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プレスリリース

2015年 4月 27日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
大学共同利用機関法人
情報・システム研究機構 国立極地研究所

北極域の観測で猛烈な北極低気圧を予測
―北極海航路上の安全航行に向けた予報精度の向上―

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)アプリケーションラボの山崎哲研究員と大学共同利用機関法人情報・システム研究機構国立極地研究所(所長 白石 和行、以下「極地研」という。)の猪上淳准教授は、ドイツのアルフレッド・ウェゲナー研究所と共同で、2012年8月に発生した北極海上の猛烈な低気圧について、JAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」上に構築されたデータ同化システム(※1)と大気大循環モデル(※2)を用いて予報実験を行ったところ、同時期に北極域で行われたドイツの砕氷観測船による高層気象観測データがその予測精度の向上に大きな影響を与えることを発見しました。

研究グループはJAMSTECが独自に開発したデータ同化システムを用いて、2012年8月に北極海で高層気象観測を行ったドイツの砕氷観測船の観測データを大気大循環モデルに取り込み、実際に発生した北極低気圧を正しく再現・予測できているかどうかを検証しました。また、比較対象として、観測データを取り入れなかった場合に予測結果がどう変化するかについても実験を行いました。

その結果、観測データを同化しない場合は北極低気圧の発生を上手く予測できなかったのに対し、同化した場合には北極低気圧の発生時期・規模等を精度よく予測できる結果が得られました。

このことは、北極海の高層気象観測データが北極の気象予報の精度向上に大きな鍵を握っていることを示しています。

北極低気圧の予報は北極海上の船舶の運航に大きな影響を与えることが指摘されており、本成果はその低気圧の予測における極域観測の重要性を、観測と大気大循環モデルの両方から示したものです。今回は夏の一事例に着目しましたが、北極海の高気圧縁辺部で数日間持続する強風など、別な現象も船舶にとって脅威となることがあり、今後も継続的な研究が必要です。また、冬季は海氷面積と中緯度の異常寒波との関連も指摘されていることから、異なる季節の観測データの取得及びその影響評価を国際連携のもとで推進することも望まれます。

本成果は、米国地球物理学連合発行の学術誌「Journal of Geophysical Research: Atmospheres」に4月27日付け(日本時間)で掲載予定です。なお、本研究は、JSPS科学研究費補助金 基盤研究A(24241009)の助成を受けたものです。

タイトル:Impact of radiosonde observations on forecasting summertime Arctic cyclone formation
著者:山崎 哲1、猪上 淳2,3、Klaus Dethloff4、Marion Maturilli4、Gert König-Langlo4
1.海洋研究開発機構 アプリケーションラボ、2.国立極地研究所 国際北極環境研究センター、3.海洋研究開発機構 北極環境変動総合研究センター、4. ドイツアルフレッド・ウェゲナー研究所(Alfred Wegener Institute) Helmholtz Centre for Polar and Marine Research
URL:http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/2014JD022925/full

2.背景

北極海上で発達する低気圧は「北極低気圧」と呼ばれ、北極海での強風・高波・海氷移動などに大きな影響を与えることが知られています(2011年6月28日既報「北極海で発生・発達する低気圧の観測に成功」)。北極低気圧は、北極海上の船舶の運航(北極海航路)に大きな影響を与えることが示唆されているため、その予報が重要視されています。また、近年の北極域の海氷減少との関係についても注目されており、気候に与える北極低気圧の影響も研究対象となっています。

しかしながら、この北極低気圧については未解明な部分が多く、特にその発生メカニズムや、何日くらい前から発生予測が可能であるのか、どのような大気の状態が予測に重要であるのかについて、十分に解析・評価される必要があります。

2012年の8月初旬に「great Arctic cyclone」と呼ばれる強烈な北極低気圧(以下AC12)が発生しました(図1)。この低気圧は、8月に発生した北極低気圧の中で最も強いものだったと言われており、翌月に観測された最小海氷面積の記録更新との関係についても注目されています。AC12の発生とほぼ同時期の7月中旬から8月初旬にかけて、ドイツの砕氷観測船Polarstern号が、ノルウェー本土から約1000km北に位置するスピッツベルゲン島近くの北極海上でラジオゾンデによる高層気象観測(※3)を行っていました(図1赤点)。Polarstern号はAC12よりも数千km離れていましたが、船舶による高緯度でのラジオゾンデ観測は対流圏上層全体の再現性向上に役立つことが解明されているため(2013年3月7日既報「北極海上の高層観測で中高緯度の大気循環の再現性が向上」)、研究グループでは今回の観測データもAC12の再現性や予測精度を向上させるのではないかと考えました。

