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マイクロX線CTを用いた海洋微小プランクトンの殻密度を精密に計測する手法を開発 ~海洋酸性化による影響の実態解明と将来予測に向けたブレークスルー~

2023.12.21
国立研究開発法人海洋研究開発機構
有限会社ホワイトラビット

1. 発表のポイント

  • 人類が放出した二酸化炭素(CO2)が海洋に溶け込むことで起こる海洋酸性化による海洋の石灰化生物※1 への影響が危惧されているが、その実態はわかっていない。

  • マイクロフォーカスX線CT装置(MXCT)※2 を用いて石灰質(炭酸カルシウム)の殻をもつマイクロサイズのプランクトンの殻密度、殻重量を精密に計測するための手法を開発した。世界で初めて作成に成功した較正基準試料を使用すること等により、客観的な密度計測が高精度で行える。

  • 本手法により個体ごとのいわば「骨密度計測」が可能となったことで、海洋酸性化による殻の弱化及び溶解によるごくわずかな影響も高確度で定量的に見積もれるようになった。さまざまな種類の海洋の石灰化生物について本手法を適用することで、現在の海洋環境と生物の応答、さらに高精度な将来予測が可能となる。(図1)

図1

図1.海洋微小プランクトンの計測による海洋酸性化の実態解明と将来予測のイメージ
 石灰質の微小な殻への影響を検出することが可能になると、海洋酸性化や環境変化に対する石灰化生物への影響を正しく理解することができる。さらにその影響を定量化することで、近い将来の石灰化生物の生産量予測や、物質循環に与える影響もこれまで以上に高い確度の予測が可能となる。

用語解説
※1

石灰化生物
海に溶けている炭酸イオン(CO32-)とカルシウムイオン(Ca2+)を使って、石灰質の骨格や殻などの硬い組織を形成する生物。

※2

マイクロフォーカスX線CT(MXCT)
マイクロサイズの微小な物体に対して全方向からX線を照射することで物体の透過画像を取得し、それらをコンピュータ上で再構成することにより物体の表面から内部の形態情報を3次元で詳細に明らかにすることができる装置。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門 地球表層システム研究センターの木元克典主任研究員、堀内里香臨時研究補助員は、東北大学総合学術博物館の佐々木理協力研究員、有限会社ホワイトラビットの岩下智洋氏との共同研究により、マイクロフォーカスX線CT装置(MXCT)を用いて、世界の海洋に生息する微小な動物プランクトンである浮遊性有孔虫※3 の殻密度と殻重量を直接、高精度に計測する方法を世界に先駆けて開発しました。

人類活動で放出された二酸化炭素(CO2)による海洋酸性化が進行することによって、世界の海洋に生息する石灰質の殻をもつ微小なプランクトンへの影響が危ぶまれています。しかし、海洋酸性化による海洋プランクトンへの影響はこれまでほとんど報告がなく、詳細についてわかっていません。

本研究では、世界の海洋に生息し、石灰質の殻を作る代表的な生物である浮遊性有孔虫を例とし、その殻密度と重量について、MXCTのみを用いて高精度に計測する技術を開発しました。これにより、これまで不明であった海洋酸性化による海洋プランクトンへの影響について、ごくわずかな変化(最小で1µm(0.001mm)の構造)をとらえ、精密かつ定量的に計測することができるようになりました。これは海洋酸性化と生物影響評価の研究分野におけるブレークスルーであり、海洋環境に対する海洋生物の応答性、適応性の解明に大いに貢献することが期待できます。

本成果は、Frontiers in Earth Scienceに2023年12月21日付(日本時間)で掲載されました。なお本研究は科学研究費補助金(科研費)(JP19H03037, JP15H05712, 23H02299) および海洋研究開発機構運営費交付金の助成のもと実施されました。

論文情報
タイトル

Precise bulk density measurement of planktic foraminiferal test by X-ray microcomputed tomography

著者
木元克典1、 堀内里香1、 佐々木理2、 岩下智洋3
所属
1. 海洋研究開発機構
2. 東北大学総合学術博物館
3. 有限会社ホワイトラビット
論文公開日
2023年12月21日(日本時間)
用語解説
※3

浮遊性有孔虫
海洋の表層に生息する単細胞の原生動物プランクトン。サイズは約0.1~1mm程度で、世界で約40種類が知られている。

3. 背景

人類が排出する二酸化炭素の影響により、地球規模での環境変化が進行しています。過剰な二酸化炭素の排出は、地球規模の温暖化をもたらすだけでなく、海洋の化学的な性質をも変化させています。大気中の二酸化炭素(CO2)は海水に溶け込むと、水(H2O)と反応して炭酸(H2CO3)となり、さらに解離して水素イオン(H+)が発生するため、海水のpHを低下させます。これを「海洋酸性化」と呼びます。海洋酸性化は世界的に進行していることが確認されており1、現在の海洋表層のpHは約8.1ですが、今世紀末には海水のpHは7.8程度にまで低下しうることが予測されています。(図2

