1.炭素循環モデル、炭素循環・気候変化結合モデル3 研究結果の詳細報告へ戻る | HOMEへ戻る |
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1—2.海洋生物地球化学モデル担当機関名:地球環境フロンティア研究センター
a.要約大気海洋結合大循環モデルに炭素循環過程を組み込んだモデルを開発し、それを用いて気候−炭素循環系のフィードバックの強さを調べるための温暖化予備実験を行った。予備実験の結果そうしたフィードバックの強さは我々のモデルにおいては弱いということが分かった。ただし、特に陸域コンポーネントについて、一層のパラメータチューニングとしっかりした初期化が必要である。他のモデルではこうしたフィードバックが非常に強いという結果を出しているものもあり、そうしたモデルと結果を比較してフィードバック強度の違いの原因を調べる必要がある。そうした活動を行うための国際プロジェクトC4MIP(炭素循環−気候結合モデル相互比較プロジェクト)に地球環境フロンティア研究センターは参加しており、そこでの議論を通じて地球規模炭素循環の理解が深まることが期待される。海洋コンポーネントによる人為起源CO2貯蔵量の分布は観測と比較的よい一致を見せている。温暖化に焦点を置いた共生プロジェクトの目的に鑑み、人為起源CO2貯蔵量の分布がよく再現されていることは好ましい結果といえる。さらに、植物・動物プランクトンの種構成を陽に表現したモデルを用いた実験も行い、10年スケールの気候変動が海洋表層生態系に与える影響について調べた。 b.研究目的海洋中の全炭酸鉛直分布は表層付近で濃度が低くなる特徴的な分布をしている。二酸化炭素の大気海洋交換にとって大きな意味を持つこうした分布は生物ポンプ・アルカリポンプ・物理ポンプといった過程によって決定されており、中でも表層生態系における有機物の形成とそれに続く沈降に起因する生物ポンプが最も重要な寄与をなしている。その生物ポンプの効率は、海洋混合層の深さやエクマン湧昇、大気による鉄分の輸送など様々な物理過程から影響を受けている。人間活動により排出された二酸化炭素がどの程度大気中に残存するかを把握し、将来の大気中二酸化炭素濃度の予測を確からしいものにするためには、海洋中の炭素循環過程をきちんとモデル化することが不可欠である。 ハドレーセンター(英)やIPSL(仏)が行った陸域−大気−海洋結合炭素循環モデルの結果によれば、気候変動が海洋の二酸化炭素吸収に与える影響は小さいとされる(Cox et al., 2000; Friedlingstein et al. 2001)。しかしながら、海洋炭素循環モデル相互比較プロジェクト(Ocean Carbon-Cycle Model Intercomparison Project, OCMIP)に提出された結果を見ると、気候変動を考慮に入れずに行ったベースラインの海洋二酸化炭素吸収量将来予測において、モデル間のばらつきが大きくなっており、2100年時点での予測値は最小値と最大値の間で2倍の開きがある(Fasham, 2003)。大気中二酸化炭素濃度の予測のためには、引き続き海洋炭素循環モデルを改善し、こうした不確定性を減らしていくことが必要である。本研究テーマでは、4変数の単純な海洋生態系モデルを炭素循環モデルとともに海洋大循環モデルへ組み込んで海洋炭素循環と気候変化との相互作用を調べ、さらに発展して陸域−大気−海洋結合炭素循環モデルの構築とそれによる全球規模炭素循環の研究を行うことを目的にしている。
c.研究計画、方法、スケジュール統合モデル海洋炭素循環コンポーネントに組み込む生態系モデルとしては、Oschlies and Garçon(1999) による植物プランクトン、硝酸、動物プランクトン、デトライタスの4コンパートメント表層生態系モデルにOschlies (2001)による改変を加えたものを採用する。このモデルの海洋大循環モデルへの組み込みは2年目までで終了した。さらに3年目では、上記海洋炭素循環モデルおよび陸域炭素循環モデルSim-CYCLEを組み込んだ大気海洋結合モデルを用いて二酸化炭素漸増予備実験を行った。 4年目以降は、この結合モデルを用いた実験及び結果の解析を継続して行う一方、共生プロジェクト第3課題(代表:日比谷紀之)の海洋研グループ(「太平洋における炭素循環モデルの高度化」)とも協力して鉄の大気輸送の効果も考慮した最先端のモデルを構築していくことを考えている。