が期待される

2.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)生物地球化学研究分野の坂井 三郎技術研究員らは、パデュー大学、浜松ホトニクス株式会社、国立大学法人東京大学及び国立大学法人広島大学と共同で、テラヘルツ(以下「THz」という。)時間領域分光法(※1)により、炭酸塩鉱物の結晶構造を高感度に定量できることを明らかにしました。

天然に存在する主要な炭酸塩鉱物(※2)である高マグネシウム(Mg)方解石、低Mg方解石、アラゴナイト及びドロマイトは、大理石やサンゴ等の地球や生命の骨格を構成する主要鉱物であり、その識別や定量は、地球惑星科学をはじめ、医薬、産業分野等の観点からも重要です。これまで、これらの炭酸塩鉱物の識別と定量にはX線回折法(以下「XRD」という、※3)(図1a)が用いられてきました。近年、結晶格子の振動に起因する吸収特性を感度よく観測できるTHz波領域(図1a)の吸収分光が可能となり、エックス線と比べて安全なTHz波を用いた結晶学的解析への応用が期待されていましたが、一部の検出例があるのみでした。

そこで本研究では、広帯域THz時間領域分光法(0.5~7 THz)(図2a)により、炭酸塩鉱物の吸収特性を全反射測定法(図2b)により計測した結果、高Mg方解石、低Mg方解石、アラゴナイト及びドロマイトに特徴的な吸収スペクトルが取得できることを明らかにしました(図1b)。また、得られた各吸収スペクトルに基づいて、測定サンプルにおけるそれぞれの含有率を求めることに成功し(図1c)、アラゴナイト中の極微量の低Mg方解石(1%以下)の高感度の検出も可能であることを示しました(図1d)。従来法であるXRDを超える感度を実現することにより、例えば過去の水温指標である方解石のMg/Ca比や、過去の海洋環境の記録媒体として重要なサンゴ骨格の変質度を評価(※4)するための新しい方法として活用が期待できます。

本分光法で用いる光源は、安全なTHz波であり、取扱いの面からもXRDよりも優位です。今後、THz波領域における炭酸塩鉱物の標準スペクトルとして、地球惑星科学分野のみならず、これまでよりも詳細な医薬品中の成分分布、製紙等の充填材の評価、文化財絵画の白色顔料中の炭酸塩成分評価等への応用が可能です。

本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)による科学研究費助成事業JP15KK0179の一環として行われたものです。 本成果は、米科学誌「ACS OMEGA」に2019年2月6日付け(日本時間)、オープンアクセスで掲載されました。

タイトル:Pulsed terahertz radiation for sensitive quantification of carbonate minerals
著者:坂井 三郎1,2、Danzhou Yang2、安田 敬史3、秋山 高一郎3、陸 昂義3、狩野 彰宏4、白石 史人5、雨川 翔太4、大塚 攻5、中口 和光5、山口修平5
所属:
1. JAMSTEC生物地球化学研究分野、2. パデュー大学、3. 浜松ホトニクス株式会社、4. 東京大学、5. 広島大学

3.背景

THz波は、光と電波の中間の周波数(波長)にある電磁波で、一般的に0.1~10THz(波長3mm-30㎛)の帯域です。波長の短いX線や紫外線、波長の長いラジオ波等は、現在社会に広く活用されていますが、その中間帯に位置するTHz周波数領域の技術開発は立ち遅れており、未開拓領域とも呼ばれていました。しかし、近年ではレーザー技術の進歩によって広帯域のTHz波が発生できるようになり、空港ビルおける危険物検査等において社会的な活用が始まるとともに、環境計測やバイオテクノロジー分野等への画期的な応用が期待されています。THz波はその特徴から、結晶構造の解析に向いており、地球惑星科学分野における応用可能性は非常に高いと考えられますが、その例は限られていました。

地球惑星科学において、炭酸塩鉱物は最も基本的な物質の一つであり、高Mg方解石、低Mg方解石、アラゴナイト及びドロマイトは、地球や生命の骨格を構成する主要鉱物です。これまで、これらの炭酸塩鉱物の識別と定量にはXRDが用いられてきました。現在までに0.1~4THzにおける方解石とアラゴナイトの検出の事例はあるものの、上述した全ての炭酸塩鉱物を、より広帯域で系統的に計測した例はありませんでした。そこで本研究では、0.5~7THzの広帯域THz時間領域分光装置(図2a)を用いて、天然から得た炭酸塩鉱物(高Mg方解石、低Mg方解石、アラゴナイト、ドロマイト)の分析を試みました。

