2.温暖化・大気組成変化相互作用モデル開発


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2—1 温暖化・大気組成変化相互作用(大気化学)

担当機関:地球フロンティア研究システム


研究者名: 須藤 健悟(大気組成変動予測研究領域)
滝川 雅之(大気組成変動予測研究領域)
永島 達也(国立環境研究所)
高橋 正明(大気組成変動予測研究領域/東大CCSR)

a.要約

温暖化・大気組成変化相互作用サブモデルでは大気化学過程(オゾン分布など)やエアロゾルの温暖化および海洋・陸域植生変化との相互作用を表現・予測することを主な目的としており、CCSR/NIES AGCMを土台とした全球化学モデルCHASERやエアロゾルモデルSPRINTARSを用いてエアロゾル・化学のオンライン計算を可能にすることが当面の課題である。今年度は本サブモデルを統合モデルに組み込んだ場合の長期実験を念頭に置いてCHASERモデルの高速化を行い実行性能について地球シミュレーター上で評価を行った。本高速化作業により化学過程に関して大幅な計算コスト削減が実現された。さらに温暖化・大気化学相互作用予測のための前段階的な研究として温暖化を考慮した対流圏化学場の将来予測実験を行った。本年度はこの予測実験について特に温暖化時の成層圏/対流圏間物質交換の変動を重点的に解析し、温暖化による大気循環場の変化により成層圏から対流圏へのオゾン流入量が増加するなどの予測結果を得た。また本年度後半では、CHASERとSPRINTARS両モデルの結合作業を開始した。昨年度から行っている輸送過程の検証について、本年度は特に成層圏への輸送および成層圏中の輸送の評価として空気の年令分布を計算し、下部成層圏における観測値と比較を行った。今回の計算では赤道域では観測推定値に近い値が得られたが、中・高緯度では空気の平均年令を過小評価する傾向にあることが分かった。

b.研究目的

対流圏におけるオゾンは強力な温室効果気体であり、エアロゾルも太陽光反射・吸収、雲の生成に強く関与し共に気候に影響する。またオゾンは対流圏においては水酸化ラジカル(OH)の生成に直接関与し、メタンやハローカーボン類(CFCs)など他の温室効果気体の化学的な寿命を左右する(図16)。さらに対流圏オゾン、硫酸エアロゾルは酸性雨などに代表される大気環境変化の鍵を実質的に握っているのでこれらが今後の人間活動(特に東アジア域)によりどのように変動していくかは重要である。またエアロゾル種のなかには硫酸エアロゾルや炭化水素類の酸化過程で生じる二次有機エアロゾル(SOA)など対流圏の化学と強い関連性のあるものがあるので、将来のエアロゾル分布およびその気候への影響を考察する際にも化学過程と結合したモデルを用いる必要がある。さらに対流圏の化学過程は水蒸気、温度、循環場などの気象場の条件(気候)に左右されるところが大きい(例えば、Sudo et al.,2001,2003)。したがって、より高度な気候変動・大気環境変化予測を目指すために気候モデルの枠組みのなかでオゾン・エアロゾル分布を同時に計算し、気候・オゾン・エアロゾルの相互作用的な変動過程について検討可能なモデルの開発・高度化が必要である。

この様な背景の下、本共生プロジェクト第2課題の枠組みにおいてはCHASER・SPRINTARS両モデルを土台として対流圏/成層圏化学およびエアロゾルのオンライン計算が可能な気候モデルの構築を行い、化学・エアロゾル変動と気候変動との相互作用を予測・研究する。

図16:対流圏オゾン(ozone)とその他の気候影響要素(メタンCH4、硫酸エアロゾルsulfate)との関係。
図16:対流圏オゾン(ozone)とその他の気候影響要素(メタンCH4、硫酸エアロゾルsulfate)との関係。
c.研究計画、方法、スケジュール

