2.温暖化・大気組成変化相互作用モデル開発3 研究結果の詳細報告へ戻る | HOMEへ戻る |
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2—2 温暖化―雲・エアロゾル・放射フィードバック精密評価担当機関:地球環境フロンティア研究センター
a. 要約本研究テーマでは、雲とエアロゾルの相互作用の気候影響を評価するために、エアロゾル輸送と雲の微物理過程を詳細に表現できる数値モデルを開発することを目的としている。非静力学ビン法雲微物理モデルを用いて昨年度得られた成果である雲の光学特性に関して、エアロゾルの影響に着目した数値実験を行い、衛星観測で得られている特徴を再現した。また、地球環境フロンティア研究センターで開発された全球非静力学雲解像モデルNICAMにエアロゾル化学輸送モデルSPRINTARSを実装する作業を進めた。 b. 研究目的気候変動を理解・予測する上で不確定性の大きいエアロゾル間接効果による放射強制力を信頼できる精度で評価するためには、エアロゾルが雲の光学特性および降水特性に及ぼす影響を定量的に理解する必要がある。このようなエアロゾルと雲の相互作用の実態は、近年の衛星観測により、観測的には全球規模で明らかになりつつあるが、それらの観測データを定量的に解釈し、エアロゾル−雲相互作用の気候へのインパクトを詳細に理解するためには、数値モデリングが有効である。そこで、本研究サブテーマでは、エアロゾル輸送と雲物理過程の相互作用を全球規模で詳細に表現できる数値モデルの開発を目的とする。 c. 研究計画、方法、スケジューリング本研究テーマでは、まず、エアロゾルが雲の粒径分布や光学特性・降水生成特性に及ぼす影響を定量的に調べるために、雲の微物理過程を詳細に表現できるビン法雲モデルを開発し、それを用いた数値実験を行う。さらに、全球非静力学雲解像モデルNICAMを力学プラットフォームとして用いて、その上にエアロゾル輸送モデルSPRINTARSを実装することで、対流雲も含めた雲システムとエアロゾル輸送過程の相互作用を全球規模で計算する。このシミュレーションでは、計算コストの関係から、当面はバルク雲物理の定式化にもとづいてエアロゾルの雲・降水・放射過程への影響を取り入れる。 d. 平成17年度研究計画エアロゾル・水物質・氷粒子が共存する系の微物理過程を詳細に表現できるビン法雲微物理解像モデルを用いて、エアロゾルが水雲の光学特性に及ぼす影響(エアロゾル間接効果)を調べるための数値実験を行う。同時に、全球非静力学雲解像モデルNICAMへのエアロゾル化学輸送モデルSPRINTARSの実装作業を進める。 e. 平成17年度研究成果東京大学気候システム研究センターにおいて開発された、エアロゾルと水・氷粒子が共存する系の微物理過程を詳細に表現できる非静力学雲微物理解像モデル(鈴木, 2004)を用いて、エアロゾルが雲の光学特性に及ぼす影響を調べるための数値実験を行った。これは、雲生成に重要な役割を果たす対流を陽に表現するための非静力学フレームとエアロゾル・液水粒子・氷粒子からなる粒子系の空間分布・時間発展を計算するためのビン法雲微物理モジュールが結合したモデルである。ビン法雲微物理モジュールの部分では、エアロゾル・液水粒子(雲粒)・各種氷粒子(氷晶・あられ・ひょう)の各々について粒径分布関数を直接取り扱い、それらが様々な微物理過程によって変化する様子を陽に予報する。 このような雲モデルを用いて低層の水雲を生成する数値実験を行い、雲の微物理特性・光学特性に着目した解析を行った。雲のこうした物理特性を表す物理量である雲粒有効半径reと光学的厚さ τcは粒径分布関数n(r)からそれぞれ次の式で定義される:
ただし、Qextは消散効率因子であり、雲粒子に対しては良い近似でQext=2が成り立つ。ビン法雲微物理モデルでは、雲粒の粒径分布関数n(r) を陽に予報するので、有効半径と光学的厚さを上の定義にしたがって計算できることがこのモデルの大きな長所である。これら二つの物理量は衛星リモートセンシングから求まる基本的な観測量であるが、過去の観測研究からこれらの間には雲の発達段階に対応して異なる相関パターンが存在することが知られている。すなわち、降雨(またはその前駆粒子であるドリズル粒子)を伴わない雲では両者は正の相関、降雨(ドリズル粒子)を伴う雲では負の相関がそれぞれ多く観測されることが報告されている(Nakajima et al., 1991; Han et al., 1994; Nakajima and Nakajima, 1995; Asano et al., 1995)。このような相関パターンがビン法雲モデルでも再現されることは前年度に報告した通りであるが、今年度はさらに、このような相関パターンに対するエアロゾルの影響を調べた。そのために、雲生成の計算に初期条件として与えるエアロゾル数を増減させた数値実験を行い、有効半径と光学的厚さの相関パターンがどのように変化するかを調べた。その結果を図34に示す。これによると、エアロゾルが少ない清澄な条件(図34上段)では、プロットは主に負の相関部分からなり、正の相関部分はわずかしか見られないのに対し、エアロゾルが多い汚れた条件(図34下段)では、逆に正の相関部分のみが再現され、負の相関部分は形成されないことがわかった。このような相関パターンの違いは、エアロゾル量の変化によって雲の微物理的な粒子成長パターンが変化することによって起こる。エアロゾルが少ないときには、生成される雲粒の数密度が小さいために水蒸気の消費は少なく過飽和度が高いので、粒子の凝結成長速度は大きく、衝突併合過程が活性化されるサイズに容易に到達し、ドリズル粒子が活発に生成されるので、負の相関パターンが卓越する。これに対して、エアロゾルが多いときには、生成される雲粒の数密度が大きいので水蒸気が多く消費されて過飽和度が下がり、粒子の凝結成長速度は小さくなる。その結果、雲粒子は衝突併合が活性化されるサイズに到達できずドリズル粒子が生成されないために、負の相関部分は現れずに正の相関部分のみが形成される。