岩手県南部海域における有毒・有害プランクトン調査

実施年度

2015

タイトル

岩手県南部海域における有毒・有害プランクトン調査

課題・テーマ

課題1 漁場環境の変化プロセスの解明
代表機関:東北大学
テーマ5 岩手県南部海域における海洋環境の現状調査
代表者加戸 隆介
所属機関北里大学
所属部署海洋生命科学部

調査内容

調査期間(調査頻度)
2015/04/01 - 2016/03/31
毎月および隔月
調査地域・海域
大船渡湾および越喜来湾
調査種別
フィールド調査
調査概要
三陸沿岸では二枚貝、ホヤなどの養殖が振興されてきたが、同時に有毒微細藻の発生に伴う毒化現象が解決すべき課題の一つとなってきた。大船渡湾では震災後に麻ひ性貝毒原因渦鞭毛藻の休眠胞子量が著しく増加するとともに、貝類の毒化がより激甚化し、養殖業復興にとって危惧される問題となっている。一方、記憶喪失性貝中毒(ASP)は、Pseudo-nitzschia属珪藻が生産するドウモイ酸(DA)を原因物質とし、食物連鎖を介して毒が魚介類に蓄積することにより中毒を引き起こす。高毒生産種のP. multiseriesは三陸沿岸にも分布し、ホタテガイやムラサキイガイを弱いながらも毒化させている。 これら有毒・有害微細藻の発生が今後どのような変化するかは、水産業復興においても重要な問題である。本研究は、これまで我々が研究対象としてきた大船渡市大船渡湾を中心に有毒微細藻休眠胞子の存在量、分布、ならびに記憶喪失性貝毒原因珪藻の発生と毒性、毒性に影響を与える要因、分布拡大経路等を調べることにより同地域の貝類の毒化ポテンシャルを明らかにする。

