3. 寒冷圏モデル開発


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担当機関:地球フロンティア研究システム

研究者: 阿部 彩子(地球温暖化予測研究領域 / 東大CCSR)
瀬川 朋紀(地球温暖化予測研究領域)
大垣内 るみ(地球温暖化予測研究領域)
齋藤冬樹(東大CCSR)
小倉知夫(東大CCSR)
羽角 博康(東大CCSR)
a.要約

現実をよく表現するよう開発された氷床モデルをグリーンランドと南極に適応し、温暖化に対する氷床の応答特性を調べた。グリーンランド地域の気候が3〜4度温暖化すると海水準3メートル程度に相当する氷床の融解が起こること、南極地域は気候が7〜8度以上温暖化してようやく氷床の融解による海水準上昇をもたらすことを示した。また、地球シミュレータを用いて人工的なフラックス調節のない大気海洋海氷結合モデルの調整や感度実験を行なった。全球と比較してとくに温暖化感度が高い高緯度の気候や海氷の再現性や温暖化に対する応答特性を調べた結果、北半球高緯度の気候の再現性やグリーンランド氷床周辺の温暖化の程度は、海洋深層循環や対流の位置や強さなどの再現性に大きく影響される可能性が示された。今後は、大気海洋海氷結合モデルの結果が氷床変動にどれほど影響を及ぼすかをより詳しく調べるため、大気—氷床結合(部分統合モデル)に着手する。

b.研究目的

地球上南北両極には陸上に氷床、海上に海氷があり、それらの生成変動は地球規模の気候変動と直結している。このため、温暖化に伴い氷床や海氷が敏感に反応して融解したり、さらに広範囲の気候や海面変動に影響を及ぼすことが懸念されている。そこで、このグループでは、最終的には地球シミュレータ上で稼動する大気/海洋/海氷/氷床結合モデルを構築し、地球温暖化や海面変動の予測実験を行なう。まず、部分モデルの改良をしながら様々な感度実験を通じて不確定要素の把握につとめる。さらに、結合されたモデルを用いて現在や過去の再現実験を行いながら、予測実験の精度を高めることをめざす。また、2万年前の最終氷期以降に関して、海洋底堆積物や地形のデータによる過去の気候や氷床変動/海水準の復元がかなり高精度で行われるようになってきたので、これを再現する数値実験を試みることを通してモデルの検証を行っていく。

c.研究計画、方法、スケジュール

氷床の質量は、降雪や融解と再凍結といった大気との相互作用のほか、内部の氷の流動変形や底滑りなど氷床の力学過程により決まっている。温暖化に影響されると、氷床は融解するばかりでなく、降雪の増加や氷の変形による負のフィードバック(氷床の全体としての質量損失を押さえるメカニズム)を受けたり、逆に面積や高度の低下による気温と融解への正のフィードバックを受けたりする。また融け水の増加、氷温度の変化、流動や底滑りの変化は、大気や海洋深層循環を通じて、氷床変動に正ないし負のフィードバックをもたらす。そこで氷床変動の予測には、降水量や気温や放射などを計算する気候モデルと、融解量などを計算する表面質量収支モデルと、氷床の流動と底滑りや形を予測する氷床力学モデルで構成される必要があり、それらが密接に関係しているので結合する必要がある。14年度までに部分モデルの製作は一通り行ない、応答特性を調べてきた。今後は、各部分の改良を行ったり、地球シミュレータ用に氷床モデルプログラムを並列化最適化したり、カップラーの開発を行って気候モデルと氷床力学モデルの結合の特性を調べる。

図1. 氷床モデルの構成について
図1. 氷床モデルの構成について

また、共生第一課題では東京大学気候システム研究センター(CCSR)、国立環境研究所(NIES)、地球フロンティア研究システム(FRSGC)が共同で大気海洋結合大循環モデル(OAGCM’MIROC’)の開発を進めている。共生第二課題の統合モデル開発はこのOAGCMを基盤として進められる予定である。海氷についてはすでに結合が完了しており、平成14年度までは主に海氷力学部分について詳しく検討を行なってきた。平成15年度以降は海氷熱力学部分の精密化を検討することを予定している。共生プロジェクトの他の課題(諸物理過程のパラメタリゼーションの高度化(大気・海洋分野))の観測研究とも密接に連絡をとりあってより現実的で本質的な過程の取り込みを行う。