このシミュレーション結果は、Nakajima and Nakajima (1995)による衛星リモートセンシングで観測的に報告されている結果によく類似した特徴を示している。Nakajima and Nakajima (1995)によれば、FIRE領域(カリフォルニア沖)とASTEX領域(北大西洋)とでは有効半径と光学的厚さの相関パターンは顕著に異なり、FIRE領域では負の相関が卓越して正相関部分はわずかしか見られないのに対し、ASTEX領域では正の相関が支配的である。前者はエアロゾルが少ない条件下でのモデルシミュレーション結果(図34上段)に類似し、後者はエアロゾルが多い条件下での計算結果(図34下段)に類似している(Suzuki et al., 2006)。このことから、これら二つの領域で観測された相関パターンの違いは、エアロゾル量の違いによる微物理的な粒子成長過程の違いを反映してもたらされたものと解釈できる。このようにしてモデル実験と衛星観測データを組み合わせることにより、全球の雲に対して観測的に得られつつある有効半径と光学的厚さの間の相関パターンをエアロゾル数と対応づけて分類することができ、雲の微物理的な粒子成長のパターンを全球規模で調べることが今後可能になっていくと考えられる。 本サブテーマでは、このような詳細な雲微物理モデリングと並行して、エアロゾルが雲システムに及ぼす影響の全球シミュレーションを行う目的で、全球非静力学雲解像モデルNICAM(Satoh, 2002, 2003; Tomita et al., 2002, 2004)にエアロゾル化学輸送モデルSPRINTARS(Takemura et al., 2000, 2002)を結合したモデルの開発を行っている。全球シミュレーションを行うために計算コストの制約から、当面は、エアロゾル間接効果の導入はバルク雲物理スキームに基づいた定式化(Suzuki et al., 2004; Takemura et al., 2005)を用いて行うこととした。この定式化では、エアロゾル輸送モデルから得られるエアロゾル数密度をもとに雲粒数密度を診断的に計算し、こうして得られた雲粒数密度に依存する形で雲水から降水への変換を計算することでエアロゾル第二種間接効果を考慮し、雲粒数密度と雲水量から平均的な有効粒子半径を算出する。このような間接効果計算モジュールを全球雲解像モデルに取り入れることにより、近年観測的に明らかになりつつある対流雲へのエアロゾルの影響を評価できることが従来のGCMを用いた研究と本質的に異なる点である。現在、SPRINTARS実装作業の約8割程度が終了し、作業の最終段階に入っている。計算結果の初期的な例として、硫酸塩および炭素性エアロゾルの分布を図35に示す。硫酸塩エアロゾル(図35上段)は工業活動域に多く存在し、炭素性エアロゾル(図35下段)は工業活動域と森林火災の発生域に多く存在する様子が見られる。 f. 考察エアロゾルが雲の微物理過程への影響を介して雲の光学特性・降水生成特性に及ぼす影響評価のためのモデリングには、雲微物理過程を詳細に扱うビン法雲モデルを用いて小領域での計算を行う方法と、バルク雲物理スキームを用いてエアロゾル輸送過程と結合した全球シミュレーションを行う方法の二通りの路線が存在する。これら二つの方法は将来的には統合されると思われるが、現時点ではこれらを並行して行うのが現実的なアプローチであると考えられる。その意味で、全球非静力学雲解像モデルNICAMにエアロゾル輸送モデルSPRINTARSを結合したモデルの開発は後者の研究に属し、雲解像モデルを用いたエアロゾル気候影響を進めるために、NICAMとSPRINTARSの結合作業を早急に進める必要がある。
図34: ビン法雲モデルで得られた有効半径と光学的厚さの相関(上段:清澄な条件、下段:汚れた条件)
図35: NICAM+SPRINTARSで得られた高度1km付近でのエアロゾル濃度分布の計算例(上段:硫酸塩、下段:炭素性)
g. 引用文献Asano, S., M. Shiobara, and A. Uchiyama, Estimation of cloud physical parameters from airborne solar spectral reflectance measurements for stratocumulus clouds, J. Atmos. Sci., 52, 3556-3576, 1995. Han, Q., W. B. Rossow, J. Chou, and R. M. Welch, Global survey of the relationships of cloud albedo and liquid water path with droplet size using ISCCP, J. Climate, 11, 1516-1528, 1998. Nakajima, T., M. D. King, and J. D. Spinhirne, Determination of the optical thickness and effective particle radius of clouds from reflected solar radiation measurements. Part II: Marine stratocumulus observations. J. Atmos. Sci., 48, 728-750, 1991. Nakajima, T. Y. and T. Nakajima, Wide-area determination of cloud microphysical properties from NOAA AVHRR measurements for FIRE and ASTEX regions. J. Atmos. Sci., 52, 4043-4059, 1995. Satoh, M., Conservative scheme for a compressible non-hydrostatic models with