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プレスリリース

2019年 12月 13日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学大気海洋研究所

ウミガメ由来の海洋観測データを季節予測シミュレーションに活用
—バイオロギング手法により海洋・気象観測網の発展に可能性—

1. 発表のポイント

気候にも大きく影響する熱帯の海水温変動を捉えることは季節予測に重要だが、地形が複雑な縁辺海の海洋観測データが不足している。
今回、深度・水温観測装置を付けたウミガメ由来の観測データを用いることで、数カ月先の海水温変動の予測精度が向上した。
従来、主に生態調査に利活用されてきた動物由来の観測データを、熱帯域において、季節予測シミュレーションに活用した研究は世界初。
本成果は、バイオロギング手法による野生動物の回遊パターンの把握のみならず、海洋・気象観測網を構築できる可能性を示す。

2.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)付加価値情報創生部門 アプリケーションラボの土井威志研究員は、東京大学(学長 五神 真)大気海洋研究所 海洋生命科学部門 行動生態計測分野の佐藤克文教授らの研究グループと共同で、ウミガメ由来の海洋観測データを使うことで、数ヶ月先の海水温の変動を予測するシステムの高精度化に成功しました。

熱帯の海水温の変動は、季節の異常変動(例えば、猛暑、暖冬等)や水産資源の異常変動を引き起こすことが多く、その予測を高精度に実施することは、社会・経済的な視点でも非常に重要です。高精度な予測を行うためには、予測開始時点で、海水温の3次元構造を正確に把握することが肝要です。しかし、陸地や島で囲まれており地形が複雑な縁辺海の海洋観測データは不足しているのが現状です。

そこで本研究では、5頭のウミガメに深度・水温ロガーを付けてリリースすることで(写真1)、従来は観測空白域であった熱帯の縁辺海であるアラフラ海の水温構造を観測することに成功しました(図1)。また、その水温データを季節予測システムに取り込むことで、数ヶ月後の周辺海域の水温変動の予測シミュレーションが大幅に改善することを示しました(図2)。熱帯域において、動物由来の観測データを季節予測システムに使い、その有効性を検証した研究は世界初です。

この成功を契機に、動物由来の観測データが国際的な海洋観測システムに適切に統合されることで、大きな海と縁辺海の複雑な相互関係の理解が進み、それらの変動予測シミュレーション技術が向上・発展すると期待されます。

本成果は、Frontiers in Marine Scienceに12月13日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Impacts of temperature measurements from sea turtles on seasonal prediction around the Arafura Sea
著者:土井威志1、Andrea Storto2,3、福岡拓也4、菅沼弘行5、佐藤克文4
1JAMSTECアプリケーションラボ
2イタリア Centre for Maritime Research and Experimentation
3イタリア 地中海気候センター
4東京大学 大気海洋研究所
5 特定非営利活動法人 エバーラスティング・ネイチャー

3.背景

JAMSTECアプリケーションラボでは、日欧協力によって開発された大気-海洋-陸面-海氷のそれぞれの物理過程やその相互作用を表現する気候モデルを基盤とした「SINTEX-F季節予測システム(※1)」を開発し、スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を使って、数ヶ月後の熱帯の海水温の変動や、それに伴う季節の異常変動等を予測シミュレーションする研究に取り組んできました。高精度な予測を行うためには、予測開始時点で、海水温の3次元構造を正確に把握することが肝要です。海の表面水温は、国際協力のもと人工衛星によって準リアルタイムに地球規模でモニタリングできるようになっています。一方、海の内部の水温構造観測ですが、いわゆる大きな海(英語:Ocean, 例:太平洋等)では、国際的な観測網が展開されてきました。例えば、アルゴフロートと呼ばれる測器は深度2,000mから海面までの水温の鉛直分布を観測可能で、世界の海で4,000台近くが稼働しています。その計画には、JAMSTECも大きく貢献してきました。(2016年1月29日既報等)。