4.成果

本研究で用いた方法は全反射計測法ですが、一般的な装置とは異なり、全反射プリズム、THzエミッタ、およびTHzレシーバが一体化していることが特長です(図2b)。これにより計測環境中の水分の影響を受けずに精度よくサンプルの計測を行うことができます。計測の結果、1~6 THzに高Mg方解石、低Mg方解石、アラゴナイト、ドロマイトの特徴的な吸収スペクトルが得られることを明らかにしました(図1b)。これは7THzまでの広帯域で計測を行うことにより、ようやく得られたスペクトルです。また、アラゴナイト40%、高Mg方解石30%、低Mg方解石30%の混合物について理論値と測定値を比較したところ、非常によく一致しており、測定サンプルにおけるそれぞれの含有率を求めることが可能となりました(図1c)。さらに、アラゴナイト中の極微量の低Mg方解石(1%以下)の高感度検出も可能であることが判明しました(図1d)。従来法であるXRDを超える感度を実証したこの成果は、例えば過去の海洋環境を解明する際に重要なサンゴ骨格の変質度を評価するための新しい方法として貢献できます。

5.今後の展望

今後、THz波領域における炭酸塩鉱物の指紋スペクトルとして、地球惑星科学分野のみならず、これまでよりも詳細な医薬品中の成分分布、製紙等の充填材の評価、文化財絵画の白色顔料中の炭酸塩成分評価等の幅広い分野への応用が期待されます。今後は、THz波の分子間振動に起因する吸収特性に着目して海洋中の有機分子等の試験計測を進める予定です。

【用語解説】

※1 テラヘルツ時間領域分光法:テラヘルツ波の波形を直接測定することによって得られる電磁波の電場の時間波形をフーリエ変換し、電磁波のスペクトルを得る分光法。従来使われていたFT-IR等に比べて光源の感度、検出器のダイナミックレンジが広く、得られるデータの精度が良い。

※2 炭酸塩鉱物:炭酸イオン(CO3)2-と陽イオンとの結合によってできている鉱物。大理石やサンゴの骨格等があげられる。炭酸塩鉱物で一般的なのは、方解石 (calcite)・アラレ石 (aragonite) ・ドロマイト (dolomite) の3種であり、これら3つで天然に存在する炭酸塩の大部分(おそらく99%以上)を占める。方解石はMg含有量が4~5mol%以上のものを高Mg方解石、それ以下のものを低Mg方解石と呼ぶ。

※3 エックス線回折法:周期的に規則配列した原子により散乱されたX線が特定の方向で干渉し、強めあう条件のとき回折が観察され、回折角度(回折が現われる方向)は結晶構造、格子の大きさ等によって決まる。エックス線回折法(XRD)ではこの原理を利用して、試料にX線を照射し、試料から出る回折X線を検出器で測定することで、化合物の同定・定量分析や結晶構造の解析を行う。

※4 サンゴ骨格の変質度を評価:化石サンゴ骨格のアラゴナイトは、過去の海水温や塩分等の海洋環境情報を記録しているが、その一部が時間とともに低Mg方解石に変質していく。それにより、サンゴ生育当時の海洋環境情報が失われていくため、変質度の少ない化石サンゴ骨格を選定する必要がある。例えばサンゴ骨格中の酸素同位体比から推定する海水温は、1%の変質度で約1°Cの誤差を生じる。

図1

図1.(a) 近年利用可能になったTHz波時間領域分光法による結晶構造解析の概念図、(b)1〜6 THzにおける炭酸塩鉱物(高Mg方解石、低Mg方解石、アラゴナイト、ドロマイト)の特徴的な吸収スペクトル、(c) 炭酸塩鉱物の混合比を求めることが可能、(d) 1%以下の異なる炭酸塩鉱物の含有量を高感度に評価できる。

図2

図2.(a)広帯域(0.5~7THz)THz時間領域分光装置、(b) 全反射測定法の概念図。本研究の装置は、THzエミッタ~サンプル~THzレシーバまで全て全反射プリズム内にあるため、計測環境中の水による吸収の影響を受けないで高感度に計測できることが特徴。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
生物地球化学研究分野 技術研究員 坂井 三郎
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛
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