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プレスリリース

2015年 10月 16日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人京都大学 防災研究所
国立大学法人筑波大学
ブレーメン大学海洋環境科学センター

日本海溝沈み込み帯で発生したゆっくり地震を再現
—ゆっくり地震域は巨大地震発生域?—

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」)海洋掘削科学研究開発センター沈み込み帯掘削研究グループの伊藤喜宏招聘主任研究員(本務:京都大学防災研究所地震予知研究センター准教授)、氏家恒太郎招聘主任研究員(本務:筑波大学生命環境系地球進化科学専攻准教授)らは、ドイツのブレーメン大学、京都大学防災研究所、筑波大学と共同で、東北地方太平洋沖地震前に観測されたゆっくり地震(※1)を地球深部探査船「ちきゅう」で採取した試料を用いた室内実験により再現することに成功しました。通常の地震では、岩盤が数秒から数十秒間で急速に滑りますが、ゆっくり地震では、数日から1年以上かけてゆっくり滑ります。東北地方太平洋沖地震発生前にもゆっくり地震が観測されており、近年、巨大地震発生との関連が特に注目されています。

実験に用いた試料は、統合国際深海掘削計画(IODP、※2)の一環として2012年4月1日~5月24日に実施された、地球深部探査船「ちきゅう」による第343次研究航海「東北地方太平洋沖地震調査掘削」(2012年3月9日2012年5月25日既報)により、震源域のプレート境界断層浅部から採取されたものです。これまで同試料を用いた別の室内実験により、東北地方太平洋沖地震時の高速滑りが再現され、地震時の断層滑りメカニズムが明らかになっています(2013年12月6日既報)。

従来、プレート間の固着が強い領域を巨大地震発生域と考える巨大地震モデルが提唱されてきました。本研究成果により、プレート境界断層浅部では、ゆっくり地震のゆっくりとした滑りと巨大地震時の高速滑りが同じ断層で起こり得ることが実証されたことから、ゆっくり地震の発生域であるプレート境界断層の浅部も巨大地震の震源域に含める新たな巨大地震モデルを検討する必要性を迫る極めて重要な研究成果といえます。

本成果は、英国科学誌「Nature Geoscience」電子版に10月5日付け(日本時間)で掲載されました。

タイトル:Spectrum of slip behavior in Tohoku fault zone samples at plate tectonic slip rates
著者名:Matt J. Ikari1, Yoshihiro Ito2,3, Kohtaro Ujiie2,4, Achim J. Kopf1
所属:1. ブレーメン大学(ドイツ)、2. 国立研究開発法人海洋研究開発機構、3.国立大学法人京都大学防災研究所、4. 国立大学法人筑波大学

2.背景

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震では、プレート境界断層浅部が大きく滑ることで大規模地殻変動が生じ、その結果巨大津波が発生しました。一方、この領域では東北地方太平洋沖地震前に「ゆっくり地震」が発生していたことが、海底に事前に設置されていた圧力計や地震計記録等から明らかにされていました。

東北地方太平洋沖地震調査掘削では、震源域である掘削地点C0019(図1)のプレート境界断層浅部から断層試料を採取しており、スメクタイト(※3)に富んだ遠洋性粘土岩で構成されていることが明らかになっています(2013年12月6日既報)。また、この断層試料を用いた室内実験により、地震時の高速(約毎秒1メートル)断層運動時に断層は非常に滑りやすくなることが実証され、その原因として、断層物質が低摩擦粘土であるスメクタイトを大量に含むことと、thermal pressurization効果(※4)が寄与していることも明らかになっています(2013年12月6日既報)。しかし、一方でこの断層試料が観測で示されたようなゆっくり地震を実際に引き起こしうるのかは不明でした。そこで研究グループは、プレート境界断層から採取された試料を実際のプレート沈み込みとほぼ同じ環境で変形させて、ゆっくり地震が発生するか調べました。

