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2015年 2月 12日
独立行政法人海洋研究開発機構

スーパーコンピューターでパンゲアの分裂から現在までの大陸移動を再現し、
その原動力を解明-ヒマラヤ山脈はマントルのコールドプルームが作った!-

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平朝彦、以下「JAMSTEC」)地球深部ダイナミクス研究分野の吉田晶樹主任研究員と浜野洋三特任上席研究員は、スーパーコンピューターを用いた三次元全球内のマントル対流の計算機シミュレーション(※1)によって、約2億年前から始まった超大陸パンゲア(※2)の分裂から現在までの大陸移動の様子と、地表からは観測できない地球内部の流れの様子を再現することに世界で初めて成功しました。

本研究のために開発したマントル対流のシミュレーションモデルは、従来のモデルとは異なり、大陸がマントル対流の動きで自由に変形しながら移動できるもので、過去の地球上に存在した大陸の挙動を正確に再現できる画期的なものです。

これによって、アルフレッド・ウェゲナー(※3)の「大陸移動説」以来、100年間の謎であった超大陸の分裂と、その後の大陸移動の主要な原動力が、大陸直下のマントルの流れ(マントル対流)であることが明らかとなりました。この結果は、過去にJAMSTECが実施した大規模地下構造調査に基づく観測結果(2014年3月31日既報)を強く裏付けるものです。

本研究のシミュレーション結果は、大陸を駆動させるマントルの流れのパターンが、超大陸の熱遮蔽効果(※4)による上部マントルの高温異常と、大陸・海洋境界に発達するマントルのコールドプルーム(※5)によって決まっていることを示しています。

パンゲア分裂以降の大陸移動の歴史で最もよく知られたイベントは、パンゲアの南半分を構成していたゴンドワナ大陸から分裂したインド亜大陸(※6)がテーチス海(※7)を高速で北上し、北半球でユーラシア大陸に衝突した後、ヒマラヤ・チベット山塊を誕生させたことです。本研究のシミュレーション結果では、このインド亜大陸の高速北進も忠実に再現され、その原動力が、パンゲア分裂直後にテーチス海北部に発達するコールドプルームであったことが明らかになりました。

ヒマラヤ・チベット山塊はアジアにモンスーンという気候システムをもたらしただけでなく、最近1000万年間の地球規模の寒冷化にも寄与しています。今回、インド亜大陸の高速北進とヒマラヤ・チベット山塊形成の原動力が分かったことは、現在の地球における気候システムの起源の解明に向けても、重要な進展をもたらすと考えられます。

なお、本研究は、日本学術振興会科研費23340132(基盤研究(B))の一環として実施されたものです。本成果は、英国「Nature」姉妹誌の「Scientific Reports」(電子版)に2015年2月12日(日本時間)付けで掲載される予定です。

タイトル:Pangea breakup and northward drift of the Indian subcontinent reproduced by a numerical model of mantle convection

著者:吉田晶樹1、浜野洋三1
所属:1. 海洋研究開発機構

2.背景

地球上にかつて存在していた超大陸「パンゲア」は約2億年前に分裂を開始しました。パンゲアが分裂し、現在の地球の六大陸が形成される過程で顕著なイベントの一つは、パンゲアの南半分を構成していたゴンドワナ大陸(※2)の一部であったインド亜大陸がテーチス海を高速で北上してユーラシア大陸に衝突し、現在もなお北上を続けていることです。この衝突によってかつてはテーチス海の海底であった場所が隆起し、「世界の屋根」と呼ばれるヒマラヤ山脈とチベット高原が形成され、周辺の東アジアの地震や地殻変動を引き起こしています。一方で、インド亜大陸の衝突によって生じたヒマラヤ山脈・チベット高原の隆起は、アジアモンスーン気候の成立に寄与し、新第三紀以降の地球規模の寒冷化をもたらしています。このように現在の地球の活動に多大な影響を与えているインド亜大陸の北上は、現代地球科学において重大な関心事ですが、その原因は未だ解明されていませんでした。

