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2016年 7月 22日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人香川大学

琉球海溝南部におけるプレート境界断層と
プレート境界で発生する低周波地震を観測
―巨大津波発生域の沈み込み構造を特定―

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という)地震津波海域観測研究開発センターの新井隆太研究員らは、琉球海溝南部において屈折法探査(※1)・反射法探査(※2)および海底地震計を用いた地震観測を実施し、それらの地震波データを解析しました。その結果、プレート境界近傍で低周波地震(※3)が発生していること、またプレート境界の浅部から深部に高圧な流体が存在し、低周波地震の発生に強く寄与している可能性が高いことを明らかにしました。さらに、同地域においてプレート境界断層とプレート境界断層から分岐し海底面に至る断層(分岐断層)から成る楔形の構造が存在することを明らかにし、これが津波データから推定される1771年八重山地震の巨大津波発生源とよく一致することを明らかにしました。

本研究における詳細な解析を通じて、琉球海溝南部では津波地震や低周波地震といった様々なゆっくりとした地震の発生域がプレート境界の浅部から深部まで概ね隣接して分布し、プレート間の固着が弱い領域が支配的に存在するという、プレート間の固着が強い領域の多い南海トラフとは異なる構造的特徴が明らかになりました。これらのプレート境界の特徴や分岐断層の存在は、この地域で発生する巨大津波の発生機構を検討するうえで重要な知見となると考えられます。

本研究は、文部科学省による委託業務「南海トラフ広域地震防災研究プロジェクト」の一環として行われたものです。なお、本成果は、英科学誌「Nature Communications」に7月22日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Structure of the tsunamigenic plate boundary and low-frequency earthquakes in the southern Ryukyu Trench
著者:新井隆太1、高橋努1、小平秀一1、海宝由佳1、仲西理子1、藤江剛1、中村恭之1、山本揚二朗1、石原靖1、三浦誠一1、金田義行2
1. 海洋研究開発機構
2. 香川大学

2.背景

南海トラフから西へ延びる琉球海溝は、巨大地震による被害の記録は少ないものの、最新の津波堆積物等の調査から、数百年程度の周期で巨大津波が繰り返し発生していたことがわかってきました。実際に、1771年に琉球海溝南部で発生した八重山地震では、陸上における最大遡上高(海岸から内陸へ津波がかけ上がる高さ)が約30mにも至る巨大津波が先島諸島に襲来し、約12000人の犠牲者が出たと推定されています。

一方、近年の地震観測やGPSを用いた地殻変動観測により、琉球海溝ではスロースリップや低周波地震といったゆっくりとしたすべり現象が卓越して発生していることがわかり、プレート境界における固着は弱いと考えられています。しかしながら、琉球地域は日本の他の地域に比べて陸上の定常地震観測点がまばらであるため、観測が不十分であり、なぜプレート間固着が弱い沈み込み帯で巨大津波が発生する地震が生じるのか、その仕組みについては不明な点が多く、その仕組みを明らかにするための詳細な地震調査が期待されていました。スロースリップや低周波地震は南海トラフの巨大地震震源域周辺でも数多く観測されているため、ゆっくりとしたすべり現象と巨大地震や津波の発生との関連を明らかにすることは、将来発生が危惧される南海トラフ巨大地震へ備えるためにも重要です。こうした背景を踏まえ、研究グループは、2013年に八重山地震の津波波源域を縦断する測線において屈折法探査・反射法探査を実施しました。

3.成果

JAMSTECの深海調査研究船「かいれい」を用いた地殻構造探査に加え、石垣島・西表島周辺に海底地震計30台と陸上地震観測点6点を展開し、3か月間の地震観測を行いました(図1)。取得された地震波データを解析した結果、琉球海溝南部の地震発生帯において合計73個の低周波地震の検出に成功し、それらの低周波地震が1771年の八重山地震の津波波源域とプレート境界の深部でスロースリップが発生している領域との間で発生していることを確認しました(図12)。さらに、低周波地震が海面から深さ15-18kmのプレート境界近傍で発生していることを突き止めました(図3)。陸上観測点に基づく先行研究において、琉球海溝で超低周波地震(※4)が発生していることはすでに指摘されていたものの、詳細な発生場所はわかっていませんでしたが、本研究において海域に多数の地震観測点を展開することで震源の位置決定精度を向上させ、低周波地震の発生場所を特定することに初めて成功しました。

一方、反射法探査データの解析からは、1771年の八重山地震の津波波源域に存在する分岐断層がプレート境界面と低速度の楔形構造を形成していることを新たに確認しました(図3)。この分岐断層の位置と形状は過去に推定されている1771年八重山地震の震源モデルと調和的であることから、この分岐断層もしくはプレート境界浅部における地震性すべりによって八重山地震による巨大津波が発生した可能性が考えられます。また、分岐断層とプレート境界の複数箇所で反射波の極性(波の正負のパターン)が反転していることを確認しました(図3)。こうした極性反転は、地震波が高速度媒質から入射し低速度媒質との境界で反射することで生じるため、反射面に低速度媒質として流体が存在することを示唆しています。本研究はこのような流体分布がプレート間の弱い固着や低周波地震の発生と関連している可能性を指摘しました。

本研究によって初めて、過去に巨大津波を起こしたとされる八重山地震震源域の詳細な構造とそこでの現在の地震活動が明らかにされ、その結果、琉球海溝沈み込み帯ではプレート境界の浅部から深部まで固着が弱い領域が支配的であることが明らかとなり、固着域(プレート間が強くくっつき地震時に大きく滑る領域)は存在しないと考えられます(図4)。このような場所では強い地震動を引き起こすタイプの巨大地震は起こりにくいと考えられますが、一方で巨大津波をもたらす津波地震はプレート境界および分岐断層で発生しやすい環境にあると考えられます。本研究の一連の成果は、今後琉球海溝での巨大津波の発生機構を検討するうえで重要な知見となると考えられます。