3.成果

東北地方太平洋沖地震調査掘削で採取されたプレート境界断層の特徴は、主としてスメクタイトからなる粘土鉱物が密に発達した滑り面で砕かれた構造を持つことです(図2A)。この構造は、魚の鱗を重ねたような構造を持つことから、「鱗片状構造」と呼ばれています。実験では、2種類の試料を用意しました。1つは鱗片状構造と平行に整形したもので(図2B)、もう1つは粉末状にしたものです(図2C)。プレート境界断層浅部の環境・圧力条件にあうよう、試料に海水を充填させ、7メガパスカルの圧力をかけて実験を行いました(図3)。試料を滑らせる速度は、全球の測地観測により明らかになっている太平洋プレートの沈み込み速度(年間8.5センチ、秒速に換算すると毎秒2.7ナノメートル)まで下げて行いました。従来、すべり速度毎秒0.1ミクロン~毎秒1メートル下での摩擦特性を調べる実験は数多く行われてきましたが、沈み込み速度に相当する超低速(毎秒数ナノメートル)での断層のふるまいそのものはあまり注目されてこなかったこと、またこうした超低速実験ではすべり速度を制御するのが困難なことから、ここまで滑り速度を下げた実験は、これまで例がありませんでした。

実験の結果、プレート沈み込み速度(毎秒2.7ナノメートル)で試料を滑らせると、自発的に摩擦強度(応力)が増加し、その後減少するという現象が起こりました(図4A中のSSEと記された矢印部分及び図5)。またこの時、応力降下量は50〜120キロパスカル、応力降下に要する時間は2~4時間、滑り速度は最大毎秒8ナノメートルまで増加しましたが、これら実験で計測された応力降下量、応力降下に要する時間、滑り速度は、いずれも世界の沈み込み帯で実際に観測されているゆっくり地震時のものとほぼ同等でした。つまり、実験により沈み込み帯で発生するゆっくり地震を再現できたと考えることができます。この結果は、プレート沈み込み速度まで滑り速度を下げたことで、初めて得られたものです。

さらに興味深いことに、ゆっくり地震の挙動を示す実験結果は、鱗片状構造と平行に整形した試料を用いた実験においては明瞭に認められたのに対し(図4A)、粉末状試料を用いた実験では不明瞭でした(図4B)。一方、スメクタイトとは異なる粘土鉱物(イライト、※5)を粉末状にして同様の実験を行うと、ゆっくり地震の挙動は全く得られませんでした。

これらの結果は、プレート境界断層に発達する鱗片状構造に沿った滑りは、ゆっくり地震時の滑りを反映しうること、及び今回見出されたゆっくり地震の挙動は、スメクタイトに富んだ遠洋性粘土岩に特有の現象であることを示唆しています。

4.今後の展望

これまでの研究で、スメクタイトに富んだ遠洋性粘土岩は、今から1600-5400万年前に北太平洋の遠洋域で堆積したことが分かっています。同様の遠洋性粘土岩は、日本海溝のみならず環太平洋地域にある他の海溝でも沈み込んでいると考えられます。また、ニュージーランド北島東方のヒクランギ沈み込み帯では、日本海溝と同様に浅部でゆっくり地震が発生しており、現在、日本・ニュージーランド・米国等が共同で海底圧力計や地震計を用いた観測を進めています。今後は、日本海溝や南海トラフのみならず、ヒクランギ沈み込み帯を含めた様々な地域で、ゆっくり地震の発生過程の根本的理解に向けた学際的な調査・観測を実施する必要があります。

ゆっくり地震が断層浅部で発生すると、直上に設置された海底圧力計により地殻上下変動が、また海底地震計により低周波地震・微動が観測されます。JAMSTEC等により南海トラフに整備が進められている海底ケーブル式の地震・津波観測監視システム(以下、「DONET」)では、海底圧力計による地殻上下変動や海底地震計による低周波地震・微動の観測が可能であり、南海トラフ沿いのゆっくり地震のリアルタイム監視が期待できます。DONETの観測データ活用によって、将来の巨大地震・津波発生のポテンシャル評価に資することが期待されます。

