3.寒冷圏モデル3 研究結果の詳細報告へ戻る | HOMEへ戻る |
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担当機関:地球環境フロンティア研究センター
a.要約温暖化に対する氷床の応答特性や海水準への影響を調べるため、高解像度大気海洋結合モデルによる推定、大気海洋モデル結果を氷床モデルに入力した推定、炭素循環を含む地球システムモデルへの氷床モデルの組み込み、氷床変動に関するモデルの不確定性要因の検討を行なった。MIROC3.2 高解像度版と中解像度版を用いたSRESシナリオ(A1B およびB1)温暖化実験では、グリーンランドと南極氷床の海水準への寄与は各々高解像度モデルでそれぞれ15cm海面上昇と5cm海面低下となり海洋熱膨張よりは小さいこと、高度の変化傾向は最近の観測事実と矛盾のない結果を得られることがわかった。さらに長期影響を調べるため、CO2 4倍増加実験やSRESシナリオの濃度を与え続けた大気海洋結合モデル実験結果を、現実をよく表現するよう開発された氷床モデル(Saito and Abe-Ouchi, 2004, 2006)に入力した。CO24倍増実験では2000年ほどでグリーンランド氷床はほぼ消滅し海水準が6メートル上昇、またSRES シナリオの濃度を21世紀末以降も200年与え続けた結果を用いると21世紀末に気温を固定した場合に比べて長期的な影響が持続して最終的に氷床が消滅するほどであることがわかった。氷床モデルの不確実性を明らかにするため、数値手法および質量収支モデルの2点も検討し、氷床消滅に至る条件における不確実性の程度も明らかにした。同期した大気-氷床結合(部分統合モデル)の計算を可能にするためのプログラム改変はほぼ終了し、現在調整を続けている。 b.研究目的地球上南北両極には陸上に氷床、海上に海氷があり、それらの生成変動は地球規模の気候変動と直結している。このため、温暖化に伴い氷床や海氷が敏感に反応して融解したり、さらに広範囲の気候や海面変動に影響を及ぼすことが懸念されている。そこで、このグループでは、最終的には地球シミュレータ上で稼動する大気/海洋/海氷/氷床結合モデルを構築し、地球温暖化や海面変動の予測実験を行なう。まず、部分モデルの改良をしながら様々な感度実験を通じて不確定要素の把握につとめる。さらに、結合されたモデルを用いて現在や過去の再現実験を行いながら、予測実験の精度を高めることをめざす。また、2万年前の最終氷期以降に関して、海洋底堆積物や地形のデータによる過去の気候や氷床変動/海水準の復元がかなり高精度で行われるようになってきたので、これを再現する数値実験を試みることを通してモデルの検証を行っていく。 c.研究計画、方法、スケジュール氷床については14年度までに部分モデルの製作は一通り行ない、応答特性を調べてきた。15年度は、各部分の改良を行ったり、地球シミュレータ用に氷床モデルプログラムを並列化最適化したり、カップラーの開発を行って気候モデルと氷床力学モデルの結合の特性を調べた。16年度と17年度は中程度の解像度の大気海洋結合モデルを用いて温暖化実験をおこない、海氷や氷床への影響について考察した。今後は、氷床モデルと大気モデルの結合を完成し、定量的に温暖化影響について論じていく。 d.平成17年度研究計画昨年度は観測データや古気候再現実験を通した検証を行い、東大気候センターで開発された氷床モデルや、MIROCに導入されている海氷モデルの高精度化を行ってきた。17年度はこれらの大気海洋海氷結合大循環モデルと氷床モデルを組み合わせた数値実験を行うことで、地球温暖化において南極やグリーンランドの氷床や海氷などの寒冷圏がどのような影響をうけるのか検討を始める。CO2 4倍くらいまでで温室効果ガスレベルが安定化した場合に、長期にわたって気候と氷床がどのように応答するかを数百年積分して実験する予定である。 e.平成17年度研究成果e.1. SRES シナリオによる氷床の変動の予測に関する研究気候モデルによる温暖化実験の不確定性は様々な時間スケールでどのように氷床変動に影響するかを、共生第一課題の温暖化実験の結果を用い、さらに氷床モデルの入力とし、グリーンランド氷床の温暖化応答を調べた。 MIROC3.2 高解像度版と中解像度版を用いたSRESシナリオ(A1B およびB1)温暖化実験の結果を観測の氷床形状に内挿して(GCM の氷床形状が粗すぎるのを補正Wild et al (2000))詳細に解析したところ、グリーンランドと南極氷床の海水準への寄与は各々高解像度モデルではそれぞれ15cm海面上昇と5cm海面低下となり海洋熱膨張よりは小さい結果となった(図36、Suzuki et al, 2005)。グリーンランド氷床は温暖化により融解が卓越するが、南極では降水量増加による体積増加がしばらくは効くからである。変化は小さいのは氷床の影響が長期に遅れて現れるためである、それでも高度の変化傾向は図37のようにでており、高解像度の結果は内陸で高度が高まり縁辺で融解が促進しているという最近の観測事実と矛盾のない結果を得られた。
図36: (左)海面上昇の時間変化の予測、海洋熱膨張の寄与と氷床(グリーンランド、南極)の寄与をシナリオA1BとB1および高解像度モデル(a)と中解像度モデル(b)で示す。 (右)高解像度モデルの全球年平均および、グリーンランド氷床上夏と南極氷床上夏の気温変化。