本サブグループ研究では、全球化学・気候結合モデルCHASER(Sudo et al.,2002a)を軸としたモデル開発・研究を行う。CHASERモデルは東大気候システム研究センター(CCSR)、地球フロンティア研究システム(FRSGC)、および国立環境研究所(NIES)で共同開発されている全球化学モデルであり、CCSR/NIES気候モデル中で大気中の光化学反応、人為・自然起源気体放出(emission)過程、地表面・降水による沈着(deposition)過程などの詳細な化学過程がオンラインで考慮されている(表2:現状の設定では化学反応として対流圏オゾンを中心とした化学反応系を考慮している:図17)。CHASERモデルにより計算されるオゾン(O3)や前駆気体(窒素酸化物NOx、一酸化炭素 CO、炭化水素類 VOCs など)および重要関連気体の分布は衛星や航空機を利用した各種観測データと定量的にも非常に良い一致を見せており、対流圏オゾン化学のシミュレーション能力としては世界的にも最先端をいくものである(Sudo et al.,2002b)。また、CHASERモデルでは化学種や化学反応系について設定ファイルを通じてプリ・プロセッサーにより自動的にモデルコード(Fortran)を生成する(図18)ので、化学種・反応の変更および追加は容易である。本研究計画では、CHASERモデルを土台として、対流圏および成層圏のオゾン化学過程と各種エアロゾルの同時シミュレーションが可能な化学・エアロゾル結合気候モデルの構築を目指す。

全球化学モデルCHASERは現状設定では主に対流圏化学を対象としたものであるが、種々の化学反応を含み標準のAGCMに比べて計算コストが非常に大きい。そこでCHASERへのオゾンホールを含む成層圏化学やエアロゾル計算の導入作業に先立って、CHASERの(特に化学過程の)高速化を行い地球シミュレータ上での実行性能を評価する。またこの評価を基に「気候物理コアモデル改良」サブグループと連携の上、統合モデルとしての鉛直解像度等について吟味し決定する(平成15年度)。さらに、高速化を行ったCHASERモデルにエアロゾルモデルSPRINTARS(Takemura et al.,2002)を結合する作業を開始する。エアロゾル種の内、硫酸エアロゾルについてはその生成過程が過酸化水素(H2O2)、水酸化ラジカル(OH)、およびオゾン分布などの

表2:化学気候モデルCHASERの概略(現在の設定:対流圏化学中心)
化学気候モデルCHASERの概略
図17:対流圏オゾン化学の基本サイクル。NOx (= NO+NO2) と一酸化炭素(CO)、炭化水素類(NMHCs)の存在下でオゾンが光化学的に生成される。反応中では過酸化水素(H2O2)など硫酸塩エアロゾルの生成に深く関与するものも生成される。
化学場に強く依存するためCHASERの化学反応過程でオンライン計算する(cf.,Sudo,2003)。この際、硫酸塩エアロゾルの液相での酸化に重要な雲水pHについても土壌粒子(ダスト)やアンモニア(NH3)による中和過程を導入し現実的な硫酸塩シミュレーションを実現する(平成15〜16年度)。モデル中の輸送過程は特に成層圏/対流圏物質交換に重要であり、対流圏・成層圏の化学物質分布にも影響が大きいので、使用している輸送スキームの評価および改良も並行して行う。また、平成16年度(前半)の時点でCHASERにエアロゾル過程を導入したものを統合モデル(KISSME)に組み込む。その後モデルトップの拡張を行い、CHASER化学過程に成層圏化学を導入する作業を行う(平成16〜17年度)。成層圏化学導入については、CCSRおよびNIESで開発された成層圏化学・オゾンホールモデル(Takigawa et al.,1999; Nagashima et al.,2002)を基本とし、成層圏でのハロゲン化学反応(塩素・臭素系)および極域成層圏雲(PSCs)上の不均一反応を導入する。統合モデルの枠組みにおいては、植生からのVOCsの大気中への放出過程および植生による大気中物質の沈着過程(deposition)、さらに硝酸などの物質の沈着による植生への影響を考慮し、陸域生態系・大気化学間の相互作用も表現することを想定している。以上のようなモデル構築作業と並行して、大気化学・エアロゾル変化と温暖化の結合将来予測のための前段階的な実験も行っていく。例えばCHASERを用いて IPCC SRESシナリオに従った将来予測実験を開始しており、将来のオゾン・メタンや硫酸塩エアロゾルの分布にNOx、CO、VOCs、SO2などの汚染物のemission増加(特に東アジア域)および温暖化がそれぞれどのような効果を持つかについて解析を行っている(温暖化による影響については水蒸気増加により対流圏下層のオゾン破壊が促進され、同時にオゾンからのOHラジカルの生成が増加しメタンの増加傾向に影響を与えるなどの可能性がある)。図19に本サブグループのモデル開発の大略的なスケジュールを示す。

