高知大学自然科学系理工学部門(海洋コア総合研究センター)の池原実教授らの研究チームは、日本列島南方海域や東シナ海の海底堆積物を用いて過去から現代に至る黒潮変動の実態解明と東アジアの気候変動との関連を解明する研究を進めています。
今般、国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」)と日本地球掘削科学コンソーシアム(※1)が協働して実施する「地球深部探査船「ちきゅう」(※2)を用いた表層科学掘削プログラム」(※3)に採択された同研究チームの掘削提案に基づき、2021年8月22日から31日まで掘削航海が行われましたので、その結果を速報としてお知らせします。
黒潮は北太平洋における亜熱帯循環を構成する西岸境界流であり、北大西洋の湾流と並ぶ世界最大級の暖流で、熱帯の強い日射によって熱を蓄えた西太平洋暖水プールから、膨大な熱を中緯度域へ運ぶ役割を果たしています。このように黒潮は北太平洋における熱、塩分、水蒸気の配分に関係し、日本列島や東アジアの気候変動、降雨パターンや強度の変動に大きな影響を与えています。
約10万年周期で繰り返す氷期と間氷期のうち、産業革命前の気候状態よりも温暖だったと推定されている間氷期は「スーパー間氷期」(※6)と呼ばれ、将来の温暖化した地球の環境を推定する時代として注目されています。このスーパー間氷期に黒潮がどのような状態であったのかを地質記録から明らかにすることは、今後さらに進行すると考えられている地球温暖化によって黒潮や日本周辺の気候がどのように変化する可能性があるかについて、過去の地球上で実際に起こっていた証拠となり得るため非常に重要です。
今般、過去から現在に至る黒潮変動の痕跡が残されていると期待される四国沖の海底において、「ちきゅう」によるピストンコア掘削を実施し、およそ25万年間の黒潮変動を復元可能な連続地層の採取に成功しました。
「ちきゅう」の掘削によりC9037地点(図1)で3回の掘削を行い、それぞれ約100 mの地層を総計約300 m分回収しました。本航海で用いた水圧式ピストンコアリングシステム(※7)はパイプの先端部を地層に突き刺し、柱状の地質試料を最大9.5 mごとに繰り返し回収していく方法です。この場合、それぞれの試料のつなぎ目の部分で欠損が発生するため、同一地点の3箇所の地層をつなぎ合わせることでほぼ欠損のない仮想的な連続地層を構成することができます。船上での微化石(※8)分析によると、回収した地層の最下部の年代はおよそ25万年前から29万年前の間になると推測されました。
掘削された地層(掘削コア)は、「ちきゅう」船上でX線CTスキャナによる透過イメージングとマルチセンサーコアロガーによる帯磁率の計測が行われ、航海終了後に高知コアセンター(※9)に移送されて冷蔵保管されています。9月7日から、掘削コアの半裁、写真撮影、色測定、肉眼岩相観察が高知コアセンターにて実施されており、回収された地層の様子が徐々に明らかとなってきました。非破壊計測や肉眼観察の結果、今回掘削された地層は、微化石を含む細かい泥粒子が厚く堆積したものであり(図2)、一部に火山灰層とタービダイトが存在していることがわかりました。
また、海底下の地層には、多数の生きた微生物が存在することも知られています。微生物は生きて存在しているので、掘削によって表層世界へ引き揚げると周辺環境の変化が起こり、時々刻々と変化することが想定されています。今回の掘削ではこれらの海底下微生物について、掘削後、時間が経過すると地層中の生命情報がどのように変化するのか、それともほとんど変化しないのか、時系列に体系的な検証を行うためのサンプリングも行いました。
今後、微化石、堆積学、地球化学、微生物学など専門的な解析を進めることで、過去約25万年間の黒潮変動、特にスーパー間氷期の変動を復元解析する国際共同研究が行われる計画です。また、火山灰層やタービダイトの堆積様式や粒子組成などの詳細解析により、タービダイトの発生機構として考えられる大規模洪水イベントの発生頻度や南海トラフ巨大地震の影響などに関する新たな知見が得られると期待されます。
図1 掘削地点(C9037)を示すマップ
図2 四国沖C9037地点で掘削された地層の例(海底面から約6.4 mの深さまでのコアを約1.4 mに切断し、左から順に並べてある)断面写真(左)とX線CT透過イメージ(右)
【参考】
全球的な気候変動を示す過去50万年間の酸素同位体比変動カーブ
(Lisiecki and Raymo, 2005を改編)
放散虫の顕微鏡写真(913_ C9037A_5HCC_45.5_50.5cm).黒潮の影響を受けている海域によく産出する1. Tetrapyle circularis、3. Dictyocoryne muelleriと亜寒帯海域の亜表層から中層水に産出する2. Actinomma boreale, 4. Cycladophora davisiana.
四国沖C9037地点の堆積物から産出した超微小化石(石灰質ナンノ化石)の例