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2011年 4月 28日
独立行政法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学

津波断層の活動痕を初めて発見
〜地球深部探査船「ちきゅう」による南海トラフ地震発生帯掘削計画の成果〜

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)と国立大学法人東京大学(総長濱田純一)は、統合国際深海掘削計画(IODP※1)第316次航海・南海トラフ地震発生帯掘削計画ステージ1(※2)において地球深部探査船「ちきゅう」により採取したコア試料の詳細な分析の結果、巨大分岐断層の浅部先端において地震性の破壊が生じたこと、すなわち津波発生源を示す証拠を世界で初めて発見しました。

この成果はアメリカ地質学会誌GEOLOGYの4月号に掲載されました。

タイトル:Seismic slip propagation to the updip end of plate boundary subduction interface faults: Vitrinite reflectance geothermometry on Integrated Ocean Drilling Program NanTroSEIZE cores
著者名:坂口有人1、 Frederick Chester2、Daniel Curewitz3、Olivier Fabbri4、David Goldsby5、木村学6、 Chun-Feng Li7、正木裕香8、 Elizabeth J。 Screaton9、堤昭人10、氏家恒太郎11、山口飛鳥6
1.海洋研究開発機構、2.Texas A&M University、3.Syracuse University、4.Universite de Franche-Comte、5.Brown University、6.東京大学、7.南京大学、8.高知大学、9.University of Florida、10.京都大学、11.筑波大学

2. 背景

紀伊半島沖の熊野灘にはフィリピン海プレートが日本列島の下に沈み込んでおり、付加体(※3)と呼ばれる堆積物の集積体が発達しています。付加体の底面には、プレート境界断層と、そこから枝分かれする巨大分岐断層が存在します。1944年に発生した東南海地震(※4)時の観測データから求められた地震および津波の発生源の位置が、巨大分岐断層と一致することから、巨大分岐断層が東南海地震を発生させた断層であろうと推測されてはきましたが、津波発生源としての証拠はこれまで発見されていませんでした。またプレート境界断層の浅部先端まで地震破壊が伝播した場合、例え小規模の地震であっても大きな津波が発生する地震(津波地震)を起こす可能性が指摘されてきましたが、そのような断層活動の証拠は未発見でした。

3.研究方法の概要

IODP第316次航海・南海トラフ地震発生帯掘削計画ステージ1では、地球深部探査船「ちきゅう」により熊野灘の巨大分岐断層の先端とそれより海側の付加体のプレート境界断層からコアを採取することに成功しました(図1)。

本研究では、この航海で得られたコアのうち、巨大分岐断層とプレート境界断層が含まれる試料について、その中に含まれている有機物の熱変質に関する分析を行い、断層の地震性破壊の有無を明らかにしました。

断層が動くと摩擦熱が発生しますが、断層付近に含有される有機物はこの時発生する摩擦熱によって変質します。特に石炭の一種であるビトリナイトが有機物の熱分解によって反射率が上がります。したがって、ビトリナイトの反射率(※5)を測定することにより、岩石が経験した最高温度を推定できます。

本研究ではコアに含まれる断層付近の試料について、ビトリナイトの反射率を測定することで断層の地震性破壊の有無を調べました。

4.結果と考察

測定の結果、巨大分岐断層とプレート境界断層の断層面がごく短時間に高温になったことを見いだしました(図2)。これは断層の地震性高速すべり(地震性破壊)に伴う摩擦熱によって引き起こされるもので、地震の痕跡と言えるものです。また巨大分岐断層は深度271メートル、プレート境界断層は深度438メートルと浅いため、両断層の高速すべりが海底地形に急激な変化をもたらすことで、地震とともに大きな津波を生じたと考えられます。このような巨大分岐断層の浅部先端における地震性破壊の痕跡の発見は、世界で初めてです。

またこの発見は、プレート沈み込み帯の浅部先端に地震性破壊が伝播することを示しており、従来の想定以上の広い領域に地震性破壊と海底地形変動が広がり、大きな津波が発生することを示しています。これまでの巨大地震発生モデルに書き換えを迫る発見とも言えます。

5.今後の展望

今後はコア試料を物質科学的・力学的により詳細な分析を進め、海底浅部における断層挙動を明らかにし、津波発生メカニズムの解明を目指します。

さらに、南海トラフ地震発生帯掘削計画で今後実施される予定の超深度掘削で得られるコア資料の分析と地震・津波観測監視システム(DONET)(※6)などを通じた観測研究も併せ、プレート沈み込み帯の深部から海底表層へ地震性破壊がどのように伝播して津波発生に至るのかという、地震発生メカニズム全体の理解を進めます。将来的には、は海溝型巨大地震の発生モデルの再構築や、それを踏まえた防災・減災対策に貢献してまいります。

※1 統合国際深海掘削計画(IODP)

日本・米国が主導国となり、平成15年(2003年)10月から始動した多国間国際協力プロジェクト。現在、欧州、中国、韓国、豪州、インド、NZの 24ヶ国が参加。日本が建造・運航する地球深部探査船「ちきゅう」と、米国が運航する掘削船を主力掘削船とし、欧州が提供する特定任務掘削船を加えた複数 の掘削船を用いて深海底を掘削することにより、地球環境変動、地球内部構造、地殻内生命圏等の解明を目的とした研究を行う。