図2

図2.海洋酸性化のしくみ
 大気中のCO2が海水に溶け込むと、水と反応し水素イオンを発生する。この水素イオンが海水のpHを低下させる。
出典:特別展「海-生命のみなもと」(イラスト 坂本由美香(AD・CHIAKI))

海洋酸性化による海水のpHの低下は、海洋生物にとって様々な悪影響をおよぼすことが多くの実験や観測研究により明らかになっており、海洋生態系への影響が危惧されます2。しかしながら、海の膨大な生物資源(食物連鎖)を支えている海洋プランクトンへの影響はわかっていません。とくに、石灰質の殻をもつ動物プランクトンへの影響については研究例が極めて少なく、その実態は明らかでありません。海洋生物がつくる石灰質の殻は、カルシウムイオンと炭酸イオンからできていますが、海水のpHが低下し酸性側に傾いてゆくと、殻の材料となる海水中の炭酸イオンが炭酸水素イオンに変化することで海水中から減少してゆくため、石灰質の殻を作ることが難しくなる、殻が溶けるなどの現象がおこります。これにより、外敵に捕食されやすくなる、感染症にかかりやすくなるなど、生態に対して様々な悪影響が予想されています。今世紀末の海洋を模した低pH環境下での生物実験では、同じように石灰質の殻をもつウニやカキなどの幼生の成長が著しく阻害されるという報告例もあります3。このように、海洋酸性化は私たちの生活にも関係の深い環境問題ですが、海洋の食物連鎖を支えるプランクトンが、具体的にどのような影響を受けているかを定量的に計測するための方法論と指標がありませんでした。

JAMSTECでは、2015年より世界に先駆けてMXCTを用いた先進的な生物影響指標の開発を行ってきており、海洋酸性化に対する生物影響を評価するうえで、プランクトンの殻密度が有効な指標になることを示してきました。JAMSTECは現在この分野において世界をリードしています4。本研究は動物プランクトンの個体別の殻の密度と重量について、さらに高精度に計測する手法を開発するとともに、その客観的な分析精度を評価するための較正基準試料を作成しました。本手法を、この分野での世界共通の計測手法として提案するものです。

4. 成果

本研究では、MXCTを使って、動物プランクトンの殻の形態と密度をこれまで以上に精密に取得する手法の開発に取り組みました。計測対象となった種は、日本近海に多数生息している浮遊性有孔虫、Globorotalia inflata(体長約0.5mm)です。

MXCTの撮影条件には様々な条件設定がありますが、その中でもX線の質、計測に用いる素材の吟味、得られる画像の輝度データの新解釈などを厳密に行い、もっとも高精度に計測できる手法の開発を行いました。(図3

図3

図3.浮遊性有孔虫Globorotalia inflataの殻の相対密度を断面に投影した図
 a) 浮遊性有孔虫G. inflataの全体像を示した3Dモデル。(サーフェスレンダリング像)。b)G. inflataの殻断面の相対密度(CT値)を示した図。赤い色調は密度が高く、青い色調は低い密度を示している。浮遊性有孔虫の殻には、高密度の部分と低密度の部分があり、不均質であることが立体的に把握できる。スケールバー(白)は0.3mm。空間分解能は0.001mm(1ミクロン)/pixel。

この方法をもとに、計測データの長期安定性を確認するため、CT値(物体のX線の「通りにくさ」を示す指標で、密度と強い相関を持つ)の再現性を2か月間にわたり30回以上繰り返して計測しました。その結果、CT値は±0.9%(標準偏差)というこれまでになく極めて高い精度で計測を行うことができました。

次に、CT値から殻密度に直接換算するための、較正基準試料の製作に取り組みました。較正基準試料とは、あらかじめ密度が判明している、基準試料のことを指します。しかし、計測する対象と同じ物質である石灰質の微小かつ既知の密度をもつ較正基準試料は世界に存在していませんでした。このため、客観的な計測の正確性は、これまで示されてきませんでした。そこで本研究では、99.5%以上の純度をもつ人工炭酸カルシウム結晶(直径0.005mm以下の微粒子)に異なる複数の圧縮力を段階的に加えることで、均質かつ複数の異なる密度を有する、直径0.3mm以下の大きさの試料を作り出すことに世界で初めて成功しました。(図4

図4

図4.炭酸カルシウム結晶を圧縮して形成した較正基準試料の例
 左からそれぞれ2トン、4トン、8トンの圧縮をかけて炭酸カルシウムの粒子を押し固めたもの。これにより段階的な密度を持つ較正基準試料を作ることができる。(特許第7175462号)

ここで作成した密度が判明している複数の較正基準試料とCT値を比較し、その関係式を導出したところ、以下のような極めて直線性の高い一次式を得ました。

 CT値 = 351.23 × 密度+46.765 (R2 = 0.9994)

これは、計測されるCT値と密度の間には明確な直線関係があることを意味し、MXCTによりCT値を計測しさえすれば、上で導出した計算式に代入することで、直接、石灰質の殻の密度が求められることになります。また、MXCTで同時に計測される体積を乗ずることで、1個体当たりの重量も正確に求めることが可能となります。(図5