鉄の効果を取り入れた海洋生態系モデルは既にいくつか開発されてきており(e.g., Leonard et al., 1999; Archer and Johnson 2000; Moore et al, 2002)、それらを参考に我々独自のモデルを開発していくのは十分可能であると考えられる。また鉄分の大気輸送に関しては、研究実施者の一人が開発したダスト輸送モデルが大気大循環モデルにすぐ組み入れられる形で既に存在する。これらを組み合わせることで将来的には大気による鉄分輸送が生物ポンプに与える影響を陽に取り扱えるようになり、氷期−間氷期サイクルや地球温暖化に関して提案されている鉄を介したフィードバック機構(Kumar et al. 1995; Ridgwell and Watson 2002)等に関しより具体的な議論ができるようになると期待される。 d.平成16年度研究計画原型が完成している炭素循環−気候結合モデルについて、細部の調整を16年度早期に終える。細部調整の具体例としては、単体陸域生態系モデルと結合モデル中の陸域生態系コンポーネントとで駆動力のタイムスケールが異なるため必要になる生物季節パラメタリゼーションの再調整、海陸炭素循環コンポーネントのスピンアップなどがある。その後、成果をまとめることを視野に入れたモデル実験を開始する。 e.平成16年度研究成果e.1.モデルと実験設定本節では大気海洋結合大循環モデルに陸域・海洋炭素循環モデルを組み込んだモデルによる温暖化予備実験の結果を主に報告する。陸域炭素循環モデルには、III.1-1.節で用いていたのと同じSim-CYCLEを用いる(Ito and Oikawa, 2002)。海洋生態系モデルには、 Oschlies and Garçon (1999) のモデルにOschlies (2001)が改良を加えた比較的簡単なNPZD4コンパートメントモデルを用いる。この生態系モデルに、海洋炭素循環モデル相互比較プロジェクト(Ocean Carbon Cycle Model Intercomparison Project, OCMIP) の推奨するプロトコルに従って炭酸系化学過程を導入し、海洋中の炭素循環を記述する。なお共生プロジェクト発足以前にもFRCGCには海洋生態系モデルが存在したが、これは複雑な構造を持ち海洋生態系そのものの動態を見るのに適したものであり(Aita et al. 2003)、炭素循環に主眼を置いた本節の実験では採用していない。しかしながら本グループではそうしたモデルによる実験も別に行っており、結果はe.3.節に報告されている。 大気海洋結合大循環モデルには、東大気候センター(CCSR)、国立環境研究所(NIES)、FRCGCが共同で開発しているMIROCの中解像度版を用いる。モデルの詳細はHasumi and Emori (2004)によって記述されているので、ここでは概要を述べるにとどめる。大気側の水平モデル解像度はT42であり、これはグリッドサイズにして約2.8ºに相当する。鉛直方向にはσ座標を採用し、地表付近の境界層で解像度を高くしながら20層とる。モデルトップは約30kmの高度にとる。海洋側の経度方向の水平解像度は1.4º(=360/256)で、緯度方向の解像度は空間的に変化する。すなわち、8ºより赤道側では0.56º、65ºより極側では1.4ºとし、その間では滑らかに変化するような解像度を採用する。鉛直方向には43層とり、海面に近い8層についてはσ座標、それ以外の層についてはz座標で記述するハイブリッド座標系を採用している。この43層に加え海底境界層が存在する。大気、海洋両モデルの結合に際しフラックス調節は用いていない。 Cox et al. (2000) や Friedlingstein et al. (2001) によって指摘された気候−炭素循環系のフィードバックの強さについて調べるため、2100年までの地球温暖化についての予備的実験を行った。モデルのスピンアップは、気候値データに基づく種々の場を初期値とし30年間行った。陸域の炭素貯蔵や海洋循環は1000年程度の長い時間スケールを持っており、30年のスピンアップでは決して充分とはいえない。また今後一層のパラメータチューニングも必要と思われ、その意味で本実験は予備的実験としてのみとらえるべきである。