図37: 正味質量収支(かん養量および融解量)の21世紀末と現在との差、南極およびグリーンランド、左中解像度、右は高解像度モデル。正味質量収支は当面の高度変化傾向を示す。高解像度により氷床の地形による降水量が現実的に表現できるので、高解像度モデルでは観測の質量収支や高度変化の分布をよりよく再現している。 つぎに氷床モデルを導入した長期影響を調べる実験では、2100 年以降の排出シナリオを固定して 2300 年まで積分した実験を用いた。従来の氷床モデルを用いた温暖化実験は 2100 年以降の気候状態を固定したものである。今回は 2100 年以降の遷移過程がどのように氷床変動に影響をあたえるために、従来と同様に 2100 年以降の気温分布を固定したもの (T-fix 実験)と、2300 年までの温暖化計算結果を用いてそれ以降を固定したもの(S-fix実験)の二種類の感度実験を行った。氷床モデル積分は1850 年から積分を開始し、定常解を得るまで 10000 年以上積分をした。 氷床モデルへの入力は、バイアスを取り除くためにそれぞれの年の気候モデル結果と、気候モデルの 1990 年付近の気候値との差を現在の観測値に加えて入力の気温とした。降雪量は同様に比を用いて入力とした。時間積分の初期値は、20世紀再現実験の初期状態(中解像度では 1850 年、高解像度では 1900 年)の温度、降雪量のもとで(上の記述したように偏差を観測に加えて)定常解を求め、それを対応する年の状態と仮定した。20世紀再現実験の入力で得られた 1990 年付近のグリーンランド全体の質量収支はモデル再現は表のようになる。表の観測の涵養量は今回観測値として使用した Calanca et al. (2000) のデータから算出した値である。また融解量は Wild et al (2000) を参考にした。涵養量や融解量の再現と観測との差は、氷床モデルで再現された 1990 年のグリーンランドの面積が現実と若干のずれがあるため、あるいは外挿方法の違いのためと考えられる。しかしながら 1990 年での全体の質量収支は概ねよい再現であるといえる。
以降、計算機資源の制約上、中解像度実験の結果を述べる。 さらに 別のシナリオ実験として、二酸化炭素 4 倍増実験の結果のもとのグリーンランド氷床の応答も調べた。MIROC3.2大気海洋結合モデルによる二酸化炭素 4 倍実験の 2500年目から 100 年間の気候値をもとにグリーンランド氷床の体積変動を求めたのが図39である。二酸化炭素 4 倍の状態が、3000 年以内に氷床が消失し、定常解としては氷床がない状態であることがわかった。
図38: MIROC 中解像度モデルによる温暖化実験でのグリーンランド上夏平均気温。赤線、緑線がそれぞれ A1B, B1 シナリオ実験に相当。本文中の S-fix 実験は実線のような外力を与えた場合に相当する。また T-fix 実験は点線に相当する。
図39: 中解像度 MIROC 温暖化実験の結果を用いた氷床モデル実験の結果。体積変動の時系列を海水準に換算して表す。赤線が A1B, 緑線が B1 シナリオ実験。実線が S-fix 実験 (2300 年以降の気候を固定)、点線が T-fix 実験(2100年以降の気候を固定) 青線はCO2 4倍増実験結果。右図はさらに長期的な変化傾向。下図はそれぞれのシナリオ実験の定常解の標高分布。 開発していた双方向の結合モデルは現在地球シミュレータで運用している。気候モデルは炭素循環を組み込んだものを利用した。モデル時間一か月に一度氷床モデルを呼出し、氷床にとっての境界条件である表面質量収支を計算する。さらに一年に一度氷床流動を計算し、求められた新しい地形、氷床分布、海洋への淡水供給を気候モデル側に渡す仕組みとなる。モデルは大気 16 海洋 16 CPU (合計 32CPU = 4 ノード)の並列化モデルで、大気 CPU の一つにグリーンランド氷床が含まれている。一年の時間積分におよそ 10 ノード時間積必要で、4 ノード使用した場合は2.5 時間かかる。大気-氷床間の相互作用のみを考慮した場合の 2100 年から 2200 年までの積分を行い、現在結果を解析している。 e.2.氷床モデルの不確実性要素の把握グリーンランド氷床の縁辺は融解が支配的な領域であり、温暖化の際はそこでの融解量の変化が応答に大きな影響を与えると考えられる。融解量は気温に依存し、気温は氷床の標高に強く影響される要素である。そのため縁辺の標高(氷厚)再現の性質が温暖化実験での氷床応答にいくらかの影響を与えることが予想される。従って縁辺の標高(氷厚)再現の不確定性がどの程度なのか、そしてその不確定性によって氷床応答がどのくらい影響されるかの考察が、温暖化実験の解釈のためにも重要であるといえる。 これまで多くの氷床モデルは氷厚分布の時間積分を拡散形で表し数値的に解いている。この拡散形を差分表現する方法に大きくわけて二つの方法がある(Hindmarsh and Payne, 1996; Huybrechts et al, 1996)。いずれの方法も氷床の内陸部の再現はよいが、氷床の縁辺の氷厚再現の誤差が大きいことが指摘されている。またこの二つの方法は内陸ではほとんど同じ再現になるが、縁辺部の再現は比較的に差が大きい。ここではその数値表現に起因するグリーンランド氷床の定常解の不確定性を調べた。モデル氷床は全て 5 万年時間積分した。さらに、従来の多くの氷床モデルを用いた研究では、気候条件の表現になんらかの質量収支モデルを使用している。よく使われる質量収支モデルは気温分布から融解量を求める経験的な式である。GCM による氷床の質量収支解析においても、GCM の温度分布などを用いて質量収支モデルで診断する方法が多く用いられている。さらに近年見られる GCM-氷床結合モデルも、その間に質量収支モデルを導入している。