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プレスリリース

2022年 11月 16日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

生命の起源を解く重要なヒントとなる「海底熱水-液体/超臨界CO2仮説」の提唱

1. 発表のポイント

生命の起源に対する有力シナリオの一つである「生命誕生の場=海底熱水」説は、かねてから海底熱水系を満たす水が生命を形作る有機物の合成を妨げ、分解を促進してしまうという「ウォーター・パラドックス」とよばれる問題があると指摘されてきた。
本研究では、多くの有機物を溶かすが水をほとんど溶かさない(水と混じらない)という化学的特性を持つ液体または超臨界状態のCO2を海底下に保持する海底熱水系が、現在の地球だけでなく原始地球にも存在していた可能性が高いことを示し、液体/超臨界CO2が前生物的化学進化を促進したとする「海底熱水-液体/超臨界CO2仮説」を提唱した。
この新しい仮説は「生命誕生の場=海底熱水」説の「ウォーター・パラドックス」問題を解決するだけでなく、化学進化を効果的に促進する場としての海底熱水説の概念を飛躍的に発展させるものである。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和裕幸、以下「JAMSTEC」という。)超先鋭研究開発部門 超先鋭研究開発プログラムの渋谷岳造主任研究員と高井研部門長は、「前生物的化学進化は、海底熱水系で発生・貯留される液体や超臨界状態のCO2の存在によって促進された」とする、生命の起源を解く重要なヒントとなる「海底熱水-液体/超臨界CO2仮説」を発表しました。

生命誕生の場に関する科学的考察は、干潟説、海底熱水説、陸上温泉説、宇宙飛来説等多くの仮説が提唱されています。中でも海底熱水系は、生命が代謝を開始・維持する条件が整っていることや、宇宙線などの地球外からの致命的な影響を受けないなど、生命誕生の場として際立った有利な条件を持っていると考えられています。その一方、海底熱水系は海水で満たされており、化学的に合成された生命の誕生に必要な有機物や生体高分子が水によって分解されやすく、前生物的化学進化が困難であるという「ウォーター・パラドックス」とよばれる欠点が指摘されていました。

そこで本研究では、1) 現在の深海底には非常に稀ではあるものの、熱水噴出孔(チムニー)周辺や海底下に液体/超臨界CO2を貯留する海底熱水系が存在すること、2) 液体/超臨界CO2は多くの有機物を溶かすものの水はほとんど溶かさないという化学的特性を持つこと、を考慮して、生命が誕生した40億年以上前の原始地球にも液体/超臨界CO2を保持する海底熱水系が存在し得たかどうか、そしてそこで化学進化が起こり得たかどうかを既存の研究成果に基づく理論的考察によって検証しました。その結果、現世の海底熱水系の海底下で液体/超臨界CO2が発生し保存されるメカニズムや、35億年前の海底熱水系でも液体/超臨界CO2が発生していたことを示す地質記録が複数存在することなどを明らかにしました。

このことは、生命が誕生した原始地球においても液体/超臨界CO2を貯留する海底熱水系があった可能性が極めて高いことを示しています。そして、本研究では「海底熱水-液体/超臨界CO2仮説」を提唱するとともに、液体/超臨界CO2を貯留する海底熱水系では、水の中では起こらないような化学進化における重要な化学反応プロセスが起こりやすいことも予測しました。

この「海底熱水-液体/超臨界CO2仮説」は、これまでの海底熱水説の弱点である「ウォーター・パラドックス」を克服するだけでなく、化学進化を効果的に促進する生命誕生の場として全く新しい概念を提供する仮説になります。今後、液体/超臨界CO2を使った室内実験や海底下に液体/超臨界CO2プールが広がる沖縄トラフ熱水活動域などの調査研究により、この仮説の検証を行っていく予定です。

なお本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金JP15K13583、JP25707038、JP20H00209および文部科学省科学研究費補助金JP17H06455、JP22H04900の支援を受けて行われました。本成果は、「Progress in Earth and Planetary Science」に11月16日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:
Liquid and supercritical CO2 as an organic solvent in Hadean seafloor hydrothermal systems: implications for prebiotic chemical evolution
著者:
渋谷岳造1、高井研1
所属:
1. 海洋研究開発機構
DOI:
10.1186/s40645-022-00510-6

3. 背景

生命の起源は1950年代のミラーの原始大気放電実験以来、人々の関心を集めてきました。近年では、理論・実験はより高度化・複雑化してきていますが、未だ実験や探査は十分ではなく、この究極の問いについて議論や論争が続いています。生命誕生の場としてはこれまで、干潟説、陸上温泉説、宇宙飛来説等、様々な仮説が提唱されています。中でも海底熱水説は、生命が代謝を開始・維持する環境条件が整っていることや宇宙線などの地球外からの致命的な影響を受けないなどの利点があり、最も説得力のある仮説の一つと考えられています。また近年の大規模ゲノム情報を利用した生物進化を逆行する科学的考証の結果から、例え地球に最初の生命が生まれた場所がどこであったとしても、現存するすべての生物の最終共通祖先生命(Last Universal Common Ancestor: LUCA)の生息する場が海底熱水系であったのではないかと指摘されています。つまり生命の誕生と初期進化の連続性や持続性といった可能性の大きさからも、「生命誕生の場=海底熱水」説の優位性が支持されています。

