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プレスリリース

2021年 10月 11日
国立大学法人高知大学
国立研究開発法人海洋研究開発機構
日本地球掘削科学コンソーシアム

四国沖での「ちきゅう」掘削速報:
スーパー間氷期の黒潮変動やタービダイト発生機構(洪水イベント、南海トラフ地震等)
の解明のための連続地層の採取に成功

高知大学自然科学系理工学部門(海洋コア総合研究センター)の池原実教授らの研究チームは、日本列島南方海域や東シナ海の海底堆積物を用いて過去から現代に至る黒潮変動の実態解明と東アジアの気候変動との関連を解明する研究を進めています。

今般、国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」)と日本地球掘削科学コンソーシアム(※1)が協働して実施する「地球深部探査船「ちきゅう」(※2)を用いた表層科学掘削プログラム」(※3)に採択された同研究チームの掘削提案に基づき、2021年8月22日から31日まで掘削航海が行われましたので、その結果を速報としてお知らせします。

※ポイント

約25万年間の黒潮変動を高い時間解像度で復元解析できる連続地層の回収に成功
連続地層は四国沖陸棚斜面におけるタービダイト(※4)の発生機構(大規模洪水イベントや南海トラフ巨大地震など)とその発生頻度の解明に向けた研究にも活用可能
乗船希望の大学院生を全国から募集する「教育乗船枠」(※5)を初めて実施し、次世代育成を掘削船上で実践

1. 実施内容

黒潮は北太平洋における亜熱帯循環を構成する西岸境界流であり、北大西洋の湾流と並ぶ世界最大級の暖流で、熱帯の強い日射によって熱を蓄えた西太平洋暖水プールから、膨大な熱を中緯度域へ運ぶ役割を果たしています。このように黒潮は北太平洋における熱、塩分、水蒸気の配分に関係し、日本列島や東アジアの気候変動、降雨パターンや強度の変動に大きな影響を与えています。

約10万年周期で繰り返す氷期と間氷期のうち、産業革命前の気候状態よりも温暖だったと推定されている間氷期は「スーパー間氷期」(※6)と呼ばれ、将来の温暖化した地球の環境を推定する時代として注目されています。このスーパー間氷期に黒潮がどのような状態であったのかを地質記録から明らかにすることは、今後さらに進行すると考えられている地球温暖化によって黒潮や日本周辺の気候がどのように変化する可能性があるかについて、過去の地球上で実際に起こっていた証拠となり得るため非常に重要です。

今般、過去から現在に至る黒潮変動の痕跡が残されていると期待される四国沖の海底において、「ちきゅう」によるピストンコア掘削を実施し、およそ25万年間の黒潮変動を復元可能な連続地層の採取に成功しました。

2. 結果概要及び今後の展望

「ちきゅう」の掘削によりC9037地点(図1)で3回の掘削を行い、それぞれ約100 mの地層を総計約300 m分回収しました。本航海で用いた水圧式ピストンコアリングシステム(※7)はパイプの先端部を地層に突き刺し、柱状の地質試料を最大9.5 mごとに繰り返し回収していく方法です。この場合、それぞれの試料のつなぎ目の部分で欠損が発生するため、同一地点の3箇所の地層をつなぎ合わせることでほぼ欠損のない仮想的な連続地層を構成することができます。船上での微化石(※8)分析によると、回収した地層の最下部の年代はおよそ25万年前から29万年前の間になると推測されました。

掘削された地層(掘削コア)は、「ちきゅう」船上でX線CTスキャナによる透過イメージングとマルチセンサーコアロガーによる帯磁率の計測が行われ、航海終了後に高知コアセンター(※9)に移送されて冷蔵保管されています。9月7日から、掘削コアの半裁、写真撮影、色測定、肉眼岩相観察が高知コアセンターにて実施されており、回収された地層の様子が徐々に明らかとなってきました。非破壊計測や肉眼観察の結果、今回掘削された地層は、微化石を含む細かい泥粒子が厚く堆積したものであり(図2)、一部に火山灰層とタービダイトが存在していることがわかりました。

また、海底下の地層には、多数の生きた微生物が存在することも知られています。微生物は生きて存在しているので、掘削によって表層世界へ引き揚げると周辺環境の変化が起こり、時々刻々と変化することが想定されています。今回の掘削ではこれらの海底下微生物について、掘削後、時間が経過すると地層中の生命情報がどのように変化するのか、それともほとんど変化しないのか、時系列に体系的な検証を行うためのサンプリングも行いました。

今後、微化石、堆積学、地球化学、微生物学など専門的な解析を進めることで、過去約25万年間の黒潮変動、特にスーパー間氷期の変動を復元解析する国際共同研究が行われる計画です。また、火山灰層やタービダイトの堆積様式や粒子組成などの詳細解析により、タービダイトの発生機構として考えられる大規模洪水イベントの発生頻度や南海トラフ巨大地震の影響などに関する新たな知見が得られると期待されます。

図1

図1 掘削地点(C9037)を示すマップ

図2

図2 四国沖C9037地点で掘削された地層の例(海底面から約6.4 mの深さまでのコアを約1.4 mに切断し、左から順に並べてある)断面写真(左)とX線CT透過イメージ(右)

