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プレスリリース

2020年 4月 2日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

東北地方太平洋沖地震の北限をプチスポット火山が決めた可能性
―東北沖に沈み込む海洋プレートの不均質性を発見―

1. 発表のポイント

日本海溝に沈み込む前の海洋プレート上で、堆積層が広範囲に薄化している海域を発見した。
薄化の原因は海底下で生じた最近のプチスポット火山に関係する火成活動であり、プチスポットの影響は従来考えられていたよりも遥かに広範囲に及ぶことがわかった。
火成活動による堆積層の変質はプレート境界型地震の発生に強い影響を及ぼすはずであり、実際に2011年東北地方太平洋沖地震の巨大海溝軸滑りの北限を決定付けていた可能性がある。

2.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)海域地震火山部門・地震発生帯研究センターの藤江 剛センター長代理らは、東北沖の海底下構造を調査・解析した結果、海底面には現れない小さな火成活動によって堆積層が広範囲に薄化している海域を発見し、その沈み込みがプレート境界型大地震の発生にも影響を与えている可能性を示しました。

海洋プレートが海溝から沈み込む場所ではプレート境界型地震が発生しますが、その規模や発生様式を決定付けるのはプレート境界面の性質(形状や物性など)です。そのプレート境界面の性質を決定付けるもっとも重要な因子は、海洋プレートの表層の性質であり、火成活動に伴う海洋プレート上の堆積層の変質はプレート境界型地震の発生に強い影響を与えると考えられます。

2011年の東北地方太平洋沖地震(以下、2011年東北地震と呼ぶ)で大津波を惹起したのは、海溝軸付近で生じた50mを越える巨大な地震性滑りでした。この巨大滑りは、北緯39度付近を越えて北側には広がりませんでした。この位置にはプチスポットと呼ばれる火成活動によって堆積層が広範囲に変質した海域が沈み込んでいます。火成活動によって沈み込む前の堆積層が変質し摩擦係数が極めて低く、強度の低い粘土鉱物を含む層が乱され失われたことが、2011年東北地震の北限を決定付けていた可能性があります。

本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)による科学研究費助成事業(JP15H05718)の助成を受けたものです。

本成果は、「Geology」に3月31日付け(日本時間)でオンライン掲載されました。

タイトル:Spatial variations of incoming sediments at the Northeastern Japan arc and their implications for megathrust earthquakes

著者:藤江 剛1、小平 秀一1、中村恭之1, J. P. Morgan2, A. Dannowski3, M. Thorwart4, I. Grevemeyer3, 三浦 誠一1
1Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology (JAMSTEC)
2Department of Ocean Science and Engineering, SUSTech
3GEOMAR/Helmholtz-Center for Ocean Research Kiel
4Christian-Alberchts University, Kiel

3.背景

日本列島の下にはフィリピン海プレートや太平洋プレートといった海洋プレートが沈み込んでおり、上盤である大陸プレート(日本列島)と下盤である海洋プレートの境界では、プレート境界型地震が多数発生しています。プレート境界型地震の規模は、2011年東北地震のような人間社会に脅威を与える巨大地震から、通常の地震動を生じないゆっくりとしたプレート境界の滑りまで多種多様で、その分布も一様ではありません。このようなプレート境界型地震の多様性・地域性は、プレート境界面の性質、すなわち境界面の形状や物性などによって決定付けられると考えられています。

プレート境界面の性質を決定づける主要因は、沈み込む海洋プレート表層の地形や物性です。例えば、沈み込んだ海山は地震時にプレート境界面の破壊の伝播を妨げることが知られています。他方、厚い堆積物によって海洋プレート表層の凹凸地形が覆い隠されると、地震時にプレート境界面の破壊が伝播しやすくなり、地震が巨大化する可能性も指摘されています。