JAMSTECでは、地球深部探査船「ちきゅう」等による海洋掘削を実施することによって新たな地球内部の動態解明を目指していますが、大陸移動と密接な関係がある地球表層及びマントルの大規模循環の長期的変動やその原動力をより詳しく理解するためには、地球内部で起こっている対流運動の計算機シミュレーションを実施し、海洋掘削で得られた地球表層のさまざまな地球科学的情報を補完することが必要不可欠です。現在の固体地球科学では、マントル深部のダイナミックな活動を物理的に理解する上で、マントル対流の計算機シミュレーションは重要な一翼を担っています。しかしながら、これまで、吉田主任研究員を含め世界の研究グループが行ってきた計算機シミュレーションでは、計算機能力や計算手法の制限により、大陸を簡単な形状を持つ剛体的な「板」のようにモデル化したり、実際の地球のマントルとかけ離れた物性パラメーターで計算したりするなど、実際の地球で起こってきた大陸移動を再現するには程遠く、また、大陸移動の原動力を特定するには至りませんでした。

3.成果

本研究では、JAMSTECが所有するスーパーコンピューター(SGI ICE X)を用いて、精密な地質学的・古地磁気学的データによって復元された2億年前の超大陸パンゲアの形状データと、実際のマントルの物性パラメーターを考慮した三次元全球内のマントル対流の大規模計算機シミュレーションを世界で初めて実施し、2億年前から現在までの大陸移動の様子を調べました。本研究で用いたシミュレーションモデルでは、独自の手法を用いることにより、パンゲアを構成する各大陸ブロックはマントル対流の力で自由に変形しながら移動できるようにモデル化されています。

さまざまな物性パラメーターを変化させて系統的なシミュレーションを実施した結果、特に「固い」大陸と海洋マントルとの粘性率(※8)の比が103の場合に、実際の地球の時間スケールで、大西洋の拡大やインド亜大陸の高速北進とユーラシア大陸への衝突(図1)など、パンゲア分裂後の地球表層の“大イベント”が再現され、計算開始から2億年後に、現在の地球に近い大陸配置が再現されました(図2)。

特に、パンゲアの分裂は超大陸の熱遮蔽効果によるパンゲア直下のマントルの高温異常が大きく寄与することが分かりました。これはパンゲアの下に溜まった熱を「裂け目」を作ることによりマントルから地表へ吐き出す必要があるためです。また、パンゲアの一部であったインド亜大陸の高速北進の主要な原動力は、パンゲア分裂直後からテーチス海北部に発達するコールドプルームであることが明らかになりました(図3)。そのコールドプルームは、パンゲア直下のマントルの高温異常、及び、パンゲアの下(現在のアフリカ大陸の下)のマントル深部に元々存在していた大規模なホットプルーム(※9)に励起されるマントルの大規模な流れによって、テーチス海北部のローラシア大陸(※2)の縁(大陸・海洋境界)に自発的に形成されます(図4)。ちなみに地震波トモグラフィー(※10)の手法で画像化された現在のマントルの三次元地震波速度構造分布から、このコールドプルームに起因すると思われる地震波高速度領域(低温領域)が現在もなおマントルの奥深くに存在することが確認されています(図5)。沈み込み帯を持たないインド亜大陸が、ユーラシア大陸に衝突後、現在もなお北上を続けていることは、大陸移動の原動力がこのコールドプルームである何よりの証拠です。

プレートに働くさまざまな力について定量的に議論されるようになった1970年代半ば以降、大陸・海洋プレートの移動の主要な原動力は、マントル中に沈み込む海洋プレートの「スラブ引っ張り力」であると考えられてきました(図6上)が、本研究のシミュレーション結果によって、大陸移動の主要な原動力が、スラブ引っ張り力ではなく、大陸直下のマントルの流れ(マントル対流)であることが明らかになりました(図6下)。

JAMSTECでは2014年に、小平秀一・地震津波海域観測研究開発センター長らの研究グループが、北海道南東沖の太平洋プレート上において、地下構造探査システム、及び海底地震計を用いて地殻と上部マントルの大規模構造調査を実施した結果、海洋プレートが生成され拡大する場所で、プレートがマントル対流によって駆動されて移動していることを証明する構造(断層)があることを発見しました(Kodaira et al., 2014, Nature Geosci.)(2014年3月31日既報)。本研究のシミュレーション結果は、この観測事実に基づく新しいプレート運動の原動力の考え方を強く裏付けるものであり、海洋プレートが生成される場所だけではなく、海洋プレート全体がマントル対流によって駆動されている可能性を示唆します。