図18:CHASERモデル計算の流れ。力学(輸送を含む)、物理過程、および化学過程それぞれについてCCSR/NIES AGCM中でオンラインで計算される。化学反応や化学種の追加などの化学過程の設定は設定ファイルを通じて行い、Fortranソースコードを自動生成する(cf., Sudo, 2003)
図19: 温暖化・大気組成変化相互作用サブグループの開発・研究スケジュール。赤線はK2統合モデル開発(KISSME)の流れを示す。
d.平成15年度研究計画

東大気候センターで開発された対流圏化学モデルCHASERを拡張して成層圏化学反応を組み込み、高解像度time slice simulationを行う。ただしCHASERは非常に多くの変数を含み
大量の計算機資源を要求するため、具体的にどの程度の解像度で実験を行うかはこれから実際に地球シミュレータ上でモデルを稼動させながら検討していく必要がある。解像度の決定には化学過程に重要な循環場の再現という見地も必要とされるので、物理気候コアモデル改良サブグループと一体となり最もバランスのとれた解像度を模索していく。またこれらの活動と並行して移流スキームの改善にも取り組む。

e.平成15年度研究成果
e.1.化学結合気候モデルCHASERの高速化

全球化学モデルでは化学過程(特に化学反応)の計算コストが基本の気候モデルに比して非常に大きく、長期実験をする際の懸案要素である。また統合モデルとしてCHASERにエアロゾルや成層圏化学(現状は対流圏化学のみ)も導入した場合の計算コストは更に増すことが予想されるため、化学過程の計算をできるだけ高速化する必要がある。今年度はCCSR/NIES agcm5.6ベースであったCHASERをagcm5.7bベースに移行すると同時に化学関連過程の高速化を行った。図20に示すように化学過程に主にリストベクトル(list-vector)化手法を導入したことで全体の計算時間を約35%削減することに成功した(地球シミュレータもしくはNEC-SXベクトル計算機を使用した場合)。リストベクトル化についてはif文などの条件付実行ブロック(conditional vector operation)を対象に行い、雲に関連する液相化学反応、湿性沈着(wet deposition)、および雷からのNOxの生成などの各種化学過程において効率的な計算コストの削減が実現された。気相化学につ

図20:CHASERモデル中の各過程のCPU時間(秒)内訳(1年積分時)。新バージョン(青)ではagcm5.7bに移行し、主にリストベクトル手法を導入することで化学関連過程(気相・液相化学、沈着、雷NOx生成など)の大幅な高速化が行われた。
図21:CHASERモデルの高速化。一年積分時(T42L32、トレーサー数NTR=37の場合)の計算実時間(秒)。
いては、化学反応方程式系の陰的(implicit)解法を用いているが、各グリッドの収束判定に関してリストベクトル手法を導入し、大幅な計算量削減を行った。高速化を行ったCHASERの現状の設定(T42L32、トレーサー37種類)では、一年積分に7.5実時間(ES-S系:8PE)、2.5実時間(ES-L系:32PE)それぞれ要する(図21)。したがって、単純な見積もりでは統合モデル(T42L64程度)の枠組みで100年積分に約1ヶ月(ES-L系:32PE)、またCHASERにエアロゾル・成層圏化学を導入した場合には約2ヶ月程度(ES-L系:32PE)要することになる。現時点でのCHASERの平均ベクトル化率・ベクトル長はそれぞれ97.8%、178であった。
また、化学過程の計算コスト削減の観点では化学反応系を簡単化することも考慮にいれるべきであるが、現状のCHASERで考慮している中間生成化学物質(過酸化物など)およびトレーサー数の削減によりさらに約20%の高速化が可能であることを確認している。

図22:IPCC SRES-A2エミッションシナリオを与えた場合の地表オゾン濃度の増加予測 (ppbv)。2050年(左)と 2100年(右)の年平均増加量(非温暖化実験)。東アジア域では現在に比べ 2050年に〜50%、2100年に〜100%の増加が予測されている。

