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プレスリリース

2015年 4月 23日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

深海底の掘削が生み出した熱水噴出孔生物群集
―深海熱水生態系が形成される初期過程を世界で初めて評価―

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)海洋生物多様性研究分野の中嶋亮太ポストドクトラル研究員らは、2010年9月にJAMSTECの地球深部探査船「ちきゅう」で科学掘削した沖縄トラフの水深1,060mの熱水活動域において、掘削前から掘削40ヶ月後にかけて深海底の生態系モニタリングを実施し、熱水活動に依存する生物群集(熱水噴出孔生物群集)が生息域の変動によって受ける影響および深海熱水生態系が形成される変遷過程の初期段階を世界で初めて明らかにしました。

熱水噴出孔生物群集の盛衰は熱水噴出域の変動により決まりますが、その過程を記録した事例は、これまで海底火山の変動に伴う群集回復の観察結果だけに限られていました。今回の調査研究は、掘削により新たに形成された人工熱水噴出孔の周辺域において、熱水が湧出するにつれて海底環境が変化し、その後に移入してきた新たな生物種が定着して群集を形成する変遷の過程を定量的に観測・評価したものです。

なお、本研究はJAMSTECの深海・地殻内生物圏研究分野と海底資源研究開発センターおよび地球深部探査センターと共同で実施し、またその一部は、環境省 環境研究総合推進費(S9)の助成を受けて実施したものです。本成果は、科学誌「PLOS ONE」に4月23日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Post-drilling changes in seabed landscape and megabenthos in a deep-sea hydrothermal system、 the Iheya North field、 Okinawa Trough
著者:中嶋亮太1、 山本啓之2、 川口慎介2、 3、 4、 高谷雄太郎2、 野崎達生2、 5、 Chong Chen6、 藤倉克則1、 三輪哲也2、7、 高井研2、 3、 4
1.海洋研究開発機構 海洋生物多様性研究分野、2.海洋研究開発機構 海底資源研究開発センター、3.海洋研究開発機構 海洋地球生命史研究分野、4.海洋研究開発機構 深海・地殻内生物圏研究分野、5.東京大学大学院工学研究科 資源・エネルギーフロンティアセンター、6.オックスフォード大学 動物学部、7.海洋研究開発機構 海洋工学センター

2.背景

深海底で噴出する熱水には、水素、メタン、硫化水素といった還元性ガスが含まれており、活動的な熱水噴出孔の周辺には、これら還元性ガスを利用する独自の深海化学合成生態系(※1)が存在します。沖縄トラフには活動的な熱水活動域が確認されており、JAMSTECでは約20年前から、生物・地球化学・地質学的研究を継続的に行っています。これらの研究実績を踏まえ、特に熱水活動域の海底下における微生物群集の規模および生態系の実態を世界に先駆けて解明することを目的として、2010年9月に沖縄トラフ伊平屋北海丘(図1)において地球深部探査船「ちきゅう」による科学掘削が実施されました(2010年 9月 1日および同10月5日既報:統合国際深海掘削計画(IODP)第331次研究航海「沖縄熱水海底下生命圏掘削-1」)。本研究航海では合計5地点で掘削が行われ、最大掘削深度は海底下130mを超えました。いくつかの掘削孔には人工熱水噴出孔の装置が設置され、熱水活動に関わる実験と観測が継続されています(図2)。

本研究では、掘削が行われた5地点のうち、高温熱水噴出の活動中心(NBCマウンド)から約450m東に離れた掘削地点C0014(水深1,060m)に設置された人工熱水噴出孔の周辺に注目し、掘削の事前と事後3年間以上(掘削から11、16、25、38、40ヶ月後)にわたる海底環境と底生生物の分布をJAMSTECの無人探査機「ハイパードルフィン」などが記録したビデオ映像から定量的に調べ (Nakajima et al. 2014)、掘削の事前と事後での比較分析を行いました。

3.成果

分析の結果、掘削前の海底は堆積物に覆われ、熱水噴出は見られず、二枚貝シマイシロウリガイ(多くは死貝)が優占して見られました(図3)。掘削地点C0014の中心から西へ20-40mほど行くと海底は岩盤となり、そこでは岩盤の割れ目から熱水の湧出が見られ、熱水活動域特有の底生生物であるゴエモンコシオリエビ(※2)やシンカイヒバリガイの生息が確認されました。

掘削地点C0014では、合計7つの孔が掘られましたが、そのうち一つは海底下134mまで達し、海底下の熱水溜まりまで貫通したことが掘削孔での測定と分析により確認されています(Kawagucci et al. 2013)。この掘削の11ヶ月後、掘削孔周辺の海底表面から熱水の湧出が始まり、海底の温度は摂氏50度以上に上昇したことが海底に設置した温度計に記録されていました(図4、Kawagucci et al. 2013)。海底の物理化学環境は大きく変化し、掘削の25ヶ月後から海底の堆積物は固くなり、38-40ヶ月後には金属製の温度センサーを差し込めない堅さになりました(図5)。この現象は熱水成分に由来する反応と考えられます。

掘削によりシマイシロウリガイは埋没しましたが、海底表面から熱水が湧出し温度が上昇を始めて以降、海底は白色あるいはピンク色のバクテリアマットに覆われ(図6)、多数のゴエモンコシオリエビの生息が観察されました。掘削から16ヶ月後には、ゴエモンコシオリエビが1平方メートルに最大で43匹、25ヶ月後には最大110匹が分布していました(図7)。この熱水生態系に移り住んだのはゴエモンコシオリエビだけでなく、オハラエビ類やエゾイバラガニ類、イトエラゴカイ類の仲間も見られました。

