プレスリリース


2012年 2月 17日
独立行政法人海洋研究開発機構
高知大学
北海道大学

東北地方太平洋沖地震による深海の化学環境および微生物生態系の変化

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)プレカンブリアンエコシステムラボユニットの川口慎介ポストドクトラル研究員らは,高知大学,北海道大学と共同で,東北地方太平洋沖地震の震源周辺海域で海洋調査を行い,(1)深層海水が広い範囲にわたって激しく濁っていること,(2)海底下から流体が湧出し深海の化学環境が著しく変化していること,(3)一部の流体は海底下深部に由来すること,および(4)深海の微生物生態系が活発化していることを見出しました。本研究は,大規模地震後の深海の化学環境および微生物生態系を世界で初めて観測した成果であり,地震によって深海環境が激しくかき乱されていることを明らかにしたものです。

本研究は,文部科学省科学研究費補助金(新学術領域研究)「海底下の大河」および「超深度海溝掘削」による成果の一つであり,Scientific Reports(ネイチャー出版会のオンラインジャーナル)に 2月 16日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:
Disturbance of deep-sea environments induced by the M9.0 Tohoku Earthquake.
著者名:
川口慎介1 2,吉田(高島)ゆかり3,野口拓郎4,本多牧生5,内田裕5,石橋秀規6,中川書子6,角皆潤6,岡村慶4,高木善弘3,布浦拓郎3,宮崎淳一1 2 3,平井美穂3,林為人7,北里洋3,高井研1 2 3
1. 海洋研究開発機構 プレカンブリアンエコシステムラボユニット
2. 海洋研究開発機構 海底資源研究プロジェクト
3. 海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域
4. 高知大学 海洋コア総合研究センター
5. 海洋研究開発機構 地球環境変動領域
6. 北海道大学 理学研究院
7. 海洋研究開発機構 高知コア研究所

2.背景

2006年4月に相模湾を震源とするM5.8の地震が発生した際,地崩れに伴う濁流が深海を流れる様子を,震源近くの海底に展開している海底観測網の深海カメラが捉えました。この濁流と同時に,観測網の現場分析計が海水中マンガン濃度の異常上昇も検出しました。また,1996年5月には,静岡県下を震源とするM4.7の地震が発生した2日後に,駿河湾の海水中で高いメタン濃度を示す水塊が検出されています。これらの観測は,地震が海洋環境に影響を及ぼすことを示しています。しかしながらこれらの観測では,限られた観測項目および観測範囲であったことなどから,地震による深海環境への影響を評価することが困難でした。また世界的に見ても,大規模地震後に深海の化学環境や微生物生態系の様子を調べた研究は知られていません。

今回,大規模な地震活動が深海環境に及ぼす影響を総合的に評価するため,地球化学および微生物生態学の研究者からなる緊急深海調査チームを組織し,海洋地球研究船「みらい」を用い,3月11日から36日後の4月15日に,宮城県沖の日本海溝北米プレート側斜面域で海洋調査を行いました。東北地方太平洋沖地震の震源域から日本海溝の最深部に向かって直線上に4カ所の観測点を設定(図1)し,深層海水の透明度をセンサーで計測するとともに深層海水を採取し,メタン(北海道大学)やマンガン(高知大学)などの化学組成および微生物組成(海洋研究開発機構)を調べました。また微生物生態系の時系列変化を追うため,深海潜水調査船支援母船「よこすか」を用い,地震から70日後および98日後にも同海域で調査を実施しました。

3.成果

今回調査を行ったすべての観測点で,通常の深海環境では見られないような海水の懸濁が検出されました(図2)。海溝軸に近いほど濁りの強度,拡がりが大きくなり,もっとも海溝軸に近い観測点(水深5715m)では,海底から1500mの高さ(水深4200m)まで濁った水が漂っていました。この濁った海水を採取し化学組成を調べたところ,通常の深海環境と比べてマンガンやメタンの濃度が最大で100倍近くまで増加していました。化学組成の異常の分布は海水の濁りの分布とおおむね一致しました。