また、沈み込む堆積物の物性も地震発生に大きな影響を与えます。例えば、2011年東北地震で大津波を惹起した海溝軸近傍の地震性滑りは、JAMSTECの地球深部探査船「ちきゅう」による海洋掘削の成果から、極めて摩擦係数が低く、強度の低い物質(スメクタイト)に富む粘土層が、プレート境界付近に存在したため、巨大化につながったと指摘されています。さらに、太平洋プレート上の掘削結果と照合した結果、このスメクタイトに富む粘土層の供給源は、太平洋プレート上に降り積もった遠洋性堆積物であったこともわかってきました。海洋プレートが沈み込み帯に持ち込む堆積物中に含まれている遠洋性粘土が巨大な地震・津波の発生を可能にしていたのです。

このように、海洋プレート上の堆積層の厚さや物性が、沈み込み帯における地震活動に大きな影響を与えることがわかりました。しかし、一般に海洋プレート上の堆積層の実態把握は進んでいないのが実状です。海底面下に広がる堆積層の厚さや物性の分布の把握には高解像度の地下構造探査が不可欠なためです。

2011年東北地震後、JAMSTECは震源域に沈み込む直前の太平洋プレート上で、多種多様な反射法地震探査(※1)を実施してきました(図1a)。その結果をコンパイルすることで、沈み込む前の太平洋プレート上の堆積層の厚さ(図1b)や層序(チャート層の分布、図1c)などが従来考えられていたよりも遥かに顕著な不均質性を示すことが明らかになってきました。本研究では、堆積層の不均質性の成因を地震探査データで解き明かすとともに、その不均質性が沈み込み帯地震活動に与える影響を検討しました。

4.成果

JAMSTECの深海調査船「かいれい」を用いて反射法地震探査を実施し、得られた結果(図2)から東北沖の堆積層の厚さを推定しました。その結果、本海域の標準的な堆積層厚は300~500msec程度ですが、一部海域に50msec以下の非常に薄い堆積層が確認されました。その一部は海山の存在で説明できますが、A海域(Area A)やC海域(Area C)では海山がないにも関わらず堆積層が非常に薄くなっています(図1b)。

本海域の標準的な堆積層は古い方から(底部から)、チャート層、スメクタイトに富む遠洋性粘土層、そして厚い半遠洋性堆積層の3層に分けられることが知られています(図4左参照、※2)。チャート層分布をマッピングしたところ(図1c)、堆積層が薄い海域ではチャート層が失われていることがわかりました。

また、C海域で海底地震計(OBS)による屈折法構造探査データ(※3)を用いて地下の地震波速度構造を求めたところ、堆積層の薄い海域では、音響基盤(顕著な音波の反射面)直下の地震波速度が周辺よりも有意に低いことがわかりました(図3d)。

さらにOBS直下の詳細な構造境界面分布を調べるために、OBSデータにレシーバー関数解析(※4)を適用しました。その結果、堆積層が厚い海域ではチャートと地殻の境界面だけが検出されるのに対し、堆積層が薄い海域では音響基盤に相当する一番浅い構造境界面に加えて、その下にも複数の構造境界面が検出されました(図3b)。堆積層内を地震波が伝わる速度で換算すると、これらの複数の構造境界面は音響基盤直下の数百メートルに存在すると考えられます。

A及びC海域は、プチスポットと呼ばれる若い単成火山が多数見つかっている海域に相当します。プチスポットは直径1km足らずで、高さ100mにも満たないなど、その名が示す通りとても小さい火山として知られています。溶岩は粘性が極めて低く、薄く広範囲に広がりやすい性質を持ちます。実際、中米で発見されたプチスポットが陸化したと思われる露頭では、堆積層内に複数の薄い貫入岩が観測されています。また、同様な化学組成を持つ溶岩流が数十km以上にわたって海底面に薄く広がっている海域がハワイ沖で見つかっています。