【参考】

※1
日本地球掘削科学コンソーシアム(Japan Drilling Earth Science Consortium : J-DESC)
地球掘削科学の推進や各組織・研究者の連携強化を目的として、国内の大学や研究機関が中心となって2003年に設立されたコンソーシアムである。主に、地球掘削科学に関する科学計画・研究基盤の検討、関係機関への提言、地球掘削科学に関する科学研究等の有機的な連携、研究人材育成、国際プロジェクトへの支援および協力、情報発信・普及啓発の実施等を行っている。
※2
地球深部探査船「ちきゅう」
JAMSTECの所有する科学掘削船である。海底下をより深く掘削するため、ライザー掘削技術を科学研究に初めて導入した。巨大地震・津波の発生メカニズム、海底下生命圏、地球規模の環境変動の解明などに挑戦している。
※2
※3
地球深部探査船「ちきゅう」を用いた表層科学掘削プログラム(Chikyu Shallow Core Program: SCORE)
JAMSTECとJ-DESCが協働して実施する科学掘削プログラムである。元から予定された航海で「ちきゅう」が海域に出る機会の往復路などを有効活用し、短期間で実施できる海底表層の科学掘削(ピストンコアリング)を行う仕組みになっている。J-DESCが会員を対象に掘削提案の募集及び審査を行い、その審査を経て推薦された提案の中からJAMSTECが実施可能なものを選定し掘削を実施する。
※4
タービダイト
大規模な水害に伴って発生した洪水や海底斜面の崩壊、海底堆積物のまきあげなどによって形成された土砂を含んだ水塊が重力によって海底斜面に沿って流下する流れから堆積した特徴的な地層を指す。大きな粒子ほど先に沈み小さな粒子ほどゆっくり沈むため、タービダイトは下部ほど粗粒、上部ほど細かくなる粒度変化が見られる。
※5
教育乗船枠
SCORE航海の実施時に、首席研究員の監督・指導のもと乗船研究者の一員として掘削航海へ参加することができる大学院生向けのプログラムである。全国の大学から乗船希望者を募り、応募動機などの書類審査を経て選抜された6名が参加した。地球掘削科学に興味を持つ大学院生に、「ちきゅう」での航海を実体験する機会を提供し、将来の国際深海科学掘削計画(IODP: International Ocean Discovery Program)研究航海参加等へのステップアップとして活用してもらうことを想定している。
※6
スーパー間氷期
現代よりも温暖であった可能性が高い過去の間氷期は「スーパー間氷期(super-interglacial)」と呼ばれる。スーパー間氷期は将来の温暖化地球のアナロジー(類推)として重要であり、気温や海水温の変化、氷床融解の程度、海水準の動態等について様々な研究例がある。約12万5千年前のスーパー間氷期(酸素同位体ステージ5)は、産業革命前に比べて全球平均気温が約1℃高く、西南極氷床とグリーンランド氷床の一部が融解し、海水面が6-9 m高い状態であったと推測されている。
※6

全球的な気候変動を示す過去50万年間の酸素同位体比変動カーブ
(Lisiecki and Raymo, 2005を改編)

※7
水圧式ピストンコアリングシステム
水圧によるピストン作用によりナイフのように鋭いパイプ先端を地層に突きさし、最大9.5 mの柱状の地質試料を連続採取していく方式である。ドリルビット(掘削刃)を回転させることなく、地層を採取することが可能となっている。
※8
微化石
粒子サイズが数mm以下で、顕微鏡を用いることで形態などの観察ができる微小な化石の総称を指す。いろいろな生物グループが含まれている。微化石の多くは、海底や湖底、陸上の堆積物から大量に産出することが多く、過去の環境の推定や地層の年代を決める際に役立つ。四国沖の海底堆積物では、単細胞の真核生物である有孔虫、放散虫、珪藻、石灰質ナンノ化石などが産出する。
※8-1

放散虫の顕微鏡写真(913_ C9037A_5HCC_45.5_50.5cm).黒潮の影響を受けている海域によく産出する1. Tetrapyle circularis、3. Dictyocoryne muelleriと亜寒帯海域の亜表層から中層水に産出する2. Actinomma boreale, 4. Cycladophora davisiana

※8-2

四国沖C9037地点の堆積物から産出した超微小化石(石灰質ナンノ化石)の例

※9
高知コアセンター
高知大学海洋コア総合研究センターとJAMSTEC高知コア研究所が共同運営する研究センターである。高知大学物部キャンパス内にあり、大型のコア冷蔵保管庫を併設した研究施設であり、国内外のプロジェクトで海底から採取された地質試料が多数保管され、国際的な研究が展開されている。
(研究内容及び研究成果について)
国立大学法人高知大学 自然科学系理工学部門(海洋コア総合研究センター)
教授  池原 実
(地球深部探査船「ちきゅう」及びSCOREについて)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
研究プラットフォーム運用開発部門 運用部研究航海マネジメントグループ
(報道担当)
国立大学法人高知大学
総務部総務課広報室
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋科学技術戦略部 報道室
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