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プレスリリース

2020年 10月 13日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立研究開発法人土木研究所

無人機を用いた海上水蒸気量の遠隔観測に初めて成功

1. 発表のポイント

自動自律航行する無人観測機を用いて、西部熱帯太平洋上で約2ヶ月にわたる海上水蒸気量の遠隔観測に初めて成功。
機動性と観測頻度が高い新たな観測手法の確立により、台風の卵や梅雨前線などの要因となる水蒸気量の変動を検出できる可能性がある。
海上で発生・発達する対流システムの理解が進むことで降水予測の精度向上に貢献するものと期待される。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門大気海洋相互作用研究プログラムの藤田実季子 副主任研究員らは、国立研究開発法人土木研究所とともに、無人海上観測機(ウェーブグライダー、図1図2)にGNSS受信機※1を搭載し、西部熱帯太平洋上で約2ヶ月にわたり海上水蒸気量を遠隔観測することに初めて成功しました。

水蒸気量の正確な計測は雲や降水の発生・発達過程の理解に重要です。一般的に大気中の水蒸気量は気温上昇とともに特定の変化率で増加する性質を持っていることから、気候変動に伴う海面水温の上昇によって、海上で発生・発達する台風の強化、また海上から大量の水蒸気が流入することで引き起こされる陸上の対流システム(梅雨前線に伴う線状降水帯など)の強化が懸念されています。
陸上の水蒸気観測網はこのような急激な水蒸気量の変化を捕らえられるよう整備されつつありますが、海上における水蒸気の定量的な観測は低頻度のマイクロ波放射計搭載の衛星観測が主流で、衛星軌道の関係で観測頻度は1日1回以下にとどまり、数時間で発達する対流・降水の成長過程を観測するには不十分な状況でした。

そこで本研究では、ウェーブグライダーに水蒸気推定が可能な2周波のGNSS受信機を搭載し、GNSS衛星電波の大気中の水蒸気による遅れから可降水量(※2)を推定するための試験観測を、西太平洋上において約2ヶ月にわたり実施しました。遠隔観測された無人機によるGNSS可降水量を、従来のマイクロ波放射計搭載の衛星観測、ラジオゾンデ観測による値と比較したところ、同程度の精度で観測可能であることを確認しました(図3)。今後は船舶と同精度・同頻度の可降水量観測を、より機動性の高い無人機で実施することが可能になります。

今回の研究は試験観測による運用・精度確認が主なターゲットですが、このような機動性の高い装置を活用した海上の水蒸気量観測により、これまで観測することが難しかった台風の発生や梅雨前線などの対流システムの源となる、水蒸気の定量的な時間変化が検出できるようになります。今後、海上で発生・発達する対流システムの理解が進むことで、降水予測の精度向上への貢献が期待されます。

なお、本研究はJSPS科研費の挑戦的研究(萌芽) (研究代表者:藤田実季子、課題番号17K18963)の支援を受けて行われました。

本成果は、日本気象学会が出版しているScientific Online Letters on the Atmosphereに10月13日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:
Experimental observations of precipitable water vapor over the open ocean collected by autonomous surface vehicles for real-time monitoring applications
著者:
藤田実季子1、福田達也2、植木巌1、茂木耕作1、牛山朋来3、米山邦夫1
所属:
1. JAMSTEC地球環境部門、2. JAMSTEC研究プラットフォーム運用開発部門、3. 土木研究所

3. 背景

大気中の水蒸気量の変動は雲や雨の変動と密接な関係にあります。一般的に大気中の水蒸気量は気温上昇とともに特定の変化率で増加する性質を持っていることから、海面水温の上昇によって水蒸気量が増加し、海上で発生・発達する台風などの対流システム、また海上から大量の水蒸気が流入することで引き起こされる陸上の対流システム(梅雨前線に伴う線状降水帯など)の強化が懸念されています。本研究グループにおいても現場観測や数値実験を行い、このような大気海洋相互作用を介した雲・降水現象の詳細把握と予測のための研究を進めています。

陸上の水蒸気観測網はこのような急激な水蒸気量の変化を捕らえられるよう整備されつつありますが、海上における水蒸気の定量的な観測は低頻度のマイクロ波放射計搭載の衛星観測が主流で、衛星軌道の関係で観測頻度は1日1回以下にとどまり、数時間で発達する対流・降水の成長過程を観測するには不十分な状況でした。

そこで本研究グループは、ウェーブグライダーに水蒸気量の推定が可能な2周波のGNSS受信機を搭載し、大気全体の水蒸気量を高頻度かつ継続的に遠隔で観測する試験観測を行いました(図1)。GNSS衛星電波は人工衛星から発出された後、大気中を伝搬し地上の受信局に到達するまでの間に、電離層や水蒸気などによる遅れを生じます。この電波遅延のうち水蒸気による遅延量を抽出することで、水蒸気の鉛直積算量、すなわち可降水量を推定することができます。本観測では、無人機上で得られたGNSS可降水量と従来の観測との比較を実施し、実用性の検証を行いました。

