1.炭素循環モデル、炭素循環・気候変化結合モデル3 研究結果の詳細報告へ戻る | HOMEへ戻る |
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1—1.陸域炭素循環モデル担当機関:地球環境フロンティア研究センター
a. 要約人為的温室効果ガス排出による地球環境変動予測モデルを構築する上で、陸域生態系による炭素循環をシミュレートするモデルを構築し、当課題で構築する地球システム統合モデルに組み込み、温暖化予測を行うことが当サブグループの目標である。平成16年度は、(1)Sim-CYCLEオフライン評価、(2)Sim-CYCLEとMATSIRO-AGCMの結合、(3)人為的な土地利用変化による炭素収支プロセスの組み込みの3点について、昨年度に引き続き作業を行った。 b. 研究目的現在の地球の炭素収支においては、人為的(化石燃料消費・土地利用変化等)に排出された二酸化炭素(1980年代で約7PgC/年)のうち、約半分が大気中に残留し、残り半分が海洋・陸域に吸収されている。陸域生態系は、グローバルな観点からも地球の炭素収支に重要な役割を果たしている。しかし、現在の炭素循環研究において、陸域生態系の炭素収支は未解決の問題が多く、さらに、温室効果ガス排出による将来の地球環境変動予測においても予測の不確定性を大きくする要因の一つと考えられている。地球システム統合モデルを用いたいくつかの研究を比較すると、将来の二酸化炭素濃度や気候変動予測は、モデル間によって大きく異なり(例えばFriedlingstein et al. 2003)、陸域生態系の地球環境変動に対する炭素収支の応答の違いが一つの大きな要因と考えられている。 本サブグループの目的は、(1)陸域生態系炭素循環をより高精度で推定するモデルを構築し、(2)当課題において構築される地球システム統合モデルに組み込むことである。 大気と陸域植生間の炭素収支としては、植物による光合成と植物と土壌生物による呼吸が主であるが、長期の生態系を再現するために、生態系内部における複雑多様な過程を考慮する必要がある。それらの生理生態学性質に関して解明されていることは少なく、一般的モデルの導出は困難であることから、経験的な部分を残しつつも誤差の少ないパラメタリゼーションを目指す必要がある。そのために、共生第3(陸域生態系)などの観測プロジェクトと連携を深めつつモデル化を進める。 地球システム統合モデルへの組み込みに当たっては、現在の大気―海洋結合大循環モデル(AOGCM)に対して、陸域炭素循環モデルを結合させることにより、気候と炭素循環の相互作用を考慮した、より信頼性の高いシミュレーションが可能となる。例えば、温暖化によって寒冷地での植生生長期間が伸び、植生がCO2をより多く吸収し、CO2濃度上昇を緩和する方向に働くこともあれば、温暖化によって、土壌有機物分解速度が加速し、CO2濃度上昇を促進させることもある。こういった気候と炭素循環のリンクを考慮したシミュレーションが可能となる c. 研究計画・方法・スケジュール・平成14〜16年度:陸域モデルの単体評価地球システム統合モデルの構築に際しては、個々のコンポーネントが十分に検証されている必要がある。モデルの検証については、(1)共生第3(陸域)の地上観測グループや、環境省総合研究推進費S1のフラックスグループなどによる大気―陸域間の水・熱・二酸化炭素交換の継続観測データを用いた小面積ベースの検証、(2)共生第3(陸域)の衛星観測グループなどによる広域的な植生活動の衛星観測データ(LAI,光合成有効放射の吸収率,植生の光合成生産量)とモデル推定値の比較、などを行う。 上記のモデルの検証と並行して、モデルのオフライン評価を行う。過去〜現在のグローバルスケールでの炭素収支を再現し、将来の二酸化炭素濃度・気候変動シナリオ条件下での陸域炭素循環の変動をシミュレートする。種々の温室効果ガス排出シナリオ条件下で再現された気候シナリオを用いて、現在の統合モデル研究における将来予測の不確定性の要因について、オフラインシミュレーションによる解明を進める ・平成14〜16年度:陸域統合モデルの構築と大気大循環モデルへの結合陸域統合モデルの構築に当たって、当グループでは、炭素循環を再現するSim-CYCLEモデル(Ito and Oikawa, 2002)と、熱・水循環を再現するMATSIROモデル(Takata et al., 2003)の双モデルを結合することで、最も効率よく達成される。