これらは空間スケールの小さい融解域(数 10 km 程度)を精度よく表現するために使用されている。現在運用中の氷床気候結合モデルでも気候モデルの出力を質量収支モデルで診断して氷床モデルに入力する同様の方法を採用している。質量収支モデルと熱収支モデルの再現性の比較をした研究は今までいくつかあった(van de Wal 1996; Ohmura 2001)。しかし質量収支モデルの違いがグリーンランド氷床の感度にどう影響するかを調べた研究はない。本研究では代表的な二つの表面質量収支モデルを用いて、上記の数値表現に関する感度実験と同様の手法で、質量収支モデルの違いに起因するグリーンランド氷床の定常解の不確定性を調べた( Saito and Abe-Ouchi (in press) 、Saito and Abe-Ouchi, 投稿準備中)。 ここで用いた表面質量収支モデルの一つは Positive Degree Day (PDD) と呼ばれる方法で(Reeh 1991)、氷床モデルを用いた研究では標準的に使われた手法である。もう一つは Ohmura et al. (1996) で使用された手法で、融解量を夏平均気温から見積もる方法である(ここでは以降 LTI と呼ぶ)。いずれの手法も観測された融解量をよく再現しているが、特徴としてはより温度が高い場合に PDD による融解量が LTI のそれよりも大きくなることである。 数値手法および質量収支モデル二つの点から考えられる氷床モデルの四種類の組み合わせによって、再現されたグリーンランド氷床の定常解の体積は図40のようになる。特に与えた温度変動が高い所で、同じ温度に対する定常解の体積の不確定性が大きくなっていることがわかる。例えば現在から一様に 4K温度上昇した気候下でのグリーンランド氷床の不確定性は全部融解する場合から半分以上氷床が残る解までに広がることが判明した。この 4-5K という温度上昇は、気候モデルから予測される将来の温暖化上昇の範囲に含まれる。すなわち地球温暖化へのグリーンランド氷床の応答の最終的な到達する状態にこれだけの不確定性があるということであり、ある程度の短期間の応答の推定にも影響があると考えられる。従って再現された氷床応答の解釈には十分注意が必要であるといえる。
図40: 方程式の数値表現の違い、および表面質量収支モデルの違いによるグリーンランド氷床定常解の体積。太線はPDD, 細線は LTI モデルによる結果。点線と実線は数値表現の違うモデルを表す。横軸は外力の温度分布。 f.参考文献Wild, M. and Ohmura, A. Change in mass balance of polar ice sheets and sea level from high-resolution GCM simulations of greenhouse warming. Ann. Glaciol. 30, 197-203, 2000. Calanca, P. et al. Gridded temperature and accumulation distributions for Greenland for use in cryospheric models. Ann. Glaciol. 31, 118-120, 2000. Hindmarsh, R. C. A. and Payne, A. J. Time-step limits for stable solutions of the ice-sheet equation. Ann. Glaciol. 23, 74--85, 1996 Huybrechts, P. et al. The EISMINT benchmarks for testing ice-sheet models. Ann. Glaciol. 23, 1--12, 1996 van de Wal, R. S. W. Mass-balance modelling of the Greenland ice sheet: a comparison of an energy-balance and a degree-day model. Ann. Glaciol. 23, 36--45, 1996. Saito, F. and Abe-Ouchi, A. Sensitivity of Greenland ice sheet simulation to the numerical procedure employed for ice sheet dynamics. Ann. Glaciol. 42, in press. Ohmura, A. et al. A Possible change in mass balance of Greenland and Antarctic Ice Sheets in the Coming Century. J. Climate 9, 2124--2135, 1996. Ohmura, A. Physical Basis for the Temperature-Based Melt-Index Method. J. Appl. Meteorol. 40, 753--761, 2001. Reeh, N. Parameterization of melt rate and surface temperature on the Greenland ice sheet. Polarforschung 59, 113--128, 1991. g.