図5

図5.較正基準試料の密度と、MXCTで計測されるCT値の関係
 密度約1.8から2.7(単位はµg/µm3)までにおいて、密度とCT値は極めて高い直線性の関係をもつことを示している(R2 = 0.9994)。この関係式により、CT値から石灰質のプランクトンの殻の密度が計算できる。(グレーの幅は95%の信頼区間幅を示す。)

この較正基準試料から得た計算式を用いて、日本近海から得られた浮遊性有孔虫の1種であるGloborotalia inflataの1個体の殻密度と殻重量をMXCTを用いて計測しました。その結果、本種の殻密度と殻重量はそれぞれ2.3 ± 0.02g/cm3 と21.8 ± 0.28µg となることが示されました。この精度で浮遊性有孔虫の殻密度を計測できた例は過去に例がありません。また重量についても、従来法である精密電子天秤を用いた重量計測の場合、一般的に周囲の気温、気圧、重力、静電気など複数の環境影響を受けるため、数マイクログラムの重量の1個の粒子に対してこの精度で計測を行うことは極めて難しく(通常数~10%程度の誤差を含む)、高精度に計測することは極めて困難でしたが、本研究では±1.3%の誤差という、高い精度で求めることができました。

このことは、MXCT法によるプランクトンの殻密度と重量を指標とした、生物の酸性化影響を見積もる新たな研究の道を開くことを意味しています。

本論文中で、私たちの開発した技術のノウハウについて開示しています。従って、本論文の方法に倣い、かつ本研究で開発した較正基準試料を使用することで、世界各地で稼働しているMXCT装置を用いたプランクトンの密度・重量計測が可能です。我が国で確立した手法を世界各国で応用することで、進行しつつある各海域の海洋酸性化による海洋生物への影響を定量的に明らかにするとともに、その予測につながる研究が今後加速されることが期待されます。

ここで考案した較正基準試料作製法と計測手法は、2022年に国内特許を取得しました。(特許第7175462号)

5. 今後の展望

本研究で開発した手法を世界標準として広めるために、較正基準試料を希望する世界の研究室に頒布し、生物種間での酸性化影響の国際的な比較を行います。貝形虫や有殻翼足類といった複数種の動物プランクトンや石灰化生物の幼生などについて、それぞれの殻密度と殻重量を統一した手法で計測することによって、各海域における海洋生物の殻への影響評価、つまり石灰化生物の「骨密度計測」を世界の研究機関で実施することが可能となります。世界各地でこの計測を行うことで、全世界でもっとも深刻な海域をマッピングし、特定することができるようになると期待できます。(図6

また、この方法を応用することで、私たちの食生活においても重要な、二枚貝類、巻貝などへの影響も定量的に検討することができます。貝類は発生直後の姿はきわめて小さく、また、脆弱な石灰質(アラゴナイト(あられ石))で初期殻を形成することが知られています。特に貝類は、発生直後に海洋酸性化の影響を受けやすいとされていることから、幼生の段階での環境変化に対する応答評価を定量的に行うことで、近い将来の水産資源への予測につなげることも期待できます。

さらにこの手法は、海底堆積物に記録された過去の海洋酸性化研究にも大いに威力を発揮します5。堆積物中の有孔虫化石などについて、本研究手法を適用することで、その殻に記録された過去の海水の酸性化の強さを調べることも可能となると期待できます。

図6

図6.本研究により精密な殻密度・重量が計測できる生物例
 海洋には炭酸カルシウムの殻を作る生物が多く生息している。本研究により、これらひとつひとつの個体について、どのくらいの重量の炭酸カルシウムがあるか、またどのくらいの量が溶けだしているのかについて正確に計測することが可能になった。これにより、これまで明らかになっていなかった、海洋酸性化などの海洋環境の変化と海洋生物の応答を正確に把握できるようになる。また海洋の物質循環研究にも多大な貢献が見込まれる。

参考文献
1.

WMO Greenhouse Gas Bulletin, No.10, (2014). World Meteorological Organization.

2.

Orr et al. (2005). Anthropogenic ocean acidification over the twenty-first century and its impact on calcifying organisms. Nature, 437, doi:10.1038/nature04095.

3.

木村ほか (2010) 海洋酸性化が石灰化生物に与える影響の実験的研究(2008-2010). 課題成果報告, 環境省. https://www.env.go.jp/policy/kenkyu/special/houkoku/data_h22/A-0804.html.

4.

Kimoto (2021) Quantification of the Impact of Ocean Acidification on Marine calcifiers. Oceanography, doi:10.5670/oceanog.2021.supplement.02-19.

5.

Iwasaki et al. (2022) Evidence for late glacial oceanic carbon redistribution and discharge from the Pacific Southern Ocean, Nature Communications. doi:10.1038/s41467-022-33753-4

本研究のお問い合わせ先

国立研究開発法人海洋研究開発機構
地球環境部門 地球表層システム研究センター 海洋生態系研究グループ
グループリーダー代理 木元 克典

報道担当

海洋科学技術戦略部 報道室