4. 成果

ウェーブグライダーはパラオ共和国沖合から投入され、西部熱帯太平洋上において2018年7月から観測を実施しました。ウェーブグライダーは推進力を波の力のみから得ることができ、海面に浮かぶフロートに繋がった水中グライダーが水流を推進力に変換し前進します(図2)。観測や航行指示用の電力は太陽蓄電で供給され、航行指示は日本から、イリジウム衛星を利用した双方向通信によりインターネット上の機能を介して操作されました。このような運用体制より、観測位置を保持したまま2ヶ月間という長期にわたって無人機を用いた海上水蒸気量の遠隔観測することに成功しました。

観測されたGNSS受信データと同時に得られた海上気象のデータから可降水量を推定し、従来のマイクロ波放射計搭載の衛星観測(SSM/I※3, GCOM-W1※4)とラジオゾンデ観測(※5)による値と比較したところ、それぞれの差やばらつきは統計的に僅かで、無人機ウェーブグライダーの可降水量は従来の観測と同程度の精度で推定可能であることが確認されました(図3)。
本研究グループでは、すでにJAMSTECで所有する船舶を用いたGNSS可降水量の推定手法を確立しており(Fujita et al. 2008)定常的に10分程度の時間分解能で観測しています(こちらからデータ公開中 http://watervapor.jamstec.go.jp/)。本成果は、船舶と同精度・同頻度の可降水量観測をより機動性高い無人機を用いて実施することが可能となる、新たな水蒸気量の観測手段の確立を示すものです。

5. 今後の展望

本研究では、無人機を用いてGNSS衛星電波を利用した可降水量の新たな観測手法の可能性を示しました。機動性・観測頻度の高いこの無人機を活用し、これまで観測することが難しかった台風の卵が発生・発達する際の水蒸気の時間変化や、梅雨前線などの対流システムへの海上水蒸気流入を定量的に検出できるようになります。さらに、海上の水蒸気量の高頻度データをリアルタイムで取得・監視することができれば、降水の予測精度向上へも貢献できると考えています。

今回の成果は、2018年に実施した観測データを用いた実証ですが、本年8月〜9月には、インドネシアやフィリピン、その周辺海域の気象・気候の理解を目指した国際プロジェクト“海大陸研究強化年(YMC: Years of the Maritime Continent)”の一環として、同装置を西太平洋上へ投入し、海洋地球研究船「みらい」との同時観測を実施しました(当該観測の詳細はこちら http://www.jamstec.go.jp/ymc/campaigns/IOP_YMC-BSM_2020J.html)。観測期間中には観測領域近傍で台風9号・10号が発生しており、今後詳細な水蒸気量変動の解析を進める予定です。

【補足説明】

※1
GNSS:Global Navigation Satellite System(全球測位衛星システム)は、GPS(Global Positioning System)をはじめとする測位衛星の総称。
※2
可降水量:大気中の水蒸気量の地表面から大気上端までの鉛直積算値。降水量と同様にmmの単位で表す。
※3
SSM/I:Special Sensor Microwave Imagerは、米国気象衛星に搭載されたマイクロ波放射計。大気から放射されるマイクロ波を受信し水蒸気量を計測する。
※4
GCOM-W1:水循環変動観測衛星「しずく」の1号機。本研究ではこの衛星に搭載されているマイクロ波放射計で計測された水蒸気量を用いた。
※5
ラジオゾンデ:気圧、気温、湿度等の気象要素を測定するセンサを搭載し、測定した情報を送信するための無線送信機を備えた気象観測器。ゴム気球につけて飛揚し地上から高度約30kmまでの大気の状態を観測できる。
図1

図1 ウェーブグライダー(フロート部)。フロート前後へGNSSアンテナと、気象観測装置を設置した。

図2

図2 ウェーブグライダーの推進原理(画像はLiquid Robotics社のウェブサイトより)。波浪によりフロートが上下するのに伴って、アンビリカルケーブルによって繋がれた海中のグライダー部も上下に運動するが、その際、グライダー部の羽が向きを変えて前進する方向に力を受ける。

図3

図3 ウェーブグライダーで観測された可降水量(横軸)の散布図。(a)ラジオゾンデによる可降水量(縦軸)との比較、(b) SSM/IとGCOM-W1による可降水量(縦軸)との比較をそれぞれ示す。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
大気海洋相互作用研究プログラム
副主任研究員 藤田 実季子
国立研究開発法人土木研究所
水災害・リスクマネジメント国際センター
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋科学技術戦略部 広報課
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