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2. 研究成果の概要1. 総括地球システムの統合モデルは、これまでその概念については議論されていたが、実際に多くの要素モデルを結合して統合モデルとする試みは、ごく最近急速に世界の主要研究センターで開始されたところである。その背景には、地球温暖化が炭素循環、とりわけ陸域生態系のCO2吸収能に大きな影響を与えるおそれがあることが知られ、今後の地球温暖化予測は炭素循環のフィードバックを含むものでなくてはならないとの認識がある。このような時期に、関連各分野の専門家が集まっており、日本で唯一統合モデル開発の力を持つ地球フロンティアがそれに向けてプロジェクトを開始した事はきわめてタイムリーで有効であった。この事が第一の成果である。 このように世界的に見ても開拓段階のしかも多専門の緊密な連携・協力を必要とする研究課題であるから、適任な研究者を集める必要がある。公募により6名の研究者の参加を得たが、いずれもそれぞれの専門において優れ、かつ「統合モデルづくり」に強い意欲を持った人々で、地球フロンティアの既存領域を横断して行う当プロジェクトのしっかりとした核を作ることができた。これが第二の成果である。 平成14年度は各分野のメンバーがそれぞれの分野でのモデリングの現状をレビューし、統合モデル開発の戦略を練って、モデルの大枠とそこに至る道筋を決めるため7回にわたり討論の場を持った。その結果、まだ詰め切れていない所もあるが、モデルの大枠の構造が決まり、IPCC第4次報告書(2007年)に統合モデルによる温暖化予測実験を行える見通しが立った。これは初年度として最も重要な成果である。なお、これから開発する必要のある海洋・生物化学モデルに着手するとともに物理気候コアモデルを成層圏まで拡張する作業を開始し、それぞれ困難をかかえながらもとにかく動き始めた。 2. サブテーマごと、個別項目ごとの概要(1)炭素循環モデル、炭素循環・気候変化結合モデル@ 陸域炭素循環モデル大気CO2濃度に短期〜長期的な影響を与える陸域生態系の炭素収支を推定し、陸域生態系の機能量を代表する指標である葉面積指数(LAI)を予報する生態系動態モデルを構築する。平成14年度はSim-CYCLEを基本とした生態系モデルの骨格を作成し、同時にoff-lineによる応答シミュレーションを行った。 A 海洋生物地球化学モデル4成分をもつ簡略な海洋生態系モデルを東大気候センターと地球フロンティアが共同開発する海洋大循環モデルCOCOに組み込み、7年間の積分を行った結果を観測データと比較した。海洋生態系にとって重要な物理環境である混合層深度は大循環モデルによって比較的よく再現されており、北大西洋北部と南極海における振幅の大きな混合層深度季節変動もモデルによって表現されている。また植物プランクトン現存量の指標となるクロロフィル濃度分布についても、北大西洋・北太平洋北部や赤道域、南極海といったエクマン湧昇域で濃度が高くなる様子、北大西洋北部と南極海における急激な混合層深さの変化のため植物プランクトンのブルームが起こる現象などがモデルにより再現された。炭酸系のモデルへの組み込みも既に完了しており、定常に達するのに必要な数千年の積分をこれから行う予定である。全球の海洋生態系モデルとしては高解像度といえる本研究での設定の下こうした長期積分を行うためには地球シミュレータを用いても3ヶ月程度の実時間が必要であり、従来のスーパーコンピュータでは事実上不可能といえる。 B 陸域炭素循環モデルにおける植生帯移動予測モデルの構築陸域統合モデルの構築に向けて、その構成要素とする植生動態モデルを開発する。限られた人的資源と期間のもとで一定の成果を得る為に、これは温暖化の影響が最も顕著に生じると考えられている北方域の植生変化に特化した植生動態モデルとする。高等植物にとっての極限環境である高緯度地域では、既存のDGVMで仮定されているギャップ動態よりも、微少な気候変化や山火事による攪乱が植生動態を最も強く規定している。そこで、そのような高緯度地域に特異的な動態を扱った極域生態系移行モデルALFRESCOをベースとして用いる。ALFRESCOは、経験的データに基づいて極域生態系の移行を予測するものの、統合モデルの構築に際して必須の情報である木本現存量やサイズ構造を扱わない。そこで、これらを扱えるように、ALFRESCOに植物の成長・拡散モデルを組み込むという拡張を試みる。また、より信頼の置ける予測を得るため、次の拡張を試みる。(1)種子拡散を明示的に扱う、(2)極域のヘテロ的景観を適切に扱う。 (2)温暖化・大気組成変化相互作用モデル開発@温暖化・大気組成変化相互作用対流圏オゾンは、それ自身が地球温暖化に影響を与えるだけでなく、二酸化炭素やメタンなどの温暖化気体の光化学的寿命をコントロールするという重要な役割を持っている。本サブグループでは化学過程と陽に結合した大気大循環モデルを用いて対流圏・成層圏オゾンと気候変動との相互作用を定量的に評価するとともに、統合モデルにおいては地表植生モデルや海洋化学モデル、エアロゾルモデルなどの他のサブモデルとの相互作用についても考慮する予定である。