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プレスリリース

2021年 6月 10日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
東海国立大学機構 名古屋大学

世界規模のロックダウンによる大気汚染物質の減少量と気候システムへの影響を算出

1. 発表のポイント

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対応した世界規模のロックダウンにより、大気汚染物質である窒素酸化物(NOx)の排出量は地球全体で少なくとも15%、欧州や北米では18-25%減少した。
排出量の減少により地球全体の対流圏のオゾン総量は2%減少し、大気汚染のみならず地球の放射バランスにも顕著な影響を及ぼした。
この短期間に生じた急激な変動から得られた知見は、これまで検証が難しかった大気汚染物質と気候システムとの相関関係について、定量的に評価できるものであり、今後の大気汚染物質削減と気候変動への適切な対応の両立(コベネフィット)を目指す環境政策に重要な参考情報となる。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是)地球環境部門 地球表層システム研究センターの宮崎和幸招聘主任研究員と名古屋大学 須藤健悟教授らの研究チームは、衛星観測データの分析と解析により、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染防止に対応したロックダウン期間中、窒素酸化物の排出量とその化学生成物であるオゾンの地球全体の総量がどの程度変化したかを明らかにしました。

窒素酸化物(NOx)は主に工場や火力発電所、燃料自動車等から排出される主要な大気汚染物質のひとつです。また、オゾンは成層圏にあるオゾン層で有名ですが、私たちが生活する地表や対流圏にも存在しており人体に有害であることが知られています(※1)。これまでに、ロックダウンなどの感染症対策は人間活動を大きく抑制し、主に大都市において大気汚染物質の排出量を急速に削減させていることについてはいくつか報告がなされていますが、地球全体でどれほど減少したか、さらにはその気候システムへの影響は詳細に見積もられていませんでした。

本研究チームでは、アメリカ航空宇宙局(NASA)および欧州宇宙機関(ESA)などによる地球観測衛星からの大気組成の観測データの分析とジェット推進研究所(JPL)/JAMSTECで開発されたデータ解析システムを使用して、ロックダウンによる影響を定量的に評価しました。

その結果、2020年4月と5月には、人為起源の窒素酸化物(NOx)総排出量は世界で少なくとも15%、欧州や北米などの地域では18-25%減少していることがわかりました。また、対流圏上空のオゾン濃度は最大で5ppb減少したと数値モデルを用いた解析から見積もられ、これは衛星観測による測定値と良く整合しています。 2020年5月から6月にかけて世界の対流圏のオゾンの減少量は6TgO3(単位:テラグラム、※2)と全体の2%にもおよんでいました。オゾンは温室効果ガスの一つでもあり、このオゾン量の減少が地球の放射バランスに顕著な影響を及ぼすことも示しています。

さらに、排出量の減少が地球全体のオゾンにおよぼす影響には地域差と季節変化があることを調査し、このような地球全体のオゾン量および気候システムへの大きな影響は主にアジアと南北アメリカでの排出削減によることが明らかとなりました。この短期間に生じた急激な変動から得られた知見は、これまで検証が難しかった大気汚染物質と気候システムとの相関関係について、定量的に評価できるものであり、今後の大気汚染物質削減と気候変動への適切な対応の両立(コベネフィット)を目指す環境政策に重要な参考情報となることが期待されます。

今後は、本研究チームのメンバーが参加する文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「防災・減災に資する新時代の大アンサンブル気象・大気環境予測」(課題番号:hp210166)において、人間活動が大気汚染および気候システムにおよぼす影響を明らかにする研究をさらに進めていく予定です。

本成果は、「Science Advances」に6月10日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:
Global tropospheric ozone responses to reduced NOx emissions linked to the COVID-19 world-wide lockdowns
著者:
宮崎和幸1,2、Kevin Bowman1、関谷 高志2、滝川 雅之2、Jessica Neu1、須藤 健悟3、Greg Osterman1、Henk Eskes4
所属:
1. NASA JPL(米国)
2. 国立研究開発法人海洋研究開発機構
3. 東海国立大学機構 名古屋大学
4. オランダ王立気象研究所

3. 背景

大気汚染は深刻な健康被害をおよぼします。大気汚染物質の排出量を制御し、大気汚染による健康リスクを減らすために、これまでに世界の多くの国で環境政策が実施されてきています。しかし、大気汚染状況は中〜長期的な気候の変化の影響など様々な要因により複雑に変化するため、人間活動と大気汚染の関係は必ずしも明らかではありませんでした。そのため、施された環境政策の量的影響には不明な部分が多く、政策が効果的であったか否かの判断を困難にしています。 COVID-19のパンデミック中には、ウイルスの拡散を抑制する目的でロックダウンが多くの国で実施されており、人間活動に急激な変化をもたらしました。パンデミック中に多くの国で報告された大気汚染の急速な変化では、気候変動などの複雑な要因を考慮する必要がないため、人間活動と大気汚染を結びつけるメカニズムを理解する上で貴重な情報となることが期待できます。本研究チームでは、COVID-19の感染を遅らせるために施された世界的なロックダウンが、地球全体の大気汚染物質の排出削減と大気汚染、さらには気候システムへおよぼす影響を調査しました。