一方でゆっくり地震は、プレート境界断層深部でも発生しています。日本列島の陸上付加体中には、ゆっくり地震の発生深度で形成された断層が露出しており、ゆっくり地震の痕跡が残っていることが期待できます。今後、このような断層を調べることで、深部で発生するゆっくり地震の地質学的描像を明らかにし、陸上および海底の地震・測地観測で得られるゆっくり地震のデータと併せて理解し、その根底にあるメカニズムを検討していく予定です。

【語句解説】

※1 ゆっくり地震
通常の地震に比べて遅い断層すべり速度で歪を解放する現象を示す。ゆっくり地震は、その規模(または継続期間)によって、スロースリップ(マグニチュード(M)5以上)、超低周波地震(M3〜4クラス)、低周波地震・微動(M2クラス以下)と呼ばれ、スロースリップの場合、その継続時間は数日から1年以上に及ぶ。東北地方太平洋沖地震発生前には、日本海溝の海溝軸近傍に設置された海底圧力計により本震震源域付近でスロースリップ、および海底地震計により微動が観測されている。ゆっくり地震が特に観測される地域は、南海トラフ、米・カナダ国境付近の太平洋沿岸部、メキシコおよびニュージーランド北島の太平洋沿岸部である。

※2 統合国際深海掘削計画(IODP:Integrated Ocean Drilling Program)
日・米が主導国となり、2003年~2013年までの10年間行われた多国間国際協力プロジェクト。日本が建造・運航する地球深部探査船「ちきゅう」と、米国が運航する掘削船ジョイデスレゾリューション号を主力掘削船とし、欧州が提供する特定任務掘削船を加えた複数の掘削船を用いて深海底を掘削することにより、地球環境変動、地球内部構造、海底下生命圏等の解明を目的とした研究航海を実施した。2013年10月からは、国際深海科学掘削計画(IODP: International Ocean Discovery Program)という新たな枠組みの多国間国際協力プロジェクトに移行している。

※3 スメクタイト
イオン交換性、膨潤性、吸着性を持つ微粒の粘土鉱物。粒子内部や粒子間に水を保持することができる一方で、水を通しにくい性質を持つ。

※4 Thermal pressurization効果
地震時の高速滑りにより発生した摩擦熱により断層中の水が膨張し、間隙水圧が増加することで引き起こされる剪断応力の低下現象。

※5 イライト
泥質堆積岩中に多い粘土鉱物で、カリウムイオンが豊富な環境下で形成される。プレート沈み込み帯では、カリウムイオンの供給と温度上昇に伴って、スメクタイトがイライトヘ相転移することが知られている。

図1

図1 掘削地点(C0019)、東北地方太平洋沖地震の震央、巨大地震発生域、ゆっくり地震発生域の分布を示す。掘削地点(C0019)の海底面下約820mから採取されたプレート境界断層試料を実験に用いた。

図2

図2(A)鱗片状構造が発達したプレート境界断層。今回、赤四角で囲った部分から採取した試料を用いて摩擦実験を行った。実験に用いた2種類の試料。(B)鱗片状構造と平行に整形した試料。(C)粉末状試料。

図3

図3 摩擦試験機の概要。

図4

図4 プレート境界断層物質を用いた摩擦実験結果。(A)鱗片状構造と平行に整形した試料を用いた実験。(B)粉末状試料を用いた実験。(A)の場合において、ゆっくり地震(SSEと記された矢印)と同等の現象が発生する。詳細は図5を参照。

図5

図5 鱗片状構造と平行に整形した試料を用いた実験で認められたゆっくり地震の挙動。この実験では、数時間かけて応力が約120キロパスカル(0.12 MPaに相当)降下すると同時に、滑り速度が毎秒2.7ナノメートルから6.3ナノメートルまで増加した。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本成果について)
海洋掘削科学研究開発センター 沈み込み帯掘削研究グループ
招聘主任研究員 伊藤 喜宏
招聘主任研究員 氏家 恒太郎
(報道担当)
広報部 報道課長 松井 宏泰
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