大気―陸域の相互作用について、Sim-CYCLEによるLAIに基づいてMATSIROが熱・水交換と光合成速度を計算する。そのMATSIROによる光合成量に基づいて、Sim-CYLEが植生の各部への分配、呼吸や枯死による消費、土壌中での分解といった生態系内部の諸過程を計算する。つまりMATSIROは大気から陸域へのCO2吸収、Sim-CYCLEは陸域からのCO2放出を推定することで合計として正味の交換量を得るという相補的な関係にある。 ・平成15年〜17年度:統合モデル相互比較プロジェクト参加のためのモデル拡張国際的には、当プロジェクト以外にも統合モデルへの試みはいくつか存在する。その背景から、より総合的な評価を行うために、地球システム統合モデルの国際比較プロジェクト(Coupled Climate Carbon Cycle Model Intercomparison Project: C4MIP; 気候―炭素循環結合モデル相互比較プロジェクト)が平成15年度に提示された。現在、各研究機関が比較のためのモデルシミュレーションを行っている。当課題でも、このプロジェクトに参加することが国際的な競争を行う上での必須条件と考え、取り組みを進める。第一段階として、20世紀のCO2濃度や土地利用変化データをモデルの入力として与え、陸域炭素循環モデルと大気大循環モデルの相互作用の評価を行うこととなっており、実験の手順書(プロトコル)も提示されている。この対応を行う。 ・平成16〜18年度次の段階として、陸域生態系の構造的変化を考慮するための拡張が行われる。当課題の陸域動態サブグループが開発する動的植生分布モデルとリンクすることで、生態系を構成する植物タイプ(常緑広葉樹、低木、草地など)の組成変化を考慮した、より現実に近い予測実験を行う。MATSIROとSim-CYCLE、植生動態モデルをリンクした陸域に関する統合的なモデルに収束させる。最終的に、水熱収支―炭素収支―植生構造の変化が気候システムに与える影響を導入した統合モデルによる予測実験が実施される。 d. 平成16年度研究計画本年度は、(1)Sim-CYCLEオフライン評価、(2)Sim-CYCLEとMATSIRO-AGCMの結合、(3)人為的な土地利用変化による炭素収支プロセスの組み込みの検討、の3点を行う。詳細は以下の通り。 (1)Sim-CYCLEオフライン評価複数の気候モデルを用いた温暖化予測研究から、陸域生態系における炭素収支の変化が気候変動の進行に強く影響を与えることが指摘されている。共生2課題で開発される地球システム統合モデルには、陸域炭素循環スキーム(Sim-CYCLE)が組み入れられるが、気候-炭素循環が相互作用を行うon-line結合実験を実行するに先立って、外力として与えた気候変動に対する応答感度を調べるoff-line実験を行ってきた。 (2) Sim-CYCLEとMATSIRO-AGCMの結合気候―陸域炭素循環結合モデルを構築するために、CCSR/NIES/FRCGC AGCM5.7b(含MATSIRO)とSim-CYCLEの結合を行った。昨年度までにSim-CYCLEコードのFORTRAN化やGCMに含まれるカプラーを介した、Sim-CYCLEのMATSIROへの結合作業は進められていたが、コードに不完全な部分が多くあったためバグ取り等の改良を行った。また、Sim-CYCLE単体部分についても、計算ステップが既存の1ヶ月ごとから1日ごとに変更されたために、フェノロジー表現部分の改良、パラメータの再チューニング、改良後Sim-CYCLEによる1000年間オフラインスピンナップを行った。 (3) 人為的な土地利用変化による炭素収支プロセスの組み込み炭素循環と気候を統合したモデルについては、C4MIP(The Coupled Climate-Carbon Cycle Model Intercomparison Project; 炭素循環−気候結合モデル相互比較プロジェクト)が始まろうとしている。