4. 成果

NASAによる衛星観測などを組み合わせた推定から、2010-2019年の10年間と2020年の窒素酸化物の排出量の推移を世界の各地点について詳細に比較することで、ウイルス拡散防止のために世界的に実施されたロックダウンによる影響を定量的に評価しました。その結果、ロックダウンを適用し始めたわずか数か月の後に、窒素酸化物(NOx)の排出量が世界全体で15%減少したことを示しました(図1)。また、排出削減の範囲とタイミングを詳しく追跡し、封鎖条件が厳しくなるほど、排出量の削減が大きくなることを実証しました。たとえば、2月初旬の中国の極端な封鎖措置により、数週間以内に中国の一部の都市でNOx排出量が50%減少しました。米国、イタリア、フランスなどでは、2020年の春後半には排出量の低下は25%に達しました。

さらに研究チームは、パンデミック中の窒素酸化物の減少が地球全体のオゾンを短期的に急激に減少させることを明らかにしました。海洋研究開発機構のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を用いた化学気候モデルMIROC-CHASERによる計算から、窒素酸化物の排出量の減少により2020年6月までに、対流圏上空のオゾン濃度は最大で5ppb、大気下層(対流圏)全体のオゾン量は2%減少すると推定し、これはNASAの衛星観測とよく一致することを示しました(図2)。衛星観測を用いて地球システム変動を評価する際には、得られた観測情報の特性や不確定性を注意深く考慮することが必要です。プロセスの理解に基づく算出と最新の衛星観測との高いレベルでの良い一致が得られた本結果は、近年ますます高精度化を遂げる衛星観測の多様な応用への有用性を実証するもので、今後の衛星観測ミッション推進にも役立つことが期待されます。

この短期間での変化は、大気汚染レベルが低い対流圏の最上部まで急速に広がり、通常の大気汚染を抑制する政策を続けた場合(RCP2.6シナリオ、※3)の15倍にもおよぶ急激なオゾンの減少であることを示しました。また、この減少は温室効果気体でもある対流圏オゾンの大気放射の働きを通して、地球の熱のバランスにも大きな変化をもたらすことを定量的に示しました。さらに、排出削減量の変動だけでなく大気化学プロセスの特性を反映して、各地地域における排出量削減が地球全体のオゾン総量に与える影響は時間とともに大きく変化することが明らかとなりました。ある一定の排出削減があった場合にどの程度オゾン量が減少するのかの目安であるオゾン生成効率は、太陽光の到達や気温などの気象条件によって大きく変化します。オゾン生成効率は、北半球の多くの地域よりも熱帯や南半球亜熱帯で大きく、北半球中緯度では2月から6月にかけて2〜3倍に増加しました。その結果、地球全体のオゾン総量の減少に対して、3月には中国を含むアジアや南米による寄与が大きかったのですが、5月から6月には中国以外のアジアや南北アメリカによる寄与が大きいことが明らかとなりました。これらの結果は、地球システムに対する世界的なロックダウンの影響を理解する上で、各政府の行動がいつどこで発生したかを考慮することが非常に重要であることを示唆しています。

5. 今後の展望

これまでの研究では、ロックダウンが地表の大気汚染におよぼす影響が多く調査されていました。本研究は、複雑な大気プロセスを通して世界各地での排出量減少の効果が複雑に重なり合い、地球規模で気候システムに甚大な影響を及ぼしていることを初めて詳細に実証するものです。本研究による知見は、窒素酸化物の排出量とオゾンの生成を引き起こすメカニズムを理解する上で貴重な情報を提供し、さらに、大気汚染物質は温室効果気体とも強く関連するため、複雑な気候システムの将来の予測改善にもつながることが期待できます。大気汚染を効果的に改善しつつ、急激な気候変動を緩和するためには、本研究で示されたような排出量と大気組成の間の複雑な関係を慎重に考慮する必要があることを示しており、コベネフィットを目指す政策立案への貴重な情報を提供することが期待できます。