調査実施内容

調査地域・海域の座標一覧
位置情報(点)
座標値39.047904,141.731191
座標値39.089486,141.841054
調査結果
(1) 背景・目的  三陸沿岸では二枚貝、ホヤなどの養殖が振興されてきたが、同時に有毒渦鞭毛藻の発生に伴うこれら養殖生物の麻ひ性貝毒(PSP)等による毒化現象が大きな問題となってきた。三陸沿岸の主なPSP原因種はAlexandrium tamarense、A. catenellaであるが、これらは生活史の過程で休眠胞子 (シスト)を形成し、底泥に堆積する。シストはシードポピュレーションとして機能することから、その分布や存在量は栄養細胞の初期発生や発生規模に大きな影響を与える。一方、記憶喪失性貝中毒(ASP)は、主にPseudo-nitzschia属珪藻が生産するドウモイ酸(DA)を原因物質とし、毒成分が魚介類に蓄積することにより中毒を引き起こす。P. multiseriesは三陸沿岸にも分布し、二枚貝を弱いながらも毒化させていた。また、同地域にはやはり高度にDAとイソドウモイ酸B(IB)を生産する底性珪藻Nitzschia navis-varingicaも分布する。これら有毒・有害微細藻の発生が東北大地震、大津波による環境変化および復興過程でどのように変化するかは、今後の水産業復興において重要な問題である。  本小課題は、これまで我々が研究対象としてきた岩手県大船渡湾と越喜来湾を中心に有毒・有害渦鞭毛藻の発生動態、ならびに記憶喪失性貝毒原因珪藻の発生・分布拡大機構および同地域の貝類の毒化ポテンシャルを明らかにすることを目的とする。 (2)方法 ①有毒・有害渦鞭毛藻調査 ・大船渡湾、越喜来湾の各2定点において有毒・有害渦鞭毛藻栄養細胞のモニタリングを継続するとともに、越喜来湾の1定点では海藻、海草に付着する渦鞭毛藻の出現量をそれぞれ月1回調査した。 ・大船渡湾の2定点において表層底泥中の麻ひ性貝毒原因渦鞭毛藻の休眠胞子存在量を月1回調査した。また、10月には水平分布を12定点で調べ、年ごとの比較を行った。これら調査に関わる試料採集、分析については、岩手県水産技術センターおよび長崎大学の協力を得た。 ②記憶喪失性貝毒原因珪藻調査 ・越喜来湾5定点、大船渡湾2定点(H24-25)、4定点(H26-27)からプランクトンネットで試料を採集、そのASP毒性を分析するとともにPseudo-nitzschia属珪藻を分離し培養実験で毒の生産能を調べた。また各湾に垂下したホタテガイの毒性も調べた(H25-27)。 ・震災以前に分布が確認されていた大船渡湾盛川河口および大槌湾小槌川河口において、N. navis-varingicaの分布と毒生産特性を調べ、わが国沿岸における同種の分布拡大機構と同種の危険度を考察した。 (3)結果の概要 ①有毒・有害渦鞭毛藻調査 ・ (底生性・付着性渦鞭毛藻調査)平成24年?26年に越喜来湾において海藻・海草に付着する渦鞭毛藻を調査した結果、Prorocentrum6種、Amphidinium 3種、Ostreopsis 2種、Thecadinium 2種、Coolia 1種の計14種の出現を確認した。これらうちP. limaはほぼ周年存在するのに対し、その他の種の出現は主に水温20℃~25℃、塩分濃度32.5~33.5の夏季に出現が集中していた。一方、培養細胞について毒分析を行った結果、P. limaでは既報(Koike et al. 1998)の三陸産株で確認されているオカダ酸に加え、著量のDTX-1を生産する株を見出した。以上の結果は、三陸沿岸においても今後付着性渦鞭毛藻の出現動向を監視してゆく必要性を示唆した。 ・ (栄養細胞調査)平成24年度の大船渡湾における調査で麻ひ性貝毒原因渦鞭毛藻は調査期間中(平成24年6月~平成25年1月)、夏前にA. tamarenseが、夏から秋にかけてA. catenellaが出現した。下痢性貝毒原因渦鞭毛藻Dinophysisは両湾で数種発生した。D. fortii、D. triposの発生量は貝類毒化を引き起こすレベルであった。これらの発生パターンは震災前とほぼ同様であった。また、大船渡湾、越喜来湾ともに数種の赤潮形成渦鞭毛藻が出現した。越喜来湾の中央部では7月にProrocentrum micans の高密度に発生し、今後の赤潮被害も危惧された。平成25年度以降実施した調査においても、大船渡湾では麻ひ性貝毒及び下痢性貝毒原因渦鞭毛藻、越喜来湾では下痢性貝毒原因渦鞭毛藻の発生を確認した。 ・ (麻ひ性貝毒生産渦鞭毛藻A. tamarenseシスト調査) 平成24年度、Alexandrium typeシストの水平分布を調べたところ、震災前に比べて著しく増加し、湾全域で1,000 cells/g (底泥乾燥重量)を超えて存在することが明らかになった。また、湾奥、中央域で高く(最高値 62,000 cells / g )、偏在性を有することも認められた。シストの高密度化は、津波 による底泥攪拌・再懸濁とその後のシストの再沈降による表層への濃縮、およびAlexandrium typeシストの偏在性は震災直後に A. tamarense 赤潮が発生したことによる新たなシストの加入によると考えられた。平成25年度以降、底泥表層におけるAlexandrium属シストは減少傾向を示した。これには発生した栄養細胞群集が新たなシスト加入に繋がりにくかったこと、あるいは工事等の人為的影響などの関与が考えられた。一方、柱状底泥の含水率測定および年代測定を行った結果、表層から20 cm程度が津波により攪乱、再沈積した層であると推定された。