このプロジェクトの第一ステージでは、陸域炭素循環に焦点を当てており、参加するためには人為的な土地利用変化(自然植生から耕作地への転換)にともなうCO2放出量を推定する必要がある。今年度は、そのためのCO2放出プロトコル(Grand Slam Protocol)の導入を、(2)で完成した気候―陸域炭素循環結合モデルに対して行った。 e. 平成16年度研究成果研究計画に則り、(1) Sim-CYCLEオフライン評価、(2) 陸域モデルのAGCMへの組み込み、(3) 統合モデル相互比較プロジェクト参加のためのモデル拡張の検討、の3点を行った。詳細を以下に示す。 e.1.Sim-CYCLEオフライン評価e.1.1. 陸域炭素循環スキーム(Sim-CYCLE)の概要 大気-陸域間のCO2交換と生態系内部での炭素動態のシミュレーションにはSim-CYCLE(Simulation model of Carbon cYCle in Land Ecosystems; Ito and Oikawa 2002)を用いた。このモデルは図1に示すように、C3植物(葉・幹枝・根)、C4植物(葉・幹枝・根;草原生態系のみに分布)、土壌(枯死物・鉱質土層)から成り、主要な炭素フローとその環境応答は全て陽に計算される。光合成による総一次生産(GPP)は環境要因として日射・大気CO2・温度・土壌水分の影響を受け、生物要因として葉面の気孔コンダクタンス(光合成・大気CO2・飽差の関数)およびキャノピーの形態(葉面積指数・吸光係数)による制御を受ける。植生の独立栄養的呼吸(AR)は維持呼吸・構成呼吸の2要素モデルで計算し、維持呼吸はバイオマスと温度の関数、構成呼吸はバイオマス増加速度の関数として扱う。土壌微生物による従属栄養的呼吸(HR)は地温と土壌水分の関数となる。このGPPとAR+HRの差分が生態系全体の正味収支(即ち大気CO2への影響)を表し、純生態系生産(NEP)と呼ばれる。大気CO2濃度に対してはGPPのみが感度をもち、その応答曲線は飽和型曲線で表される(C4植物よりもC3植物の方が高い応答性を示す)。温度に対してはGPP、AR、HRのいずれもが感度を持つが、その応答曲線はGPPが単峰型関数、ARが指数関数、HRがArrhenius関数と異なるため、温度変化に対するNEPの応答を直感的に判断することは困難である。
off-line実験においてはシナリオの選択が結果を大きく左右するため、本研究ではIPCC第3次報告書の解析で使用されたうち、IPCC Data Distribution Centerからデータ配付が行われているシナリオ群を最大限に利用する方針をとった。そうすることで、異なる大気-海洋結合大循環モデル(AOGCM)や人為起源排出の設定(IPCC-SRESシナリオ)の間に見られる変動幅を評価することが可能となる。ここでは、表1に挙げたように6種類のSRESシナリオ(A1B、A1T、A1FI、A2、B1、B2)と7種類のAOGCM(CCCma、CCSR/NIES、CSIRO、GFDL、HadCM3、ECHAM)による21世紀の気候変動予測シナリオを用いた。SRESシナリオ間の差違は将来の人口増加、経済成長、化石燃料消費、技術革新の設定条件など、主に人間社会的要因の違いに起因する。一方、AOGCM間の差違は空間分解能、雲・陸面・海氷などのパラメタリゼーションなど、物理的要因の違いに起因する。ただし、全てのAOGCMで6種類のSRESシナリオに対応した実験が行われているわけではない。各AOGCM出力から2001〜2099年の月平均気温・降水量・大気湿度の出力値を用いた。それらは空間分解能だけでなく大気湿度の単位(比湿、露点温度、相対湿度)が異なるため、空間分解能0.5度でサンプリングし、大気湿度の単位は比湿に統一した。HadCM3およびCCCmaでは3メンバーのアンサンブル実験が行われており、各メンバーについて生態系モデル実験を行っているが、ここでは第1メンバーの結果のみを比較に用いた(異なるメンバー間の結果の差違は非線形要因による不確定性を反映するが、陸域炭素収支に関する限り大差は生じなかった)。 表1:Off-line実験の組み合わせと21世紀中の生態系炭素収支(∆)のまとめ.