大気の状態を精緻に再現・予測するには、数値モデルに観測データを取り込む必要があります(以下「データ同化」と呼ぶ)。特にラジオゾンデ観測は上空(高層)の気温や風速などの詳細な鉛直分布を取得できるため、データ同化には欠かせない情報源です。しかし通常、北極海は地上観測が困難な領域であるため、高緯度海域の高層気象観測データは極めて限られます。そこで研究グループは、今回のAC12の事例について、JAMSTECで開発されたデータ同化システム及び大気大循環モデルを用い、Polarstern号のラジオゾンデ観測データがAC12の再現性と予測にどの程度影響するかを調べました。

3.成果

研究グループでは、まず、ラジオゾンデ観測データを同化した場合としない場合の2種類の再現実験を行い、その差を見ることによって観測データの影響を評価しました。その結果、観測データを同化した実験の方が対流圏上層大気の再現性が良くなっていました。さらに、観測データがAC12の再現性の向上にどの程度寄与しているか調べたところ、その影響はスピッツベルゲン島近傍の観測域から東側約1000km程度の下流域まで及んでいました(図2左)。これは、対流圏上層の強い西風によって影響が下流域にまで到達したためと考えられます。さらに、この下流域はちょうど「極渦」(対流圏上層、高度約10kmにある低圧部)の位置に対応しており、この極渦が地表面付近のAC12形成に寄与しました(図2右、 図1)。つまり、観測された気圧の変化の影響は上空の西風によって遠方のAC12発生域にまで及んでいたことがわかります。

次に上記の再現データを初期値とした予報実験をAC12が形成する時刻(2012年8月3日)から行ったところ、同化した実験ではAC12の形成と中心気圧の降下を精度良く予測できたのに対し、同化しない実験ではそれらを十分に予測できませんでした(図3)。つまり、Polarstern号の観測は、対流圏上層の西風によって下流域の極渦の再現性を向上させ、それによってAC12形成の予報精度を向上させることがわかりました。

4.今後の展望

本研究成果によって、たとえ1箇所の特別観測でも北極海上の大きな気象イベントの予測に有効であることが示されました。船舶を用いた北極海でのラジオゾンデ観測を通年で実施する事は現実的ではありませんが、本成果を受けて、船舶データに匹敵する効果が北極海沿岸域の観測点や観測回数の強化によって補えるのかを、JAMSTECの海洋地球研究船「みらい」や北極海沿岸の高層気象観測点と協力しながら調査中です(図4)。一方、この動きは世界気象機関(WMO)における極域予測計画(PPP)においても注目されており、2018年〜2019年に控えている大規模な国際北極観測プロジェクト(MOSAiC)では、「みらい」による観測活動も期待されています。これまで取得が困難であった冬季観測データを上記プロジェクトで取得できれば、日本の異常気象における北極変動の影響(2012年2月1日既報「バレンツ海の海氷減少がもたらす北極温暖化と大陸寒冷化−日本の冬の寒さを説明する新たな知見−」)に関する予測研究も今後さらに発展すると期待されます。

JAMSTECはデータ同化研究に必要不可欠なスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」と全球観測網(海洋観測船・海上ブイ・Argoフロートなど)の両方を有しており、研究グループではこれまで独自のデータ同化システムと大気大循環モデルを用いた観測システム研究・予測可能性研究を推進・発展させてきました(※4)。本成果はこれまでシミュレーションと観測、そしてデータ同化おいて知見を積み重ねてきたJAMSTECと極地研の共同研究グループならではの成果と言えます。今回その有効性が確認されたデータ同化と予測手法は、中緯度で頻繁に発生している異常気象等へも応用が期待されており、研究グループでは今後、これらの現象の解明や予測にも寄与していきたいと考えています。

