2.温暖化・大気組成変化相互作用モデル開発3 研究結果の詳細報告へ戻る | HOMEへ戻る |
||||||
2—1 温暖化・大気組成変化相互作用 担当機関:地球フロンティア研究システム
a.要約対流圏オゾンは、それ自身が地球温暖化に影響を与えるだけでなく、OHラジカルなどの変動を通じて二酸化炭素やメタンなどの温暖化気体の光化学的寿命をコントロールするという重要な役割を持っている。本サブグループでは化学過程と陽に結合した大気大循環モデルを用いて対流圏・成層圏オゾンと気候変動との相互作用を定量的に評価するとともに、統合モデルにおいては地表植生モデルや海洋化学モデル、エアロゾルモデルなどの他のサブモデルとの相互作用についても考慮する予定である。平成14年度においてはまずその端緒として、大気大循環モデルにおける高精度物質移流スキームの導入と、対流圏化学結合大気大循環モデルを用いた温暖化・大気組成変化相互作用に関する数値実験を行った。高精度移流スキームにより、モデルの上部対流圏における物質濃度の過大評価傾向が改善されることが確認できた。また対流圏光化学結合大気大循環モデルを用いた将来予測実験を行った結果、主要な温暖化起源物質であるメタンおよび硫酸エアロゾルの濃度が気候変動および水蒸気量の変動に大きく影響されることが分かった。 b.研究目的大気中のオゾンは、力学的な意味と環境学的な意味で重要な役割を担っている。また、オゾン以外にも水蒸気やOHラジカル、NOxや一酸化炭素といった化学物質はそれ自体が地球温暖化や地球環境問題に重要であるだけでなく、硫酸エアロゾルやメタンなどといった他の温暖化気体にも多大な影響を与えうる。このため、大気化学との相互作用を考慮したモデルを用いて温暖化予測実験を行うことは、予報の精緻化や定量化、また温暖化プロセスの理解の上で重要であると考えられる。 c.研究計画、方法、スケジュール東大気候センター、環境研および地球フロンティア研究システムでは、光化学反応過程と陽に結合した大気大循環モデルを開発し、成層圏オゾンホール将来予測実験(Nagashima et al.,2002)、成層圏硫黄収支の見積もり(Takigawa et al.,2002)、ENSOの対流圏オゾンへの影響評価(Sudo et al.,2001)などの研究をこれまでに行ってきた。今回の共生プロジェクトにおいては、このうち対流圏光化学モデルを詳細に組み込んだモデル(CHASER, cf. Sudo et al.,2002a, 2002b)を基に成層圏・対流圏の光化学過程と結合した大気大循環モデルへと拡張し、地球シミュレータを用いていくつかのエミッションシナリオに基づく高解像度time slice simulationを行う。この時点での着目点は対流圏ではおもに気候変動による水蒸気変動およびその結果生じるOHラジカルの変化と、それがメタンの光化学的寿命に与える影響である。成層圏では気候変動による成層圏水蒸気量の変動と極域成層圏雲およびその表面上での不均一反応によって活性化されるオゾン破壊効果の相互作用である。あわせて気候変動によって積雲対流活動が変動するため、その際に起きる雷NOx生成量の変動についても評価したいと考えている。 次に、東大気候センター・九大応力研で開発された対流圏エアロゾルモデルSPRINTARSのダスト巻き上げ過程および成層圏化学結合モデル(Nagashima et al.,2002)の成層圏エアロゾルを組み込み、CHASERをエアロゾル—化学—気候モデルへと拡張したうえで、化学過程のエアロゾルへの影響評価を行う。対流圏エアロゾルのうち、硫酸エアロゾルは化学過程に大きな影響を受けている。これは、地表から放出された二酸化硫黄などの前駆気体が、気相および液相でのオゾン、過酸化水素、OHラジカルとの反応によって硫酸エアロゾルとなるためである。また二酸化硫黄の人為起源エミッションは今後のアジア域、とくに中国の経済発展によって放出量が大きく変動すると考えられており、その気候への影響評価を詳細に検討することは今後の温暖化研究において非常に重要である。 これらの部分統合モデルを用いた各プロセス間の相互作用を評価したうえで、最終的な統合モデルの構築に取り掛かる。先に述べたような相互作用のほかには、陸域生態系モデルからの非メタン炭化水素の放出、また逆に大気化学モデルから予報される酸性雨、オゾン量による生態系への影響などを評価することが考えられる。また海洋上で雲凝結核として硫酸エアロゾルが重要であるといわれているが、その生成源としてのDMSの海洋から大気への放出量を海洋生態系モデル内で予測することも将来的には検討したいと考えている。 他の共生プロジェクトとの連携については、大気大循環モデルの開発および検証については東京大学気候システム研究センターの「大気海洋大循環モデルの高度化」と相互に連携を取りつつ行う予定である。彼らのグループでは温暖化実験の際に各種エアロゾルと気候変動との相互作用を考慮する予定であるため、大気モデルにおける物質輸送過程の検証やエアロゾル生成過程等については密に連絡を取り合いながらモデル開発等を進めていきたいと考えている。また化学過程については東京大学、地球フロンティア研究システムなどによる「諸物理過程のパラメタリゼーションの高度化」で得られる一酸化炭素などの観測結果と、本モデルで得られる計算結果とを比較・検証することを予定している。また、温暖化実験時における化学物質の地表からのエミッションシナリオについても提供を受けることを考えている。