今回の構造探査の結果やこれらのプチスポットの特徴を考慮すると、A及びC海域ではプチスポットの活動に関連した過去の溶岩流やマグマの貫入の痕跡が堆積層内に幾重にも、広範囲に存在していると考えられます(図4右)。すなわち、プチスポットに関連した火成活動による堆積層の変質は、各プチスポットの大きさよりも遥かに広範囲に及んでいると考えられます。

上述のように、海洋プレート表層の堆積層の物性はプレート境界型地震の発生に強い影響を与えます。図4のように、プチスポット海域の堆積層は周辺の海域とは大きく異なる様相を呈しているため、プチスポット海域の沈み込みはプレート境界型地震の発生に影響を与える可能性があります。特に、チャート層直上にあるスメクタイトに富む遠洋性粘土層は、2011年東北地震の巨大滑りの鍵となったプレート境界断層付近のスメクタイトの供給源と考えられます。プチスポット海域ではこの粘土層の層序が乱される上、スメクタイトは100度といった比較的低温で容易にイライト(※5)に熱変成するため、プチスポット海域ではスメクタイトのイライト化が進行していると考えられます。イライトはスメクタイトに比べて数倍も摩擦係数が大きいなど大きく性質が異なるため、プチスポット海域が沈み込む場合には東北地震のような巨大滑りは発生しにくいと考えられます。

実際、2011年東北地震の巨大な滑りは北緯39度付近で止まりましたが、これはまさにプチスポット海域の一つであるA海域が沈み込みつつある場所であり(図1c)、プチスポットに関連した火成活動によって変質した堆積層が沈み込んだことにより、巨大滑りがこの位置で止まったのではないかと考えられます。

5.今後の展望

日本海溝に沈み込む前の太平洋プレート上では、A及びC海域に加えて今回の調査海域の東端付近でもプチスポットサイト(B海域)が見つかっていることから、既に日本海溝に沈み込んでしまっているプチスポット海域があったとしても不思議ではありません。 海洋プレートが20km以上の深度まで沈み込むと、温度上昇に伴いスメクタイトはすべてイライトに熱変成してしまうはずです。しかし、普通の堆積層が沈み込む場所と、堆積層内に貫入岩が入ったプチスポットサイトが沈み込む場所では、プレート境界面の性質に違いが生じると考えられます。A海域やC海域の面積は、日本海溝プレート沈み込み帯で発生するマグニチュード7から8クラスの地震の破壊域に匹敵する大きさです。これらの地震発生にもプチスポットサイトの沈み込みが影響を与えているのかもしれません。このような可能性を検証するには稠密なOBSを用いた構造探査観測や掘削による地層試料の直接採集など、沈み込んだプレート境界面の詳細な実態把握を目指した構造研究が必要となるでしょう。

世界で最初にプチスポットが報告されたのは本研究海域でした。しかし、近年、他の海域でも次々とプチスポットサイトが報告されるようになりました。おそらく、プチスポットの沈み込みは日本海溝域特有の現象ではありません。小さな火山と思われていた海洋プレート上のプチスポットが、世界各地の沈み込み帯におけるプレート境界型地震活動の不均質性の一翼を担っているかもしれません。

※1 反射法地震探査:海面で発した音波が地下で反響して返ってきた反射波(エコー)を海面で観測し、はね返ってくるまでの時間(往復走時と呼ぶ)から、音波の反射面までの深さを捉える調査方法。音波は性質の違う物質が接する面でよく反射するため、水と堆積層が接する海底面や堆積層と基盤岩が接する堆積層の下面は、反射法探査によって検出しやすい構造境界面となる。この両者の往復走時(msec)の差は堆積層の厚さに相当する。

※2 3層の堆積層構造:太平洋東側の海嶺から湧き出た海洋プレートを基盤として、一億年以上かけてプレートが日本海溝へ移動してくる間に降り積もった堆積層。「チャート層」は最も古い底側の固い堆積層で、プランクトンの化石などが固まったと考えられる。チャート層の次に薄く広がる「スメクタイトに富む遠洋性粘土層」は、過去の火成活動や風塵などにより供給されたと考えられる粘土鉱物を主体とする堆積層であり、摩擦係数が低い。上層の「厚い半遠洋性堆積層」は、プレートが陸側へ近づくに伴い河川や沿岸由来の陸源泥砂などを含むようになった堆積層。

