金属をサビさせる微生物で社会問題を解決!
スポーツのために進んだ学校で、微生物のおもしろさにめざめた
- 若井さんは小学生のとき、どんな子どもだったんですか?
- 生物の研究者というと、子どものころから科学の本ばかり読んでいたり、虫や生き物を追いかけていたというイメージがあるかもしれません。でも、わたしはぜんぜんそんなことはなくて、ふつうにゲームをしたり、外でサッカーをしたりするのが好きな小学生でした。
- 研究者になったきっかけはなんですか?
- からだを動かすのが好きで、スポーツの強い高校に入学したら、たまたまそこが農業高校の生物工学科だったんです。3年生は卒業のための研究テーマを植物、動物、微生物から選ぶのですが、そこで選んだのが微生物でした。
- どうして、いちばん小さい微生物を選んだんですか?
- 微生物から薬をつくることができると聞いて、おもしろいなと思ったんです。そのときは、たくさんのパンに青カビを生やして、ペニシリンという薬をつくりました。この研究で、高校生でも、自然界にいる微生物から、ちゃんと強い薬がつくれることを自分で体験することができたんです。「これはおもしろい!」と思ったのがはじまりです。
- そこから微生物研究に進んだのですね。
- 今では、雨上がりのにおいをかぐと「微生物がいるなあ」と思うようになりました。あの湿った土のようなにおいは、土中にいる放線菌(ほうせんきん)などの微生物の発するものなんですよ。

微生物による金属サビは大きな社会問題になっている
- 今とりくんでいる研究について教えてください。
- 今は、モノをくさらせる困った微生物のことを研究しています。食べ物ではなくて、金属がくさる「腐食(ふしょく)(金属がサビること)」がテーマです。サビというと、鉄がよく知られていますね。鉄は水と空気(酸素)があればサビてしまいますが、ステンレスのような、ふつうはサビない金属もサビることがあるんです。じつは、そのサビには微生物が関わっています。また、酸素のないところで金属が真っ黒にサビてしまうときにも、微生物が関わっています。そういう微生物について研究しています。
- 金属のサビというのは、そんなに大きな問題なのですか?
- そうです。金属がサビると、いろいろな機械や建物、設備が壊れてしまいますよね。それを防いだり、直したりするために、日本では1年でおよそ15兆円のお金がかかっているんです。とくに微生物による腐食は「ある日とつぜん、一気に起こる」ので、とても困るんです。でも、微生物が金属をサビさせる仕組みは、これまであまり研究されていなくて、まだよくわかっていません。どんな微生物が、どんなときに金属をサビさせてしまうのかがわかれば、もっとうまく対応できるようになるはずです。
- 社会問題を解決するかもしれない研究なんですね。
- はい。お医者さんが感染症を診断(しんだん)したり、治し方や予防の仕方を決められるのは「どんな病原体が、どういうときに人間に感染するのか」を知っているからです。微生物による腐食も同じで、最初の仕組みがわかれば、もっと効果的な予防や治し方を見つけられると思っています。
ある化学メーカーさんと一緒に開発した薬では、金属のサビを防ぐだけでなく、環境への悪い影響を減らし、金属にもダメージを与えないものにすることを目指しました。この薬は、天然ガスの穴掘り機械や、大型ショッピングセンターの消火用の管などにもつかえるのではないかと期待しています。

金属腐食微生物がエネルギー問題の救世主になるかもしれない
- 海との関わりについても教えてください。
- 海辺に住んでいる人は知っているかもしれませんが、海水は金属をサビさせやすいんです。わたしたちJAMSTECがつかっている深海装置や設備にもサビの出ているものがあるので、そこにいる微生物について研究しています。また、深海で数百℃の熱い水が出ている熱水噴出孔(ねっすいふんしゅつこう)には電気が流れているんです。ちょっとむずかしいんですけど、そこにいる電気微生物(電気だけを食べて生きられる微生物)と金属を腐食させる微生物には深い関係があるので、その研究もしています。
- 目に見えないくらい小さいのに、微生物の可能性はすごく大きいんですね。
- そうなんですよ。だから、この微生物のことをもっとたくさんの人に知ってほしいと思っています。じつは、金属をサビさせる微生物には、そのとちゅうで水素(すいそ)などのガスを発生させるものがいるんです。この微生物をつかって、ゴミになった金属から水素がとりだせるようになったら、すごいですよね。ざっと計算してみると、今、日本でゴミとして捨てられている金属スクラップの約4分の1で、国内の水素自動車、水素燃料電池に必要なエネルギーをとりだせるといわれています。実用化はまだこれからですが、これまで「金属をサビさせる困ったヤツ」だった微生物を「ゴミを減らして、エネルギーを生み出すすごいヤツ」に変えることを目指しています。
- それは楽しみです!最後に子どもたちにメッセージをお願いします。
- やりたいことをやるためには健康第一です。とくに小学生のうちは、しっかり食べて、動いて、からだをつくる。そしてたくさん遊んで、いろいろなことに興味をもってください。研究者になるかどうかを決めるのは、大人になってからでもまにあいます。ゲームやサッカーばかりやっていた本人がいうんですから、間違いないです(笑)