moist processes, Mon. Wea. Rev., 131, 1033-1050, 2003. Satoh, M., Conservative scheme for the compressible non-hydrostatic models with the horizontally explicit and vertically implicit time integration scheme, Mon. Wea. Rev., 130, 1227-1245, 2002. Suzuki, K., T. Nakajima, A. Numaguti, T. Takemura, K. Kawamoto, and A. Higurashi, A study of the aerosol effect on cloud field with simultaneous use of GCM modeling and satellite observation, J. Atmos. Sci., 61, 179-194, 2004. Suzuki, K., T. Nakajima, T. Y. Nakajima, and A. Khain, Correlation pattern between optical thickness and effective radius of water clouds simulated by a spectral bin microphysics cloud model, Geophys. Res. Lett. in review. Takemura, T., H. Okamoto, Y. Maruyama, A. Numaguti, A. Higurashi, and T. Nakajima, Global three-dimensional simulation of aerosol optical thickness distribution of various origins, J. Geophys. Res., 105, 17853-17873, 2000. Takemura, T., T. Nakajima, O. Dubovik, B. N. Holben, and S. Kinne, Single-scattering albedo and radiative forcing of various aerosol species with a global three-dimensional model, J. Climate, 15, 333-352, 2002. Takemura, T., T. Nozawa, S. Emori, T. Y. Nakajima, and T. Nakajima, Simulation of climate response to aerosol direct and indirect effects with aerosol transport-radiation model, J. Geophys. Res., 110, D02202, doi:10.1029/2004JD005029, 2005. Tomita, H., M. Satoh, K. Goto, An optimization of the icosahedral grid modified by the spring dynamics, J. Comput. Phys., 183, 307-331, 2002. Tomita, H., and M. Satoh, A new dynamical framework of nonhydrostatic global model using the icosahedral grid, Fluid Dyn. Res., 34, 357-400, 2004. 鈴木健太郎, 粒子成長に関わる雲微物理過程の数値モデリングに関する研究, 東京大学理学系研究科地球惑星科学専攻博士論文, 2004年9月 h. 成果の発表<印刷発表> Suzuki, K., T. Nakajima, T. Y. Nakajima, and A. Khain, 2006: Correlation pattern between optical thickness and effective radius of water clouds simulated by a spectral bin microphysics cloud model. Geophys. Res. Lett. in review. <口頭発表> Suzuki, K., T. Nakajima, T. Y. Nakajima, and T. Iguchi, 2005: Numerical study of the aerosol effect on water cloud optical properties with non-hydrostatic spectral microphysics cloud model. International Association of Meteorology and Atmospheric Science (IAMAS), Scientific Assembly, Beijing, China, 2-11. August. Suzuki, K., T. Nakajima, and T. Y. Nakajima, 2005: Characteristics of water cloud optical property as simulated by non-hydrostatic spectral microphysics cloud model. Cloud Modeling Workshop, Fortcollins, CO, 6-8 July. 鈴木健太郎、中島映至、中島孝:衛星観測で得られた水雲の光学特性のビン法雲モデルによる解釈, 日本気象学会秋季大会, 神戸大学, 2005年11月20-22日. 次のページ(3. 寒冷圏モデル) |