e.1.3. シミュレーションと解析 全球計算は空間分解能0.5度、時間分解能1ヶ月で行われた。植生分布はOlsonによる現存植生マップ(32種類)を用い、21世紀中の植生変動および土地利用転換は考慮しなかった。実験開始(2001年)までのスピンアップは2段階で行った。第1に、1900年時点の大気CO2濃度(約296 ppmv)と20世紀の長期平均気候を用い、各格子点で炭素収支が定常状態になるまで繰り返し計算を行った。第2に、1901〜2000年の期間について実測ベースのUEA/CRUによる気候データと大気CO2濃度(氷床コアデータおよび大気濃度連続観測に基づく)を時系列で入力し、20世紀中の環境変動を経験させた。2001〜2099年の実験期間中は、IPCC-SRESシナリオに基づく大気CO2濃度変動とAOGCMによる気候変動シナリオを駆動変数に用いた。ただし、AOGCMの空間分解能の粗さと現在の気候条件に関する再現性の問題から、生データの代わりに1990年代の平均に対する変動成分をUEA/CRUの平均値に加えた値を入力データとした。さらに、大気CO2濃度上昇の直接影響(光合成施肥効果と気孔閉鎖)と気候変動の影響を分離するため、気候条件は現在で固定し大気CO2濃度のみを変化させた実験を行った。 e.1.4.結果 実験開始時(2000年代)の陸域生態系によるGPP、AR、HRはそれぞれ127.9、65.8、58.2 Pg C yr–1であった。グローバルな純一次生産力(NPP)62.1 Pg C yr–1はIPCC第3次報告書に示された60 Pg C yr–1と比較して妥当と言える。植生と土壌有機物の炭素貯留量はそれぞれ515、1479 Pg Cとなったが、これらも従来の推定結果の範囲内であった。Sim-CYCLEによる現在の推定結果はIto(2000)、Ito and Oikawa (2000, 2004)などで検討が行われており、植生タイプ間の差違、緯度分布、季節変化などの諸局面について概ね妥当な結果が得られている。 ・大気CO2濃度上昇に対する応答大気CO2濃度のみを上昇させた実験では、光合成施肥効果のためにGPPは顕著な増加を示した。その程度はSRESシナリオによる大気CO2の増分にほぼ比例しており、最もCO2増加が著しいA1FIシナリオ(化石エネルギー源重視型社会)では2090年代までに+30.6 Pg C yr–1(+23.6%)の増加を示した。一方、CO2増加が比較的抑制されているB1シナリオ(持続発展型社会)ではA1FIの約半分、+15.7 Pg C yr–1(+12.1%)の増加に止まっていた。大気CO2濃度上昇は植生の呼吸、枯死、微生物呼吸には直接的な影響を及ぼさないが、光合成生産の増加はバイオマス増加(+114〜183 Pg C)を引き起こし、間接的に枯死物の増加と土壌有機物の増加(+136〜195 Pg C)を引き起こした。この実験結果の要点は、@大気CO2濃度上昇はそれ単独で陸域生態系の炭素循環に重大な影響を与える可能性がある、A人間活動起源のCO2放出予測には不確定性が存在しており、それが陸域炭素収支予測に大きな変動幅を持たせる原因の1つとなっている。 ・大気CO2濃度上昇+気候変動に対する応答大気CO2濃度上昇に加えて気候変動を与えた実験では、陸域炭素収支は複雑な挙動を示した(図2)。GPPには温暖化に伴う成育期間の延長や降水量の増加による水分ストレスの軽減などの促進効果が、高温ストレスや乾燥化などによる抑制効果を上回ったため、CO2施肥効果のみの実験に比べて大きくGPPが増加した(+29.5〜48.1 Pg C yr–1)。GPP増加によるバイオマス増加と温度上昇はARを17.0〜28.5 Pg C yr–1増加させ、HRも15.5〜23.0 Pg C yr–1の増加を示した。結果的に、植物バイオマス(主に森林生態系の幹・根)は21世紀中に146〜210 Pg Cの炭素シンクとして機能していた。一方、土壌有機物はシナリオ間で差が大きく、SRES-A2に限定しても、103 Pg Cのシンクになる場合(NCAR)から149 Pg Cのソースになる場合(CCSR/NIES)まで応答が別れた(ソースになったのはCCSR/NIESとHadCM3のシナリオを用いた場合)。生態系全体としては、21世紀中はいずれの場合にも正味のCO2吸収源として機能する可能性があることが示された(+24.3〜288.7 Pg C)。しかし、21世紀後半に限定すると、CO2施肥効果が飽和に近づく一方で加速度的に進行する温度上昇のために、いくつかのシナリオでは陸域生態系が正味のCO2放出原となる可能性もあった。
