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琉球海溝南部におけるプレート境界断層とプレート境界で発生する低周波地震を観測

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繰り返し巨大津波が発生する琉球海溝の構造が、観測で明らかになりました。今回紹介するのは、こちらの研究です。

琉球海溝南部におけるプレート境界断層とプレート境界で発生する低周波地震を観測
―巨大津波発生域の沈み込み構造を特定―

論文タイトル:Structure of the tsunamigenic plate boundary and low-frequency earthquakes in the southern Ryukyu Trench

ここがポイント!

・海底地震計を使った観測で、琉球海溝のプレート境界で発生するゆっくりとした地震「低周波地震」をとらえた。
・ 海底下の構造探査で、過去に地震や津波を引き起こしたと思われる分岐断層の形状を明らかにした。
・ 琉球海溝で発生する地震には、プレート境界や分岐断層に存在する流体(水)が関係することを突き止めた。

この論文をNature Communicationsに発表した地震津波海域観測研究開発センターの新井隆太研究員にお話を聞きました。

南海トラフから琉球海溝まで海溝全体の地震防災研究に挑むプロジェクト

――新井さん、こんにちは。琉球海溝というと一般にはあまりなじみがない気がしますが、なぜ、琉球海溝を研究されるのですか?

こんにちは(写真1)。

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写真1 新井隆太研究員

研究理由を説明する前に、琉球海溝を図1で見てみましょう。

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図1 左 日本周辺のプレート 右 海底地形図

日本列島の南側には、ユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートが沈み込む海溝があります。その海溝は九州パラオ海嶺を境にして、北東側が「南海トラフ」、南西側が「琉球海溝」と呼ばれます。

――琉球海溝は南海トラフとつながっているのですね。それが、研究理由と関係するのですか?

はい、研究理由には琉球海溝と南海トラフがつながっている点が関係します。南海トラフは東海地震、東南海地震、そして南海地震の発生が確実視され調査研究が進んでいます。それに対して、琉球海溝は巨大地震の痕跡が乏しく研究があまり進んでいません。南海トラフで地震が発生した場合に、琉球海溝にどんな影響があるのか。琉球海溝で地震が誘発されるのか。反対に琉球海溝で地震が発生すれば、南海トラフにどんな影響を与えるのか。南海トラフから琉球海溝まで連動する可能性を考慮した研究が必要です。
さらに、琉球海溝の形状や、沈み込みの特性・周辺の構造などのテクトニクスが、2004年にインドネシアのスマトラ島沖で巨大地震と巨大津波を引き起こしたスンダ海溝と似ているという指摘もあります(図2)。

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図2 スマトラ島沖地震を引き起こしたスンダ海溝

そこで2013年に文部科学省主導のもとで、南海トラフから琉球海溝にのびる海溝“全体”の地震防災研究に取り組む「南海トラフ広域地震防災研究プロジェクト」が始まりました。そのプロジェクトの一環として、JAMSTEC地震津波海域観測研究開発センターのメンバーを中心としたチームで琉球海溝の調査研究を進めています。

巨大津波が繰り返し発生する琉球海溝

――琉球海溝の研究は進んでいないと仰っていましたが、これまでにはどんなことがわかっているのですか?

琉球海溝では数百年おきに巨大津波が発生していることが、陸上堆積物などの調査から報告されています。特に1771年に発生した八重山地震では、遡上高(海岸から内陸へ津波がかけ上がる高さ)が30mにも達する巨大津波が先島諸島に襲来しました。
また、低周波地震やスロースリップと呼ばれるゆっくりとした地震が観測されています。低周波地震とは通常の地震とは異なり高周波(10Hz以上)の地震波を出さない地震、スロースリップは数日~数週間かけて断層がゆっくりとすべる現象です。いずれも人間ではほとんど気づかないような地震です。


こうしたゆっくり地震があることから、琉球海溝の固着は弱いと研究者の間で推測されていました。

――プレート境界の固着とは、なんですか?なぜ、ゆっくり地震だと固着が弱いと考えられるのですか?