【補足説明】

※1
オゾン:成層圏のオゾンは太陽紫外線から生命を保護する一方、対流圏のオゾンは生命や植物に有害である。対流圏オゾンは、幼児や喘息のある人を含む脆弱な人々の肺に損傷を与え、世界で年間6,000人の死者を出すと推定されている。また、植物の光合成能力を低下させ、高いオゾン濃度によって、小麦、米、トウモロコシ、大豆の収穫量が年間15%減少していると推定されている。対流圏オゾンは、二酸化炭素、メタンに次いで3番目に影響力のある温室効果ガスとされている。NOxからオゾンが生成される反応には太陽光が必要である。その生成効率は、天候や地域の空気中に存在する他の化学物質など、他の多くの要因に依存する。これらの要因は相互に複雑に変動し、ある条件ではNOx排出量を減らすと実際にオゾンが増加することもある。そのため、排出量データだけからオゾン濃度を理解または予測することは困難であり、詳細な解析と考察が必要である。
※2
テラグラム:質量単位であり、1.0Tg(テラグラム)は1.0×1012g(グラム)。
※3
RCP2.6シナリオ:気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書における低位安定化シナリオのこと。将来の気温上昇を2℃以下に抑えるという目標のもとに温室効果ガスの排出量を強く抑制してくシナリオ。
図1

図1 ロックダウンに伴う(a)窒素酸化物排出量の削減量、(b)全球対流圏オゾン総量の削減量。単位はそれぞれ、TgN、TgO3で、月平均値をそれぞれの領域について示す。(a)には、NASAによる衛星観測などを組み合わせた推定から、ロックダウンによる排出量への影響を定量的に評価した結果を示す。(b)には、推定された排出量削減情報を用いた化学気候モデルMIROC-CHASERによる計算から、各地域での排出削減の影響を個別に評価した結果を示す。

図2

図2 自由対流圏(およそ高度5km)における全球オゾン分布のロックダウン による変化量。(a)数値モデルを用いて、2020年の気象条件を与え、NOx排出削減がおよぼした影響を評価した結果。赤色は増加、青色は減少を示す。全球に渡ってオゾン濃度は減少しており、特に北半球の中緯度で大きな減少がある。(b) 衛星観測CrISによるオゾン濃度の2019年から2020年の変化量を示す。赤色は増加、青色は減少。2020年に森林火災を影響を受けて濃度が増加した一部の熱帯域を除いて、地球上のほとんどの領域でオゾンは減少しており、数値モデルによる計算(a)と大まかに一致する。これは、ロックダウンによる上空におけるオゾン変動が衛星観測により測定可能であることを示す初めての結果である。

図3

図3 ロックダウンに伴う各地域でのNOx排出量の変化量(ピンク)とそれによる全球オゾン総量の変化量(青)。2020年2月から6月の平均値の地理分布を矢印で示す。下向きの矢印はロックダウンに伴い減少した量を示す。全球オゾン総量の変化量をNOx排出量の変化量で除して算出されるオゾン生成効率は、ヨーロッパや北半球中緯度で小さく、熱帯や南半球で大きい様子を示している。地球全体のオゾン量および気候システムに対する世界的なロックダウンの影響を理解する上で、対策の行動がいつどこで発生したかを考慮することが重要であることを示唆している。

この動画は「NASA Goddard」チャンネルで6月10日に公開されました。

「NASA Goddard」チャンネルはこちら

  • 2020年2月1日から6月30日の期間について、ロックダウンによる自由対流圏におけるオゾン濃度の変化量を数値モデルを用いて計算した。
  • 中国などで行動制限が開始された2月からオゾン濃度が減少し始める。
  • 欧米など世界の多くの国でロックダウンが適用された2020年3月には、オゾンの減少幅が次第に大きくなる。そのシグナルは、地球を巡る風に運ばれて、都市域の上空だけでなく地球全体へと広がる様子がわかる。
  • 4月には中東や南アメリカでの排出削減量も大きくなった。ある一定の排出削減があった場合にどの程度オゾン量が減少するのかの目安であるオゾン生成効率は、太陽光の到達や気温などの気象条件によって大きく変化する。熱帯地方ではオゾン生成効率が高いために、その地域での排出削減は、地球全体のオゾン量の減少を加速させた。
  • 行動制限は中国を除く多くの国で5月・6月にも継続した。北半球中緯度では、太陽光の到達や気温の季節進行に伴いこの時期にオゾン生成効率が高まるために、地球全体のオゾンをさらに大きく減少させることとなった。
(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
地球環境部門 地球表層システム研究センター
招聘主任研究員 宮崎和幸
(兼:NASAジェット推進研究所 研究員、アメリカ在住)
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋科学技術戦略部 広報課
東海国立大学機構 名古屋大学管理部総務課広報室
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