d.平成14年度研究計画大気中の化学物質の影響を詳細に評価するためには、まず化学物質の輸送および成層圏・対流圏における化学反応がモデル内で適切に表現されていることが必要である。このため、共生プロジェクトの開始にあたり本年度はこれら二つの過程の改良および評価を行う。 e.平成14年度研究成果(ア) 物質循環CCSR/NIES AGCMにおける成層圏・対流圏での物質輸送の様子を調べるために、ラドンや六フッ化硫黄などのパッシブトレーサーの輸送実験を地球シミュレータなどを用いて行った。これらのパッシブトレーサーはTRANSCOMなどでモデル間の輸送の相互比較に一般的に用いられているものであるが、今回はこれらに加えてLin and Williamson (2000)のAge–of–Air tracerも考慮している。これは成層圏における気塊の年代を調べるための仮想的なトレーサーであり、六フッ化硫黄のモデル結果・観測結果などと組み合わせることにより本モデルにおける成層圏・対流圏物質循環の様子を評価するのに有用である。今回の実験においては水平解像度はおよそ2.8度×2.8度、鉛直解像度は地表から高度およそ80kmまでの67層とした。4年間のスピンアップの後、monotonic van Leerおよびmonotonic PPM(Piecewise Parabolic Method) with steepeningの二種類の移流スキームを用いて各々2年間計算を行った。成層圏の物質循環には数年程度かかるため、今回は対流圏における物質循環、とくにラドン222に関して解析を行った。地表におけるラドン222の季節変化を図2に示す。地表におけるラドン222の分布については、二種類の移流スキームのどちらを用いた場合においても大きな変化はないことがわかる。また、BombayやBermudaなどで季節変化をモデルがよく再現している。Mauna Loaは太平洋上の観測点であるが、モデルの分解能が低いために島嶼部を十分に表現できておらず、地表からのエミッションが主要な生成源であるラドン222の濃度をモデルが過小評価していると考えられる。次に、北半球夏期における東西平均したラドン222の緯度—高度断面図を図3に示す。地表付近での濃度についてはいずれの移流スキームを適用した場合も大きな変化はないが、生成源から遠く離れた領域、とくに上部対流圏から下部成層圏にかけての領域や両極域などにおける濃度に顕著な差が現れていることが分かる。共生第一課題においてvan Leer移流スキームを適用した場合上部対流圏において比湿を過大評価する傾向にあることが知られており、今回の実験の結果は monotonic PPM with steepening 移流スキームがこのモデルバイアスを改善することを示唆している。
(イ) 対流圏化学 将来に向けて対流圏オゾンを中心とした光化学過程がどのように変化するかについて、CHASERを用いた予測実験を行った(cf.,Sudo,2003)。本研究ではemission変化と気候変動による気象場変化の両方の効果を考慮するため、emission変化のみの実験(Exp1)とemission変化に加え気候変動を考慮した実験(Exp2)の2種類の実験を実行した。これらの実験ではemission変化、気候変動はともにIPCC SRES–A2シナリオに従った。Exp2の気候変動の予測ではモデル中でCO2等の温室効果気体濃度を増加させるとともに、CCSR/NIES大気海洋結合モデルにより予測された海面水温と海氷分布を与えた(このモデルは高い気候感度を持ち、将来の気候変動の予測では他のモデルに比べ高めの温度上昇を予測する傾向にあることに注意が必要である)。対流圏オゾン総量はExp1ではほぼ直線的に増加し、2050年で23%、2100年では約44%の増加が計算された(図4a)。Exp2では水蒸気増加によるオゾン破壊の活発化のため対流圏下層ではExp1に比べてオゾン増加は概して緩和されるが、温暖化によるハドレー循環および成層圏循環の強化により成層圏からのオゾン流入が増加し中上部対流圏ではExp1以上のオゾン増加が計算され、結果として全球総量では図のようにExp1とほぼ同じ増加傾向が得られた。また、汚染域の境界層中では温暖化による温度上昇と水蒸気増加により正味のオゾン生成が活発化することがこの実験で確認された。全球平均メタン濃度はExp1ではemission増加とOH濃度の減少により2100年には4ppmvまでの増加が計算されたが、温暖化を考慮したExp2では水蒸気増加によるOH濃度増加と温度上昇によりメタン化学寿命が短くなったため、増加は2100年で3.3ppmvまでに留まった(図4b)。Exp1で計算された硫酸エアロゾルの総量は SRES–A2シナリオに従い2030年から2050年の間にピークをとるが、汚染域でのOH増加やH2O2による液相反応の強化によりその後も1990年以上の総量が維持されている(図4c)。Exp2ではExp1以上のH2O2の増加や雲水量および降水の変化により2040年以降Exp1よりも1〜3割大きい総量が計算された。この予測実験は2050年の段階でインド、中国、日本を含む東アジア域でオゾンや硫酸エアロゾルなどの汚染物質が顕著に増加することを定量的に予測すると同時に、硝酸(HNO3)と硫酸(SO4(2-))の沈着がそれぞれ同等に大きく将来の降水酸性度(pH)に影響することを計算しており、酸性雨やオゾン光化学汚染の問題が日本を含む東アジア広域で更に深刻化することを予測している。