d.平成14年度研究計画

今年度は、大気—氷床の部分統合モデルの開発を中心に行なう。簡単な大気モデルを用いた部分統合モデルは試験的に行なった成功した(大森、2003)ので、この経験に基づき大循環モデル(MIROC)のカップラーに氷床モデルを結合するための変更を加える。氷床モデルおよび海氷モデルの各部分の改良を、とくに質量変化を直接左右する熱力学部分について重点的に行なう。また、地球シミュレータ用に氷床モデルプログラムを並列化最適化したり、カップラーの開発を行って気候モデルと氷床力学モデルの結合の特性を調べる。

e.平成14年度研究成果
(1) 温暖化に対する氷床モデルの応答特性について調べた。温暖化における氷床の変動の時間尺度は百年から千年に及ぶものである。氷床モデル単独計算によると、海水準増加に2メートル分貢献するのにグリーンランド氷床上で約2度温暖化、南極氷床上で約8度温暖化が必要。高度効果以外の結合プロセス(アルベドfeedbackや降水量変化)は今回は考慮していないので、直接結合が必要となる。

図2.グリーンランド氷床の温暖化に対する応答
図2.グリーンランド氷床の温暖化に対する応答

(2) 中解像度の大気海洋結合モデル(大気T42,20層,海洋は緯度経度0.5から1度程度、40層)の調整を行ない、応答特性を調べた。従来用いられてきたフラックス調節をしなくても済むかどうか、調整を重ねた。その結果、気温や海水準のドリフトはほぼないと言える良好な結果を得るに至った。ただし、深層循環の再現には課題が残された。さらに、試験的にあるバージョンの大気海洋結合モデルを用いた温暖化実験(CO2年率1%増加にたいする気候応答)を実行した結果、温暖化とともに深層循環沈みこみ場所の北方への移動や弱まりが見られ、グリーンランド周辺の温暖化の程度はこれまでフラックス調整のあるモデルで言われていた程度を大きく越えるものであった。グリーンランド氷床の融解の程度に大きく影響を与える程度のものであることがわかったので、さらに詳細に検討が必要である。
図3 南半球冬季(8月)海氷面積の時系列。海氷力学過程を含む場合と含まない場合の大気海洋結合GCM出力。
図3 南半球冬季(8月)海氷面積の時系列。海氷力学過程を含む場合と含まない場合の大気海洋結合GCM出力。

(3) 南半球の海氷分布決定に海氷力学過程がどのような役割を果たすか調べた(Ogura, Abe-Ouchi and Hasumi, 投稿準備中)。海氷分布を決定するプロセスは熱力学的な部分と力学的な部分(移流)に大別できる。ここでは力学過程を含めたOAGCMと含めないOAGCMで海氷分布を計算し、両者で得られた結果を比較することで力学過程の海氷分布への影響を評価した。その結果、図3に示すように冬季海氷面積は力学過程を含まない場合10年規模で顕著に変動するのに対し力学過程を含む場合はより安定して推移する。従って、力学過程は南大洋で海氷分布の10年規模変動モードを一つ抑制し、海氷をより安定に維持させる働きがあることが示唆された。力学過程を含まない感度実験に見られた海氷面積変動は冬季ウェッデル海における海氷面積減少・増加及び海洋コンベクションの活発・不活発に対応しており、海氷縁辺部で海洋の成層が不安定になることが海氷底面に対する海洋からの熱の供給増加および海氷面積減少に関係することが示された。

f. 考察

温暖化変化等の高緯度での気候と雪氷分布特性は大気—海洋—雪氷の相互作用で決まっている。海氷モデルはすでに大気海洋結合モデルの中に組み込まれたが、考察する道具が作成できたに過ぎないので、さらなる数値実験や感度実験で高緯度域の気候の応答特性を調べることが今後の課題である。とくに、氷床の存在するグリーンランド域と南極域では海氷と海洋循環(対流)の相互作用が気候に大きな影響を及ぼすことがわかったので、今後詳しく調べる。また温暖化時の氷床の融解によって融け水が対流に影響を及ぼす影響も考えられるので、今後、氷床—大気—海洋の部分統合モデルの作成を通じて検討を重ねる必要があろう。


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