実際、実験結果を調べると土壌炭素貯蔵量など幾つかの変数には有意なトレンドが存在する。しかしながら、細部の調節が終了する前にモデルの大まかな振る舞いを調べておくことは重要であり、予備的実験の解析結果は本格的な実験の結果解釈にも役立つであろう。 ここでは3つのランを行う。一つはコントロールランであり、スピンアップ後もCO2濃度を285ppmvに固定して1850年から2100年までモデルを走らせる。他の2つのランを「結合ラン」、「非結合ラン」と呼ぶことにする。両方のランとも、1850年から1900年までは観測されたCO2濃度をモデルに与え、1901年から2100年まではCO2排出データ(SRES A2)を与えモデル内部でCO2濃度を計算する。しかしながら非結合ランでは、放射過程に関するルーチンには一定のCO2濃度(1900年に対応)が与えられ、従って気候そのものは変化しない。従って、非結合ランには気候−炭素循環系のフィードバック効果は入っていない。一方結合ランでは、炭素循環モデルを用いて計算したCO2濃度の変化が放射過程にも与えられ気候変化が起きる。ここで起こった気候変化は炭素循環モデルに影響を与えるため、結合ランには気候−炭素循環系のフィードバック効果が入っている。 e.2. 結果と議論 図8に、モデルによって計算された全球平均CO2濃度の時系列を示す。2000年までのCO2濃度の推移をモデルはよく再現していることが分かる。図中では、赤い線が結合ランの、緑の線が結果を表している。2つの実験結果間の差は小さいが、気候と炭素循環の結合はCO2濃度を増加させる方向に働くことがわかる。すなわち、気候と炭素循環の結合は温暖化を加速する正のフィードバック効果を持つわけである。これは、本モデルが予測する全球平均3.5ºCと言う気温上昇に伴い土壌温度や海面水温も上昇し、土壌中の有機物分解が促進されるためと、海洋へのCO2溶解度が低下するためである。我々のモデルで予測されるフィードバックの効果は小さいものであるが、Cox et al. (2000) や Friedlingstein et al. (2001) による実験(特に前者)ではより大きなフィードバック効果があるという結果が得られている。前述の通り本実験は予備的なもので確実な結論を得るには細部調整をきちんと行った実験を待たねばならないものの、ここで得られた結果を他のモデルと比較し結果の違いの原因を議論することは、地球規模炭素循環過程のより深い理解につながるであろう。
図8:全球炭素循環・気候結合モデルに1900年からの人為的CO2放出源を与えてシミュレーションした大気CO2濃度の変化。赤い線が温暖化と炭素循環の相互作用を考慮した場合、緑の線がしなかった場合、破線は観測値。1900年までは濃度の時系列を直接モデルに与えた。単位は ppmv。 そうした比較研究を容易にするため、炭素循環−気候結合モデル相互比較プロジェクト(Coupled Carbon Cycle – Climate Intercomparison Project, C4MIP) と呼ばれる国際プロジェクトが設立されている。そこでの議論はIPCCの第4次報告書にも反映されることになっており、共生第2課題としてもC4MIPを国際貢献への重要な足掛りと認識している。 C4MIPなどにおいては気候−炭素循環系のフィードバック効果の強さを異なったモデル間で比較する必要がある。そのための解析手法がFriedlingstein et al. (2003)によって開発されている。この手法では、フィードバックを4つの要素に分けて考える。すなわち、大気CO2濃度に対する陸域・海洋の炭素循環の感度(それぞれβAB, βAO)および、気温変化に対する陸域・海洋の炭素循環の感度(それぞれγAB, γAO)の4要素である。以下に、この手法の概略を示す。まず、気候変化と炭素循環の間の関係を線形化し次のように表す。