今後はAGCM物理過程などに採用されているMPMD(Multi Process Multi Data)手法などを化学過程(特に気相化学反応)にも導入するなどのさらなる高速化作業を予定している。

e.2.化学・温暖化将来予測実験:温暖化による対流圏化学への影響

温暖化・大気組成変化相互作用の見通しを得るため、将来の温暖化が化学過程(特にオゾン分布)にあたえる影響(フィードバック)についてCHASERを用いて実験を行っている。ここではIPCCから提案されている各シナリオに基づいてCHASERモデルで行っている対流圏オゾンや硫酸塩エアロゾルなどの汚染物質の将来予測実験を報告する。本研究では窒素酸化物NOxや一酸化炭素COなどのオゾン前駆気体の放出(emission)変化のみの実験(Exp1)とemission変化に加え気候変動も考慮した実験(Exp2)の2種類の実験を実行した。これらの実験では将来のemission変化、気候変動はともにIPCC SRES-A2シナリオに従い、Exp2の気候変動についてはモデル中でCO2などの温室効果気体濃度を増加させるとともに、CCSR/NIES大気海洋結合モデルにより予測された海面水温(SSTs)と海氷(Sea-ice)分布を与えた。

オゾン前駆気体のemission変化のみの変動を考慮した実験(Exp1)では、特にemission増加が大きい東アジア域で光化学的なオゾン生成が増加し顕著な地表オゾン増加が計算された(図22)。また東アジア領域の上部対流圏においても地表からの前駆気体の活発な鉛直輸送によりオゾン生成が強化されるため偏西風に乗り全球規模での影響が極めて大きいことが分かった。この実験(Exp1)では1990年から2100年にかけてほぼ直線的な対流圏オゾン総量の増加が計算され、2050年で23%、2100年で約40%の増加が予測された。

しかし、このようなエミッション増加による対流圏オゾンの変動過程は将来の地球温暖化の影響も考慮に入れると状況が変わってくることが分かった。図23は2100年の予測実験で温暖化も考慮した場合(Exp2)としない場合(Exp1)で東西平均オゾン分布にどのような差が出るかを示す。温暖化を考慮すると対流圏下層では水蒸気増加によりオゾンが破壊されやすくなるためオゾンは減少し、高緯度の上部対流圏では対流圏界面上昇に伴うオゾン減少が見られる。一方、中低緯度上部対流圏では温暖化によりオゾン増加が計算されているが、これは温暖化の進行とともに成層圏・対流圏の子午面循環(ブルーワー・ドブソン循環およびハドレー循環)が強化され、成層圏からのオゾン流入量が大きく増加した結果であることが確認された(図24)。また本実験ではメタンや硫酸塩エアロゾルの予測も行ったが、これらの将来の分布についても化学反応を通じてemission変化によるオゾン化学場(OHラジカル、H2O2濃度場など)の変動、さらに温暖化による変動に大きく依存しながら変化していくことを確認した。このようにメタンやエアロゾルを含む対流圏オゾン化学場の将来予測にはemission変化のみならず温暖化による影響も考慮に入れる必要があることが示唆された。

今後はIPCC SRESの他のシナリオについても実験を行い、emission変化や気候変動による感度をより詳しく考察する。

図23:温暖化によるオゾン濃度への影響(%)。
図23:温暖化によるオゾン濃度への影響(%)。説明文
e.3.化学・エアロゾル結合気候モデルの開発

K2統合モデルの枠組みでは化学とエアロゾルの同時オンラインシミュレーションを予定しているが、本年度は化学モデルCHASERにSPRINTARS(簡略版)を土台としたエアロゾル過程を導入する作業を開始した。具体的には図25に示すようにオゾン化学のシミュレーションと各種エアロゾルシミュレーションの結合作業を行っている。エアロゾル種のうち黒色炭素エアロゾル(Black Carbon:BC)、海塩粒子(Sea-salt)、土壌粒子(Soil-dust)の計算についてはSPRINTARSモデルに準ずるが、化学との関連が強い硫酸塩(Sulfate)や二次有機炭素エアゾル(SOA)についてはCHASERの化学反応過程とリンクして結合を行う。この際、SO2の液相酸化による硫酸塩生成過程については雲水中のpHの値が重要であるので、土壌粒子(ダスト:Ca2+,Mg2+)やアンモニウム(NH4+)などの塩基性物質による中和過程を考慮しより現実的なシミュレーションとする。またアンモニア(NH3)・アンモニウム(NH4+)のシミュレーションのために、エアロゾル熱平衡モデルの導入作業も行っている。さらに、現状では二次有機炭素エアゾルについて植物起源のテルペン類のオゾンによる酸化反応からの生成をCHASERの化学反応で扱えるようにした。

