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2013年 3月 29日
独立行政法人海洋研究開発機構
紀本電子工業株式会社

pH-CO2ハイブリッドセンサの開発

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)海洋工学センター海洋技術開発部の中野善之技術研究主任らの研究グループは、紀本電子工業株式会社(社長 紀本 岳志)と共同でpH-CO2ハイブリッドセンサを開発し、新型の自律型無人探査機「じんべい」と無人探査機「かいこう7000Ⅱ」に搭載して、日本海上越沖及び沖縄トラフ海域でそれぞれ実施した調査潜航において所定の性能・機能を確認しました。

 本センサは、応答性に優れ、海水のpHと二酸化炭素濃度の同時測定が可能であるとともに、無人探査機に搭載することで、海水のpHと二酸化炭素濃度の予測できない突発的な変動を感知・測定することが可能です。今後、熱水噴出孔等の調査・探査をはじめとした、多様な用途での活用・応用により、効果的調査・探査の実現に寄与することが期待されます。

本成果は、文部科学省の最先端研究開発戦略的強化費補助金(最先端研究基盤事業) 「海底下実環境ラボの整備による地球科学-生命科学融合拠点の強化(「ちきゅう」 を活用)」の一環として実施され、平成25年4月7日から13日にかけてウィーンで開催される地球科学に関する国際学会「European Geosciences Union General Assembly 2013」で発表する予定です。

なお、pH-CO2ハイブリッドセンサ開発におけるCO2濃度計測の部分については、紀本電子工業株式会社と共同で特許を出願しています。

2.背景(pH-CO2ハイブリッドセンサの開発の必要性)

当機構では、海底下CO2貯留の為の海底面近傍の調査、ならびに海底資源の調査を目的とした、自律型無人探査機(AUV)「じんべい」の開発を進めています。このAUVは、2ノットで航行しながら、海底下に貯留したCO2の漏えい状況のモニタリングや、海底からの熱水やメタンガスの噴出の調査に活用される予定で、CO2の漏えい及び熱水やメタンガスの噴出に伴う海水のpHとCO2濃度の異常を測定するセンサが必要です。

1,000m以深でも観測できる既存のpHセンサは、世界でも数社から発売されているのみで、一番深くても1,200m程度の耐圧性しかありませんでした。紀本電子工業は高知大学と5,000mまでの耐圧性を持たせ、温度影響を小さくしたガラス電極のpHセンサを開発し、この分野における技術革新を進めてきました(岡村、野口、八田、紀本、鈴江、江頭、飯笹、後藤、藤井、野尻、「海水用pHセンサーの開発」日本海洋学会春季大会講演要旨集, p255, 2012)。
 一方、既存のCO2センサは数千mまでの耐圧性があるものもありますが、誤差が10%以上のものしかありませんでした。また、浅海用としては、比較的精度が良いものもありますが(誤差数%)、検出器の校正のため、あらかじめ濃度が決められているCO2の標準ガスボンベを必要とする構造となっており、容積が大きくなってAUVの限られたスペースでは搭載できませんでした。

また、CO2濃度は測定原理上、pHセンサと比較して測定に時間を要するために、航行するAUVでCO2濃度の異常を捉えたときにはすでにその異常箇所を通り過ぎてしまい、CO2濃度の異常があった海水の詳細な解析が困難でした。そのため、応答の早いpHセンサと組み合わせ、CO2濃度の異常に連動するpHの異常を検知し、迅速に当該域の海水を確保するためには、pHセンサとCO2センサが一体となったセンサの開発が必要ですが、pHセンサとCO2センサを一体化するには、CO2センサの光学系ノイズの軽減や両センサを同時に制御するソフトウェアの開発が必要でした。

3. pH-CO2ハイブリッドセンサの開発

pH-CO2ハイブリッドセンサの開発についての課題に対応するため、紀本電子工業が海水の化学成分を現場分析する機器の開発について多くの実績を持っていることに着目し、当機構の小型CO2濃度測定装置、耐圧機器等の開発、深海における観測についての豊富な知見を組み合わせた共同開発を行いました。