AOGCMによる気候予測実験は、21世紀中の気候変動は時間的・空間的に不均一に発生することを示したが、陸域炭素収支の応答もそれに対応した不均一性をもつことが明らかとなった。図3はGiorgi & Francisco(2000)に基づく地域区分ごとの陸域炭素収支応答を示しているが、地域ごとにCO2収支の定量的な差だけでなく、シンク/ソースの定性的な変動が存在することが不確定要因となっていることが分かる。例えば、アマゾン低地ではHadCM3では強い乾燥化が予測されており、GPPは他のケースに比べて抑制傾向が顕著であった。また、いずれのAOGCMでも北半球高緯度での温度上昇は他地域よりも顕著であったが、CCSR/NIESでは特にその傾向が強く、そのため21世紀後半には土壌・生態系からの正味CO2放出が予測された。
e.1.5.まとめ 各実験について、2000年代から2050年代・2090年代までの、温度変化に対するGPP、植物バイオマス、土壌有機物の応答をプロットしたものが図4である。温度上昇の程度はCO2増加の規模やAOGCMの応答感度で異なるが、全体を通じて、温度上昇幅が大きいほどGPPと植物バイオマスは大きく増加することが分かる。それにより、植物バイオマスはCO2増加と温度上昇に対して負のフィードバック的な挙動を示す。一方、土壌有機物では、温度上昇に伴って吸収量が減少するだけでなく、現在比+3.7 ℃付近以上では正味の放出原になる傾向が示された。これは、強い温暖化条件下での土壌有機物による正のフィードバック的挙動と考えることができる。 本off-line実験により、共通の陸域生態系モデルを用いた場合でも、大気CO2濃度や気候条件の予測シナリオの差によって炭素収支の応答は大きく異なる可能性が示された。これは、共通のシナリオに対する6種類の陸域生態系モデルの応答の差違を示したCramer et al. (2001)の研究と供に、陸域による気候変動へのフィードバック効果推定の不確定性を明らかにした試みと言える。現在、より現実の地球システムの挙動に近いと思われる気候-炭素循環結合モデルを用いたon-line実験が試みられているが、そこでも同様なシナリオ/モデル特異的な不確定性の検討を十分に行う必要があることを示唆している。
(2) Sim-CYCLEとMATSIRO-AGCMの結合 昨年度までにSim-CYCLEコードのFORTRAN化やGCMに含まれるカプラーを介した、Sim-CYCLEのMATSIROへの結合作業は進められていたが、MATSIROからSim-CYCLEへの気候値の受け渡しや、Sim-CYCLEからGCM・MATSIROへのCO2フラックス・LAI(葉面積指数)の受け渡しについて、プログラムミスなどの不完全な部分が多くあったため、まずバグ取りやコードの改良を行った。 次に、Sim-CYCLE単体部分について、計算ステップが既存の1ヶ月ごとから1日ごとに変更されたことを受けて、@フェノロジー表現部分の改良、Aパラメータの再チューニング、B改良後Sim-CYCLEによる1000年間オフラインスピンナップを行った。フェノロジー表現部分については、将来的にSEIB-DGVM(佐藤ら)の統合モデルへの結合時に作業を容易にするために、そのDGVMで採用されている設定を利用することにした。同モデル内では、開始日の算出にBotta et al. (2000)のモデルシステムを採用している。各Plant Functional Type (PFT)は、5つのフェノロジータイプに分類され、それぞれ積算成長度日(Growing Degrees Day: GDD)、GDDの増加日数、土壌水分の増加日数や10日平均の純一次生産量(NPP)などの各変数によって制御されるモデルが適用されている。この改良により、各地点の展葉開始日について一日間隔での計算が可能になり、生長期間の分布が現実的なものになった(図5)。その後、植物パラメータに再チューニングを施した結果、生態系の各生産力(GPP, NPP)や炭素蓄積(植物体・土壌炭素・LAI)の全球分布や全球総量についても、以前のものに比べて大幅に改善され、現実的な値を出力することができるようになった(図6)。以上のことから、気候―陸域炭素循環結合モデルは、ほぼ完成したと考えられる。