以上のような化学・エアロゾル結合作業の大部分は現段階で完了しているが、今後はプログラム確認、テスト実験を行い、特にエアロゾルの吸収・散乱に関わる光学パラメータや硫酸塩シミュレーションの妥当性(雲水pHなど)のチェック作業を行う。またこの化学・エアロゾル結合モデルの統合モデル(KISSME)への移植に先立って、地球シミュレータ上での実行性能について評価を行い、MPMDなどの高速化作業について検討する。

図24:(上図): 成層圏から対流圏への正味オゾン流入量(全球年間総量)の時間発展、(下図): 温暖化実験(Exp2)による全球平均地表気温上昇の時間発展。 図24:(上図):成層圏から対流圏への正味オゾン流入量(全球年間総量)の時間発展、(下図):温暖化実験(Exp2)による全球平均地表気温上昇の時間発展。標準実験(Exp1)では対流圏中のオゾン量が増加していくため、ネットの成層圏オゾン流入量は減少していく。
図25:CHASER-SPRINTARSによる化学・エアロゾル結合気候モデルの開発。
図25:CHASER-SPRINTARSによる化学・エアロゾル結合気候モデルの開発。


e.4.成層圏化学過程の検討

塩素および臭素などのハロゲン化合物は、その触媒回路作用によって成層圏でのオゾン破壊に重要な役割を果たすため、これらの化合物の反応系を考慮することは成層圏化学過程において非常に重要である。次年度以降の成層圏化学過程の実装に向け、成層圏光化学モデル(Takigawa et al.,1999,2001,Nagashima et al.,2002,Akiyoshi et al.,2002など)で用いられている反応系をCHASERに加え、ボックスモデルを用いた計算速度の推定を行った(表3)。

  計算時間(秒) 相対比(現状を1とした場合)
対流圏光化学のみ 2.492 (x1.0)
塩素系化合物を追加 5.258 2.11
塩素系・臭素系化合物を追加 5.660 2.27
表3:CHASERを基にしたボックスモデルを用いた場合の反応過程と計算速度の変化


表3より、塩素系化合物に加えてメタンや一酸化二窒素などの長寿命気体の反応なども新たに考慮する必要があるため、塩素系化合物まで加えると現時点の二倍以上重くなる可能性があることがわかる。また今回のボックスモデルの結果から、臭素系化合物まで入れてもそれほど重くなるわけではない。これらの結果から、実際に統合モデルに実装する際にはまず臭素系化合物までを含めた反応系を導入することを検討したい。

また極成層圏雲(Polar Stratospheric Cloud:PSC)表面上での不均一反応の結果生成されるハロゲン化合物は光化学反応によって解離しやすいCl2などであるため、オゾンホールによる成層圏オゾン破壊量の評価のためには極渦の崩壊時期や極夜の周縁部における放射フラックスなどを正しく再現することが非常に重要である。このため我々のグループでは、力学コアサブグループなどとも密接に連携しながら、重力波抵抗スキームの改良や放射スキームにおける球面効果の導入などを行っていく予定である。このうち球面効果については以前のバージョンの成層圏光化学モデルにすでに導入済みであり[cf.,黒川 et al.,2002, Nagashima et al.,2003]、平成16年度中には計算効率のさらなる向上を図った上で成層圏版CHASERに導入する予定である。重力波抵抗スキームに関しても力学コアサブグループのほうで精力的に高解像度モデルでの数値実験が行われているところであり、今後はこれらの結果を基に中解像度モデル向けに適切にパラメタライズした上で成層圏版CHASERに導入していく。

e.5.輸送過程の検証

CCSR/NIES AGCMにおける輸送過程を定量的に評価しておくことは、物質循環研究の結果に対する信頼性を高めるうえでも重要であり、昨年度に引き続きパッシブトレーサを用いた輸送場の検証を行った。今回の研究ではとくに成層圏に着目し、Kida[1983]およびHall and Plum [1994]で用いられた Age Spectrumを用いた成層圏気塊の年代推定を行ない、下部成層圏における二酸化炭素などの航空機観測の結果から推定された実際の年代との比較を行った。
大循環モデルは東京大学気候システム研究センター、国立環境研などによるCCSR/NIES AGCM 5.7 を基にしている。水平分解能はT42(およそ2.8度×2.8度)、鉛直分解能は67層(上部対流圏から成層圏では約550m間隔)で、地表からおよそ高度80km程度までの高度域を考慮している。移流スキームについては平成14年度に導入した Piecewise Parabolic Method (PPM)を併用した Flux-Form Semi-Lagrangian 法 [cf.,Lin and Rood,1996]を用いている。今回の実験では成層圏年代を推定するために Age Spectrum仮想トレーサおよび6フッ化硫黄(SF6)を導入しているが、これらのトレーサの成層圏および対流圏における詳細な光化学反応は考慮していない。このため、成層圏における水蒸気量の補正のためにECMWF Integrated Forecasting Systemのメタンからの水蒸気生成パラメタリゼーションに太陽天頂角補正を施したものを導入している。

