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プレスリリース

2019年 3月26日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

2011年東北地方太平洋沖地震後に観測された余効変動の発生要因を
岩石流動の実験則を組み込んだ大規模数値シミュレーションにより説明

1. 発表のポイント

2011年東北地方太平洋沖地震後に観測された余効変動の発生要因は、岩石流動の実験則を組み込んだ大規模数値シミュレーションにより説明できるとした新しい説を提唱した。
観測変位に見られるような余効変動が発生するためには、太平洋プレート下のマントルの上部で高速なマントル流動が必要であることが指摘されてきたが、高速な流動が発生する物理的要因については明らかではなかった。
本成果は、沈み込み帯地震における余効変動が実験鉱物・岩石学的知見によって一般的に理解できる可能性を示唆するとともに、地震準備過程・推移予測を考える上で、マントル流動に関する実験則を考慮に入れるべき場合があることも同時に示唆している。

2.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)地震津波海域観測研究開発センターの縣亮一郎ポストドクトラル研究員らは、東京大学、理化学研究所及び南カリフォルニア大学と共同で、2011年東北地方太平洋沖地震後2.8年間の余効変動(図1)の数値シミュレーションを行いました。マントルと断層の動きを表現する実験則を組み込んで、理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」を用いた大規模計算を行った結果、観測された余効変動の発生要因を説明する新しい説を提唱しました。

2011年東北地方太平洋沖地震後に観測された余効変動は、太平洋プレート下の上部マントルの高速な流動によるものだと指摘されていましたが、その発生要因についてははっきりとわかっていませんでした。本成果では、スーパーコンピュータ「京」と、京で実行するために開発された岩石変形の高速計算手法を導入することにより、鉱物・岩石実験を取り入れた余効変動の数値シミュレーションを行いました(図2)。その結果、シミュレーション結果が余効変動観測データとよく一致するものであったことから、マントル流動と摩擦の実験則が、余効変動の発生メカニズムをよく説明するものであることがわかりました(図3)。既往研究によって指摘されたマントルでの高速な流動は、マントル流動モデルに含まれる「べき乗則()」が、地震に伴う巨大な応力変化に対して働くことで発生したものである可能性を指摘しました(図4)。

余効変動の発生メカニズムの解明とシミュレーションによる再現は、私たちが生活する土地が今後どのように変化しうるのかを考える上で重要であり、都市計画や防災対策と言った観点からも欠かすことはできません。本研究グループでは、最先端の計算機を活用することで、扱える物理法則の範囲をさらに広げ、余効変動を含めた地震シミュレーション手法を高度化していく予定です。

なお、この研究はJSPS特別研究員奨励費14J08867及び文部科学省ポスト「京」プロジェクト重点課題3の助成を受けました。本研究の結果は、理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」を利用して得られたものです(課題番号:hp160221、hp170249、hp180207)

本成果は、英科学誌「Nature Communications」に3月26日付け(日本時間)で掲載予定です。

タイトル:Rapid mantle flow with power-law creep explains deformation after the 2011 Tohoku mega-quake
著者:縣亮一郎1・Sylvain D. Barbot2・藤田航平34・兵藤守1・飯沼卓史1・中田令子1 ・市村強345・堀 高峰1
1:海洋研究開発機構 地震津波海域観測研究開発センター
2:南カリフォルニア大学
3:東京大学 地震研究所・大学院工学系研究科社会基盤学専攻
4:理化学研究所 計算科学研究センター
5:理化学研究所 革新知能統合研究センター

3.背景

2011年東北地方太平洋沖地震は、太平洋プレートが沈み込む日本海溝において発生した海溝型地震です。この地震が東北地方周辺領域の岩盤にもたらした大きな応力を解放するための継続的なプレートの変動(余効変動)が、地震後から7年以上たった現在も続いています。余効変動は、ある程度規模の大きな地震発生後に顕在化する一般的な現象です。余効変動の理解を深めることは、地震現象の理解につながる点に加え、陸域の沈降・隆起を通じて特に沿岸地域での生活に直接的に影響を及ぼす可能性がある側面からも重要です。地震の余効変動がもたらす応力を解放するためのメカニズムはいくつか指摘されており、特に①マントルを構成する岩石が長時間かけて流動することによる解放、②断層面のうち、地震を起こした部分の周囲がゆっくりとすべること(余効すべり)による解放、のどちらかの影響が大きいといわれています。

近年の観測技術の発展により、地殻変動による地表面・海底面変位の直接の観測データが、日本列島周辺の広範囲において比較的高精度で得られるようになってきています。2011年東北地方太平洋沖地震は、このような陸・海底双方での地殻変動観測により余効変動が具体的にとらえられた最初の海溝型巨大地震となりました。2014年に海上保安庁から発表された地震後2.8年間の変位データからは、隣接する海底観測点における変位が逆方向に向かい合うなど、複雑な分布が見られます(図1)。既往研究により、このような複雑な分布は、前述①②の両方の効果が同時に表れることが要因であることがわかってきました。その上で、様々な研究グループにより、①を表現するマントル流動と②を表現する余効すべりの効果を取り込んだ数値シミュレーションが行われてきました。その結果、観測変位に見られるような余効変動が発生するためには、太平洋プレート下のマントルの上部で高速なマントル流動が必要であることが指摘されました。一方で、高速な流動が発生する物理的要因については、その場所の物質的な特性などに関連した議論がなされているものの、はっきりしたことが言えない状態でした。

