地震波速度
地震波(P波・S波)が岩石中を進む速さ。岩石の種類や状態によって変化し、硬い物質ほど速くなる。
地震波速度構造
地下の地震波速度を場所ごとに表したもの。
図1 本研究の概念図
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 河村 知彦、以下「JAMSTEC」という。)地震火山研究部門の赤松 祐哉研究員、道林 克禎客員研究員、国立極地研究所/総合研究大学院大学の藤井 昌和助教らの研究チームは、国立研究開発法人産業技術総合研究所、大阪公立大学、京都大学、名古屋大学、神戸大学と共同で、沈み込み帯誕生直後の前弧※3 地殻が、複数の異なる火山活動によって形成されたことを示す岩石物理・地球物理学的証拠を初めて示しました。
沈み込み帯の誕生は、地球のプレートテクトニクスの始まりに関わる重要な転換点です。大陸や日本列島の成り立ちを理解するためには、沈み込み帯誕生直後に地殻がどのように形成・進化したのかを解明する必要があります。しかし、そのような地殻形成をもたらした火山活動がどのように起こったのかを示す直接的な証拠は乏しく、長年未解明でした。本研究では、国際深海科学掘削計画(International Ocean Discovery Program: IODP)※4 第352次研究航海(伊豆・小笠原弧前弧域調査掘削)で採取された岩石コア試料を用い、密度や空隙率※5、P波速度などの岩石物性を詳細に測定しました。その結果、沈み込み帯誕生後直後の火山活動で形成された岩石と、その後の火山活動で形成された岩石とでは、内部の割れ目(クラック)の量の違いが原因でP波速度が大きく異なることを明らかにしました(図1)。この結果を、掘削地点周辺で観測されている地震波速度構造と組み合わせることで、地殻が沈み込み開始直後の海底拡大を伴う火山活動と、海底拡大終了後に起こった火山活動の2つの段階を経て作られたことを、実際の地下構造として裏付けました(図1)。これは、大陸形成と関連する前弧地殻がどのように作られるのかを地球物理学的に初めて示す成果です。
本成果は、Nature Portfolioの論文誌「Communications Earth & Environment」に4月9日付け(日本時間)で掲載されました。なお、本研究の一部はJSPS科研費(22H01337, 23KJ2219,24K17156)、高知大学海洋コア総合研究センター共同利用(16A047,16B041,17A058,17B058)および情報・システム研究機構戦略的研究プロジェクトによって実施されました。
Cracked on-axis and pristine off-axis crust formed during forearc evolution at a nascent subduction zone
前弧
沈み込み帯において海溝に沿って発達する火山帯と海溝の間の領域。前弧で形成された地殻を前弧地殻といい、主に沈み込み帯が誕生した直後の火山活動によって形成された岩石からなる。
国際深海科学掘削計画(IODP)
2013年10月から開始された多国間科学研究協力プロジェクト。日本(地球深部探査船「ちきゅう」)、アメリカ(ジョイデス・レゾリューション号)、ヨーロッパ(特定任務掘削船)がそれぞれ提供する掘削船を用いて深海底を掘削することにより、地球環境変動、地球内部構造、地殻内生命圏等の解明を目的とした研究を行っている。2024年9月で終了し、2025年からは新たに国際海洋科学掘削計画(International Ocean Drilling Programme:IODP3)として日欧を中心としたプロジェクトが始まっている。(2025年10月既報)
空隙率
岩石中の空隙(隙間)の体積の割合。火山岩にはマグマに含まれていた気泡や、変形によってできた割れ目(クラック)などが空隙として存在する。
沈み込み帯は、海洋プレートが別のプレートの下に沈み込むことで形成され、火山活動や地震活動を伴います。その中でも「前弧」と呼ばれる領域は、沈み込み開始直後の地質情報を保持する重要な場所と考えられています。特に前弧域の火山活動で形成される火成岩は、地球史初期における大陸地殻の起源など、プレートテクトニクスを理解する上でも重要な地質プロセスを記録しています。伊豆・小笠原弧は現在の地球で見られる沈み込み帯の中でも、プレートの沈み込みに伴う前弧火山活動の記録が海底下に最もよく保存されている特異な海域です(図2)。この海域では、典型的な海洋地殻の岩石とは異なり、沈み込み帯誕生時の火山活動に特有の化学組成をもつ、前弧玄武岩※6 やボニナイト※7 と呼ばれる岩石が広く分布しています。掘削試料や海底で採取された試料の化学的・岩石学的分析から、それらの火山岩は、海洋プレートの沈み込み開始に伴って海底が拡大したことによる火山活動や、その後沈み込んだプレート由来の物質が付加されたマグマによる火山活動によって形成された岩石であることが明らかになっています(図3)。
図2 掘削地点周辺の海底地形図
図3 伊豆・小笠原弧の岩石試料分析から提案されている沈み込み帯誕生時の前弧地殻進化モデル
(a)太平洋プレートの沈み込み開始によって前弧マントルでマグマが形成され、海底拡大に伴って前弧玄武岩が噴出。(b)沈み込むプレート由来の流体が上昇し、新たに低Si(玄武岩質)ボニナイトが噴出。(c)海底拡大の終結後、沈み込む堆積物由来の流体もさらに上昇し、高Si(安山岩質)ボニナイトを噴出。