ドイツの気象学者であったアルフレッド・ウェゲナーは、1915年に『大陸と海洋の起源』という1冊の著作で「大陸移動説」を発表しました。本研究により、ウェゲナーの「大陸移動説」の完成からちょうど100年、つまり現代地球科学の幕開けから100年という節目の年に、超大陸パンゲアの分裂、それ以降の大西洋の拡大、そして現在の地球の大陸配置が、マントルの熱対流運動を支配する物理法則(※11)のみによって再現されることが計算機シミュレーションによって世界で初めて実証できたことになります。

4.今後の展望

大陸の離合集散は、地球表層のプレート運動や地球内部のマントル対流の振る舞いと密接な関係があります。これが実際の地球環境下でのマントル対流の計算機シミュレーションによって再現されたことは、地球内部活動の実態解明に向けた今後の研究進展に重要な貢献をなす研究成果です。また、大陸の離合集散は、地球の歴史において地球表層環境や生命進化にも多大な影響を及ぼしてきたと考えられるため、固体地球科学の周辺分野に存在するさまざまな未解決問題を解くための突破口となる可能性を秘めた研究成果でもあります。

今後は、シミュレーションモデルをさらに高度化させ、現在の地球の大陸配置をより正確に再現するために必要なパンゲア時代のマントル深部のより詳細な温度構造(例えば、パンゲアの縁辺に発達していたと考えられる沈み込み帯からマントル深部に沈み込んだ低温の海洋プレートの分布など)を特定することが期待されます。また、将来的には、パンゲア分裂以降の地球史における大イベントの1つである、約4300万年前に起こった太平洋プレートの運動方向の急変の原因など、マントル対流に起因するさまざまな固体地球科学現象のメカニズムの解明にも繋がるものと考えられます。

本研究のシミュレーション結果とKodaira et al. (2014)の地下構造調査の結果により、大陸移動とプレート運動の主要な原動力の考え方が40年ぶりに見直されようとしています。今後も、地球深部掘削や地下構造調査、地震波トモグラフィーなど、異なる固体地球科学的研究手法を扱っている研究グループと連携・情報交換をして、大陸移動とプレート運動の原動力やメカニズム、及び、それらによってもたらされるさまざまな地学現象(プレートの生成や沈み込み、造山運動、地震・火山噴火活動)のメカニズムをより深く理解するための統合的な地球モデルを構築していく予定です。

※1 マントル対流の計算機シミュレーション
岩石でできているマントルは、数100万年以上の長い時間スケールでは流体のように振る舞う。マントルでは、地表面とコア・マントル境界(約2500~3500°C)の温度差によって熱対流運動、つまり、マントル対流が起きている。マントル対流の計算機シミュレーションでは、初期条件となる温度場だけを与えることによって対流が開始するので、マントル対流の基礎方程式(※11)に基づいて計算を進めることで、決まった時間間隔毎の温度場と流れ場が同時に得られる。

※2 超大陸パンゲア
アルフレッド・ウェゲナー(※3)が3億年前の地球に存在していたと提唱した超大陸。現在では、詳細な地質学的証拠などから、パンゲアは約3億年前ごろに形成され、約2億年前から分裂を開始したことが分かっている。パンゲアの北半分はローラシア大陸(現在のユーラシア、北アメリカ大陸)、南半分はゴンドワナ大陸(現在のアフリカ、南アメリカ、南極、オーストラリアの各大陸及びインド亜大陸)と呼ばれる。ちなみに、ウェゲナーは、パンゲアが形成されていた時代には、インド亜大陸はユーラシア大陸と陸続きで繋がっていたと考えていた。インド亜大陸が南半球から北上したことが分かったのは、1950年代以降になってインド洋の海底の地磁気縞模様が確認されてからである。

※3 アルフレッド・ウェゲナー(1880-1930)
ドイツの気象学者。1912年に地質学会で初めて「大陸移動説」を発表し、1915年に『大陸と海洋の起源』(初版)という一冊の本で「大陸移動説」を完成させた。ウェゲナーはこの本の改訂を重ね、1922に発行された第3版で初めて、3億年前の超大陸を「パンゲア」と命名した。1930年にグリーンランド探検中に遭難死した。