f. 考察対流圏における物質輸送が、高精度移流スキームを導入することにより改善されることが確認できた。成層圏における物質輸送に関しては六フッ化硫黄などのパッシブトレーサーを指標として用いることが一般的であるが、三陸沖などでのゾンデ観測を東北大学大学院の中澤氏らのグループが1980年代後半から継続的に行っているため、その観測結果と本モデルを用いた計算結果とを比較することにより、上部対流圏から下部成層圏にかけての領域での物質輸送の様子を調べることができると考えている。 今回の数値実験においては15種類程度の気体を流したが、エアロゾルなどまでを含めた成層圏・対流圏光化学結合大気大循環モデルにおいては50–60種類程度の化学物質の輸送を考慮する必要がある。今後気候変動への影響を評価するために数十年スケールの計算を行う際には、高精度でかつ現状よりも計算時間の短い移流スキームの開発も念頭におく必要があると思われる。また対流圏光化学結合大気大循環モデルCHASERを用いた、IPCCエミッションシナリオを基にした将来予測実験では、主要な温暖化気体のひとつであるメタンの濃度が気候変動に由来するOHラジカル濃度の変動により大きく変化することが分かった。対流圏硫酸エアロゾルなども大きく変動しており、単に気候変動の将来予測というだけではなく、大気環境の将来予測という点において、今後このような実験が社会的な観点からもさらに必要とされるようになると思われる。 g.参考文献Nagashima, T., M. Takahashi, M. Takigawa, and H. Akiyoshi, Future development of the ozone layer calculated by a general circulation model with fully interactive chemistry, Geophys. Res. Lett., 29, 10.1029/2001GL014926, 2002.Sudo, K., and M. Takahashi, Simulation of tropospheric ozone changes during 1997-1998 El Nino: Meteorological impact on tropospheric photochemistry, Geophys. Res. Lett., 28, 4091-4094, 2001. Sudo, K., M. Takahashi, J. Kurokawa, and H. Akimoto, CHASER: A global chemical model of the troposphere, 1. Model description, J. Geophys. Res., 107(D17), 4339, doi:10.1029/2001JD001113, 2002. Sudo, K., M. Takahashi, J. Kurokawa, and H. Akimoto, CHASER: A global chemical model of the troposphere, 2. Model results and evaluation, J. Geophys. Res., 107(D17), 4339, doi:10.1029/2001JD001114, 2002. Sudo, K., Changing process of global tropospheric ozone distribution and related chemistry: a study with a coupled chemistry GCM, ph.D thesis, 187pp., Univ. of Tokyo, Japan, 2003. Takigawa,M., M. Takahashi, and H. Akiyoshi, Simulation of stratospheric sulfate aerosols using a Center for Climate System Research/National Institute for Environmental Studies atmospheric GCM with coupled chemistry, Part 1: Nonvolcanic simulation, J. Geophys. Res., 107(D22), 4601, doi:10.1029/2001JD001007, 2002. h. 成果の発表須藤健悟、高橋正明、秋元肇, 熱帯対流圏界領域・上部対流圏におけるオゾン収支:全球3次元化学モデルを用いた考察, 日本気象学会2002年春季大会(専門分科会), 大宮ソニックシティー,2002年5月.Sudo, K., M. Takahashi, T. Nozawa, H. Kanzawa, H. Akimoto, SIMULATION OF FUTURE OZONE POLLUTION AND ACID DEPOSITION: A GLOBAL MODEL STUDY, 8TH INTERNATIONAL CONFERENCE ON ATMOSPHERIC SCIENCES AND APPLICATIONS TO AIR QUALITY, Tsukuba, Japan, 11-13 March, 2003. Takigawa, M., K. Sudo, M. Takahashi, and N. Takegawa, Estimation of the contribution of inter-continental transport during the PEACE-A campaign by using a global chemical model, America Geophysical Union fall meeting, San Francisco, U.S.A., 6-10 December, 2002. Takigawa, M., H. Akimoto, K. Sudo, M. Takahashi, and N. Takegawa, Estimation of the contribution of inter-continental transport by using a global chemical model, Data Workshop for ITCT 2K2 and PEACE, Boulder, U.S.A., 5-6 March., 2003. 次のページ(2.2 温暖化-雲・エアロゾル・放射フィードバック精密評価) |