ここで、 ![]() が得られる。ただしここで ![]() であり、線形化の仮定が成り立つ範囲内での非結合ランにおける大気中CO2増加量を表す。 表2には、我々のモデルにこの手法を適用した結果と共に、Cox et al. (2000)、Friedlingstein et al. (2001) のモデルに適用した結果が示されている。βAOを除き、本実験の感度は他の2つの実験のものより低くなっており、その結果ゲインファクター g も他のモデルのものより低い。こうした違いが何によってもたらされるのか現時点では明らかではないが、我々のモデルにおける陸域の炭素貯蔵量が小さい(720GtC以下)ことが関係している可能性がある。Dufresne et al. (2002) が指摘したように土壌有機炭素からのCO2放出が気候−炭素循環系のフィードバックを形成する重要な要素である。本実験では土壌有機炭素の量が少ないためそこからのCO2放出が抑えられ、その結果フィードバックも小さくなってしまっていることが考えられる。厳密な議論に耐え得る結果を得るためには、充分な量の炭素蓄積量をもたらすような陸域炭素循環モデルに対するパラメータチューニングが必要である。2005年3月現在、そうしたパラメータチューニングを終えモデル初期値作成のためのランを再度計算途中である。 表2:3つのシミュレーションについての、気候−炭素循環系フィードバック強度の評価。α はCO2 に対する気候感度 (K ppmv−1), βAB と βAO は、陸域と海洋それぞれの炭素循環の、大気中CO2濃度に対する感度 (GtC ppmv−1), γAB と γAO は、陸域と海洋それぞれの炭素循環の、気候変化に対する感度 (GtC K-1), g はフィードバックのゲイン・ファクター、すなわち、フィードバックによる大気中CO2濃度の相対的増加量, f は 1/(1 − g)と定義される。
しかしながらDufresne et al. (2002) によれば、気候−炭素循環系のフィードバックの強さに関しては、非結合ランにおける陸域への炭素蓄積量のうちどの程度が植生に蓄積され、どの程度が土壌に蓄積されるかという割合が重要な意味を持つ。すなわち、植生への炭素蓄積量増加分をΔVeg, 土壌へのものをΔSoiと表すことにすれば、ΔVeg/ΔSoiが大きいほどフィードバックは弱く、逆に小さいほど強くなる。本実験の結果において、ΔVeg, ΔSoiをコントロールランと非結合ランとの間における植生、土壌への炭素蓄積量の差として定義すれば、ΔVeg/ΔSoiは1.95となる。この値はCox et al. (2000) によるもの(0.54; Dufresne et al, 2002)より大きい。この値はバックグラウンドの土壌炭素蓄積量には大きく依存しない量と考えられ、パラメータチューニング後の実験でも同程度の値が得られることが予想される。従って、パラメータチューニングを経て充分な炭素蓄積量と共に同様の実験を行っても、ハドレーセンターによる実験におけるほどの強いフィードバックは起こりにくいと考えられる。 海洋における人為起源CO2蓄積について、本実験で得られた結果を図9に示す。1994年時点におけるモデル結果と共に、Sabine et al. (2004)による観測データ解析結果を掲げる。深層水が形成される北部北大西洋と南極海において、人為起源CO2蓄積量が高くなっている様子が分かる。海盆以上の大規模スケールで見れば、モデルと観測データ解析結果は非常によい一致を示していると言ってよかろう。とくに南極海は人為起源CO2海洋吸収量に関し大きな不確定性をもたらすことがFriedlingstein et al. (2003), Orr et al. (2001) らによって指摘されている。そうした海域において、人為起源CO2の濃度・分布パターンがよい一致を見せていることは、非常に好ましい結果といえる。また1994年まで積算した人為起源CO2蓄積量については、モデルで108 PgC、Sabine et al. (2004)による評価で118±19 PgCとなっており、やはりよい一致が見られる。
図9:海洋中に蓄積された1994年時点での人為起源二酸化炭素分布。(左)モデル結果、 Friedlingstein et al. (2003) は、IPSLとハドレーセンターのモデルについて、非結合ランでCO2濃度が700ppmvに達した時点での海面における年平均CO2フラックスを比較している。本実験の結果も加えて同様の比較を行ったものを図10に示す。人為起源CO2海洋吸収に関し大きな不確定性をもたらす南極海について、IPSLとハドレーのモデル間で大きな違いが見られることが分かる。本実験の結果における南極海での吸収量は、それら2つのモデルの中間的な値を南極海で示している。また南極海以外に赤道域やペルー沖、アフリカ東岸のベンゲラ沖において、本実験ではCO2濃度が700ppmの時点でなお海洋が大気へCO2を放出しており、特徴的なパターンを示す。これは、赤道湧昇やペルー、ベンゲラ沖の沿岸湧昇の起源となる水塊が他の2つのモデルより浅いところにあり、海面付近に湧昇してくる水塊が大気中のCO2濃度上昇と同様のペースで上昇していくことが可能になっているためと思われる。
