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プレスリリース

2013年 10月 8日
独立行政法人海洋研究開発機構

地球深部探査船「ちきゅう」の断層掘削試料の水理学的解析により明らかにされた
東北地方太平洋沖地震の巨大すべりの発生メカニズム

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)高知コア研究所の谷川亘研究員らは、統合国際深海掘削計画(IODP)における地球深部探査船「ちきゅう」の第343次研究航海(東北地方太平洋沖地震調査掘削:JFAST)で得られた掘削コア試料を用いて、プレート境界断層と断層内にある地下水等流体の挙動の関係を評価・解析(水理学的解析)した結果、東北地方太平洋沖地震プレート境界断層付近では非常に透水性が低く(水が通りにくい)、地層内に水が閉じ込められることから、地震断層のすべりに伴う摩擦発熱により流体の圧力が増加し、大きなすべり摩擦力低下(断層のすべり摩擦抵抗の減少:滑りやすくなる)を引き起こすことによって、浅部プレート境界断層までの大きな滑りにつながることを明らかにしました。

大きな摩擦応力降下により断層のすべりが促進されることにより、従来は摩擦による減衰で大きな地震性すべりが発生しないと考えられていた海溝軸付近の浅い断層においても、大きな地震性すべりが発生しうるということを世界で初めて裏付けるものです。

本成果は、科学雑誌Earth and Planetary Science Lettersに10月8日(日本時間)付で掲載される予定です。

論文タイトル:
Fluid transport properties in sediments and their role in large slip near the surface of the plate boundary fault in the Japan Trench
著者名:
谷川 亘1、廣瀬 丈洋1, 向吉 秀樹2, 3, 多田井 修2, 林 為人1
1.独立行政法人海洋研究開発機構
2.(株)マリンワークジャパン
3.早稲田大学

2.経緯

東北地方太平洋沖地震では、地震直後の震源域付近の海底地形と地殻構造の調査結果により、震源近傍の北米プレートが50m以上東南東へ移動したこと(既報:平成23年4月28日平成23年12月2日)や、地震を発生させたと推定される断層が海溝軸まで及んでいること(既報:平成24年8月20日)、海溝軸付近の地層で地震発生時に大規模な応力の解放があったこと(既報:平成25年2月8日)など、従来の考え方では理解しがたい現象が確認されました。このため、「ちきゅう」により、断層が大きく変位した浅部プレート境界断層の掘削調査を行い、得られるコア試料や地層物性データ等を分析することによって、このような現象の発生メカニズムを解明することが求められていました。

海溝型巨大地震に伴う津波の発生は、プレート境界断層が深部から浅部にわたって大きくすべることにより発生すると考えられています。東北地方沿岸における津波堆積物の分析や歴史地震の解析では、東北沖で過去にM8クラスの巨大地震が起きていたことを示す結果が認められます。一方で、掘削で得られた実試料等を用いた摩擦実験などによると断層物質自体の摩擦の性質は、プレート境界浅部ではすべりを促進させない安定すべりの性質(すべり速度が増加すると摩擦が増加する性質)を示すことから、50mにもわたる巨大すべりは発生しないと考えられていました。

そこで、当研究チームは断層内部の流体の動きと地震の関係に注目して、地震時の摩擦発熱に伴う流体圧の増加がすべり摩擦力を低下させて浅部のすべりを促進させるという研究仮説を立てて、室内実験と数値モデルにより検証しました。

3.成果

東北地方太平洋沖地震調査掘削では、巨大地震発生メカニズム解明の手がかりとして、海底地形が最も変動した地点(図1図3のC0019地点;水深6889.5m)において掘削を行い、北米プレート(上盤)と沈み込む太平洋プレート(下盤)の境界面を含む海底下850.5mまでの堆積物のコア試料を取得しました(図1図2図3)。

得られたコア試料を用いてプレート境界断層近傍の流体の移動しやすさ(透水係数)を評価したところ、プレート境界断層は近傍の堆積物と比較して、はるかに低い透水係数を示すことが明らかになりました(図4)。このことは、断層内部で流体の移動が難しいことから、摩擦発熱によって一時的に増加した流体圧が長時間保持されうるため、すべり摩擦力下が促されることを示唆しています。さらに実験結果をもとに、数値モデリングによって間隙水圧(プレート境界面にある地下水等の圧力)の変化を計算したところ、プレート境界断層浅部では、すべりとともに流体圧が急激に上昇し、摩擦が低下することがわかりました(図5)。