マンガンやメタンは海底堆積物中に大量に存在するため,海底に堆積した粒子が地震の震動や斜面の崩壊によって巻き上げられ海水を懸濁し,粒子とともに舞い上がったマンガンやメタンが海水中に漂っていたものと推定されます。そこで増加したメタンの起源を確かめるため,炭素安定同位体指標という特殊な化学組成分析を実施しました。その結果,陸側の観測点では,当初予想した海底面付近の堆積物に加え,海底下1000 m以深の非常に深いところから放出されたメタンも含まれていることが示唆されました(図2)。この観測点の海底下では,大規模な正断層が確認されており,地震の地殻変動によって断層をつたってメタンを含む流体が深部から上昇し湧出したものと考えられます(図2)。

化学組成を調べた海水と同時に採取した試料で,深層海水中の微生物についても調べました。微生物の菌数は,通常の深層海水で想定される3倍程度まで有意に増加していました(図3)。この菌数変化の原因を調べるため,採取した微生物の遺伝子を詳細に調べたところ,(a)通常は堆積物の中で生息している微生物や,(b)海底下から海水中に放出された化学成分を利用する微生物が検出されました。また70日後および98日後の同海域での調査から,菌数は通常時に近いレベルに向かって次第に減少していることがわかりました(図3)。

本研究により,大規模地震が深層海水環境および海底下流体系にまで大きな影響を及ぼし,深海の化学環境および微生物生態系を異常なものにしていることが判明しました。またこの異常な深海環境が,少なくとも98日後まで継続していることも明らかになりました。

4.これからの展開

本研究の調査海域は,東北地方太平洋沖地震の震源域のごく近傍のみに限られており,数百キロメートル四方におよぶ東北地方太平洋沖地震による海底破壊域の深海環境は,ほとんどがいまだ調査されていません。深海環境を広い破壊域の範囲で網羅的に調査することにより,今回の地震が深海環境に及ぼした影響の規模を正確に把握することができます。また,今回の調査地点を定点観測地点として,地震の影響を受けた深海環境が,どれぐらいの期間で地震前の状態に戻るのか,あるいは最終的に地震前とは異なった状態に収束するのかを把握することは,地震が深海生態系の進化と多様性に及ぼす影響を知るために重要です。今後は,本研究で用いたセンサー付採水器による広域調査を展開することによって,地震による深海底環境への影響とその変遷を解明することに取り組みます。また,潜水船や無人探査機を用いた海底面のピンポイント調査を実施することで,大規模地震が津波を引き起こすメカニズムを追求するとともに,固体地球の運動である地震活動と地球生命圏の関係性解明にも取り組みます。

図1

図1 調査海域図。震源域から海溝深部に向かい直線的に4つの観測点を設定し,震源域周辺との比較のため太平洋プレート上の海域(JKEO)でも観測を実施している。海底下構造(右上)は海底地形図上の直線に沿って1999年に取得されたデータに基づく。

図2

図2 本研究の調査と成果の概念図(海水の濁りと化学組成)

海洋地球研究船「みらい」からセンサー付多連採水器を降ろし深海環境を調査した。すべての観測点で海底付近に濁りが検出された。特にもっとも海溝軸に近い観測点では,海底から1500mの高さまで濁った水が検出され,海底に近いほど濁りが強かった。海底面の堆積物が舞い上がったことでマンガンとメタンが海水に放出されたのに加え,メタンを含む流体が断層をつたって上昇し海水に放出されたことが炭素同位体比分析によって示唆された。

図3

図3 本研究の成果の概念図(微生物組成)

36日後の震源域周辺の深海では,微生物の菌数が通常の深層海水で想定されるよりも有意に増加し,通常深層海水中にほとんど生息していない微生物が検出された。70日後および98日後に同海域で深海微生物調査を実施したところ,菌数は通常時に近いレベルに向かって次第に減少していた。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
システム地球ラボプレカンブリアンエコシステムラボユニット
ポストドクトラル研究員 川口 慎介 電話:046-867-9743
(報道担当)
経営企画室 報道室 奥津 光 電話:046-867-9198