図10:大気中CO2濃度が 700ppmvの時点での、大気−海面間CO2フラックス。単位はgCm-2yr-1で、カラーバーは3つのパネルを通じて共通。正の値が海洋による吸収を表す。(a) IPSLのモデル, (b) ハドレーのモデル, (c) 本実験。 また、現在における海面でのCO2フラックスについて、モデル結果と観測との比較を行ったのが図11である。観測結果は1995年の年平均に規格化したものであるので、モデル結果についても1995年の年平均を示してある。高緯度域で海洋がCO2を吸収し赤道域に強い排出が存在するという大まかな特長を、モデルは再現していることが分かる。しかし、ペルー沿岸での放出量は観測より大きく、またモデル結果において太平洋赤道域南部に見られる吸収域は観測には存在しない。昨年度成果報告書の図8に示したように、こうした観測との相違は海洋モデル単体で行った実験においても見られた。同報告書図8b,cの比較から分かるように、こうした相違の存在は風応力の場に依存する。また上記2つの相違点が本稿の図11、および昨年度(平成15年度)報告書図8bには共に存在し、同報告書図8cには2つともに無くなっていることから、一対をなしていることが推測できる。本実験においても、風応力場の微妙な変化により上記相違点が同時に消失することはあり得る。ペルー沿岸の相違が存在する場所が沿岸湧昇域にあたることから、岸に沿った風応力の強さが重要な要素になっていることは想像できる。しかし、風応力場のどのような特徴がこれらの相違点をもたらすのか、についての具体的なメカニズムに関しては、今後の解析によって明らかにしていかねばならない。
図11:1995年時点における大気−海面間CO2フラックス。単位はgCm-2yr-1。正の値が海洋による放出を表す。(上) Takahashi et al. (1999)による観測データ、(下)モデル結果。 温暖化に伴う海洋環境の変化が起こった場合と起こらない場合とで海洋モデルによるCO2吸収量が変化する割合は大きくても3割程度であり(IPCC, 2001)、モデルによってはソースとシンクが入れ違う可能性すらある陸域の場合に比べ、気候−炭素循環系のフィードバック強度のモデルによる差は小さいと考えられている。しかしながらここで示したように、海面CO2フラックスの地理的分布についてはモデル間の差が顕著に見られる。こうした差に起因する不確定性を削減していくための努力は今後とも必要であろう。 CO2に直接関わる出力だけでなく、海洋生態系モデルからの出力に関してもいくつか観測との比較を行う。図12は、表層の硝酸塩濃度の観測とモデル結果を示している。参考のため、昨年度行った海洋単体モデルによる結果も同時に示した(昨年度報告書表1の実験A2にあたる)。硝酸塩濃度は赤道域と亜寒帯ジャイア(高緯度海域)で高く、亜熱帯ジャイア(中緯度海域)で低いという観測に見られる特長を、両モデル結果とも再現していることが分かる。海洋単体モデルと統合モデルの結果を比較すると、単体モデルの北太平洋東部で硝酸塩濃度が過小評価されていたが、統合モデルではより観測に近い値が得られていることが分かる。風応力の場が変わったことによりエクマン湧昇による栄養塩の供給量が統合モデルにおいて増えたためと思われる。しかしながら、統合モデルの結果ではペルー沿岸において大きな過大評価が見られる。CO2フラックスの図(図11)で同じ場所に見られた過大な放出に対応するものと考えられる。
図12:表層の年平均硝酸濃度(mmol/m3)。(a)観測値(Conkright et al., 1998), 図13では、表層クロロフィル濃度の衛星観測とモデル結果(海洋単体モデル、統合モデル)とを比較している。参考のため、昨年度行った海洋単体モデルによる結果も同時に示した。表層クロロフィル濃度は亜寒帯ジャイア(高緯度域)と赤道域で高く亜熱帯ジャイア(中緯度域)で低いという傾向を、モデルは再現している。しかし図13a, cを比較すると、統合モデルは赤道域と亜熱帯ジャイアにおける表層クロロフィル濃度を過大評価していることがわかる。この傾向は海洋単体モデルによる実験で既に見られるが、統合モデルの結果では過大評価の幅がさらに大きくなっている。これは、統合モデルにおいて混合層が単体モデルのものより深くなっており(図は示さない)、亜熱帯ジャイアにおける栄養塩の供給がさかんになっているためと考えられる。実際図12を見ても、統合モデルにおいて栄養塩濃度が若干高くなっていることが分かる。
