平成28年度活動報告

平成28年度の観測航海活動について

  • (1)新青丸航海(KS-16-8:2016/7/5~7/13)
       西部北太平洋亜熱帯海域
       KEOセジメントトラップの回収・再設置

  • (2)おしょろ丸航海(2016/7/18~7/27)
       日本海北東部
       基礎生産力観測
       (温暖化に伴う物質循環変化の検出)

  • (3)長崎丸航海(2016/10/11~10/15)
       日本海南西部
       基礎生産力観測
       (温暖化に伴う物質循環変化の検出)

  • (4)新青丸航海(KS-16-19:2016/11/19~11/29)
       福島沖
       F1セジメントトラップの回収
       (原発事故由来放射性核種の調査)

トピックス

(1)ベンガル湾海洋環境に対する河川流量変動の影響

天然起源・人為起源陸起源物質の影響を受けやすいインド洋ベンガル湾において、降水量・河川流量の変化がどのように同湾の懸濁物質濃度(TSS)、植物プランクトンクロロフィル濃度(CHL)、有色溶存有機物吸収係数(CDOM)を変化させるか、を解明する研究に着手した。手法として1997年から2016年に海色衛星観測により推定されたTSS、CHL、CDOMの時空間変動を解析した。その結果、ガンジス・ブラマプトラ河川流量とその河川流域の降水量が高い夏(A)には、TSS、CHL、CDOMがベンガル湾のより沖合まで広く分布していたことが明らかとなった(E、F、G)。これは河川流量増大によって懸濁物、栄養塩、有機物等の陸起源物質がベンガル湾により多くより広域に輸送されることを示唆している。特に、1998年、2007年、2011年ラニーニャ現象発生時には、降水量・河川流量が増加し、より沖合まで高TSS、CHL、CDOM分布域が広がっていた。従ってベンガル湾での陸—海の相互作用とラニーニャ現象とにテレコネクションがあると考えられた。

図1 (A)ガンジス・ブラマプトラ河川流量()と降水量()の季節変動。(B)、(C)、(D)はそれぞれ、懸濁物質濃度、クロロフィル濃度、有色溶存有機物吸収係数の年平均値。(E)、(F)、(G)はそれぞれ、懸濁物質濃度、クロロフィル濃度、有色溶存有機物吸収係数の1997年から2016年における南北変動。

(2)貧栄養亜熱帯海域におけるエアロゾル栄養塩による植物プランクトンの増殖応答

西部北太平洋亜熱帯海域の表層は冬季の混合期を除くと成層しており、下層からの栄養塩供給はほとんどなく表層の植物プランクトンは栄養塩制限となっている。しかしながら最近、定点観測やモデル結果から、成層期でも表面ではエアロゾル沈着による栄養塩供給があることが示唆されてきた(図1)。栄養塩が枯渇している夏季の西部北太平洋亜熱帯海域の表面海水に、横須賀で採取したエアロゾル(PM2.5)抽出物を添加して、エアロゾルによる植物プランクトンの増殖応答実験を行った。エアロゾルの添加だけでは植物プランクトンの増殖は見られなかったが(図2-1)、さらにリンを添加したケース(図2-2,3,5)では増殖応答が見られた。実験結果からは、エアロゾル栄養塩として窒素および鉄は供給されるが、リンの供給は不足していることが示された。西部北太平洋亜熱帯海域の表層では、夏季は既に窒素もリンも完全に枯渇しているが、これまでの我々の定点観測結果から、夏季とは対照的に、春季は深層から供給された窒素が先に枯渇してリンが過多となっていることが示されている。そのため、春季は窒素栄養塩がエアロゾルから供給されると、植物プランクトン増殖が効率的に起きる可能性が高いことが示唆された。現在、エアロゾル栄養塩の影響評価のため、エアロゾル栄養塩の成分分析と海洋沈着の季節変動について解析中である。

図1(左図): 西部北太平洋亜熱帯海域における夏季成層期の硝酸塩鉛直分布。
図2(右図): エアロゾル抽出物を添加した、異なる栄養塩添加培地における植物プランクトンの増殖実験。

(3)生物学、化学観測結果を統合した西部北太平洋観測定点K2、S1における炭素循環像

西部北太平洋亜寒帯循環域は生物活動に伴う大気中二酸化炭素の吸収効率が高い海域として知られてきた。しかし近年の地球環境変化による海洋温暖化や酸性化といった“複合的ストレス“に伴ってその効率が将来どのように変化するのかが懸念されている。そこで2001年から設定されている西部北太平洋の亜寒帯循環域の観測定点K2(47°N / 160°E)と2010年に新たに設定された亜熱帯域の観測定点S1(30°N / 145°E)において、2010年〜2013年、観測船、係留系を用いた時系列的な生物学的/化学的観測、および物理観測、並びに衛星データ解析、数値シミュレーションによる総合的な物質循環研究(通称:K2S1プロジェクト)を実施した(special issue of Journal of Oceanography 72 3, 2016)。同プロジェクトでは、海洋環境が異なり、鉛直混合などの物理場の変化や大気塵供給量の変化に対して反応が異なる海域において海洋環境の変化がどのように物質循環を変化させるのか?の推定に資するため、生物活動を中心とした炭素循環過程の現状を把握することを試みた。その結果、K2、S1で以下のような特徴が明らかとなった(Honda M. C., K. Matsumoto, E. Siswanto et al. Journal of Oceanography, DOI: 10.1007/s10872-017-0423-3 (2017).)。

  • K2、S1ともに大気中二酸化炭素の吸収域であるが、S1の吸収量はK2の約1.7倍であった。
  • 栄養塩濃度が低いにもかかわらずS1の純生産量(NPP)はK2のものより若干大きく、溶存有機炭素(DOC)の生成も考慮するとS1の方がより生産的な海域であった。
  • K2における動物プランクトン(Metazoan: 後生生物)の現存量はS1の約10倍であり、糞粒による炭素輸送量はS1のものより有意に大きいが、炭素要求量、呼吸・排泄による炭素輸送量は両地点で大きな差は見られなかった。一方、原核生物の現存量および炭素要求量は両地点で大きな差は見られなかった。
  • 粒状態有機炭素フラックスは表層混合層直下では両地点に大きな差は見られなかったが、深度の増加に伴いK2のフラックスの方がS1のフラックスより有意に大きくなった。
図 K2(上)S1(下)の表層(0〜150m)と亜表層(150〜1000 m)における炭素収支の年平均値。フラックスの単位はmgC m-2 day-1、現存量の単位はmgC m-2。DIC:溶存無機炭素、DOC:溶存有機炭素、POC:沈降粒状有機炭素、PIC:沈降粒状無機炭素、bio:現存量、PhyP:植物プランクトン、GPP:総生産、NPP:純生産、ZP:動物プラクトン、Proto: 原生動物、Meta:後生生物、Prok: 原核生物、CD:炭素要求量、Resp: 呼吸量、Excre.:排泄、Ont. Migra.:季節的鉛直移動、FP: 糞粒、SS: 懸濁粒子、n.d.:データ無し
(Honda M. C., K. Matsumoto, E. Siswanto et al. Journal of Oceanography, DOI: 10.1007/s10872-017-0423-3 (2017).)