しかし、このような観測網のデザインを比較的水深が浅く複雑な陸地や島で囲まれている縁辺海(英語:Sea, 例:日本海等)にそのまま適用することは難しく、縁辺海の海洋観測データは不足しているのが現状です。本研究で対象としたアラフラ海(ニューギニア島南西岸、オーストラリア北岸、小スンダ列島・タニンバル諸島等で囲まれる海)もその1つです。特にアラフラ海は、世界で最も暖かい海域の一部でもあり、その水温変動は周辺の気候等に影響すると考えられるため、季節予測にとって重要な海域です。

4.成果

5頭のウミガメに深度・水温ロガーを付けてリリースし、従来は観測空白域であった熱帯の縁辺海であるアラフラ海の水温構造を観測することに成功しました(写真1)。今回研究に用いたヒメウミガメは、比較的小型の種ですが海底に生息する生物を餌として捕らえるために深度100m以上の潜水を繰り返すという行動生態的な特徴があります。ウミガメの潜水行動や経験水温を記録して、人工衛星経由でデータを送信する装置を個体に取り付けるバイオロギング手法により、既存の観測システムでは測定できなかった水面下の水温情報を効率良く取得することを考えました。東京大学大気海洋研究所の佐藤克文教授は、科学技術振興機構JSTの元で進められている戦略的創造研究推進事業CRESTの予算を受けて、特定非営利活動法人エバーラスティング・ネイチャーとの共同研究としてヒメウミガメの野外調査を2017年6月に実施しました。インドネシア西パプア州のワルマメディ海岸において、産卵のために上陸したヒメウミガメ5頭に人工衛星対応型発信器を取り付けたところ、5頭はニューギニア島を反時計回りに迂回してアラフラ海へ向かいました(図1)。各個体が毎日深度数十メートルから100メートル以上の潜水を繰り返した結果、約3ヶ月間にわたってほぼ毎日、水面下の水温情報を人工衛星経由で得ることができました。

上記の方法で得られたウミガメ由来の水温データを、季節予測システムに取り込むことで、3ヶ月後の周辺海域の水温変動の予測シミュレーションが劇的に改善されるという結果が得られました。図2は、2017年11月の海表面水温の異常値(°C)を図示しています。赤(青)色ほど水温が平年より異常に高(低)いことを示します。(a)は衛星から観測された値で、黒線で囲った海域の水温が平年に比べて異常に高いことがわかります。(b)は2017年8月1日時点(つまり3ヶ月程度前から)で、予測シミュレーションした値です。本研究で得られたウミガメ由来の水温データを予測の初期値に取り込んでいないシミュレーションでは、黒線で囲った海域の水温予測が(a)の実際に観測された値から大きく外れてしまっているのが分かります。(c)は2017年8月1日時点でウミガメ由来の水温データを予測の初期値に取り込んで、予測シミュレーションした値です。黒線で囲った海域の水温予測が(b)と比べて(a)に近く、水温予測が大幅に改善されました。

5.今後の展望

従来、バイオロギングによる動物由来の観測データは主に生態調査に利活用されてきましたが、近年はバッテリー技術の向上もあり、そのような動物由来の観測データを使って海況・気候の変動の理解を深めたり、その予測シミュレーションの精度を向上させたりしようとする挑戦的な研究が始まっています。(例えば、海鳥由来のデータやウメガメ由来のデータを日本近海の海況シミュレーションに応用する研究が行われました(2015年12月3日既報等)本研究で用いられたヒメウミガメ由来の水温データは2017年に得られたものですが、2019年に同じ砂浜から放たれたヒメウミガメもまた、アラフラ海を回遊することが確認できました。世界各地に生息する野生動物の回遊パターンを把握することができれば、バイオロギング手法による海洋動物を用いた海洋・気象観測網を構築することが可能になります。