しかしながら、海底熱水系は海水中にあり、その豊富な水が生命を形作るのに必要な有機物の重合(高分子化)を妨げ、むしろ分解を促してしまう、という前生物的化学進化プロセスにおける弱点が指摘されていました。というのも、簡単な有機分子同士が合体してより大きな有機分子になるためには、どうしても脱水縮合(※1)を伴う化学反応を経る必要があるからであり、海底のようにたくさん水がある環境では脱水反応が極めて起きにくいからです。このように、海底熱水系は生命誕生の場として有力な候補の場所であるにもかかわらず、水が豊富であるがゆえに生命誕生前の化学進化が起こりにくいと言われており、この「ウォーター・パラドックス」が海底熱水説にとって本質的な弱点の一つであると認識されてきました。

また一方で、これまでの理論や地質記録解析からは、原始地球の大気や海洋は非常にCO2に富んでいたことがわかっています。さらに、そのCO2の多さゆえ、一部の CO2は気体ではなく、陸の地下の深いところなどでは液体や超臨界状態(※2)といった凝縮した状態になっており、この液体や超臨界状態のCO2が生命の化学進化に重要な役割を果たしたかもしれないことが言及されることがありました。これは、液体や超臨界CO2が、多くの有機物を溶かす一方、水を溶かさないといった疎水性(※3)有機溶媒のようなユニークな化学的性質を持っているからです。

【用語解説】

※1
脱水縮合:分子と分子の間から水分子が脱離する縮合反応のことである。それと同時に2つの官能基の残った部分同士でも結合が生成して新しい官能基が生成する化学反応である。分子と分子の周囲に水分子が少ない方が反応が進みやすい。
※2
超臨界状態:気体と液体の中間的な状態。気体のように動きやすく、液体のように物を溶かすことができる。水は約374℃、218気圧(水の臨界点)を超えると超臨界状態になる。CO2は約31℃、73気圧(CO2の臨界点)を超えると超臨界状態になる。
※3
疎水性:水に溶けにくい、もしくは水と混ざりにくい、という物質や分子の性質のこと。

4. 成果

そこで、我々はこの「ウォーター・パラドックス」を克服する新たな理論仮説を構築するために、既存の研究成果を基に理論的思考実験を行いました。

通常CO2は大気下では気体として存在します。しかし、圧力鍋を使うと100℃以上でも水が液体のままであるように、CO2ガスも圧力が高いと液体になります(図1)。また、同様に約31℃を超えると液体CO2は超臨界状態になります。この液体/超臨界CO2は、水には溶けないような様々な有機物を溶かす一方、水をほとんど溶かさないという化学的性質を持っています。このため、現在では材料化学、薬学、金属工学などでは安全性の高い有機溶媒として液体/超臨界CO2が使われるようになりつつあります。

図1

図1 水中におけるCO2の状態図。黒太線もしくは灰色領域は、海底下に液体/超臨界CO2プールをたたえる沖縄トラフ熱水活動域(伊平屋北熱水活動域、第四与那国階級熱水活動域、伊是名海穴JADE熱水活動域)とマリアナ弧のNW Eifuku熱水活動域の海底の圧力を示す。どの熱水活動域も液体CO2、超臨界CO2、もしくはCO2ハイドレートが安定な深さの海底にある。100 bar の圧力はおよそ1000 mの深さに対応する。

このような液体/超臨界CO2を海底下もしくは熱水噴出孔(チムニー)周辺に貯留している海底熱水系が日本近海の沖縄トラフやマリアナ弧に数カ所存在します(図2-4)。そして、これまでのJAMSTECを中心とした航海調査から、このような海底熱水系の海底下には、大規模な液体/超臨界CO2のプールが広がっており、熱水系全体が非常にCO2に富んでいることがわかっています(図2-4)。

図2

図2沖縄トラフ第四与那国海丘熱水域で観察された熱水噴出孔のチムニー の下部に溜まっている液体CO2。液滴の表面がCO2ハイドレートに覆われ葡萄房状になっていることが観察される。

図3

図3 沖縄トラフ南奄西海丘熱水域に観察された海底下液体/超臨界CO2プール。海底直下には白いCO2ハイドレートが蓋となって存在し、その下の液体/超臨界CO2プールから液体CO2が噴出している様子が観察される。