※2 南海トラフ地震発生帯掘削計画

本計画は、全体として以下の4段階(ステージ)に分けて掘削する計画で、紀伊半島沖熊野灘において南海トラフに直交する複数地点を掘削する計画。ステージ1は、平成20年2月5日に終了した。

ステージ1
巨大分岐断層やプレート境界断層の浅部(1400m以浅)のライザーレス掘削を実施し、地層の分布や変形構造、応力状態など、地震時に動いたと考えられる断層の特徴を把握する。

ステージ2
巨大地震発生帯の直上を掘削し(ライザーおよびライザーレス掘削)、地質構造や状態を解明する。掘削した孔内には観測システムを設置し、地震準備過程のモニタリングを行う。また、プレートとともに地震発生帯に沈み込む前の海底堆積物を掘削しコア試料を採取することで、組成、構造、物理的状態等を調査する。

ステージ3
巨大地震を繰り返し起こしている地震発生帯に到達するライザー掘削を実施し、地震発生物質試料を直接採取して、物質科学的に地震発生メカニズムを解明する。

ステージ4
長期間にわたり掘削孔内で地球物理観測を行うシステムを巨大地震発生帯掘削孔に設置する。将来は、地震・津波観測監視システム(DONET)と連携し、地震発生の現場からリアルタイムでデータを取得する。

※3 付加体

海洋プレートが陸側プレートの下に沈み込む際に海洋底堆積物が陸側に押しつけられ、くさび状に堆積物が厚くなっている場所。付加体が地質学的時間で徐々に成長することで大陸地殻が形成される。大規模な付加体が発達しているプレート沈み込み帯では巨大地震が発生しているケースが多い。

※4 東南海地震

紀伊半島沖から遠州灘にかけての海域で周期的に発生している巨大地震で、約100年から150年周期で発生している。最新のものは、1944年(昭和19年)12月7日に、紀伊半島南東沖を震源として発生した。

※5 ビトリナイト反射率

ビトリナイトは石炭の一種であり、これが熱分解する際に相対的に炭素含有量が増加し、表面反射率が上昇する。表面反射率の値と温度の値は実験的に求められており、表面反射率から温度の値を推定することができる。この性質は工業的な石炭品質検査手法としても利用されている。コアに含まれているビトリナイトは微小で従来装置では分析が困難であるが海洋研究開発機構で開発した装置(従来装置より1/60の微小領域が分析可能)を用いることで今回の分析結果を得ることができた。

※6 地震・津波観測監視システム(DONET)

東南海地震を対象としたリアルタイム観測システムの構築および地震発生予測モデルの高度化等を目指し、東南海地震の想定震源域にあたる紀伊半島沖熊野灘に設置中の海底ネットワーク観測システム。従来の観測システムではなし得なかった深海底における多点同時、リアルタイム観測の実現を目的としており、各観測装置からのリアルタイムデータは、気象庁、防災科学技術研究所及び大学などに送られる計画。

図1

図1 掘削場所周辺の地下構造
(A)西南日本沖の南海トラフにはマグニチュード8クラスの巨大地震が繰り返し発生している。東南海地震(1944年)の発生領域(橙色)のラインBにおいて南海トラフ地震発生帯掘削計画が進められている。
(B)詳細な構造探査により、海底にプレート境界断層とそこから派生する巨大分岐断層が発達していることが明らかにされている。この二つの断層の浅部先端(CとD)において断層の掘削と試料採取が行われた。
(C)巨大分岐断層の浅部先端の詳細な断面図。図中のユニットIIIが断層帯に相当し、そこから主断層試料が採取された。
(D)プレート境界断層の浅部先端の詳細な断面図。図中のユニットIIIとIVの間がプレート境界断層であり、そこから断層試料が採取された。

図2

図2 コア分析の結果
(A) 巨大分岐断層は、数10mにおよぶ破砕岩からなり、その中心(海底下271m)に 幅約1cmの暗黒色帯がある。この暗黒色帯は周囲に比べて高いビトリナイト反射率値が検出された。これは約400℃くらいに相当し、断層が地震性破壊した際の摩擦熱によるものと考えられる。
(B)プレート境界断層は、数10mの破砕帯の最下部に暗黒色帯があり、これを挟んで堆積年代が約532万年前から365万年前に逆転する。堆積年代の逆転は、断層が長期にわたって活動してきたことを意味する。この試料においても暗黒色帯において高いビトリナイト反射率値が検出され、その温度は約300℃くらいに相当する。
図中の黒い点が測定点であり、断層帯のみが周囲に比べてビトリナイト反射率(Ro)が高いことがわかる。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本内容について)
地球内部ダイナミクス領域 固体地球動的過程研究プログラム
技術研究主任 坂口 有人 TEL:045-778-5434
国立大学法人東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
教授 木村 学 TEL:03-5841-4510
(報道担当)
経営企画室 報道室 奥津 光 TEL:046-867-9198
国立大学法人東京大学 大学院理学系研究科 広報・科学コミュニケーション
准教授 横山広美 TEL:03-5841-7585