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平成16年度(独)海洋研究開発機構委託事業 |
5. 水中音響調査における海洋環境に配慮した取り組み5−1. 水中騒音の国際規制はじめに、音響調査における海洋環境に配慮した取り組みの総論的な紹介として、書籍「International Regulation of Underwater Sound -Establishing Rules and Standards to Address Ocean Noise Pollution-」Elena McCarthy著、Kluwer Academic Publishers のうち、第5章を紹介する。 5−1−1. 水中における騒音問題騒音問題は、2つの立場から考えられる。すなわち、音を出力する側と、それを受ける環境の側である。 出力する側から見ると、騒音問題の解決には、音による新しい汚染を減少させるための技術によるところが大きい。一方、環境の側から見ると、その解決策には、海の汚染吸収や収容力に頼るところがある。汚染物質のコントロールについては、これまで試みられてきたが、音やエネルギーに関する汚染については、あまり検討されてはこなかった。これは、海洋における騒音問題が新しいソナー、出力の大きい船舶、掘削活動の増加、新しいタイプの音響を使った海洋調査観測など、新しい技術がその原因となっていることが多いためである。また新しいものだけに、海洋生態系に与える影響についても明らかではない部分が多い。このため、取り締まる機関(regulatory agencies)は、科学的な論理とデータ(しばしば完璧ではない)とのギャップを推定しなければならない。例えば、アメリカでは、海産哺乳類に影響を与える雑音情報について、その不十分さが認識され、NOAA Fisheries(海洋漁業サービス局:NMFS)の中でも問題視されていた。しかしこのNMFSは、海産哺乳類へのノイズ基準を、この不十分な情報をもとに確立しなければならなかった。このような科学的な不確かさは、水中での音響活動で予防的なアプローチをする上で、大きな障害になっている。 5−1−2. 音響活動に対する予防原則音を発する活動に対する予防原則※1について、環境保護団体からの意見がある。米国愛護協会(US Humane Society)は、予防原則を破りかねない近年のNMFSの決定にクレームをつけた。また、イタリアにあるTethys研究所(Tethys Research Institute)は、地中海における低周波ソナーとATOC※2の使用に関する予防原則を求めてきた。 また、他の例として、海洋政策の研究者であるEmily Gardnerは、SURTASSの使用をめぐって、海産哺乳類が受ける影響については科学的に不確かな状態にあることを強調し、科学的調査のさらなる追加を求めている。同女史は、以下のことを提案している。
NMFSは、SURTASSによって受ける音圧の閾値に関して、鯨類に物理的な傷害の発生する180dbを設けた。しかしGardnerは、物理的な傷害よりも、行動の崩壊など、行動学的な基準を設けなければ、予防原則にならないことを主張した。また同時に、環境収容力も考慮した基準作りに挑まなければならないことも述べている。
NMFSは、SURTASSによって受ける音圧の閾値に関して、鯨類に物理的な傷害の発生する180dbを設けた。しかしGardnerは、物理的な傷害よりも、行動の崩壊など、行動学的な基準を設けなければ、予防原則にならないことを主張した。また同時に、環境収容力も考慮した基準作りに挑まなければならないことも述べている。
これらの疑問は、科学的な不確かさに直面しつつ、予防原則の実行に挑戦することの難しさを示している。
5−1−3. 海中騒音に関する国際協定の問題点海中騒音に関する国際協定を締結していくには、いくつかの重要な障害が存在する。 1つは、現在はもっと別の環境問題に直面しており、そのため、この問題の重要性が認められにくいという点である。一般的に認識される問題となるためには、海洋汚染専門家会議※1(GESAMP)といった、国際委員からなる専門家グループが、海中騒音を一般の意識まで持ち上げなければならない。しかし、海洋のノイズは、自然界の中で認識しづらい部分もあり、また、科学的に不確かな部分もあることから、複雑な様相を呈している。 2つ目は、ルール作りの起草、実現可能でかつ実施できる防止策を立てられるかどうかなどの、協定作り本来が持っている困難さである。3つ目は、協定を作ることによって生じる主権の制限であり、多面的な合意を得る難しさである。4つ目は、もし協定が成立した場合、海中騒音のモニタリングを絶え間なく、広域で実施しなければならないという実務的な問題である。5つ目は、海洋の利用に関して、海中騒音は不可抗力的な広がりをもつため、音の流出の制限、すなわち、海洋の利用に関する制限といったことと関連が出てくる可能性があり、これは経済的な反響を呼ぶであろう。 とはいえ、新しい国際協定は必要であり、それは既存の組織によって発展的に、かつ確実に履行されるべきである。また、それは地域別(例えば地中海や北西太平洋)、分野別(船舶、石油やガスの掘削)に特化しつつ、世界全体的な協定へと進むべきである。
5−1−4. 国境を越えた海中騒音問題に対する政策手段国境を越えた海中騒音に対する政策手段として、次のものが考えられる。