本開発では、当機構は、センサに求められる機能の検討、AUVとの接続調整、センサの耐圧試験・実海域試験等の各種試験結果の評価を行い、紀本電子工業は、搭載用実機の設計・製作・試験やCO2センサの測定条件最適化等の基礎実験、校正作業を担当しました。

【CO2センサの応答速度向上・小型化】

CO2センサは、比色法(海水とCO2平衡となったpH指示薬の色の変化を光で測定する方法)を採用し、pH指示薬の反応速度を向上させるために最適なpH指示薬の成分を検討しました。また、検出速度を向上させるため、3色を発光できるLEDで、pH指示薬の僅かな色の変化を識別できるようにし、その変化を感度の高いフォトダイオードにより1秒間隔で受光・検出する機構としました。既存のセンサでは、上述のようにガスボンベがついているものもありますが、比色法ではガスボンベが不要となるため、CO2センサも小型になりました。

【pHセンサとCO2センサの一体化】

消費電力を抑えるために1つのCPUでpHセンサとCO2センサの両方の観測データを1秒おきに出力でき、かつCO2センサによる測定過程(LED発光、フォトダイオード検出)を同時に行えるソフトフェアを開発しました。また、センサの光学系の接続には、振動や水圧の影響によってノイズや時間の経過とともに測定値がずれていくドリフトの原因となる光ファイバーではなく、耐圧レンズを使用する構造としました。それにより、光ファイバーの取り回しスペースが不要となり、既存の機器に比べて小型でノイズの少ないセンサとなりました。

以上の開発により、既存の機器と比べても精度のよいセンサとなり、海底下CO2貯留の為の海底面近傍の調査及び海洋資源の調査のみならず、海洋物質循環、海洋酸性化などの観測への応用も可能なスペックになりました。ガラス電極法のpHセンサと比色法のCO2センサという測定方法が異なるセンサを一体としたpH-CO2ハイブリッドセンサは世界で初めての開発となります。

本センサは、AUVから取り外して単独で使用することも可能です。

4. 観測例

平成24年8月に日本海上越沖のメタンハイドレートマウントにおいて、pH-CO2ハイブリッドセンサを搭載したAUV「じんべい」の走行機能試験が行われ、海底からの高度50mを航行した際にメタンハイドレートから噴出するメタン気泡(メタンプルーム)の上を通り過ぎました(図1-1赤点線枠部)。通常は水温が上昇すると溶存可能なCO2が減るため海水中のCO2濃度は上昇しますが、メタンプルームでは、メタンが溶存し、相対的に海水中のCO2が減少するため、CO2濃度は減少します。今回の結果は、高度50mからの観測で、変化量は小さいながらも水温が上昇しつつもCO2濃度が減少しており、このメタンプルームの特徴的な変化を捉えることができました。

また平成24年9月に実施した沖縄トラフ海域の調査で、pH-CO2ハイブリッドセンサを搭載した「かいこう7000Ⅱ」が熱水噴出孔に近づいた際、pHが下がるとともにCO2濃度が上昇する変化を捉えました(図1-2)。沖縄トラフ海域の熱水は、海底のマグマ起源のH2とCO2を多く含んでおり、pH値が低く、CO2濃度が高いという特徴があることから、この変化は、熱水噴出孔から噴出する熱水を捉えていることを示すものです。

5.今後の展望

今後、採水による精密分析した測定値と比較することで深海域でのセンサによる測定値の信頼性を高めていきます。またAUVとの連携を高め、センサの測定結果によってAUVの運動を制御することで、効率的に海底下CO2貯留の為の海底面近傍の調査や海底資源の調査等を行うことができるようになると期待されます。将来的にはより省電力で小型化を進め、係留系等の長期観測装置への応用も進めていきます。