4.今後の展望

本成果では、琉球海溝南部において大規模な海域地殻構造探査と密な海底地震観測を実施し、当地域の地震発生帯構造を明らかにしましたが、琉球海溝全体にわたる地震活動の特徴とそれを支配する構造的要因については不明な点がまだ多く残されています。南海トラフで将来発生することが予想されるプレート境界型巨大地震が琉球海溝側にどのように伝播するのか検討するためにも、琉球海溝から沈み込むフィリピン海プレートの詳細な三次元形状モデルを構築することが必要です。

研究グループは今後も「南海トラフ広域地震防災研究プロジェクト」の下、琉球海溝における観測調査を継続し、低周波地震を含む地震活動の実態解明を目指すとともに、こうした観測研究から地震・津波発生機構を明らかにし、海域で発生する地震・津波に対する防災・減災に貢献していきます。

※1 屈折法探査
海域における屈折法探査では、海面の近くに曳航したエアガンから音響波を海中に放出し、海底に一定の間隔で展開した海底地震計でその音響波と海底下から屈折してきた地震波を記録する。記録された地震波のうち、海底地震計にもっとも早く到達するP波(初動)とプレート境界やモホ面といった主要な構造境界面からの反射波の伝播時間を用いて、海底下のP波速度と反射面の位置を推定する。

※2 反射法探査
海域における反射法探査では、海面の近くに曳航したエアガンから音響波を海中に放出し、速度と密度が変化する海底下の境界面で反射して、再び海面近くに戻ってきた波を受振器を備えたストリーマケーブルで捉える。捉えられた反射波の到達時間と振幅を処理・解析することで、海底下の地質構造形態が明らかとなる。

※3 低周波地震
通常の地震とは異なり、10Hz以上の高周波成分が乏しく、10Hz以下の低周波成分に富んだ地震。断層でのゆっくりとしたすべりで発生し、その発生には流体が重要な役割を果たすと考えられている。

※4 超低周波地震
低周波地震よりさらに低周波成分に富み、0.1Hz以下の低周波成分が卓越して放出される地震。低周波地震と同様に断層でのゆっくりとしたすべりで発生し、その発生には流体が重要な役割を果たすと考えられている。

図1

図1 観測点配置と観測した低周波地震の分布。(a)琉球海溝の広域図。 (b)調査海域図。発振側線(赤線)上に海底地震計(黄色丸印)を設置し、エアガン発振(容量7800立方インチ)によって屈折法データを取得するとともに、同測線上で6km長のストリーマケーブル(チャンネル数444)を曳航し、反射法データを取得した。また、石垣島・西表島周辺に設置した海底地震計(白色丸印)および陸上地震計による3カ月間の自然地震観測も実施した。色付き星印は本観測で決定した低周波地震の震央位置。観測した73個の低周波地震は4つのグループ(ピンク・オレンジ・赤・黄色に対応)から成る。黒星は過去に観測された超低周波地震の震央位置。赤四角は先行研究で推定されている1771年八重山地震の震源域。青四角は過去観測されているスロースリップ発生域。

図2

図2 観測した低周波地震の記録。(a)12-24Hz, 4-8Hzおよび生の波形記録とそのスペクトル。海底地震計L17で収録されたsequence-Cの記録とL23で収録されたsequence-Dの記録を示す。通常の地震には10Hz以上の周波数成分も含まれているが、低周波地震は10Hz以上の周波数成分が乏しく、10Hz以下の周波数成分が卓越している。(b)低周波地震、通常の地震、背景ノイズのスペクトルの比較。この図からも低周波地震が通常の地震より低周波成分に卓越していることがわかる。(c)低周波地震の震央分布。色分けされた4つのグループはそれぞれ発生した時期と場所が異なる。

図3

図3 琉球海溝南部の構造。(a, b)反射法探査によるイメージ。プレート境界と分岐断層が明瞭にイメージングされている。この分岐断層と低速度ウェッジの位置は先行研究で推定されている1771年八重山地震による津波発生域と重複しており、分岐断層もしくはプレート境界浅部における地震性すべりが津波発生に寄与した可能性がある。また分岐断層とプレート境界の複数の場所において、反射波の極性反転が確認された。こうした極性反転は地震波速度が深さ方向に減少していることを示しており、反射面において高圧な流体が存在することを示唆する。本研究では、こうした流体分布とプレート間の弱い固着や低周波地震の発生が関連する可能性があることを指摘した。(c)屈折法探査によるP波速度構造。黒点は海底地震計の位置。黒線は沈み込むフィリピン海プレート上面および陸側プレートのモホ面の位置、オレンジ線はフィリピン海プレートのモホ面の位置、赤星は速度構造断面図上に投影された低周波地震の分布 (図2中のsequence-C)をそれぞれ示す。

図4

図4 琉球海溝南部の沈み込み構造と低周波地震分布の鳥瞰図。反射断面上に投影された赤星は低周波地震の分布 (図2中のsequence-C)を示す。プレート境界面模式図中の赤色は先行研究において津波発生域と推定される領域で、プレート境界もしくは分岐断層が津波発生に寄与すると予想される。プレート境界浅部の津波発生域(赤色)と先行研究で示された深部のスロースリップ発生域(青色)の間では低周波地震が発生しており、プレートが強く固着している領域は存在しないと解釈される。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
地震津波海域観測研究開発センター 研究員 新井隆太
地震津波海域観測研究開発センター 主任研究員 高橋努
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長 野口 剛
国立大学法人香川大学
広報室副室長 前川豊弘
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