JAMSTEC|海洋研究開発機構|ジャムステック

トップページ > プレスリリース > 詳細

プレスリリース

2017年 6月 16日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学大学院理学系研究科

南海トラフ巨大地震発生帯の海溝軸近傍で誘発・繰り返す「ゆっくり滑り」を観測
- 地球深部探査船「ちきゅう」によるIODP 第365次研究航海の成果より -

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という)地震津波海域観測研究開発センターの荒木英一郎主任技術研究員、ペンシルバニア州立大学のDemian M. Saffer教授、東京大学大学院理学系研究科の井出哲教授らは、南海トラフ巨大地震の発生が想定されている震源域の海溝軸近傍において、何度も繰り返し「ゆっくり滑り(※1)」が発生していることを明らかにしました。

これは、1944年の東南海地震の震源域(熊野灘沖)およびその沖合の2か所の掘削孔内での間隙水圧等の連続観測データおよび地震・津波観測監視システム(※2、以下「DONET」という。)から得られた海底地震計データを2011年~2016年の6年間について解析したことによるものです。

今回観測された「ゆっくり滑り」は、8~15か月間隔で繰り返しており、時に地震によって誘発されたり、低周波微動(※3)を伴って活動したりしていることがわかりました。これらの「ゆっくり滑り」によって解放される歪(ひずみ)は、海洋プレートの沈み込みによって発生する歪の30~55%に相当することから、海溝軸近くでは、「ゆっくり滑り」によって頻繁に蓄積された歪を解放することが、海底及び海底下での高感度かつ連続的な観測データに基づいた解析によって、世界で初めて明らかにされました。この結果は、最新の海底測地観測の結果と合わせると、「ゆっくり滑り」が地震発生帯固着域で進行している歪エネルギー蓄積のプロセスと深い関係があることを示唆しており、今後の一層の観測強化が求められます。

本研究は、JSPS科研費JP15H05717の助成を受けて実施されたものです。

なお、本成果は、米科学誌「Science」に6月16日付け(日本時間)で掲載される予定です。

掲載論文タイトル:
Recurring and triggered slow-slip events near the trench at the Nankai Trough subduction megathrust
著者: Eiichiro Araki(荒木英一郎)1, Demian M. Saffer2, Achim J. Kopf3, Laura M. Wallace4 5, Toshinori Kimura(木村俊則)1, Yuya Machida(町田祐弥)1, Satoshi Ide(井出哲)6, Earl Davis7, IODP Expedition 365 shipboard scientists

1: 海洋研究開発機構
2: Department of Geosciences and Center for Geomechanics, Geofluids, and Geohazards, The Pennsylvania State University, University Park, PA 16802, USA
3: MARUM - Center for Marine Environmental Sciences, University of Bremen, Bremen, Germany
4: GNS Science, Lower Hutt, New Zealand
5: University of Texas Institute for Geophysics, Austin, TX 78758, USA
6: 東京大学 大学院理学系研究科地球惑星科学専攻
7: Pacific Geoscience Centre, Geological Survey of Canada, Sidney, British Columbia, Canada

2.背景

近年の地震や地殻変動の高感度かつ広域にわたる観測の進展によって、人が感じることができる大きな揺れを伴う通常の地震とは性質の異なる「超低周波地震(※4)」、「低周波微動」、より長い時間の現象である「ゆっくり滑り」などに代表される「ゆっくり地震(※5)」の発生が、日本周辺や世界中のプレート沈み込み帯で知られるようになってきました。これらの「ゆっくり地震」は、海洋プレートが沈み込むプレート境界でしばしば観測されており、プレート境界近傍の断層運動と深い関係があると考えられていますが、プレート境界の先端部(海溝軸付近)などにおいては、陸域からも離れており、近傍での高感度な観測が困難であったため、その実態はよくわかっていませんでした。

近年の国際深海科学掘削計画(※6 英名: International Ocean Discovery Program。以下「IODP」という。)による海底下深部からの試料採取や高精度地震探査(地殻構造探査)などによって、詳細に地下構造が研究されるようになり、プレート沈み込み帯での「ゆっくり地震」の発生様式の解明が進められています。この「ゆっくり地震」の理解は、プレート境界での巨大地震発生メカニズムの理解へと続くものであり、基本的なプレート境界断層の振る舞いを物理過程として捉えられると考えられます。

紀伊半島沖の南海トラフ域では、これまでに巨大地震が繰り返し発生したことが推定されています。特に1944年の東南海地震の震源域の沖合では、これまでに、「超低周波地震」、「低周波微動」が報告されており、想定される巨大地震の震源域より沖合のプレート境界で、「ゆっくり滑り」も起こっている可能性が指摘されていました。