Alexandrium属のシストはこの層準以浅で高密度に産出した。一方撹乱層におけるシストの分布は一様でなく、震災後のブルームによる加入群を含む表層だけでなく、複数の算出ピークが認められた。このような現象には複雑な機構の関与が予想されるが、少なくとも津波によって水中に拡散したシストは表層のみに再堆積したのではないことが明らかとなった。平成27年度、Alexandrium typeシストの密度は湾奥、湾中央で再び増加した。これは同年度にA. tamarenseが大量発生したことによると思われる。このことは大船渡湾では依然としてPSP発生の高いポテンシャルが維持されていること意味する。  以上で得られた結果は、津波後にはPSPに特段の警戒が必要であることを示すとともに、同湾においてPSP発生モニタリングを継続する必要性を強く示唆した。 ②記憶喪失性貝毒原因珪藻調査 ・ (記憶喪失性貝毒生産珪藻P. multiseries調査)平成24年度以前、岸壁からの調査ではその分布は未確認であったが、平成25年度以降は大船渡湾および越喜来湾の定点で2ヶ月ごとに採集したプランクトンネット試料の一部から毎年ドウモイ酸(DA)が検出され、その最高値は海水1Lあたり1.1 ngに達した。平成27年度にはそのDAの存在をLC-MS/MS(MRM法)で確認した。以上の一連の調査から、プランクトンネット試料による記憶喪失性貝中毒発生予測は有効と考えられた。また平成25、26年度とも大船渡湾の一定点からP. multiseriesを分離し、培養実験でその毒生産能を確認した(最高値;平成26年度8月分離株、9 pg/cell)。 ・ (二枚貝の毒化試験)平成25年度以降、両湾内に垂下したホタテ貝およびムラサキイガイ可食部のDA含量を調べたが、全て検出限界(0.1μg/g)以下であった。この結果は、両湾にはDAを高度に生産するP. multiseriesは分布しているが、その発生規模は限定的であったことを示唆する。 ・ (N. navis-varingica調査)平成24年度、震災以前にその分布が確認されている大槌湾小槌河口から同種が分離され、培養実験でその毒生産能を調べたところ2.9 pg/cellの高値を示した。しかし、震災以前にその分布が確認されていた大船渡湾盛河口では以前と同じ地点での分布は確認されなかった。同年には比較のため他の地域(宮城、福島、茨城、千葉)の河口域においても同種の分布を調べた結果、福島県相馬港北部河口においてその分布が確認された。上記2地点に分布していたN. navis-varingicaは、震災時の津波による同種の生息環境の変化(底泥表層などの流出)が他の地点より少なく、温暖な夏季を経て増殖し秋季の調査時に確認できたと考えられる。平成25年度、前年同種が確認された大槌河口からは多数の株が分離された。震災後同種が見つかっていなかった河口のうち大船渡盛河口では、震災以前より約1km上流で同種が分離された。地盤沈下により汽水域が上流に移動した結果と考えられた。さらに、前年出現が確認されなかった日立、市原河口からも同種が分離され培養実験で毒生産が確認された。毒組成は全て震災前と同様DA-少量IB(高毒性)タイプであった。H26年度以降大槌分離株とアジア各地の同種を用いてrDNAのITS領域の塩基配列比較を行ったところ、同種は大きく2つのグループに分けられ、大槌株は台湾株の一部および山口県油谷株と同じグループに属し、黒潮やそれから分岐した対馬暖流によりその分布を拡大してきたと考えられた。  以上の結果は、大船渡湾・越喜来湾の記憶喪失性貝中毒発生ポテンシャルが震災によって上昇することはなかったことを示唆するが、従前通りとすると今後はプランクトンネット試料等必要最小限のモニターを継続することが必要と考えられる。  (4)問題点とその対応策  シストの鉛直分布調査では底泥の撹乱・再沈積層にAlexandriumのシストが大量に沈積した機構について流体力学、土木学など他分野の研究者と共同して解析を進めてゆく必要がある。一方、大船渡湾では湾口防波堤が再建されるなど、今後も湾内環境の変化が予想されるので貝毒に関する継続した監視はますます重要になると思われる。   P. multiseriesの増殖およびそれによる貝の毒化に関しては、調査頻度を増した最小限の継続的な監視が必要である。また、N. navis-varingicaは株の来源・生息環境によりその毒性が異なることから、毒組成分析にrDNAの比較も加えてその分布特性・来源を調べ、その危険度を推定することが望まれる。

調査項目と取得データ

調査項目取得データ・サンプル
麻ひ性貝毒生産渦鞭毛層休眠胞子の水平分布と存在量変動
記憶喪失性貝毒生産珪藻プランクトンネット試料および貝の毒性 Pseudo-nitzschia multiseriesおよびNitzshia navis-varingicaの毒生産能/特性

関連情報

実施(調査)窓口担当者

担当者名小瀧裕一
所属機関北里大学
所属部署海洋生命科学部
担当者名山田 雄一郎
所属機関北里大学
所属部署海洋生命科学部

キーワード

実施年度2015
機関北里大学
調査種別フィールド調査
海域区分三陸南部
分野海洋環境 -> 媒体:生物
海洋生物・生態系 -> 生物分類
海洋生物・生態系 -> バイオマス
海洋生物・生態系 -> 生理
海洋生物・生態系 -> 生態
海洋生物・生態系 -> 対象生物:軟体動物
海洋生物・生態系 -> 対象生物:プランクトン
地形・地質・地球物理 -> 底質