突撃!
隣の研究室

第1回 渡部裕美(わたなべ ひろみ)さん
国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)
超先鋭研究開発部門超先鋭研究プログラム

海の生物の一生を明らかにする!

生物の研究者になるなんて思っていませんでした

渡部さんは小学生のとき、どんな子どもでしたか?
幼稚園からクラシックバレエを習っていたんです。そんなに上手ではなかったんですけど、ステージで聞いたオーケストラの生演奏にあこがれて「あんなふうにステージを支えられる人になれたらいいな」なんて思っていました。だから、生き物のことはほとんど何も知らなくて、自分がそれを仕事にするなんて考えもしませんでした。
生物の世界に進んだのはどうしてですか?
大学で環境問題について勉強しようと、地学科というところに入りました。そのとき、海の底に降り積もっている有孔虫という1ミリぐらいの小さな生物の化石を使った実験がすごく面白かったんです。それで、卒業研究では古生物の研究室で行いました。でも、古生物は実際に生きている姿を見ることはできません。それで、生きている生物のことを研究したいなと、大学院の博士課程から生物学科に入ったんです。

深海に暮らす生き物はどうやって温泉から温泉へと移動しているのか

今とりくんでいる研究について教えてください。
地球の表面のおよそ70%は海で、そのほとんどは水深200メートルより深く、太陽の光がとどかない、真っ暗な深海(しんかい)です。その海底には、熱水噴出孔(ねっすいふんしゅつこう)という数百℃の熱い海水が噴き出している温泉みたいな場所があって、そのまわりにはエビやカニ、フジツボ、貝の仲間といった生き物たちが住んでいることが、20世紀の終わりくらいにわかりました。わたしは、その生物たちがどんな一生を送るのか、どのように多様化(たようか)(種類を増やすこと)するのかを研究しています。
深海の温泉にいる生物は、ずっとそこにいるのではないんですか?
たしかに熱水噴出域はそれぞれ数キロから何百キロも離れているので、真っ暗でとても冷たい深海を移動するのは難しそうに思えますよね。でもDNA(遺伝物質)を調べてみると、何百キロも離れた海底にいる生物同士が親戚だったり、親子だということがわかるんです。いったいどうやって、海のなかを行ったり来たりしているのかを調べています。
どうやって移動しているんですか?
たとえばカニやエビは、最初からカニやエビの姿をしているわけではありません。卵からかえってしばらくの子ども(幼生ようせい)のときは、小さなプランクトンとして海の浅いところに上がって、漂(ただよ)っています。そうして、いい場所を見つけると、海底に戻り、大人(成体(せいたい))のカニやエビになるんです。
ただ、プランクトン幼生がどうして海底にあるいい場所(例えば熱水噴出域)を見つけられるのかは、まだわかっていません。今はその謎をとこうとしているところです。「しんかい6500」で海底の様子を調査したり、どんな物質に引き寄せられるのかを実験したり、地上で深海生物のプランクトン幼生を育てたりといったことをしています。
いい場所を見つけるんですか!真っ暗ですから、目では見られないですね。
そうなんです。いろいろな説がありますが、たとえば、音にも注目しています。水中では光よりも音の方が早く、遠くまで伝わるからです。人間がつかう船のスクリューの音は水深1万メートル以上の深海までとどくことがわかっています。もしかしたら、熱水噴出域から出る音や水のふるえを、プランクトンは感じとっているのかもしれません。今、そうした研究も進めています。

深海の生物は、わたしたちとも関わりのある身近な存在

この研究でどんなことがわかるんですか?
海の生態系(せいたいけい)(生物どうしのつながり)がどのように広がっているのかを明らかにできるといいなと思っています。深海の生物は「深海の変わった場所にいる、変わった生き物」と思われがちですけど、プランクトンのときは浅い海まで上がってくるものもいます。だから、たまたますくった海水の中に深海の生物がいるかもしれませんし、わたしたちが食べた魚がそれを食べたかもしれません。海に住む生き物のことがもっとわかれば、わたしたち人間がこれから海をどうやって大事にするべきかもわかるはずです。
また、この研究は、生物が多様化する仕組み(どうやって新しい種の生物が生まれるのか)を知ることにもつながると思っています。よく「地球では毎日、何十種もの生物が絶滅している」といわれますが、新しい種がどのくらい誕生しているのかは、あまりわかっていません。それがわかるようになったらいいなと思います。
深海にいる生き物が、だんだん身近に思えてきました。
みなさんがそう思ってくれたら、うれしいです。地上では生き物が上下に動くイメージはあまりありませんが、じつは海に住む多くの生き物が毎日、深海約300メートルから海の表面近くまでを動いている(日周鉛直移動(にっしゅうえんちょくいどう))ことが知られています。なかにはマッコウクジラのように水深2000メートルくらいまで潜るものもいます。これまで知らなかっただけで、深海はわたしたちに深い関わりのある場所なんです。
わくわくしてきました。最後に子どもたちにメッセージをお願いします。
わたしが海の生き物を好きになって、研究を始めたのは20歳を過ぎてからです。だから「おもしろい!」と思ったことにとりくむのに、おそすぎることはないと思います。いつからでも「やりたいな」と思うものを見つけたら、あきらめないで、ためらわないで、はじめてください。
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