JAMSTECは、文部科学省からの委託を受け、このような東南海地震の震源域周辺の活動状況を把握することを目的の一つとしてDONETを開発し、紀伊半島沖に2010年から設置展開を開始、2011年には長期運用を開始しています。

また、JAMSTECをはじめとする国際共同研究チームは、IODPの「南海トラフ地震発生帯掘削計画」において、紀伊半島沖で地球深部探査船「ちきゅう」による掘削を行い、これまでに地震・地殻変動等を計測できる長期孔内観測装置(※7)を構築する取り組みを進めてきました。これまでに2か所の掘削地点(掘削地点名:C0002G、C0010A)で孔内観測システムが構築され、DONETに接続することによって、リアルタイム連続観測が実施されています(図1)。なお、C0010A孔については、2016年4月のIODP第365次研究航海において、2010年末のIODP第332次航海によって孔内に設置していた簡易型孔内観測装置(※8)を回収し(図2)、新たに長期孔内観測装置を設置しました。これらによるC0010A孔の観測データとC0002G孔での長期孔内観測装置(図3)からのデータと合わせ、2010年末から約6年間にわたる2か所の孔内観測記録が得られました。

3.成果

C0010A孔およびC0002G孔2点の約6年間の孔内間隙水圧記録の解析を、DONETから得られた海底地震計記録による低周波微動の解析と合わせて実施しました(図4)。また、これら2点の孔内での間隙水圧観測は、透水性の小さな堆積層内で行われており、地殻の体積歪の変化へ非常に敏感に反応しているものと考えられるため、6年間の間にこの2点でどのような歪変化が記録されているのかを分析しました。その結果、これまで知られていなかった8回のゆっくりとした歪変化イベントが検出されました。これらのイベントの分析から、東南海地震震源域沖合の南海トラフプレート境界で、これまで観測されていなかった「ゆっくり滑り」が繰り返し発生していることが明らかとなりました(図5)。

1)
検出された歪変化イベントは、孔内観測点2点より陸側から沖側の広い範囲の沈み込むプレート境界面が「ゆっくり滑り」を間欠的に起こしていることによると考えられます。これらの「ゆっくり滑り」は8~15か月間隔で繰り返し、それぞれ数日から数週間の期間をかけて滑っていました。
2)
観測された「ゆっくり滑り」は、これまでに、この地域で観測されている超低周波地震や低周波微動が発生している地域だけでなく、より陸側の巨大地震震源域近傍を含む地域で発生しており、また、「ゆっくり滑り」の発生する場所によっては、超低周波地震や低周波微動を伴わず「静かに」発生していることもわかりました。
3)
「ゆっくり滑り」が陸側から沖合に拡がっていく過程で超低周波地震や低周波微動が群発する様子が明らかとなったことから、超低周波地震や低周波微動の発生の背景には、これまでの観測で見えていなかった「ゆっくり滑り」が深く関与していると考えられることがわかりました。また、「ゆっくり滑り」の発生している領域は、プレート境界付近の地震波速度が異常に低速度であり、高い間隙水圧が推定されているような領域と符合していることもわかりました。
4)
「ゆっくり滑り」は、自発的に繰り返し発生することが多いですが、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震後や、2016年4月1日の三重県南東沖地震、2016年4月の熊本地震などの影響を受けて誘発される場合も見られました。それらの誘発された「ゆっくり滑り」は、自発的なものと比べて、滑り量が大きい傾向にあることが分かりました。
5)
観測された「ゆっくり滑り」イベントそれぞれのプレート境界での滑り量は1~4cm程度と考えられますが、比較的短い間隔で繰り返していることから、これらの「ゆっくり滑り」によってプレート境界収束に伴う平均歪蓄積量の30~55%程度を解放している可能性が考えられます。これは、この地域で、海域でのGPS音響測位などから示唆されている10年程度の期間でのプレート境界での固着度が弱いことと整合的な結果となります。

今回観測された南海トラフ東南海地震震源域沖合での「ゆっくり滑り」は、これまで知られていなかった巨大地震を発生させるプレート境界の沖合に広がる付加体における「ゆっくり滑り」の最初の実観測例となります。この観測から、他の巨大地震発生帯の海溝軸近傍でも同様の現象が発生している可能性が考えられます。

また今回の観測で、「ゆっくり滑り」の頻発と、地震による「ゆっくり滑り」の誘発がみられたことから、この地域の海溝軸沈み込みのプレート境界は周囲の擾乱に対して非常に敏感であり、大きな歪を蓄積することができていないことが示唆されますが、頻発する「ゆっくり滑り」と固着域において進行している歪エネルギーの蓄積との間には深い関係があると考えられるため、「ゆっくり滑り」の発生する地域や、その規模・頻度などの変化など、観測された「ゆっくり滑り」の今後の経過を注意深く調べることの重要性も同時に示唆しているものと考えています。