そもそも地震がどのように発生するかというと・・・。大陸プレートの下に海洋プレートが沈み込んでいくと、大陸プレートが引きずり込まれて歪んでいきます(図3)。その歪みが限界に達すると、大陸プレートがもとに戻ろうと一気にすべって地震を引き起こします。

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図3 プレート境界での地震発生メカニズム

大陸プレートと海洋プレートがくっついた部分を「固着している」と表現します。その固着の度合いは場所や深さによって変わります。固着が強いほど、大陸プレートが無理に引き込まれて歪みがたまりやすく、一気にすべって巨大地震を引き起します。反対に固着が弱いほど、大陸プレートはずるずるすべって歪みはたまりにくく、低周波地震やスロースリップなどのゆっくりとした地震が発生します。

――そうなのですね。
先ほど巨大津波がくりかえし発生すると聞きました。素人の私には、固着が弱く地震がゆっくりとした地震ならば、津波は大きくならないイメージがあります。

あまり揺れないなら津波は起きない、小さい、とは限りません。例えば、プレート境界の浅い部分で地震が起こり周囲の海底面が大きく変動すれば、海水を上下させて巨大津波を引き起こす可能性があります。地震の規模に対して異常に大きな津波を引き起こす「津波地震」が、その例です。八重山地震も津波地震だったと考えられています。
しかしながら、琉球海溝周辺は観測点が少なく、ゆっくり地震も津波地震も正確な震源やメカニズムは不明でした。南海トラフとの関連を調べるためにも、まず琉球海溝そのものを明らかにしなければなりません。

八重山地震と低周波地震の震源の海底下構造を調べる

――そこで、琉球海溝の調査を行ったのですね。

2013年11月から12月にかけて、八重山地震の震源域(図4)で、深海調査研究船「かいれい」(写真2)を使った海底下構造の探査と海底地震計による地震観測を行いました。

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図4 八重山地震の震源域での構造と地震活動を調査するために設定した400kmに渡る測線(赤線)と 海底地震計の設置地点(白丸)
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写真2 深海調査研究船「かいれい」

――海底下の構造は、どのように調べるのでしょうか。

「屈折法地震探査」と「反射法地震探査」と呼ばれる方法を組み合わせました。


海底下の地殻は一般的に様々な種類の岩石から構成されています。海面から海底に向かって地震波を発すると、地震波が海底下を伝わります。その地震波が伝わる速度は、深さや岩石の種類によって変化していきます。それに伴い伝播経路も屈折していきます。その性質を利用して、地震波の伝播速度から地質構造を調べるのが屈折法地震探査です(図5)。今回は、観測を行う測線に沿って海底地震計(OBS;Ocean Bottom Seismograph)を6km間隔で計60台設置し、そのOBS上で、地震波を発するエアガンを船で曳きながら地震波を200mおきに繰り返し発し、屈折波をOBSで受信してデータを集めました。

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図5 屈折法地震探査

続いて屈折法地震探査に重ねるように同じ測線で、反射法地震探査を行いました。反射法地震探査(図6)は、地震波が断層や地層などの境界で反射する性質を利用して海底下の構造を調べる方法です。地震波の受信にはOBSではなくストリーマケーブルを使います。「かいれい」のストリーマケーブルは全長6kmで、中には地震波をとらえるセンサーが12.5m間隔で計444個入っています。そのストリーマケーブルとエアガンを船で曳きながら、エアガンから地震波を50mおきに繰り返し発し、反射波をストリーマケーブルで受信してデータを集めました。

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図6 反射法地震探査

現場の様子は、こちらです。

映像 構造探査の様子

――自然地震は、どのように観測したのですか?

石垣島や西表島周辺の海底にOBSを30台と、周辺の島々に6点の陸上観測点を設置して、2014年2月までの3か月間観測しました。

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写真3 海底地震計

明らかになった琉球海溝の構造と水の存在

――地震データから、どんなことがわかったのですか?