平成14年度においてはまずその端緒として、大気大循環モデルにおける高精度物質移流スキームの導入と、対流圏化学結合大気大循環モデルを用いた温暖化・大気組成変化相互作用に関する数値実験を行った。高精度移流スキームにより、モデルの上部対流圏における比湿の過大評価傾向が改善されることが確認できた。また対流圏光化学結合大気大循環モデルを用いた将来予測実験を行った結果、主要な温暖化起源物質であるメタンおよび硫酸エアロゾルの濃度が気候変動および水蒸気量の変動に大きく影響されることが分かった。 A温暖化―雲・エアロゾル・放射フィードバック精密評価このグループでは大気大循環モデル(GCM)でエアロゾルが雲の光学特性に及ぼす影響、すなわち対流圏エアロゾルの間接放射強制力を評価するためのパラメタリゼーションを開発することを目標としている。まずGCMにおけるエアロゾルの間接放射強制力の評価についての現状を把握するため、CCSR/NIES-GCMとMax Plank Institute–GCMに関して文献調査、検討を行った。また、地球フロンティア研究システムで開発した雲微物理モデル(Kuba et al.,2003)により、雲粒の凝結核(Cloud Condensation Nuclei:CCN)が雲の微細構造に及ぼす影響を評価するパラメタリゼーションを開発した。このパラメタリゼーションを有効に機能させるために、エアロゾル気候モデルであるSPRINTARSの出力の取り入れ方の検討を行った。NICAM(New Icosahediral Atmospheric Model, Satoh,2003, Tomita, 2002)を用いた雲微物理モデル搭載超高解像度全球モデル開発の準備として、ヘブライ大学 HUCM雲微物理モデル(Khain et al., 1999)と気象庁MRI/NPD-NHM非静力メソスケールモデル(Saito and Kato,1999)を基に、新たに3次元ビン法雲微物理モデルを開発した(井口、2002)。 (3)寒冷圏モデル開発(4)気候物理コアモデル改良大気・海洋・陸地面の主として物理過程から成る気候モデル(CCSR/NIESモデル、既存)で成層圏の諸プロセスを改良もしくは新しく取り入れたモデルを開発する。 大気モデルの改良に関しては、現モデルで不十分な中層大気(成層圏・中間圏)の諸プロセスの改良を図る。即ち、中層大気中への人為起源物質の侵入により、中層大気特有のオゾン層の物理・化学過程と太陽からの放射の変動が相互に影響し合って中層大気の変動を引き起こすと共に、それが下層対流圏の変動と結合して気候変動を生じる機構をモデル実験によって明らかにする。また、内部重力動波の挙動とそれが大気循環に及ぼす影響を超高解像度大気モデルによって明らかにする。 本年度は、気候モデルの上端を上部中間圏(80km)まで拡張し、モデルの水平・鉛直解像度ならびに物理過程のチューニング・パラメーターを変化させた実験を数十ケース行うことにより、中層大気の様々な過程を支配する大気波動の役割の重要性を認識できた。本年度のシミュレーションで達成した解像度は、水平T106(1.1度格子)、鉛直層厚200mである。また、解像度を変えて実験した際に、地球シミュレーターの計算機資源と、実際の計算時間をどの程度必要とするかも調査した。また、従来のモデルで用いられてきた鉛直座標系はσ座標系であり、地表から離れた対流圏界面付近以上の高度では、力学過程の表現に問題が生じる可能性が指摘されていたが、これをσ-pハイブリッド座標系に変更することにより、成層圏以上での計算精度が向上した。一方、このモデルに特有の問題である、対流圏界面付近の低温・湿潤バイアスに関しては、その実態の詳細と、原因となる過程に関する調査を進めたが、その解決は次年度の課題として残された。 3. 波及効果、発展方向、改善点等開拓段階にある新しい研究課題に着手したばかりなので将来についての具体的議論はまだ早過ぎる。しかし、地球温暖化問題の将来を考えると、温暖化を「防止」する事は不可能で、ある程度の温室効果ガスの増加(CO22倍ぐらい)は不可避と思われ、そのため気候変化・環境変化を予測する事は、適切な対応策をとるために必須の社会の基盤情報となると予想される。このプロジェクトはそれへ向けての第一歩と考えている。 4. 研究成果の発表状況<口頭発表>発表者名: 佐藤永 発表題名: 次世代の気候モデルにおける植生帯移動予測の役割 発表場所等: 21世紀地球科学技術を考える会(2003年2月19日東海大学校友会館) 須藤健悟、高橋正明、秋元肇,熱帯対流圏界領域・上部対流圏におけるオゾン収支:全球3次元化学モデルを用いた考察,日本気象学会2002年春季大会(専門分科会), 大宮ソニックシティー,2002年5月. Sudo, K., M. Takahashi, T. Nozawa, H. Kanzawa, H. Akimoto, SIMULATION OF FUTURE OZONE POLLUTION AND ACID DEPOSITION: A GLOBAL MODEL STUDY, 8TH INTERNATIONAL CONFERENCE ON ATMOSPHERIC