伊豆・小笠原前弧の地殻内部構造を理解するために、調査船を用いた海底物理探査も行われており、海底下の地震波速度構造が推定されています。地震波速度構造は掘削では到達できない深部の構造を把握することができる非常に有用なデータです。そのデータから地下にどのような岩石が分布しているのかを知るためには、岩石の種類や成因と地震波速度の関係を理解する必要があります。しかし、前弧での火山活動と岩石の地震波速度の関係を調べた研究はなく、前弧地殻の形成・進化過程を裏付ける地球物理学的な証拠は得られていませんでした。
前弧玄武岩
沈み込み帯誕生時に前弧で海底拡大が起こることで噴出した玄武岩。典型的な海洋地殻の玄武岩とは異なる化学的特徴をもつ。
ボニナイト
マグネシウムを多く含む安山岩で、前弧玄武岩と同様に沈み込み帯誕生時の火山活動によって噴出した。ケイ素(Si)を多く含むボニナイトとあまり含まないボニナイトの2種類がある。小笠原諸島の父島や母島を構成する岩石で、東京都の「県の石」にも認定されている。
本研究は、沈み込み帯誕生直後の前弧地殻が、場所と時期が異なる2つの火山活動によって段階的に形成されたことを、岩石試料の物性データと地震波観測データの両方から示しました。
掘削で得られた岩石試料の化学組成分析と物性測定を行った結果、沈み込み帯形成の初期に噴出した岩石と、その後の火山活動で噴出した岩石とでは、性質が大きく異なることがわかりました。特に、後の火山活動でできた岩石は、初期に形成された岩石よりも地震波(P波)の伝わる速さが大きいことが示されました(図4a)。この違いは、岩石内部の割れ目の量(クラック密度、図4b)の違いとして説明できることがわかりました。初期の火山活動で形成された岩石は、海底拡大に伴う強い変形を受けたため内部に多くの割れ目を含んでいるのに対し、拡大終了後に形成された岩石はそのような変形をほとんど受けず、割れ目が少ないと考えられます。
図4 (a)岩石種ごとのP波速度の比較。図の左から右にかけて前弧地殻形成の初期から後期に形成された岩石の結果を示す。海底拡大後に形成された岩石はP波速度が大きい。(b)P波速度と空隙率などから推定された岩石種ごとのクラック密度。P波速度のバリエーションは、岩石に含まれるクラックの量の違いで説明できることがわかった。
こうした岩石の物性の違いは、地下の地震波速度構造にも反映されています。先行研究によって得られている掘削地点周辺のP波速度構造には、深さとともにP波速度が急激に増加する場所と、ゆるやかに増加する場所が存在します(図5a)。一般に、割れ目を多く含む岩石ほど、圧力が高くなるにつれて割れ目が閉じるため、P波速度は急激に増加します。本研究で示したクラック密度の違いを踏まえると、深さとともにP波速度が急激に増加する場所には、割れ目を多く含む海底拡大期の岩石(前弧玄武岩や低Siボニナイト)が分布し、P波速度がゆるやかに増加する場所には、割れ目の少ない海底拡大後の岩石(高Siボニナイト)が分布している可能性が高いことを意味します(図5b)。これは、前弧地殻が沈み込み開始直後の海底拡大による火山活動と、海底拡大後の火山活動という2つの段階を経て作られたことを、実際の地下構造として裏付けた初めての成果です。岩石の種類・成因と地震波速度構造を結びつけることで、これまで別々に扱われてきた地球化学的研究と地球物理学的研究を統合し、前弧地殻の形成史を一体として説明できるようになりました。
図5 先行研究で得られている掘削地点周辺のP波速度構造とその解釈図。深くなるにつれてP波速度が急激に増加する場所と、ゆるやかに増加する場所が見られる。この違いは地殻に含まれるクラックの量を反映し、海底拡大時に形成されたクラック密度が高い地殻と拡大終了後に形成されたクラック密度が低い地殻の違いを反映している可能性がある。
本研究は、海底で掘削されたコア試料の岩石物性データを用いて、沈み込み帯誕生時の地殻進化に関する地質学的な知見と地震波観測データを結びつけることで、直接観察することが困難な地殻の内部構造や形成過程を解明できることを示しました。
地震波速度構造は地下の構造を広い範囲で把握できる強力な手法ですが、そこに見える「速さの違い」が何を意味しているのかを正しく解釈することが重要です。本研究は、岩石内部の割れ目の多さや硬さといった具体的な性質を手がかりに、地震波速度構造の物質科学的な意味を明確にしました。本知見は、物質科学的証拠に基づいて地震波データを解釈するための基盤となるとともに、極域を含む広大な海底未探査域を理解するための新たな戦略的指針を与えるものです。
さらに伊豆・小笠原弧では、2025年から始まった国際海洋科学掘削計画(International Ocean Drilling Programme: IODP3)において、さらなる掘削調査の提案が検討されています。これまでに取得されている地震波速度構造や、海底から採取された試料を本研究のアプローチで結びつけることで、沈み込み帯の進化過程をより詳しく解明できるようになります。
お問い合わせ先
(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構(報道担当)
海洋研究開発機構 企画部門 事業推進部 報道室