図13:表層の年平均クロロフィル濃度(mg/m3)。(a)CZCSによる衛星観測, 「地球システム統合モデル」で得られた結果の解析の際の参考となるべく、やや複雑であるが比較的用いられている全球3次元中程度複雑生態系モデル(Intermediate complexity ecosystem model)を用いて、経年変動数値シミュレーションを行った。利用出来る長期観測データは数少ないものの、それらと比較することによりモデルの有効性を検証することが出来る。具体的には、NCEPの1948年から2002年までの再解析データの風応力、光、海面気温、淡水フラックスなどを生態系モデルに与えることにより、海洋物理場の経年変動、その変動に伴う海洋循環による栄養塩供給や生態系の変動を見ることが出来る。 数十年スケールの気候変動として、太平洋十年振動(PDO)がよく知られており、とくに、1970年代に起こったPDO指標の変化は気候ジャンプあるいはレジュームシフトと呼ばれている(図14)。この気候ジャンプに伴って、北太平洋においては、生物生産量、また、プランクトンや漁獲資源が変動したことも知られている。 日本近海の親潮域におけるモデルの結果は、ほぼ観測された変動を再現していることが分かる(図15)。すなわち、70年代の気候ジャンプに伴う生物生産の変動を定量的にも再現している。漁業資源である魚の餌となる大型動物プランクトンの変動も定性的には同様に再現しているものの、やや変動幅は観測に比べて小さくなっており、今後この種の生態系モデルの結果を漁業資源への適用を考える際には、差異を生じる原因について考察する必要がある。
f. 考察f.1. 統合モデル開発の進捗について 前節で見たように、海洋炭素循環モデルの結果は必ずしも全ての点について観測とよい一致を見せるものではない。しかしながら、ここで用いた海洋生態系モデルは、パラメータの値も含め既に他のいくつかの研究で用いられ成果が得られているものと同一であり、そうした意味で標準的設定として用いるのには適したモデルである。また共生プロジェクトの目的に鑑みると、海洋炭素循環モデルに最も期待される性能は人為起源CO2の吸収量を正しくシミュレートすることである。図9で人為起源CO2貯蔵量が観測とよい一致を見せたことは、この点で我々のモデルが既に充分な性能を持つことを示すものである。今後、観測との一致をよりよくするために海洋コンポーネントのパラメータ調整に過度の時間と労力を割くことは考えていない。ただし、陸域コンポーネントについては土壌炭素貯蔵量などがよく再現されていない点などが気候−炭素循環系のフィードバック強度に直接関わってくるためパラメータチューニングをきちんと行う必要がある。上述の通り、平成17年3月現在そうしたチューニングを終えモデルの初期値作成のためのランを行っている。 予備実験の段階ではあるが、本実験は気候−炭素循環系のフィードバックを調べる際に典型的な設定の下で行っており、論文執筆を視野にいれた実験といえる。「d.平成16年度研究計画」に記載した事項は遂行できたといえる。 f.2. NEMUROを用いた実験結果について 「地球システム統合モデル」での生態系の結果を解析する際に立つように、本稿で示したような気候ジャンプに伴う変動がどのようなメカニズムで起こり、簡単な生態系でも同様なメカニズムを表現されるかどうかなどを今後調べる予定である。モデルで得られた気候ジャンプに伴う変動の空間分布は、各海域で観測されている海洋物理的環境や漁獲資源変動などと概ね調和的であるが(例えば、亜熱帯-亜寒帯海域間のフロントの経度方向の移動など)、定量的には十分に説明出来るものではない。これらの再現性を解析することにより、「地球システム統合モデル」の将来予測の確実性向上に貢献する。 g. 参考文献Aita, M. N., Y. Yamanaka and M. J. 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