以上のことからプレート境界において深部の震源から始まった断層の破壊が浅部に伝わったときに、浅部で流体圧が急激に増加して、すべり摩擦力が急速かつ急激に低下した結果、浅部で大きなすべりが引き起こされると考えられます。今後の研究成果と合わせて、東北地方太平洋沖地震で津波が巨大化した原因の究明が進むと期待されます。

4.今後の展望

今後は、これまでに得られたコア試料や地層物性データ等の解析を進めます。また、掘削孔内に設置した温度計(平成25年4月に回収)のデータ解析結果を踏まえ、室内実験で地震を模擬・再現したデータと比較します。それらを併せてプレート境界断層の摩擦特性を把握することで、海溝型巨大地震発生メカニズムの総合的な解明に取り組んでいく予定です。今後の研究で得られる知見をプレート境界断層の滑り量シミュレーションに活用することで、将来発生が懸念されている東海・東南海・南海地震等の巨大地震及びそれに伴う津波の規模想定の高度化に資するものと考えています。

【参考】統合国際深海掘削計画(IODP)第343次研究航海(東北地方太平洋沖地震調査掘削)についての過去のプレスリリース

平成24年3月9日
地球深部探査船「ちきゅう」による統合国際深海掘削計画(IODP)第343次研究航海「東北地方太平洋沖地震調査掘削」の実施について
平成24年5月25日
地球深部探査船「ちきゅう」による統合国際深海掘削計画(IODP)第343次研究航海「東北地方太平洋沖地震調査掘削」について(航海の終了)
平成24年6月26日
「東北地方太平洋沖地震調査掘削-Ⅱ」(震源域への長期孔内温度計設置)の実施について(追加航海の開始)
平成24年7月19日
「東北地方太平洋沖地震調査掘削-Ⅱ」(震源域への長期孔内温度計設置)の終了について
平成25年2月8日
地球深部探査船「ちきゅう」の掘削調査により明らかにされた東北地方太平洋沖地震震源域の応力状態変化
平成25年4月30日
東北地方太平洋沖地震震源域に設置した長期孔内温度計の回収について
図1

図1 掘削地点

東北地方太平洋沖地震調査掘削では、宮城県牡鹿半島沖合約220kmの海溝軸付近の地点(Site C0019、水深6889.5m)を掘削。

灰色矢印と数字:太平洋プレートの運動方向と年間速度

赤い星印:東北地方太平洋沖地震本震の震央

白線:地殻構造断面(図2)の位置

図2

図2 掘削地点の海底下構造概念図

海溝型地震はプレート境界断層深部の固着領域にひずみ・応力を蓄積し(黄色部分)、それが破壊されすべることで巨大地震が起こると考えられていた。東北地方太平洋沖地震では、安定すべりの摩擦特性を示すプレート境界の海溝軸付近で大きなすべりが誘発され、海溝軸付近の海底が水平及び垂直に大きく変動したことにより大量の海水を押し上げ、巨大津波が発生した可能性が指摘されている。

図3

図3 掘削位置の地殻構造断面図

鉛直赤線は掘削位置と大まかな掘削深度を示す。

図4

図4 深度680mから830m区間の透水係数の深度分布

透水係数が大きいほど流体が流れやすい。プレート境界断層は820m付近に位置する。

図5

図5 すべりに伴う断層の流体圧変化(図5a)とせん断応力変化(図5b)

プレート境界断層の深度の違いによる変化を示す。流体圧の上昇はすべり摩擦力の低下、すなわち、断層のすべり抵抗の低下を招く。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本成果について)
高知コア研究所地震断層研究グループ 
研究員 谷川 亘 TEL:088-878-2203
(IODPおよび本航海について)
地球深部探査センター企画調整室 室長 菊田 宏之 TEL:045-778-5644
(報道担当)
広報部 報道課長 菊地 一成 TEL:046-867-9198