(実験)Age Spectrum を求めるために導入したパッシブトレーサnは、赤道域接地境界層内でディラックのδ-函数を仮定して与えた。すなわち、最初の一ヶ月のみ一定値のソースを与え、それ以降の期間については0を与え、この領域はシンクになるようになっている。また高度 P、時刻 t におけるトレーサ nの混合比は、

式
と求められる。ここで G は n の連続の式のグリーン函数であり、以後この G の各点における分布をそれぞれの場所における Age Spectrumと見なすことにする。SF6については地表での体積混合比を Maiss and Levin[1994]を基に、1970年代から1990年代までの観測値を時間の二次函数の形で近似して与えた。モデルの積分期間は1980年1月からの10年間とし、8例のアンサンブル実験を地球シミュレータのS系を用いて行なった。

(結果)図26に赤道および北緯30度の成層圏および中間圏における Age Spectrum を示す。高度が高くなるにつれてピークの時期が遅れ、分布が鈍ってきている様子が見られる。また赤道よりも中緯度のほうがピーク時期が遅れている様子も見られる。アンサンブル実験の1σを線幅にて併せて示しているが、ピーク値付近での影響はわずかに見られるものの程度としては中緯度下部成層圏でも高々3%程度であり、力学場の違いによるAge Spectrumのピーク位置およびピーク強度への影響は小さいものと見なすことができる。

成層圏の各場所における平均滞留時間Γは Age Spectrum の一次モーメントを用い、

式
と表せる。赤道域の高度18kmにおける年代を基準とし、それからの差異を成層圏での平均年代としている。アンサンブル実験の平均値を用い、東西平均した平均年代を図27に示す。

次に、下部成層圏における南北濃度勾配をCO2航空機観測および移流スキームの異なる4〜種類の GFDL SKIHI モデル、トラジェクトリモデルによる推定値[Eluszkiewicz et al.,2000]と比較したものを図28に示す。観測結果などと比較するために、これらの結果は図27とは異なり、地表を基準とした年代で表している。本実験の結果は、観測からの推定値(図27上、黒点)の値と赤道域においてはよく一致している。一方で今回の結果は赤道−中緯度間の濃度勾配が観測と比較して小さく、いわゆるsub--tropicalbarrierをモデルが過小評価していることがわかる。図27上のGFDL SKIHI モデルの結果を見ても分かるように、これは三次元モデルの一般的傾向であり、特にほぼ同様のスキーム(nonmonotonic Lin--Rood)を用いた結果とも整合的ではある。

本モデルは赤道域下部成層圏において再解析データなどと比較して一般的に低温傾向を示し、この結果赤道域下部成層圏における鉛直流を観測に比較して過小評価している。これらが赤道域における鉛直および南北輸送に影響している可能性がある。

(まとめ)CCSR/NIES 大気大循環モデルを用いた成層圏気塊の年代推定を、パッシブトレーサおよび Age Spectrum を用いて行なった。その結果、アンサンブル実験の各々の実験による結果の際が小さいこと、下部成層圏における南北濃度勾配が観測に比較して小さいことなどが分かった。

今回はパッシブトレーサの発生源を1〜月の赤道域接地境界層内として実験を行なったが、今後は他の時期や緯度帯に発生源を置いた実験を行ない、Age Spectrum などにどのような影響があるのか評価したい。また、水平解像度を変えて同様の実験を行ない、sub--tropical barrier に対する影響を調べることを考えている。併せて赤道域下部成層圏における低温バイアスの影響を評価するため、これを取り除いた放射スキームを用いた実験も予定している。

図26:CCSR/NIES AGCM を用いて求められた赤道および中緯度のさまざまな高度域における東西平均したAge Spectrum。線幅はアンサンブル実験の±1σを示す。
図26:CCSR/NIES AGCM を用いて求められた赤道および中緯度のさまざまな高度域における東西平均したAge Spectrum。線幅はアンサンブル実験の±1σを示す。