※4 超大陸の熱遮蔽効果
超大陸がマントルにとって“毛布”の役割をすることにより、超大陸直下のマントルが、マントルに含まれる放射性元素(ウラン、トリウム、カリウム)の壊変に伴う発熱、またはマントル深部から上昇する温かいマントルの流れによって温められる現象。1982年にカリフォルニア工科大学のDon L. Anderson博士によって初めて提唱され(Anderson, 1982, Nature)、1999年に吉田主任研究員ら(当時広島大学)が行った三次元全球内のマントル対流の計算機シミュレーションで初めて確認された(Yoshida et al., 1999, Geophys. Res. Lett.)。補足資料の図7参照。

※5 コールドプルーム
マントル内部を下降する、円筒状もしくはシート状の低温領域。地球表層の沈み込み帯から沈み込んでいる途中の海洋プレートや、地球表層から切り離された海洋プレートがもとになっている。

※6 インド亜大陸
現在のインド半島(インド亜大陸)は、もともとはゴンドワナ大陸の一部であったが、パンゲアの分裂以後、年間最大18センチメートルという高速度で北半球に向かって移動し、約5000万年前から4000万年前の間にユーラシア大陸に衝突した。

※7 テーチス海
超大陸パンゲアを構成していたローラシア大陸とゴンドワナ大陸の間に存在していた楔状の大海。図3参照。

※8 粘性率
物質の固さ(変形のしにくさ)を表す物理量。単位はパスカル秒(Pa s)で、値が大きいほど物質が固いことを意味する。水の粘性率が10-3 Pa s、水飴の粘性率が103 Pa sに対し、岩石でできているマントルの標準的な粘性率は1021 Pa sという巨大な値になる。

※9 ホットプルーム
マントル内部を上昇する、円筒状もしくはシート状の高温領域。コア(地球中心核)とマントルとの境界から発生することが多い。現在の地球では、アフリカ下と南太平洋下のマントル深部に大規模かつ動的に安定なホットプルームが存在する。本研究のシミュレーション結果から、アフリカ下のホットプルームは2億年前から存在していたことが示唆される。

※10 地震波トモグラフィー
地表面で観測される地震波の時間のずれからマントル内部の速度異常構造を推定し、画像化する手法。一般的に地震波が低速度(高速度)で通過する領域は周りよりも温度が高い(低い)。

※11 マントルの熱対流運動を支配する物理法則
岩石からなるマントルの熱対流運動は、粘性率が非常に大きい流体中の熱対流運動と表現され、質量保存式、運動量保存式、エネルギー保存式の三つの保存式で記述される。これらを基礎方程式、あるいは、支配方程式と呼ぶ。

図1

図1:精密な地質学的・古地磁気学的データ(Seton et al., 2012, Earth-Sci. Rev.)で推定されているインド亜大陸の高速北進の様子。2億年前(200 Ma)から現在(0 Ma)までのインド亜大陸の輪郭が描かれている。

図2

図2:本研究のシミュレーション結果の一例。地球表層の大陸分布の時間変化を表す。(a)2億年、(b)1億5000万年前、(c)1億年前、(d)現在。

図3

図3:図2の各年代に対応するマントル内部の温度構造の三次元プロット。青色の等値面は各深さの平均温度よりも250°C温度が低く、黄色の等値面は100°C温度が高い。表層のオレンジの領域は大陸の位置。

図4

図4:インド亜大陸の高速北進のメカニズムを示した模式図。

図5

図5:地震波トモグラフィーで画像化された、現在のインド亜大陸から地中海の下に存在する地震波高速度異常領域。深さ500 km、800 km、1200 km、1600 kmの断面図。データはRitsema et al. (2011, Geophys. J. Int.)に基づく。

図6

図6:大陸移動の原動力に関する二つの考え方。(上)1975年以降の考え方(Forsyth & Uyeda, 1975, Geophys. J. R. Astron. Soc.)。この場合、「大陸下マントル曳力」(マントルが大陸の底面を引きずる力)は大陸移動の抵抗力として働く。(下)本研究のシミュレーション結果に基づく考え方。この場合、「大陸下マントル曳力」は大陸移動の原動力として働く。

補足資料

図7

図7:超大陸下の上昇プルームの発生と、超大陸の熱遮蔽効果による高温異常領域の発生のメカニズムを表した模式図(Yoshida & Santosh, 2011, Earth-Sci. Rev.; Heron & Lowman, 2014, J. Geophys. Res.)。

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球深部ダイナミクス研究分野
主任研究員 吉田 晶樹
(報道担当)
広報部 報道課長 菊地 一成
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