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プレスリリース

2021年 11月 22日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

深海性化学合成二枚貝から残留性有機汚染物質を検出
~過去30年間の汚染量変化も分析~

1. 発表のポイント

化学合成共生細菌に栄養依存する非摂食性(※1)の深海性二枚貝類から、生物に有害な残留性有機汚染物質であるポリ塩化ビフェニル(PCB)を検出した。
過去30年間の汚染量変化では、2010年以降で減少が見られ、近年の環境対策がPCBの汚染の低減に有効である可能性を示唆している。
しかし、非摂食性の生物から、しかも人口密集域から離れた地点のサンプルからも汚染が検出されたことは、汚染が広範囲に拡がっていることを示しており、より詳細な調査と対策の促進が望まれる。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター 海洋プラスチック動態研究グループの生田哲朗研究員らのグループは、相模湾初島沖で採取したシロウリガイ類およびシンカイヒバリガイ類(いずれも二枚貝)、そして伊豆・小笠原海域明神海丘で採取したシンカイヒバリガイ類からポリ塩化ビフェニル(PCB)などの残留性有機汚染物質を検出し、化学合成共生細菌に栄養を依存する非摂食性の動物にも汚染が及んでいることを明らかにしました。

化学物質の中には、環境中で分解されにくく、生き物の体の中に蓄積されて有害な影響を及ぼすものがあります。残留性有機汚染物質(POPs:ポップス)も有害な化学物質で、環境中に排出されたPOPsは、最終的には深海に集まると考えられています。人為的な環境破壊の影響を受けやすい脆弱な深海生態系への汚染の広がりを理解することは、保全対策を進める上で重要ですが、これまで深海生物でのPOPsの分布の情報は魚類を除いて僅かでした。

本研究グループは、深海生態系のうち表層からの影響を受けにくいと考えられる化学合成生態系(海底火山や断層域において熱水噴出や湧水に含まれる硫化物やメタンをエネルギー源とする生態系)に着目し、人口の多い地域に近い地点として相模湾初島沖からシロウリガイ類とシンカイヒバリガイ類、そして人間活動から比較的離れた地点として、伊豆・小笠原海域明神海丘からシンカイヒバリガイ類を採取し、PCBとポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDE)の含有量を分析しました。その結果、PBDEの検出量はごく僅かだったものの、PCBは全てのサンプルから検出されました。またシロウリガイ類については、JAMSTECに保存されていた過去30年間ほぼ10年毎に採取されたサンプルを分析した結果、PCBに対する規制が汚染の低減に有効であることが示唆されました。シロウリガイ類やシンカイヒバリガイ類は、一般的な二枚貝のように海水中の懸濁物を濾過して食べることはせず、体内に共生させた細菌から栄養を得ています。つまり、表層における光合成生産物には依存しない生き方をしています。しかし、深海の化学合成生態系にいる二枚貝から、しかも人間活動から比較的離れた地点から汚染が検出されたことは、POPsの汚染が非摂食性の化学合成生態系の生物にまで、しかも広い範囲に拡がっている可能性を示しています。

本成果は、深海の化学合成生態系を構成する生物におけるPOPsの初めての詳細な報告であり、今後の研究に重要な基礎データを提供するものです。内海内湾魚介類や遠洋沖合魚介類の暫定的規制値を下回るわずかな数値ではありますが、固有性が高い脆弱な生物に対する汚染を注視する必要があります。

本成果は科学誌「Frontiers in Marine Science(オープンアクセス)」に11月22日付でオンライン公開される予定です。

タイトル:
Interdecadal distribution of persistent organic pollutants in deep-sea chemosynthetic bivalves
(DOI: 10.3389/fmars.2021.751848
著者:
生田哲朗、中嶋亮太、土屋正史、千葉早苗、藤倉克則
所属:
1. 国立研究開発法人海洋研究開発機構

3. 背景

ポリ塩化ビフェニル(PCB)は自然界には存在しない人工的に作られた物質で、電気絶縁性、耐薬品性、不燃性などで優れた特性を持つため、20世紀半ばまで世界中で製造され、電気変圧器やコンデンサーの絶縁油、塗料やプラスチックの添加剤など、多くの用途に使用されていました。しかし20世紀後半には、その有害性と環境汚染の可能性が注目されるようになり、日本や欧米等の先進工業国のほとんどは、1970年代に国際条約や法令によりPCBの生産・使用を中止しました。また、プラスチックの難燃剤として多用されている臭素化芳香族炭化水素であるポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDE)は、PCBと類似した構造を持ち、やはり生き物の体に残留して蓄積することから、1990年代以降多くの国で使用が中止されています。しかし、このような努力にかかわらず、これらの物質による環境汚染は、世界中で採取されたさまざまな生物から検出され続けています。