ゴエモンコシオリエビの体長を掘削の16ヶ月後と40ヶ月後で比較したところ、16ヶ月後の個体のほうが大きく、また小さな個体が生息していなかったことから、ゴエモンコシオリエビは人工熱水噴出孔周辺以外の生息地から、新たに湧出する熱水の存在を感知して、この人工熱水噴出孔周辺に移動し生息したと考えられます。

深海熱水生態系における環境変化への適応は、これまで近くの生息地からプランクトン幼生を通して新規に生物が加入してくることが知られていました。しかし、これら人工熱水噴出孔を利用した一連の観測結果の解析により、優占していたゴエモンコシオリエビについては、プランクトン幼生を通してではなく、個体が熱水を感知して近くの生息地から直接移動し、新たな場所に加入してきたことを示しています。これは、環境変化が生じても生物がすぐに移動し生態系が維持される可能性を示しており、熱水活動域において生態系がどのように形成されていくのか、という変遷過程を理解する上で大変興味深い知見が得られました。

4.今後の展望

今回の人工熱水噴出孔を利用した調査研究の成果により、熱水活動域での生態学に新たな知見を付け加えることができました。これまで深海環境の変動に関しては、東北地方太平洋沖地震後の調査において、深海および海底の環境が著しく変化し、それに伴って水塊・底層の生態系も変化することを明らかにしてきました(2012年2月17日および2014年12月17日既報)。JAMSTECでは、このような調査により、海洋環境での擾乱に対して生態系がどのように応答するかという大きな命題を解き明かすべく成果を積み上げていきます。

一方、海底資源に関わる技術開発では、資源探査に関わる技術に加えて、資源開発に伴う環境への影響を的確に評価するための知識と技術が求められており、これまでの調査研究で使われた観測と評価の手法は、深海で行われる資源開発における環境影響評価への転用が見込まれます。今回の成果は、海底資源開発と環境保全のバランスをとるために必要となる、生態系の安定性と復元力についての知識、および環境変化に対する生物群集の挙動をモニタリングする手法の確立につながると期待されます。

※1 深海化学合成生態系:水素,メタン,硫化水素といった還元性ガスを利用して有機物を合成するバクテリア(化学合成バクテリア)に始まる生態系。活動的な熱水噴出孔の周辺には化学合成に依存した無脊椎動物を主体とする生物群集が形成されている。熱水環境への依存性が強く、環境変化に対して脆弱な生物種も生息している。

※2 ゴエモンコシオリエビ:自身の体毛に付着する化学合成バクテリアを食べて栄養とする甲殻類の仲間。(Watsuji et al. 2015)

図1 沖縄トラフ伊平屋北フィールド。熱水噴出の活動中心NBCマウンドとIODP第331次研究航海による掘削地点。

図2 人工熱水噴出孔の装置。

図3 掘削地点C0014のハビタットマップ。掘削前、掘削孔A-G周辺の海底は柔らかい堆積物に覆われシロウリガイ(多くは死貝)が分布していた(右下写真)。掘削地点の中心から西へ20m以上ほど行くと海底は岩盤となり、そこでは熱水活動域特有の底生生物であるゴエモンコシオリエビやシンカイヒバリガイ類が生息していた。

図4 人工熱水噴出孔周辺の温度変化(Kawagucci et al. 2013を改変して引用 ©Wiley and Sonsの許可を得て掲載)。

図5 海底硬化の様子(掘削38ヶ月後)。硬化して海底面に亀裂が入っている。

図6 バクテリアマットに覆われた海底の様子(掘削16ヶ月後)。

図7 ゴエモンコシオリエビの分布の遷移。

参考文献

Kawagucci S, Miyazaki J, Nakajima R, Nozaki T, Takaya Y, Kato Y, Shibuya T, Konnno U, Nakaguchi Y, Hatada K, Hirayama H, Fujikura K, Furushima Y, Yamamoto H, Watsuji T, Ishibashi J, Takai K (2013). Post-drilling changes in fluid discharge pattern, mineral deposition, and fluid chemistry in the Iheya North hydrothermal field, Okinawa Trough. Geochemistry, Geophysics, Geosystems 14: 4779-4790.

Nakajima R, Komuku T, Yamakita T, Lindsay D.L, Jintsu-Uchifune Y, Watanabe H, Tanaka K, Shirayama Y,Yamamoto H, Fujikura K (2014) A new method for estimating the area of the seafloor from oblique images taken by deep-sea submersible survey platforms. JAMSTEC Report of Research and Development, 19: 59-66.

Takai K, Mottl MJ, Nielsen SH (2012). IODP Expedition 331: Strong and expansive subseafloor hydrothermal activities in the Okinawa Trough. Scientific Drilling 13: 19-27.

Watsuji T, Yamamoto A, Motoki K, Ueda K, Hada E, Takaki Y, Kawagucci S, Takai K (2015). Molecular evidence of digestion and absorption of epibiotic bacterial community by deep-sea crab Shinkaia crosnieri. The ISME Journal 9: 821-831.

地球深部探査船「ちきゅう」による科学掘削前後の深海熱水生態系の変遷過程

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
海洋生物多様性研究分野 ポストドクトラル研究員 中嶋 亮太
(報道担当)
広報部 報道課長 松井 宏泰
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