図4

図4 沖縄トラフ伊江山熱水域に観察された海底下液体/超臨界CO2プール。周囲の海底に比べて白く盛り上がっているマウンド(隆起地形)の下には液体/超臨界CO2プールが存在する。

理論的考察により、海底下で液体/超臨界CO2が発生するメカニズムを推定した結果、1) マグマ溜まりから過剰にCO2が供給され、CO2濃度が高くなった高温熱水が海底下深部から海底に向かって上昇する過程で、相分離(※4)を起こし、より一層CO2に富む熱水が発生すること、2) CO2が濃縮された熱水が海底下でより低温の間隙水や海水と混合することでさらに相分離を起こし、熱水中のCO2が濃縮・精製され、ほぼ純粋な液体/超臨界CO2が生成されること、3) 堆積物中の液体CO2は周囲の冷たい海水との反応で海底下にCO2ハイドレート層の蓋を形成することにより(図3)、海水よりも密度が低く軽い液体/超臨界CO2を海底下に貯留していること、がわかりました。

さらに、地質記録に関する既存研究成果の精査を行ったところ、35億年前でも海底熱水系で液体/超臨界CO2が発生していた可能性を示す地質証拠が複数存在することもわかりました。そして、35億年前の海底熱水系においても、現世の液体/超臨界CO2プールを貯留している海底熱水系と同様のメカニズムが起きる可能性が高いこともわかりました。このことは、生命が誕生した原始地球の海底熱水系でも普遍的に大規模な液体/超臨界CO2プールが存在していたことを示唆します。したがって、研究チームは、海底熱水系に存在する液体/超臨界CO2プールにより前生物的化学進化が促進されたとする「海底熱水–液体/超臨界CO2仮説」を提唱するに至りました(図5)。

図5

図5 生命の起源・海底熱水説における「液体/超臨界CO2仮説」の概念図。冥王代(40億年前以前の地質時代)の高CO2海水が断層沿いなどから海底下に染み込んでいくと周囲の岩石と反応しつつ熱水系の熱源まで沈み込む。熱源からは大量のCO2ガスが付加され、熱源上部で高温の高CO2濃度熱水が発生し、浮力により急激に上昇する。熱水の上昇に伴う急激な圧力の現象によって熱水が相分離を起こし、超高CO2濃度の熱水が一部発生する。この超高CO2濃度熱水が低温の海水や間隙水と混合すると、温度低下に伴うCO2溶解度の低下によってさらに相分離が起こり、CO2が精製されてゆく。このようなプロセスで海底下に液体/超臨界CO2が溜まっていく。精製された液体CO2が堆積物中など海底直下で約10度以下の海水と反応するとCO2ハイドレートを形成し、このCO2ハイドレート層が蓋となり海底下に液体/超臨界CO2プールを形成する。

この仮説では、1) 液体/超臨界CO2中での炭化水素や疎水性高分子有機物の脱水縮合反応、2) 水との境界における両親媒性分子の自己組織化、3) 金属錯体形成に伴う含金属有機分子の形成、など、生命の誕生に必要となる重要な高分子有機物が液体/超臨界CO2を保持する海底熱水系の様々な環境で合成・貯留・組織化される可能性があることを指摘しています。この新しい「液体/超臨界CO2仮説」は長年問題になっていた生命の起源・海底熱水説の「ウォーター・パラドックス」を解決する最も矛盾の少ない仮説になるだけでなく、化学進化を効果的に促進する生命誕生の場として全く新しい概念を提供する画期的な仮説になります。

【用語解説】

※4
相分離:温度や圧力の変化により均一の混合物(この場合は熱水)から、化学組成の異なる2種類の熱水または、熱水とガスに分離する現象。水が普段100℃で相分離する現象は水と水蒸気が分離する「お湯の沸騰」として広く知られている。

5. 今後の展望

現在の地球の液体/超臨界CO2を保持する海底熱水系の調査を行い、液体/超臨界CO2の採取と網羅的分析をすることによって、実際にどのような無機物や生体分子を含む高分子有機物が存在しているのかを明らかにします。これによって、天然の液体/超臨界CO2環境で起こりうる化学反応を明らかにし、そして、それらを実験的に検証することで、液体/超臨界CO2を貯留する海底熱水系で前生物的化学進化における重要な化学反応が起こるかどうかを明らかにします。

一連の液体/超臨界CO2に関する研究で得られるデータは、地球における生命の起源だけでなく、水や液体/超臨界CO2を保持する他天体における地球外生命の存在可能性についても一石を投じます。また、超臨界CO2に関しては材料化学、薬学、金属工学などの分野でも研究が進められており、天然の液体/超臨界CO2が関与する物理・化学・生物プロセスの知見との融合によって、資源開発やCO2貯留といった社会問題に対する取組にも波及効果が期待されます。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
超先鋭研究開発部門 主任研究員 渋谷岳造
(報道担当)
海洋科学技術戦略部 報道室
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