この10年間で海洋汚染問題は、個別の汚染源で偶発的な事例から、もっと全体的で長期に渡って累積する影響にまで見方が変ってきた。ここには、個別の種の保全を考えることから、エコシステム全体を保全できるようにと、管理努力の傾向が変ってきたことも含まれる。例えば、近年における北西大西洋のOSPAR Conventionでは、エコシステムの問題に特に取り組んでいる。 他には、環境と開発のための国連会議(地球サミット)の“Agenda21”における青写真的な例がある。Agenda21は、環境、貧困、開発に関する問題を含めた40章にもなる行動計画からなっている。ここでは、世界の海域に関して、エコシステムを基にした管理の必要性についてAgenda21の第17章で強調されている。これは、海洋や沿岸域の全体的な管理と持続可能な開発を主張した最初のプログラムである。 また、他の例として、バルセロナ条約※1がある。この条約は、地中海からの海洋汚染を防止するためのものだが、作成から20年経った今日、単独の汚染のみならず、環境にとって脅威である全ての活動を中止させることに力が注がれている。 さらに、最後の例として、国連の下部組織で長い歴史のあるGESAMPが挙げられる。GESAMPは海洋汚染の専門家グループで、Agenda21の後、諮問的な役割を担う団体としてその位置付けが確認された。その結果として、1993年、以前の名称である「Joint Group of Experts on the Scientific Aspects of Marine Pollution」から、現在の「The Joint Group of Experts on the Scientific Aspects of Marine Environmental Protection」に名称を変更した。
5−1−5. 環境影響評価アメリカの海軍や石油掘削、オーストラリアやU.K.における地震探査産業(seismic industry)の水中騒音論争において、環境影響評価が広く用いられている。新たに有害なことが起こりうる状態になった場合、その緩和措置を謳った環境影響評価書※1が用意される。 アメリカでは、環境政策法(NEPA:National Environment Policy Act)によって、いかなる連邦による予算(federal fund)、連邦による許可(federal permitted)、もしくはプロジェクトによるものであっても、環境への影響を与えるものについては、一連の環境影響評価を命じている。いくつかの大規模な科学的、軍事的、産業的プロジェクトにおいて、人間由来の音を発生させるものについては、一般市民が検討でき、正式な文書である環境影響評価書を準備する必要がある。ここでいうプロジェクトには、ATOC、アメリカ海軍によるSURTASS、いくつかの石油、ガス掘削プログラムなどが含まれている。欧州連合(EU)においては、EU環境影響評価指令※2を環境への重大な影響をもたらすかもしれない公的・私的プロジェクトに対して提出を求めている。この中で、事業段階より以前の計画段階でアセスメントを行う戦略的アセスメント(SEA:Strategic Environmental Assessment)が提案されている。U.K.では、大陸棚周辺海域における石油ガス開発において、地震探査における海産哺乳類への影響を考慮して、いくつかの環境評価がなされている。 最も洗練された環境影響評価に関する取り決めをもつのは、アメリカ、カナダ、そしてEUである。この中で、アメリカだけがカナダやEUと異なっている。それは、アメリカが連邦政府の予算や許可の出ているプロジェクト・プログラムに対して環境影響評価書の提出を求めているのに対し、カナダやEUは民間産業界によって資金提供された団体にのみ提出を求めている点である。 環境影響評価書は、今後与える影響を分析し、予測することを試みるものであるが、実際与える影響というのは全く異なっている。オーストラリアの環境影響評価書において、予測の正確性に関する分析を行ったところ、50%以上の予測が実際とは異なっていた(すなわち、過少評価もしくは過大評価であった)。 アメリカにおいて環境影響評価書は、意志薄弱で、手続き上のものであり、遅れがちであり、そして値段が高いなどといった否定的な見方がされてきた。そして、有識者達は、現実に影響評価書がどのくらい現実と近いものなのか、モニタリングと検証が必要だという意見で一致している。アメリカでは、環境影響評価プロセスの中で事後のモニタリングを必要としていないため、実際に事業が与える影響は表面化しない、もしくは未知のままである。そして、事業による影響が予想よりも下回っており、それゆえ寛容でき、閾値を下回っているという保証はどこにもないのである。アメリカのNEPA 輸送事務局は、環境影響評価プロセスについていくつかの問題を指摘した。その中で、環境影響評価事業を難しくするものとして、1)基金の不足(32%)、2)地域論争(16%)、3)極度に複雑化した事業(13%)を挙げている。 1992年リオデジャネイロの地球環境サミットにおいても、環境影響評価プロセスは、「国際的な道具(national instrument)としての環境影響評価は、環境に重大な影響を与えそうな活動に対して執り行われるべきであり、また、国家の威信を満足させるものである必要がある。」と述べられている。 実際、環境への影響を評価することは科学的な不確かさも相まって困難である。Birnie and Boyleは、環境影響評価の欠点を次のように指摘している。すなわち、環境影響評価は、環境に影響があるかどうかその決定のために必要とされているが、環境影響評価書実施の義務は、環境への影響が予想された時のみ生ずる。
