水中音響技術研究グループ
水中音響通信・測位に関する研究
海中では、電磁波は吸収されてしまうため、長距離まで伝搬しません。そこで、通信や測位には、音波が用いられます。そのため、水中音響通信・測位の技術は、深海探査や海洋観測に欠かせない非常に重要な技術ということになります。しかし、海中の音波伝搬においては、非常に大きいドップラーシフトが加わる、多数のマルチパス波が受信される、利用可能な周波数帯域幅が非常に狭い、などの空中の電波通信とは異なる特有の問題があります。
ドップラーシフトは、移動することによって波が伸縮し、周波数が変化する現象ですが、水中の音響通信では、空中の電波通信に比べて4~5桁大きい影響があります。これは、電波通信において、ロケットや人工衛星よりも数十倍速く移動するものと通信をしようとしていることに相当します。また、マルチパス波は、反射や屈折によって受信される波のことで、特に水平方向の伝搬路において、長い時間にわたって数多く受信されるため、非常に大きい影響を受けます。
水中音響技術研究グループでは、こうした課題に対して、音響通信・測位の高速度化・高精度化などを目指した研究開発を進めています。
深海探査機との高速音響通信
有人潜水船「しんかい6500」や「フルデプス無人探査機FF11K(深度11、000mまで探査可能なランダーシステム)」などの深海探査機に搭載し、母船との間での通信を行うための音響通信装置を開発しました。
このグラフは、既存の販売されている通信装置の性能を、通信の距離に対する通信速度(データの転送速度)としてプロットしてあります。水中の音響通信のデータ転送速度は、遠距離になると低下するため、黒い点線のように、距離に対しておおよそ反比例します。そのため、距離x速度の指標で、性能が比較されます。既存の通信装置は、その性能が、40kbps x km前後でした。それに対して、開発した通信装置では,その10倍以上、世界最高性能となる600kbps x km以上の通信速度を実現しています。
2017年度にインハウスで開発、2018年より「しんかい6500」やFF11Kに実装され、カメラの画像や観測データを転送するための装置として運用されています。また、深度9、200mに設置したFF11Kを音響通信で遠隔操作することにも成功しています。
音響通信と測位を統合化した「マルチユーザ通信測位統合装置」の開発
- 通信と測位が重ならないようにするため頻度が低い。
- 位置関係に応じて調整が必要。
- 複数機運用の場合、さらに頻度が低下し、複雑になる。
- 通信の信号を使って測位も行うため通信と測位の頻度が上がる。
- 測位によって通信のタイミングが制御されているため、重ならない。
- CSAC(チップスケールの原子時計)により時刻が制御されており、測位の質問信号も不要。
深海探査機との通信装置をさらに高機能化し、通信と測位を統合化した装置を開発しました。
従来、音響通信装置と音響測位装置は、別々の装置として装備され、連動せずに用いられていました。そのため、通信と測位が干渉しないように、長いインターバルが必要となり、低い頻度での通信測位しかできませんでした。また、複数の探査機と通信測位をするためには、さらに長いインターバルと複雑な操作が必要となります。
この問題を解消するため、通信と測位の信号処理を統合化した方法を考案し、実用化しました。これにより、高頻度で安定した通信測位が可能となり、また、多数の探査機との通信測位も可能となりました。
2019年には、この装置を用いて4機のAUVの同時運用の実証試験に成功しています。また、「しんかい6500」や建造中のAUV「うらしま8000」などに搭載され、実運用される予定です。
2019年には、この装置を用いて4機のAUVの同時運用の実証試験に成功しています。また、有人潜水船「しんかい6500」やAUV「うらしま8000」などに搭載され、実運用されています。
プレスリリース:8,000m級AUV「うらしま8000」からの音響通信によるソーナー画像のリアルタイム伝送に成功また、この通信測位統合装置は製品化されており、以下の防衛装備庁艦艇装備研究所が進める「光音響ハイブリッド通信」の研究開発において、通信装置として活用されています。
光/音響ハイブリッド水中通信Time reversalによる長距離高速MIMO音響通信の研究
海中において、水平方向に長距離の通信をしようとする場合、反射や屈折による多数のマルチパス波が、長い時間にわたって受信されます。よって、このような強いマルチパス干渉(シンボル間干渉)を含んだ伝搬路の特性を補償する必要があります(チャネル等化)。また、MIMO通信は、複数の送波器から異なる信号を同時に発信する(空間多重通信)ことで、通信速度を向上させようとする方法ですが、そのためには、重なって受信される信号を分離する必要があります(チャネル間干渉の除去)。
この研究では、time reversal(時間反転による信号処理)を発展させたadaptive time-reversal DFEという方法をMIMO通信に適用し、実海域での実証試験を進めました。その結果、従来のMMSE-OFDMなどよりも、空間多重の分離性能が優れており、より高速・長距離のMIMO通信が可能となることが示されました。実証試験の結果では、水平方向のマルチパス環境において、先行の研究事例の10倍以上となる600kbps·kmを達成することができました。
高速で移動する探査機とのマルチパス環境における音響通信
- マルチパス波とドップラーシフトが同時に加わる非常に厳しい二重選択性伝搬路
- ドップラーシフトは、マルチパスごとに異なる。
- 速い移動に応じて、受信信号は大きく変化する。
水中音響通信における移動の影響(ドップラーシフト)は、空中の電波通信に比較して、4~5桁以上の影響があります。これは、水中の音波の伝搬速度(1、500m/s)が、空中の電波の伝搬速度の20万分の一と非常に遅いためです。仮に、10ノット(5m/s)で移動するビークルとの通信を考えた場合、空中の電波通信に換算すると、マッハ3、000以上の移動速度に相当します。これは第1宇宙速度の150倍です。さらに、水平方向の通信の場合、マルチパス波の影響が加わるため、通信を行うには非常に難しい伝搬路特性となります(非常に厳しい二重選択性)。
こうした環境下での音響通信について、防衛装備庁艦艇装備研究所との連携協定のもとで、共同での研究を進めています。浅海域のマルチパス環境(水深100m)で行った実験では、相対速度10ノットで移動する探査機間で40kbps以上の通信速度を達成することができました。