※3 海底地震計(OBS)を用いた屈折法構造探査:OBSは地震計・電池などを耐圧容器に納めた、海底で地震観測を行う計測器のこと。OBSを用いた屈折法構造探査とは、事前に海底設置したOBSに向けて海面から音波を発振し、地下深部を通って海底に戻ってくる波を受信することで深部の地震波速度構造を捉える観測手法。一般に、地震波速度が遅い地層は柔らかく、早い地層は硬い傾向がある。

※4 レシーバー関数解析:一般的には遠くで発生した自然地震のP波とS波の到達時刻の差を相互相関関数で抽出することで、観測点直下の構造境界面を推定する方法。構造境界面の深さは走時差(ラグタイム)で表現される。ここでは船舶からOBSに向けて発した音波を用いてOBS直下の構造境界面を推定することに応用した。
P波とは地震波の縦波 (音波)、S波とは横波のことで、P波の方が早い。

※5 イライト:粘土を構成する微細な鉱物の中で雲母型鉱物の一般名。スメクタイトは水を吸収する性質から摩擦係数が低いのに対し、イライトは摩擦係数が高い。

図1

図1 (a)反射法探査測線。A4、R2測線(赤線)の反射断面を図2に示す。(b)反射断面から読み取った堆積層の厚さ。ここでは海底面と音響基盤の間の往復走時(msec)で厚さを示している。A海域とC海域では堆積層が薄くなっている。なお、C海域の南や東で堆積層が薄い海域は海山に相当する。(c)反射断面から読み取ったチャート層の分布(赤)と2011年東北地震のすべり量分布(黒、Iinuma et al., 2012)。チャート層が欠けている部分は堆積層が薄い海域と整合的で、A海域が沈み込むところでは東北地震の大きなすべりが生じていないことが分かる。

図2

図2 (a)A4測線の反射断面。測線西側付近(左)が海溝軸で、海溝軸の手前80㎞程度はプレート折れ曲がりに伴う断層(アウターライズ地震断層)が発達した海域である。青線で示した範囲は堆積層が薄くなっている。(b)R2測線の反射断面。(c)堆積層が厚い海域における堆積層付近の拡大図。(d)堆積層が薄い海域における堆積層付近の拡大図。強反射面(黒矢印)を音響基盤として、図1(b)の堆積層の厚さを測定した。

図3

図3 (a)標準的な堆積層厚の海域の海底地震計(OBS)直下の構造境界面(OBSデータのレシーバー解析の結果)。縦軸はS波とP波の到達時刻の差で、構造境界面までの深度に相当する。時刻2秒付近に1枚だけ面がイメージングされており、海洋地殻の上面と解釈される。 (b)堆積層が薄い海域の海底地震計直下の構造境界面(レシーバー関数解析)。複数の面が様々な深度にイメージングされている。 (c) OBSデータから導出したA4測線下のP波速度構造モデル。左端が海溝軸。(d)A4測線に沿ったP波速度構造モデル(c)から、10㎞毎に抜き出したP波速度の1次元構造。音響基盤直下のみ、堆積層が薄い海域のP波速度が遅いことがわかる。

図4

図4 堆積層構造の模式図。左図は堆積層が厚い海域。右図は我々の研究結果に基づき描いた堆積層が薄い海域。堆積層が薄い海域では、チャートも含めもともとの堆積物が乱され、熱変成を受けていると考えられる。赤線は、顕著な音波の反射が見られる音響基盤の位置。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
海域地震火山部門プレート地震発生帯研究センター
センター長代理 藤江 剛
(報道担当)
海洋科学技術戦略部 広報課
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