図27:CCSR/NIES AGCM を用いて求められた Age Spectrumより推定した東西平均した平均年代。コンター間隔は 0.5年。
図27:CCSR/NIES AGCM を用いて求められた Age Spectrumより推定した東西平均した平均年代。コンター間隔は0.5年。

図28:高度 19km における東西平均した地表からの平均年代。上図は CO2 航空機観測(黒点)および GFDL SKYHI モデルによる推定値。
図28:高度 19km における東西平均した地表からの平均年代。下図は CCSR/NIES AGCM を用いて推定した平均年代を示す。
図28:高度19kmにおける東西平均した地表からの平均年代。上図はCO2航空機観測(黒点)および GFDL SKYHI モデルによる推定値。下図は CCSR/NIES AGCM を用いて推定した平均年代を示す。
f.考察

本年度はまず、エアロゾル導入に先立って化学モデルCHASERの高速化作業を行った。今回の高速化では化学過程にリストベクトルの手法を導入することで全体の計算時間を約35%削減することに成功したが、現状の設定(T42L32)で一年積分に地球シミュレータL系(32PE)で2.5時間(実時間)を要し、CHASERにエアロゾルおよび成層圏化学を追加した場合の統合モデルとしての計算コストに未だ懸念が残される。現状では化学反応計算に掛かる計算を削減するべく、特に対流圏の化学反応系の簡略化について0次元ポイントモデルを用い検討しているが、MPMDなどの並列手法を化学反応計算に導入することもさらなる課題である。

本年度はCHASERを用いた大気化学変動・温暖化相互作用の前段階的実験について、将来の温暖化がオゾン分布に及ぼす影響を詳しく解析した。本年度の解析では特に温暖化に伴う大規模な大気循環(成層圏/対流圏循環)の変化により対流圏および下部成層圏のオゾン分布が著しく変動を受ける可能性が示された。また硫酸塩エアロゾルの生成も温暖化により大きく左右されることを確認した。対流圏におけるオゾンや硫酸塩エアロゾルは気候影響物質であると同時に主要な汚染物質でもあるので気候への影響のみならず、環境への影響も大きい。そのため、本グループで構築を行っている化学・エアロゾル結合気候モデルとしては将来の「気候変動予測」および「環境変化予測」の2つの面で重要な役割を演じることが期待される。今後の研究方向性としては対流圏オゾンとエアロゾルの気候への影響を明らかにしIPCCの全シナリオに則った予測実験をすることを予定している。

本年度はCHASERに簡略版SPRINTARSを基にしたエアロゾルシミュレーションを結合する作業も進めたが、本モデルの評価および高速化が更なる課題である。また、最終的に統合モデルで実験を行う際にも、化学とエアロゾル(特に硫酸塩、有機炭素エアロゾル)および気候の相互作用の観点から将来の変動過程を考察することを想定している。

空気の年令分布を用いた輸送過程の検証実験では対流圏・成層圏間物質交換および成層圏中の輸送の妥当性が評価されたが、GCM鉛直座標に hybrid 座標系および新放射コードを用いた場合についても引き続き調査が必要である。

次年度(平成16年度)は、K2統合モデル開発として化学・エアロゾル結合モデル(CHASER-SPRINTARS)の統合モデル(KISSME)への移植、CHASERへの成層圏化学反応の追加を予定している。

g.参考文献
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Eluszkiewicz, J., R.S. Hemler, J.D. Mahlman, L. Bruhwiler, and L.L. Takcs, Sensitivity of Age-of-Air Calculations to the Choice of Advection Scheme, J. Atmos. Sci., 57, 3,185-3,201, 2000.

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h. 成果の発表
<論文発表>
Sudo, K., Takahashi, M., and Akimoto, H., “Future changes in stratosphere-troposphere exchange and their impacts on future tropospheric ozone simulations”, Geophysical Research Letters., 30, 24,2256, doi:10.1029/2003GL018526, 2003.

<口頭発表>
Nagashima, T., M. Takahashi, H. Akiyoshi, and M. Takigawa, The effects of non-orographic GWD scheme and radiation from large SZA on the Antarctic ozone hole, Process-oriented validation of coupled chemistry-climate models, 2003.

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文責:須藤健悟(a., b., c., e-1., e-2., e-3., f.)
滝川雅之(e-4., e-5.)


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