本研究は、世界で初めて熱帯域において動物由来の観測データを季節予測システムに使い、その有効性を示しました。一方で、1事例の限られた観測データを使った数値実験の結果であり、パイロット・スタディ的な側面も強いと言えます。そのインパクトも局所的なものではありましたが、この成功を契機に、よりたくさんの動物由来の観測データが収集され、国際的な海洋観測システムに適切に統合されることで、大きな海と縁辺海の複雑な相互関係(例えば、太平洋と日本海の関係もその1例)の理解が進み、それらの変動予測シミュレーション技術も合わせて向上することが期待されます。その結果、日本を含む世界各地の季節予測が飛躍的に向上することも十分に考えられます。今後は、持続可能かつ最適な海洋観測システム網の将来設計に資するだけでなく、海況・気候の変動予測研究を基盤としたアプリケーション研究を展開し(例えば水産資源予測、農作物予測、感染症予測等)、人々の安全・安心に具体的に貢献することを目指します。

【補足説明】

[補足説明]
※1 SINTEX-F季節予測システム:JAMSTECアプリケーションラボ(前身は地球フロンテイア研究システム気候変動予測領域)では、数ヶ月から数年スケールで発生する気候変動現象の解明及びその予測研究のため、SINTEX-F気候モデルを基盤としたダイナミカルな季節予測システムを、日欧研究協力に基づき「地球シミュレータ」を用いて開発および改良してきた。気候モデルとは、大気-海洋-陸面-海氷の物理に関する微分方程式群で構成されており、地球を3次元的な格子状に分割し、それぞれの格子に対して方程式を時間方向に数値積分するプログラム群を指す。現在の観測情報(季節予測では、熱容量の大きい海洋の水温異常の情報が特に重要。現バージョンでは、衛星観測された海表面の水温やアルゴフロート、係留ブイ、船舶等による海洋内部の水温、塩分の観測データを使用)を気候モデルに教え込み、その時間発展をスーパーコンピュータで計算することで、季節の異常性(平年からのズレ)を数ヶ月前から予測することが可能となる。JAMSTECは、海洋観測網の発展に尽力すると共に、世界有数のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を有する。観測と数値計算を両輪として、自然災害をもたらす現象の高精度な事前予測を実現させ人々の安全・安心に資するためにも、季節予測研究は重要な課題の一つ。
SINTEX-F Website:
http://www.jamstec.go.jp/aplinfo/sintexf/seasonal/outlook.html

写真1

写真1 産卵を終えた後、深度・水温情報を送信する人工衛星対応型発信器を背甲に取り付けられて海に帰るヒメウミガメ。2019年6月、インドネシア西パプア州のワルマメディ海岸にて。装置はエポキシ接着剤で装着され、1年から2年後に自然に脱落する。現地政府の許可を受けて野外調査を行っている。(撮影:佐藤克文)

図1

図1 (a)5頭のウミガメの回遊路。色線が各ウミガメを表す(2017年6月から9月)。
(b)2017年7/27-8/6での4頭のウミガメから得られた水温の鉛直分布。色線が各ウミガメを表す。

図2

図2 2017年11月の海表面水温の異常値(°C)。赤(青)色ほど水温が平年より異常に高(低)いことを示す。(a)衛星から観測された値。(b)2017年8月1日時点(つまり3ヶ月程度前から)で、予測シミュレーションした値。本研究で得られたウミガメ由来の水温データは予測の初期値に取り込んでいない。黒線で囲った海域の水温予測が(a)と大きく外れている。(c)2017年8月1日時点で、ウミガメ由来の水温データを予測の初期値に取り込んで、予測シミュレーションした値。黒線で囲った海域の水温予測が(b)と比べて大幅に改善されて実測値(a)に近づいた。

ウミガメ由来の海洋観測データを季節予測シミュレーションに活用
(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
アプリケーションラボ 研究員 土井 威志
国立大学法人東京大学大気海洋研究所 海洋生命科学部門
行動生態計測分野 教授 佐藤 克文
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋科学技術戦略部 広報課
国立大学法人東京大学大気海洋研究所
広報室
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