海底地震計の記録を解析すると、73個の低周波地震が観測されていました。それらの少なくとも一部はプレート境界の、海底下の深さ15~18kmの領域で発生していたことを突き止めました。この地域で低周波地震が発生していることは先行研究で示されていましたが、その詳細な発生場所を明らかにしたのは、これが初めてです。

――低周波地震が発生する場所がわかったのですね。海底下はどのようになっていたのですか。

構造探査から、八重山地震の震源域で分岐断層を確認しました(図7)。分岐断層とはプレート境界から枝分かれするようにのびる断層です。

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図7 海底下の構造イメージ

その分岐断層の位置や形状は過去の研究とも調和的で、八重山地震を引き起こした断層である可能性が高いと考えられます。

――分岐断層があると、地震や津波にはどんな影響があるのですか?

分岐断層はプレート境界よりも急な角度で上側のプレートを走ります。地震発生時に海底を持ち上げるような動きをして、津波を大きくする恐れがあります。

――そうなのですね…。

さらに、地震探査のデータ解析から、海底下20kmまでの深さのプレート境界や分岐断層に流体、水が存在することがわかりました。

――え、そんな深い海底下に、水があるのですか!?

なぜ海底下に水があるかというと、水を含んだ海洋プレートが海溝から海底下へ沈み込んでいくと、次第に高まる圧力と温度によって水が絞り出される(脱水)からです。その水はプレート境界や分岐断層に存在し、低周波地震や津波地震の発生に関与していると考えられます。
特に、琉球海溝の南にはルソン-沖縄フラクチャーゾーンと呼ばれる大規模な断層帯が広がります(図8)。その断層帯からプレート内部に海水がしみこみやすくなっているのかもしれません。こうした水が、先ほど話した弱い固着や低周波地震の発生に関係すると考えます。

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図8 左 海底下に水が運ばれ、絞り出されるしくみのイメージ

琉球海溝南部では固着の強い領域は狭く、プレート浅部から深部まで固着の弱い領域が広く占めることが明らかになりました(図9)。

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図9 琉球海溝南部の海底下の構造

――琉球海溝南部は固着が弱い領域が広く占めるのですね。そもそも、固着の度合いは、何によって決まるのでしょうか。

固着の度合いを決める要因は様々ですが、最も大きなスケールでは地球規模の力学が関係します。
南海トラフでは、海溝に向かってフィリピン海プレートが押すように沈み込むため、固着が強いと考えられます。
それに対して琉球海溝では、フィリピン海プレートの沈み込む角度が急になっています。そうすると上盤のユーラシアプレートには、引き伸ばされるように水平方向に広がる力が働きます(図10)。実際に、琉球海溝の北西側には沖縄トラフと呼ばれる引っ張りの力で凹んだ地形が発達しています。こうして琉球海溝では、押し合う力よりも引き伸ばされる力の方が大きく、固着が弱くなっている可能性が考えられます。

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図10 琉球海溝に働く引っぱりの力

たとえば、プレート境界の海底下15-18kmの領域に注目したとき、琉球海溝では水の存在が確認されましたが、南海トラフの強く固着している領域ではこうした水の証拠は確認されていません。水の通る隙間もないほど強く固着しているのかもしれません。

――固着が弱いことが研究で裏付けられた琉球海溝について、どんなことが言えるのでしょうか。

琉球海溝のような固着の弱いところではプレート境界型の巨大地震は起こりにくいと考えられます。しかしその一方で、巨大津波をもたらす津波地震がプレート境界や分岐断層で発生しやすいと考えられます。

研究を積み重ねて、減災につなげる

――今後はどのような研究をする予定ですか?

琉球海溝の北部や中部の海底下の構造や地震活動を調べて、琉球海溝の領域全体を明らかにしたいと考えています。


地震や津波は防ぐことはできません。ですが、その被害者を減らすことはできるはずです。そのために南海トラフ広域地震防災研究プロジェクトでは、過去の地震による経験や知識、研究で得られた新たな知見を社会に発信し、市民を巻き込んだ防災・減災の啓蒙活動も行っています。


そうした啓蒙活動に役立つ情報を増やすためにも、我々研究者がしっかり研究を積み重ねていかなければならないと考えています。

――新井さん、ありがとうございました。

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