SCIENCES AND APPLICATIONS TO AIR QUALITY, Tsukuba, Japan, 11-13 March, 2003. Takigawa, M., K. Sudo, M. Takahashi, and N. Takegawa, Estimation of the contribution of inter-continental transport during the PEACE-A campaign by using a global chemical model, America Geophysical Union fall meeting, San Francisco, U.S.A., 6-10 December, 2002. Takigawa, M., H. Akimoto, K. Sudo, M. Takahashi, and N. Takegawa, Estimation of the contribution of inter-continental transport by using a global chemical model, Data Workshop for ITCT 2K2 and PEACE, Boulder, U.S.A., 5-6 March., 2003. S. Watanabe, Development of a middle atmosphere GCM at the Frontier, GRIPS annual workshop, Mar 6 2003, Washington DC., USA. <論文発表> Kuba, N., H. Iwabuchi, K. Maruyama, T. Hayasaka, T. Takeda and Y. Fujiyoshi, Parameterization of the effect of cloud condensation nuclei on optical properties of a non-precipitating water layer cloud, J. Meteorol. Soc. Japan, 81, 2,393-414, 2003. Kuba, N. and H. Iwabuchi, The revised parameterization to predict cloud droplet number concentration and the retrieval method to predict CCN number concentration, J. Meteorol. Soc. Japan, submitted, 2003. 5. 国際共同(協力)研究の状況本課題で開発を進める、地球システム統合モデルは、生物・化学過程をも含めた様々な要因が、相互作用を持ちながら地球環境を形成するプロセスを、できるだけ現実的に再現するものであり、従来の大気海洋結合大循環モデルが将来的に発展していく方向としてIPCCの第3次報告書でも重要視されている。実際、同書の「政策決定者向けの要約<SPM>」で挙げた、気候モデルと気候の諸過程に関する研究での、今後の課題には次の点が明記されている:
― 物理的な気候と生物地球化学システムのモデルをより効果的に関連させ,さらに人間活動の振る舞いとの結合を改善する。 一方、2003年度のヨーロッパ地球物理学会・アメリカ地球物理連合の合同会合(EGS-AGU joint meeting)では「地球システム科学」に関する独立したセッションが設けられ活発な議論が交わされた。地球環境を、互いに影響しあう多様な構成要素の集合、すなわちシステムとして捉える学際的な研究の隆盛は世界的な趨勢であると言える。 このような観点に立ち、以下、個別項目に関係する個々の共同・協力関係は除き、全般的な国際共同(協力)研究の状況について述べる。 (1)課題に関連する国際研究協力の枠組みA.地球変動の解析・解釈・モデリング(GAIM)GAIMは、国際学術連合会議(ICSU)の下に策定された「地球圏−生物圏国際協同研究計画(IGBP)」のコアプロジェクトのひとつであり、IGBPにおける他のコアプロジェクトで得られたデータやモデル結果から、地球変動の総合的理解や、モデル構築を行うことを目的にしている。IGBPは1986年に設立され、地球規模の生物圏が大気・海洋の物理的環境と相互作用をもちながら地球環境を形成する過程を明らかにしていこうというプロジェクトであり、GAIM以外にも、コアプロジェクトとして、「地球変化と陸域生態系研究計画(GCTE)」や「地球大気化学国際協同研究計画(IGAC)」,「全球海洋フラックス合同研究計画(JGOFS)」など本課題のサブテーマに関連の深いものが多い。それらを統合する役割をもつGAIMは本課題からの成果を広く海外の研究者にも伝えるのに適した枠組みであると言える。GAIMはまた、「世界気候研究計画(WCRP)」の地球システムのモデル化に関するグループとの協力も図っている。GAIMのタスクフォースには議長のJ.-H. Schellnhuber(英国)をはじめ各国から24名の研究者がメンバーとして名を連ねており、日本からは2003年から3年の任期で阿部彩子(東大)、河宮未知生(地球フロンティア)が参加している。