研究発表論文発表 Annan,J., J.C.Hargreaves, R.Ohgaito, A.Abe-Ouchi and S.Emori, 2005, Efficiently Constraining Climate Sensitivity with Ensembles of Paleoclimate Simulations. SOLA, Vol.1, 181-184, doi:10.2151/sola. 2005-047. Jost , A, M.Lunt, M.Kageyama, A.Abe-Ouchi, O.Peyron, P.J.Valdes, and G.Ramstein, 2005, High resolution simulations. Of the last glacial maximum climate over Europe: a solution to discrepancies with continental paleoclimatic reconstructions? Climate Dynamics, DOI 10.1007/s00382-005-0009-4. Kageyama, M., S.P. Harrison and A. Abe-Ouchi (2005) The depression of tropical snowlines at the Last Glacial Maximum: what can we learn from climate model experiments? Quaternary International, in press. Kageyama, M., A.Laine, A. Abe-Ouchi and 17 members, 2006, Last Glacial Maximum temperatures over the North Atlantic, Europe and Western Siberia: A comparison between PMIP models, MARGO sea-surface temperatures and pollen-based reconstructions, Quaternary Science Reviews, in press.Saito, F. and A. Abe-Ouchi. (2006) Dependence of simulation and sensitivity of Greenland ice sheet to numerical procedures for ice sheet dynamics. Annals of Glaciology, 42, in press. Masson-Delmotte, V., M.Kageyama, P.Braconnot, S.Charbit, G.Krinner, C.Ritz, E.Gailyardi, J.Jouzel, A.Abe-Ouchi and 17members, 2005, Past and future polar amplification of climate change: climate model intercomparison and Ice-Core constraints. Climate Dynamics, DOI 10.1007/s00382-005.0081-9. Saito, F. and A. Abe-Ouchi (2004) Thermal Structure of Dome Fuji and East Queen Maud Land, Antarctica, simulated by a three-dimensional ice sheet model. Annals of Glaciology, 433--438 Saito, F. and Abe-Ouchi, A. Sensitivity of Greenland ice sheet simulation to the numerical procedure employed for ice sheet dynamics. Ann. Glaciol. 42, in press. Saito. F, A.Abe-Ouchi, H.Blatter, 2006, EISMINT model intercomparison experiments with higher order mechanics. Jounal of Geophysical Research, in press. Suzuki, T, H. Hasumi, T.T. Sakamoto, T. Nishimura, A. Abe-Ouchi, T. Segawa, N. Okada, A. Oka and S. Emori, 2005, Geophysical Research Letters, 32, L19706, doi:10.1029/2005GL023677 Yamagishi, T., A. Abe-Ouchi, F. Saito, T. Segawa and T. Nishimura (2006) Reevaluation of paleo-accumulation parameterization over northern hemisphere ice sheet during the ice age with a high resolution atmospheric GCM and a 3-D ice sheet model. Annals of Glaciology, 42, in press. 次のページ(4. 気候物理コアモデル改良) |