4.成果

マントル流動と断層での摩擦現象に対しては、鉱物・岩石実験に基づいた実験則がある程度確立されています。そこで本研究グループは、これらの実験則を組み込んで余効変動の数値シミュレーションを行うことにより、より実験鉱物・岩石学的知見に根差した現象の解明を試みました。実験則を数値シミュレーションに取り込む際に伴う計算コストが大きいため、2011年東北地方太平洋沖地震の地殻変動はもとより、沈み込み帯地震における余効変動の計算には、これらの法則は従来適用されてきませんでした。本成果では、理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」と、京での実行のために開発された岩石変形の高速計算手法を導入することにより、これらの法則を取り入れた余効変動の大規模計算が可能となりました(図2)。

大規模計算の結果、実験則を導入することでマントル流動パラメータや余効すべり分布の試行錯誤的推定をほとんど行わずとも、余効変動データを空間・時間的によく再現することがわかりました(図3)。そこで、計算された変動の様子を詳しく調べたところ、マントルの粘性率が局所的かつ一時的に低下することで太平洋プレート下の上部マントルで高速な流動が起きているという新たな説に至りました。これは、地震のもたらした巨大な応力変化がべき乗則に効いてくることで、流動の速さを特徴づけるパラメータである「有効粘性率」が通常時より最大で二けた程度下がることによるものです(図4)。この結果は、既往研究により試行錯誤的に推定されたマントルの粘性率の値とよく一致しており、これらの推定値に実験鉱物学的な裏付けを与えることになります。

5.今後の展望

本成果では、過去の鉱物・岩石実験により得られている岩石の流動・摩擦すべりに関する実験則を、2011年東北地方太平洋沖地震の余効変動の大規模シミュレーションに適用することで、観測変位に見られる余効変動が発生するために必要な高速なマントル流動の物理的要因を調べました。計算に組み込んだマントル流動と断層摩擦に関する実験則は、日本海溝における地震だけでなく、沈み込み帯地震に対して一般的に適用できるものです。今回得られた結果は、沈み込み帯地震における余効変動が実験鉱物・岩石学的知見によって一般的に理解できる可能性を示唆しています。このことは、ある地域で大きな地震が発生した後の数年間での、周辺領域での地震準備過程・推移予測を考える上で、マントル流動に関する実験則を考慮に入れるべき場合があることも同時に示唆します。

本成果では水平方向の観測変位とよく一致するシミュレーション結果を得ることができましたが、人々の生活により影響を与えうる鉛直方向の観測変位(沈降・隆起)との一致に対しては、まだ課題を残しています。2011年東北地方太平洋沖地震がどのような地震時すべり量分布を伴っていたかの仮定(図1の色付きコンター参照)を見直すことで、数値シミュレーションを改善していきたいと考えています。

本研究は、地球物理学と計算科学の融合によって創出された成果です。最先端の計算技術と大規模な計算機環境を導入することで、マントル流動と断層摩擦に関する知見を計算に取り込むことが可能となりました。日本では、「京」コンピュータにかわる新たな世界最速級のスーパーコンピュータが開発段階にあります。本研究グループでは、このような最先端の計算機を活用することで、扱える物理法則の範囲をさらに広げ、余効変動を含めた地震シミュレーション手法を高度化していく予定です。

[補足説明]

※ べき乗則:べき乗とは、例えば23、2-4と言った「〇乗」という演算を指す。べき乗則は、ある観測量がパラメータのべき乗に比例する法則のこと。マントル流動の経験則においては、かかる応力の大きさの3-5乗に流動の速さが比例する「べき乗則」の効果が存在することが知られている。

図1

図1.2011年東北地方太平洋沖地震後2.8年間の水平変位と、周辺地域の基礎的情報。海底観測点横の英数字は観測点名。オレンジ色のグラデーションは、この研究で用いた2011年東北地方太平洋沖地震の地震時すべりモデル。点線はプレート境界面深さ。A-A’線は図3で用いられる。陸域の観測変位は国土地理院のGEONET電子基準点データ提供サービスからのデータ、海域の観測変位はWatanabe et al. (2014, GRL)に基づく。

図2

図2.2011年東北地方太平洋沖地震の余効変動計算に用いた数値シミュレーション用モデル。a: 全体像。b: a赤枠内の拡大図。弾性層・粘弾性層はそれぞれ、マントル流動が起きない層・起きる層。c: b黄色枠内の拡大図。マントル流動の計算まで可能な細かい計算メッシュを用いている。

図3

図3.(上)2011年東北地方太平洋沖地震後2.8年間の変位の観測値と計算値の比較。複雑な観測変位分布が計算によりよく再現されている。G01点の観測変位はTomita et al. (2015, GRL)に基づく。(下)上図オレンジ円位置での時系列変位の観測値と計算値の比較。特にMYGIと陸域の3点で計算結果が観測値とよく一致している。

図4

図4.図1のA-A’線を通る断面上の、2011年東北地方太平洋沖地震後2.8年間の計算変位。マントル流動の物理モデルに含まれる「べき乗則」により、マントル流動の速さを表すパラメータである粘性率が局所的かつ一時的に低下することで、黒矢印であらわされる高速な流動が計算されている。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地震津波海域観測研究開発センター ポストドクトラル研究員 縣(あがた)亮一郎
地震津波海域観測研究開発センター グループリーダー 堀高峰
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛
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