二名ともに本課題のメンバーであり、これは本課題の成果を世界に発信していく上で大きな利点となろう。 B.全球炭素プロジェクト(GCP)GCPは、地球温暖化問題において、炭素循環の科学的解明が求められる中で、IGBP、「地球環境変化の人間・社会的側面に関する国際研究計画(IHDP)」及びWCRPの連携さらには、生物多様性科学国際協同プログラム(DIVERSTAS)の協力の下に、炭素循環をテーマとした共同プロジェクトが計画されてきており、現在実行計画立案段階にある。WCRP、IHDP,DIVERSTASは、IGBPとは異なった視点を持ちながらも、IGBPと同様地球環境の理解に主眼を置いた国際的な研究の枠組みである。WCRPは気象学・気候学的見地、IHDPは社会科学的見地、DIVERSITASは生物多様性に関する科学の見地から、それぞれ研究を行っている。 GCPの計画書によれば、陸域と海洋の炭素循環を地球規模で統一的に扱う全球大気海洋結合炭素循環モデルの構築はGCPの重要な活動として位置づけられており、本課題のサブテーマ「炭素循環・気候変化結合モデル開発」と密接に関係する。また炭素循環については米国が「炭素循環科学プログラム(Carbon Cycle Science Program)」を立ち上げており、全米科学財団(NSF)など複数の資金提供機関が資金を提供している。結合炭素循環モデルの構築の必要性はここでもやはり強調されている。 (2)日本―EU間の研究協力状況平成14年度における、日本―欧州連合(EU)間の研究協力に関する会合としては、「気候研究に関する日本・欧州連合の第2回シンポジュウム(Second EU-Japan Symposium on Climate Research)」(ベルギー・ブリュッセル、2003年3月13−14日)が開かれ、日本側からは、当課題担当者を始め、「人・自然・地球共生プロジェクト」の各課題担当者や、気候モデル開発関係者など23名の参加があり、日本の主要な気候変動モデル開発状況が紹介された。欧州連合(EU)側も英国のハドレー・センター(Hadley Centre)、ドイツのマックスプランク研究所(MPI)、フランスの気象局/国立気象研究センター(Météo France / Centre National de Recherches Météorologiques)、ヨーロッパ中期予報センター(ECMWF)など、主要モデリングセンターから21名の参加があり、それぞれの現状と計画が報告された。会議は日本とEUにおける気候モデル開発・研究の現状についての情報、今後の研究協力関係について意見交換をするよい機会となった。 現在EUでは、4年ごとに更新している「研究・技術開発の枠組み計画(Framework Programme for Research and Technological Development)」の第6期(2002-2006年)に当たり、その中の重点項目に、「持続的発展、地球変動、および生態系(Sustainable Development, Global Change and Ecosystems)」があり、その下には、「持続可能なエネルギー・システム」、「持続可能な陸上輸送」とならんで、「地球変動と生態系」が取り組まれており、共生プロジェクト日本モデルミッションに対応するところが多い内容(understanding, detection, mitigration, adaptation, preserving of ecosystem などから構成)である。 特に、当課題のサブテーマ(1)炭素循環モデル、炭素循環・気候変化結合モデルでは、生態系にかかわる過程についてのモデル開発が進められていることから、今後、EUと共通の対象についての密接な研究協力の可能性がある。ただ、当課題では、IPCCでいう、第一作業部会的な観点から、気候モデル開発の一環として、生態系を扱っているのに対し、EU側は、生態系の脆弱性・適応等の影響評価や緩和策など第二・第三作業部会的な観点も含む広い観点からの研究を進めており、この点留意して協力を進める必要がある。 (3)日米の研究協力状況米国は、京都議定書の批准は保留しているが、平成14年度始めに成立したIPCC第4次評価報告書の新体制においては、科学的評価を担当する第1作業部会の共同議長を出し、また第一作業部会の技術支援室(TSU)も担当するなど、温暖化予測など気候変化の研究に対しては重要視した積極的な立場が示されている。この新しい状況を踏まえ、日米科学技術協定、および地球変動研究・予測分野の日米政府間実施取り決めに基づく第11回日米変動研究ワークショップを、日本側では地球フロンティア研究システムを中核期間として、平成15年度に日本で開催する方向で提案中である。前回は、平成13年度末に「気候と水」をテーマに行われているが、次回は、第4次評価報告書に向けた研究成果が現在求められていることから、それに対する両国間の協力関係について討論することが必要と考えられる。当課題に関しても、日米協力に関し積極的に取り組む必要がある。 |