PCBやPBDEは、水にはわずかにしか溶けず、藻類やプラスチック粒子など、水中の有機物粒子に付着して、海流にのって長い距離を運ばれます。そして、最終的には深海に集まると考えられています。浅い海に棲むイガイやカキなどの二枚貝の仲間は、鰓で水中の粒子を濾して食べ物を得る動物で、そうした粒子に付着していたPOPsを体の中に蓄積するため、環境汚染の指標になります。実際にPCBやPBDEによる浅海性二枚貝の汚染は、日本を含む世界各地で多数報告されています1,2。しかし深海生物のPOPsの分布については、魚類を除いて情報は僅かです。

シロウリガイ類やシンカイヒバリガイ類は、深海の化学合成生態系の代表種です。彼らは鰓の細胞に共生する化学合成細菌に栄養を依存するとされていますので、鰓の濾過による摂食は無いか、あってもかなり限定的と考えられます。PCBやPBDEのような水に溶け難い物質による二枚貝の汚染が、主に濾過食による取り込みによるものだと仮定すると、化学合成細菌に依存する二枚貝での汚染はほぼ無いと予想されます。しかし、浅海の二枚貝では、このような有機汚染物質が摂食以外で取り込まれるという研究例もあるため、研究グループは、鰓による濾過食を行わない化学合成二枚貝(※2)でも汚染物質が検出される可能性があり、その汚染レベルは人間活動の影響を受けるという仮説を立てました。これを検証し、海洋生態系におけるPOPsの汚染の広がりを理解するために、人口の多い地域の近くに位置する相模湾から採取したシロウリガイ類とシンカイヒバリガイ類のPCBとPBDEの含有量を測定しました(A–C)。シロウリガイ類については、過去30年分のサンプル(1989年、1998年、2010年、2019年)を用いて、汚染の経年変化を調べました。また、比較のために、人間活動から比較的離れた伊豆・小笠原海域の明神海丘に生息するシンカイヒバリガイ類でも分析を行いました。

4. 成果

PBDEの量はどのサンプルでも検出限界以下かごく僅かでしたが、PCBは今回調べた全てのサンプルから検出されました。脂質重量あたりの総PCB(含まれる塩素の数によって10種類に分けられる同族体の合計)量は18〜110 ng/g(平均=44 ng/g)でした(D)。この値は、東京湾(3000 ng/g)や大阪湾(2000 ng/g)など、日本の人口の多い地域で採取された浅海性のイガイ類から検出された非常に高いPCB濃度を大きく下回るものでした1,3。また、内海内湾魚介類や遠洋沖合魚介類の暫定的規制値より下回っています。しかし、他のアジアや欧米諸国のいくつかの地点で採取した浅海性の二枚貝類から検出されたレベルと同程度でした4,5。さらにこれは、相模湾で採集された魚類、甲殻類、動物プランクトンなどの他の深海生物のものと同等か、僅かに少ない値でした6。PCBは繁殖などに対して悪影響を及ぼすことが、二枚貝を含む様々な水生生物で報告されています。今回調べた化学合成二枚貝に対する汚染の影響と、汚染物質がどの程度の量になると影響を及ぼすのかはまだわかっていません。しかし、今回の結果は、これらの固有性が高く脆弱な生物に対する汚染に警鐘を鳴らすものです。日本近海以外にも、モントレー湾、ティレニア海、メキシコ湾などの比較的人口密度の高い地域の近くに化学合成生態系を有する熱水噴出域や湧水域は分布しており、本研究は、これらの地点に生息する非摂食性の化学合成生態系の生物にも汚染が広がっている可能性を示唆しています。

本研究で検出されたPCBは、主に塩素含有量の比較的少ない低塩素PCBでした。低塩素PCBは高塩素PCBに比べると幾分水に溶けることが知られており、溶解物として生体の中に取り込まれたのかもしれません。しかし、汚染物質の付着した有機物粒子が細胞内へ直接取り込まれた可能性もあります。マイクロプラスチックやナノプラスチック(※3)などの有機物粒子が二枚貝の体表から直接取り込まれることは、これまでにも報告されています7,8。PCBやPBDEは海中のプラスチック粒子に付着したり、PBDEはプラスチック製品の添加剤に使われるため、今後この可能性をさらに調査する必要があります。