※1 データ同化:
数値シミュレーションモデルに観測データを融合させる手法のこと。大気モデル等で数値シミュレーションを行う際に、初期値として実際の観測データをデータ同化により取り入れることでより精度の高い大気状態の再現性(初期値)が得られ、より精度の高い予測が可能になる。JAMSTECは独自のアンサンブルデータ同化システムと予報モデルの両方を有しており、大気大循環モデルAFESと同化コードLETKFを「地球シミュレータ」上で実行し、全球大気再解析データセットALERA2を構築している。
http://www.jamstec.go.jp/esc/research/oreda/products/alera2.html

※2 大気大循環モデル:
流体力学や熱力学の方程式を基に、大気の温度・湿度や流れの変化を計算するためのプログラム。大気大循環モデルを用いて数日から経年スケールの大気現象をシミュレートし、メカニズムや予測可能性を調査する。

※3 ラジオゾンデ観測(図5):
センサーをバルーンに取り付け、気温や風などの気象要素の鉛直分布を観測する。対流圏上層(高度約10km)を超えて成層圏まで観測が可能。世界中で1日2回(場所によっては1回)の頻度で実施され、そのデータはGTS(Global Telecommunication System)を介してリアルタイムに通報され、各国の気象予報センターが利用できる形式となっている。

※4 観測システム設計手法開発研究チーム:
データ同化システムを駆使して、観測システムの最適化(どこで観測を行うべきか等)や様々な海洋・大気現象の予測可能性について研究を行うチーム。
http://www.jamstec.go.jp/esc/research/oreda/index.ja.html

図1

図1 2012年8月6日の「great Arctic cyclone(AC12)」の海面気圧(ヘクトパスカル、コンター)とPolarstern号の観測位置(赤点)。両者の位置が大きく離れていることがわかる。カラーは海氷分布を示す。この海面気圧は最盛期のAC12を示しており、これはロシア中部で発生したAC12が北東に移動しながら発達したものである。

図2

図2 (左) AC12形成時での、Polarstern号の観測を同化した実験としない実験の対流圏上層(高度約10km)の気圧差分布をカラーで示している。寒色系は同化した実験の方で気圧が低く、より強い「極渦」を再現していることがわかる。観測の影響は観測地点から上空の強い西風によって東側に及び、約1000km東の極渦(南に張り出した等値線)の再現性を向上させていることがわかる。(右)極渦による地表の北極低気圧形成の概念図。極渦は対流圏上層での低気圧に対応し、反時計回りに渦巻く循環を作る。この循環は対流圏中層を経て地表面付近にまで影響を与え、極渦の東側に暖かい南風を作る。この南風によって運ばれた暖気は北極低気圧(AC12)の暖域を形成し、その結果AC12の形成を引き起こす。

図3

図3 Polarstern号の観測を同化する実験(赤線)としない実験(青線)でのAC12形成・発達の予報結果。値はAC12中心気圧(ヘクトパスカル)の時系列を示している。予報はアンサンブル予報実験(観測値に基づいた初期値にわずかなばらつきを与えて複数の数値予測実験を行い、その平均やばらつき(不確実性)の度合いも含めて大気・海洋現象を予測すること)を行っており、確率的な予報が可能となっている。細線は全アンサンブル予報の結果(確率値)を示し、太線は全アンサンブルの平均値(予報値)を示している。黒線は同化システムによって得られた解析値で、現実のAC12中心気圧の時間変化に対応している。観測があると(赤線)、8月4日前後からの中心気圧の降下(AC12の形成と発達)を良く予測できるようになっており,AC12の形成や発達の予報精度が実質的に向上していることがわかる。

図4

図4 日本が中心となって実現した北極海上の特別高層気象観測網。(左図)2013年9月11〜24日の特別観測、(右図)2014年9月6〜25日の特別観測。陸上では通常の2倍から6倍の頻度でラジオゾンデ観測を実施。海洋地球研究船「みらい」では数週間の定点観測を実施。

図5

図5 「みらい」船上からのラジオゾンデ観測の様子

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
アプリケーションラボ 気候変動予測応用グループ 研究員
山崎 哲
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構
国立極地研究所 国際北極環境研究センター 准教授
猪上 淳
(JAMSTEC北極環境変動総合研究センター 招聘主任研究員を兼務)
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長 松井 宏泰
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所
広報係長 小濱 広美
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