表1 pH-CO2ハイブリッドセンサ仕様

項目 pH CO2
測定項目 海水のpH 海水のCO2濃度(pCO2
測定範囲 6.0~8.3pH 300~2000µatm(*)
測定精度 0.01pH 3µatm 
分解能 0.001pH 1µatm
分析方法 電極法(ガラス電極) 比色法
応答速度 20秒以内(90%応答、25℃) 3分以内(90%応答)
測定頻度 1秒
補助測定項目 温度0~40℃(分解能0.01℃)
動作温度 0~40℃
大きさ 制御・センサ部(直径87mm×570mm)、ポンプ部(直径90mm×326mm)
重量 5.8kg(空中)、2.0kg(水中)
耐圧 水深3,000m

*µatmは、100万分の 1気圧。海水のCO2濃度は、通常、二酸化炭素分圧として圧力の単位で標記される。

図1-1

図1-1 AUV「じんべい」走行機能試験時に搭載したpH-CO2ハイブリッドセンサで観測したpCO2(オレンジ点)とCTDで観測した水温(青点)の時間変化(日本海上越沖、水深850m)。

赤点線枠で囲んだ時刻において、ほぼ同時に水温が上昇しpCO2が減少している。同じ時刻には「じんべい」に搭載したサイドスキャンソナーでメタンの気泡を観測している。

図1-2

図1-2 「かいこう7000Ⅱ」に搭載したpH-CO2ハイブリッドセンサで観測したpH(青点)とpCO2(赤点)の時間変化(沖縄トラフ海域、水深約1,600m)。

熱水噴出孔に近づくと(11:30頃)大きくpHが下がり、pCO2が上がっている。pHセンサの方が応答速度が速いため、細かく変化している。

図2-1

図2-1 pH-CO2ハイブリッドセンサ(上がポンプユニット(pH指示薬溶液、その色を比較するための純水を送液するポンプと切り替えバルブが入ったユニット:直径90mm×326mm)、下がメインユニット(直径87mm×570mm))。

図2-2

図2-2  pH-CO2ハイブリッドセンサのpHセンサ部拡大図。一般的に用いられている電極式のpHセンサと同様にガラス電極と比較電極の電位差からpHを測定する。付属の温度計によって測定された水温は、pHとCO2濃度両方の測定値計算に使用される。

図2-3

図2-3  pH-CO2ハイブリッドセンサのCO2濃度測定方法模式図

まず、CO2濃度計測に必要な指標としてpH指示薬溶液を用い、これをポンプによってチューブ状のガス透過膜へ送る。ガス透過膜は水を通さずにCO2を通すため、pH指示薬が流れている間に海水との間でCO2の交換が起こり、海水のCO2濃度とほぼ等しくなる。これにより、pH指示薬溶液内のCO2濃度が変化し、それによって水素イオン濃度が変化するため、リトマス試験紙の色が変わる原理と同じようにpH指示薬溶液の色が変化する。その色をフローセルにてLED光を当てて測定することで、色に相当するCO2濃度が分かる。フローセルを出たpH指示薬溶液は、循環させて元の経路に戻すことにより何度も使用することができる。

【参考】

【参考】

AUV「じんべい」。pH-CO2ハイブリッドセンサは右舷前方下部に位置しており、普段は外から見えないところに搭載されている。

【参考】

AUV「じんべい」の右舷前方下部拡大写真。赤点線で囲まれたところがpH-CO2ハイブリッドセンサのpHセンサ部とCO2センサ用の海水取込口がある。

(2015年3月2日 内容を訂正しました(赤字部分)。 訂正一覧(PDF)

お問い合わせ先:

(本研究について)
独立行政法人海洋研究開発機構
海洋工学センター 海洋技術開発部 先進計測技術グループ
技術研究主任 中野 善之 電話:046-867-9385
(報道担当)
独立行政法人海洋研究開発機構
経営企画部 報道室長 菊地 一成 電話:046-867-9198