1989年以降、約10年ごとに採取したシロウリガイ類から検出されたPCB量を比較すると、2010年と2019年の汚染レベルは、1989年と1998年の汚染レベルよりも有意に低いものでした(D)。今回採取したような殻長10 cm程度のシロウリガイ類は、少なくとも10年間は生きていると推測されます。したがって、採取されたサンプルは、10年間の汚染蓄積を反映している可能性があります。PCBは1960年代から盛んに製造され、日本では1974年に製造・使用が禁止されましたが、1974年以降も環境中に漏れ続け、2001年に厳格な廃棄措置が義務付けられました。2010年以降の個体で観測されたPCBの量が比較的少ないのは、こうした対策の効果を反映しているのかもしれません。しかし一方、明神海丘では、海底のゴミが非常に少ないとの観察報告がある9にもかかわらず、今回そこから採取したシンカイヒバリガイ類から、相模湾のシロウリガイ類と同程度のPCBの汚染が検出されました。これは、POPsの汚染が広い範囲に拡がっている可能性を示しています。

このように本研究は、深海化学合成生態系におけるPOPsの汚染に対して、さらなる詳細な調査と対策の促進を示唆しています。

5. 今後の展望

今回、相模湾と明神海丘から採取した化学合成二枚貝にPCBが含まれることを明らかにしました。しかし、彼らと同所に生息する生物での汚染レベルは全くわかっていませんし、他の海域の同じような化学合成生態系での汚染レベルも調べられていません。今回対象としたような人為的環境破壊の影響を受けやすい生態系をPOPsの汚染から守るためには、まずは汚染の広がりを把握することが重要と考えられます。そして同様に大切なのが汚染のルートを理解することです。海流シミュレーションなどによるマクロな解析だけでなく、海水や堆積物など、彼らの生息環境の汚染レベルを調べ、さらに、そうした環境中の汚染物質が生体内にどのように取り込まれていくのか、その仕組みを理解する必要があり、研究グループでは今後これらの問題に取り組んでいきたいと考えています。

※1:
シロウリガイ類やシンカイヒバリガイ類は、鰓に共生する細菌に栄養を依存するため、食物を摂ることは無いもしくはとても限定的と考えられています。
※2:
太陽光の届かない深海の熱水噴出域や湧水域には、光合成の代わりに地中から湧き出る硫化水素やメタンをエネルギー源に有機物を合成する「化学合成」を行う細菌が生息し、その細菌と共生関係を結んで栄養を得ている動物がいます。
※3:
一般に、直径5ミリメートル以下のプラスチック粒子をマイクロプラスチック、1/1000ミリメートル以下のさらに小さなものをナノプラスチックと呼びます。

引用文献

1
Ramu, K. et al. Environ. Sci. Technol. 41, 4580–4586 (2007).
2
Farrington, J. W. et al. Environ. Sci. Technol. 17, 490–496 (1983).
3
Monirith, I. et al. Mar. Pollut. Bull. 46, 281–300 (2003).
4
Kimbrough, K. et al. NOAA Technical Memorandum NOS NCCOS 74 (2008).
5
Olenycz, M. et al. Oceanologia 57, 196–211 (2015).
6
Toyoshima, S. et al. in Interdisciplinary Studies on Environmental Chemistry – Environmental Research in Asia 83–90 (2009).
7
Al-Sid-Cheikh, M. et al. Environ. Sci. Technol. 52, 14480–14486 (2018).
8
Kolandhasamy, P. et al. Sci. Total Environ. 610–611, 635–640 (2018).
9
Nakajima, R. et al. Mar. Pollut. Bull. 166, 112188 (2021).
図1

図 分析に使用した化学合成二枚貝採集地点と検出されたPCB濃度。(A)相模湾と明神海丘の位置。(B)相模湾初島沖のシロウリガイ類とシンカイヒバリガイ類の生息状況。シロウリガイ類(紫矢頭)は堆積物にもぐり、ヒバリガイ類(緑矢頭)は海底の岩に付着している。(C)明神海丘のシンカイヒバリガイ類(青矢頭)の生息状況。熱水チムニーの近くにコロニーを形成している様子がわかる。ユノハナガニ(白矢頭)やネッスイハナカゴ(黄矢頭)などの甲殻類も観察される。(D)各年代のサンプルから検出された総PCB濃度(3個体ずつの平均値。個体ごとの値は赤、緑、青のスポットで示してある)。赤、緑、青のバーがそれぞれ、シロウリガイ類(相模湾初島沖)、シンカイヒバリガイ類(相模湾初島沖:初)、シンカイヒバリガイ類(明神海丘:明)の脂肪重量あたりの濃度(lw)。白いバーは各々の乾燥重量あたりの濃度(dw)。赤、黒の*はそれぞれ、シロウリガイ類および2019年に採取したサンプルの中で統計的に有意に差があることを示している。エラーバーは標準偏差。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター 海洋プラスチック動態研究グループ
研究員 生田哲朗
(報道担当)
海洋科学技術戦略部 報道室
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