(3) 人為的な土地利用変化による炭素収支プロセスの組み込み 気候−炭素循環の相互作用は、気候変化に対して大きなフィードバックを与えるが、その大きさの不確定性は高い。世界中でのいくつかの研究機関が、気候−炭素循環の統合モデルの開発に動いており、そのような状況の中で、気候−炭素循環結合モデル相互比較プロジェクト(Coupled climate-carbon cycle model intercomparison project: C4MIP)が提示された。このプロジェクトは、共通の入力データ等の実験条件を、様々な独立モデルに用いることによって、気候-炭素循環システムの感度の範囲や各モデルの特性を把握することを目的とする。最終的には、20世紀と21世紀にわたって、気候-炭素循環システムにおける大気、陸域と海洋のコンポーネントを結合した気候変化の一組のシミュレーションを行うこととなる。 C4MIPの第一段階(Phase 1)として、気候―陸域炭素循環結合モデルによる相互比較が計画されているが、そのプロトコルによれば、参加するための必要条件として、土地利用変化による炭素放出プロセスを導入することを挙げている。このプロトコルに対応するために、我々のモデルでは、Grand Slam Protocol (Houghton et al., 1983)に従い、土地利用変化による炭素動態変化プロセスを導入した。このプロセスでは、まず各年の耕作地割合の変化を格納したデータセットを利用し、年ごとの各グリッドにおける耕作地割合の変化を計算し、(1)自然植生→耕作地の転換、(2)耕作、(3)耕作地の放棄、の3つの変化パターンごとに別のプロセスで炭素蓄積・動態量を変化させる仕組みになっている。たとえば、耕作地に変化したグリッドの植生バイオマスは、すべて取り除かれ、1, 10, 100年のタイムスケールで大気に戻るプールに分配される。また、一部は土壌炭素として蓄えられる。耕作地では既存のモデル(例えばSim-CYCLEの耕作地モデル)を用いて生産を行い、耕作地が放棄されると、自然植生が再成長することとなる。
本年度は、土地利用変化による炭素動態変化プロセスを取り組むためのコーディング作業を完了した。現在は、C4MIP向けの結合モデルによるテストランを行っている。それによると、1900-1999年の100年間について、ヨーロッパ西部、東南アジア、中南米において自然植生から耕作地への転換による炭素の放出が見られ(図7)、全球では100年間に58PgCの放出が確認された。この結果の妥当性については、今後検討する必要があるが、現時点ではプロトコルの導入は成功したと考えられる。 f.考察 平成16年度において予定した作業は、順調に進んだ。今年度は、結合モデルの環境整備・細部調整に重点を置いてプロジェクトを進めてきたが、次年度は完成した結合モデルを用いた実験を中心に行う予定である。具体的には、Sim-CYCLE−MATSIRO−AGCM結合モデルを用いた20世紀中の炭素動態と土地利用変化との関係や、21世紀中の気候−炭素動態相互作用変化の予測について調べることを予定している。また、Sim-CYCLE単体モデルについても、さらなる精度の向上を目指し、共生第3課題や環境省総合推進費S1などのフィールド観測データを用いたモデルの検証や、各種生態系プロセスの新たな知見の取り込み、衛星データ等との比較検証などさらに進めることを予定している。 g.引用文献
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