5−2. 水中音響調査における海洋環境に配慮した具体的事例5−2−1. サハリンエナジー社の取り組み2003年10月、サハリンエナジー社(SEIC:Sakhalin Energy Investment Company Ltd)はコククジラ保護計画書「WGWPP:Western Gray Whale Protection Programme: a Framework for Mitigation and Monitoring related to Sakhalin Energy Oil and Gas Operations , Sakhalin Island Russia」(DocumentNo.1000-s-90-04-p-0048-00)を作成した。なお、この文書は保護計画として同社がどのように取り組んでいるかを示すものであって、保護計画それ自体の詳細な技術的内容は2003年5月に同じく同社によってまとめられている環境影響報告書(EIA:Environmental Impact Assessment)に述べられている。 (1)WGWPPの背景および環境対策の経緯西部太平洋に生息するコククジラ(WGW:Western Gray Whale Eschrichtius robustus)(以下、WGW)は、ロシア連邦のレッドデータブックにおいてカテゴリー・(絶滅危惧)種に指定されている。同種は、IUCNにおいても、絶滅危惧の高い種として近年登録されなおした種であり、再生産可能な生息数は50頭と言われている。 サハリンエナジー社が掘削活動を行うサハリン北東沿岸は、WGWの索餌域であることが明らかになってきており、サハリンエナジー社、Exxon-Neftgas LTD社(ENL)その他の財政的支援によるモニタリング調査によれば、最近では、同島北東海岸における生息数は100頭以上と報告されている。WGWは、長距離かつ季節的な回遊種で、毎年5月遅く、同海域で氷がなくなってから、サハリン島北東部に来遊し、11月遅くまで生息する。その回遊ルートはまだ未解明であるが、多くの研究者によれば、日本海から宗谷海峡を抜けてサハリン島沿いに北上し、同海域では沿岸部に滞在するものと考えられている。これまで、WGWはPiltun湾の比較的浅い(〜20m)海域で索餌を行い、集団的に密集するというより海岸沿いに散らばって行動すると考えられてきた。しかし、2001〜2002年にサハリンナジー社とENL社が財政支援をした調査によれば、WGWのグループがChayvo湾の南東部、水深35〜40mの海域でも索餌していることが観察されている。 サハリンエナジー社では、HSEマネジメントシステム(Health, Safety and Environment Management System)を定めているが、環境影響評価などの取り組みの経緯はおよそ次のようである。
(1)WGWPPの背景および環境対策の経緯
(2)WGWPPの概要2003年のWGWPPとしては、まず、Sensitivity Zoneの海域と時期の設定があげられ、そこでの影響については表5-1のように評価されている。 ![]() ここで示される影響度のレベルは、次の5段階で区分されている。
このSensitivity Zoneは3つに区分されている。
またモニタリング計画の概要は次のとおりである。
これによって、Major Impactがあると認められた場合には、影響緩和措置が講じられない限りは操業を行わないし、Moderateと認められる場合でもその影響が十分に合理的なほど低いレベル(ALARP:As Low As Reasonably Practical)に低減させるためにあらゆる措置を講じる必要がある。 2003年以降も2010年までWGWに関するデータの収集が行われることになっている。 5−2−2. 米国海軍のLFAソナーNOAA Fisheries(NMFS)では、いくつかの保護海域の設定やソナーのシャットダウン基準などを含む海産哺乳動物やウミガメに対する傷害の潜在的可能性を防止するための措置を講じることとした。それらはおよそ以下のようである。
具体的な方策としては、メキシコ湾の大陸棚でのエアガン調査※1では、調査開始前にramp-up procedureとして調査海域に海産哺乳類やウミガメがいないかを目視確認し、最小出力のエアガンを発射することで調査海域外に海産哺乳類やウミガメを移動させることや、調査実施時にマッコウクジラなどの希少種がいないかを観察する熟練した観察員を乗せ、観察データを取ることが求められている。 ● 関連するウェブサイト
5−2−3. オーストラリアにおける地震探査活動と鯨類保全に関する取り組みオーストラリアの環境省(Australian Government Department of the Environment and Heritage)では環境保護および多様性保全法※1(Environment Protection and Biodiversity Conservation Act)に基づき、地震探査活動(seismic survey)が鯨類に与える影響を最小限にするための指針※2を作成している。ここで対象となる鯨類を表5-2に記した。
● 関連するウェブサイト
地震探査活動が鯨類に与える影響を最小限にするための手順
![]() 図5-1. 地震探査調査時の鯨類目視半径 ![]() ![]() |
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