4.今後の展望

本研究では、掘削孔を用いた孔内観測やDONETが「超低周波地震」、「低周波微動」、「ゆっくり滑り」などの「ゆっくり地震」を非常に高感度に観測できることを実証し、これまで明らかでなかった巨大地震震源域沖合のプレート境界の活動状況を明らかにしました。巨大地震への準備段階として注目される様々な「ゆっくり地震」を連続的、かつ広域にリアルタイムで観測、監視していくことは、今後南海トラフで発生する巨大地震・津波による被害の低減のためには極めて重要な役割を果たすと考えられます。したがって、このような観測網、観測システムをさらに広域に展開することにより、地震・津波災害から生命、財産の損失を低減し、強靭な社会の構築に向けたインフラ整備が進むことが期待されます。

※1 ゆっくり滑り(スロースリップ)
地下の断層がおよそ一日以上の期間をかけてゆっくりと滑る地殻変動現象。近年、様々な場所で発生することが知られるようになってきており、南海トラフでは、陸上に展開された稠密なGNSS測地網や歪計観測網によって、四国~東海の沈み込むプレート境界の深部で発生が知られている。

※2 地震・津波観測監視システム(DONET)
海域で発生する地震・津波を常時観測監視するため、文部科学省の委託事業として、JAMSTECが開発し南海トラフ周辺の深海底に設置したリアルタイムでデータを伝送するシステムである。紀伊半島沖熊野灘の水深1,900~4,400mの海底に設置した「DONET1」は2011年に運用を開始している。また、潮岬沖から室戸岬沖の水深1,100~3,600mの海底に設置した「DONET2」は2016年3月末に整備を終了した。各観測点には強震計、広帯域地震計、水晶水圧計、微差圧計、ハイドロフォン、精密温度計が設置され、地殻変動のようなゆっくりした動きから大きな地震動まで様々な海底の動きを観測することができる。 DONETは、DONET2の完成をもって2016年4月に国立研究開発法人防災科学技術研究所へ移管し、現在運用されている。DONETで取得したデータは、気象庁等にリアルタイムで配信され、緊急地震速報や津波警報にも活用されている。

※3 低周波微動
通常の地震とは異なり、10Hz以上の高周波成分が乏しく、10Hz以下の低周波成分に富んだ地震。断層でのゆっくりとした滑りに伴って発生しているものと考えられている。

※4 超低周波地震
低周波微動よりさらに低周波成分に富み、0.1Hz以下の低周波成分が卓越して放出される地震。低周波微動と同様に断層でのゆっくりとした滑りに伴って発生しているものと考えられている。

※5 ゆっくり地震
ゆっくり滑り、低周波微動、超低周波地震などに代表される、通常の地震よりゆっくりとした断層滑りの総称。

※6 国際深海科学掘削計画(IODP)
2013年10月から開始された多国間科学研究協力プロジェクト。日本(地球深部探査船「ちきゅう」)、アメリカ(ジョイデス・レゾリューション号)、ヨーロッパ(特定任務掘削船)がそれぞれ提供する掘削船を用いて深海底を掘削することにより、地球環境変動、地球内部構造、海底下生命圏等の解明を目的とした研究を行う。なお、本プロジェクトは2003年10月から2013年まで実施された統合国際深海掘削計画(IODP:Integrated Ocean Drilling Program)から引き継いでいる。

※7 長期孔内観測装置
海底下の地震・地殻変動の高感度な観測等を目的として、JAMSTEC他によって開発された掘削孔内の長期観測システム。IODP南海トラフ地震発生帯掘削計画において、地球深部探査船「ちきゅう」によって掘削した孔内への設置がこれまで2か所で行われている。DONETに接続することによって、長期観測が行われている。

※8 簡易型孔内観測装置
IODP南海トラフ地震発生帯掘削計画において、掘削した孔内の間隙水圧・海底水圧・温度等の計測を行うために用いられる観測装置で、地球深部探査船「ちきゅう」によって掘削した孔内への設置と回収を行うことによって観測が行われる。

図1

図1

A)
紀伊半島沖の東南海地震震源域とその沖合の南海トラフに展開された2点の孔内観測点(青三角C0002G, 赤三角C0010A)およびDONET(茶色)の位置。星印は1944年東南海地震と2016年三重県南東沖地震の震央。東南海地震における地震時滑り量(Kikuchi他2014による)を等値線によって示している。
B)
A図点線での地震構造断面図での孔内観測点(C0002G, C0010A)の位置関係図。
図2

図2 IODP第365次航海で回収されたC0010A孔簡易型孔内観測装置の設置点地震断面図(上)と装置設置深度についての図。孔内間隙水圧は、付加体内の分岐断層で測定されている。現在のC0010A孔には、C0002G孔と同様の長期孔内観測装置が設置されている。

図3

図3 長期孔内観測装置 C0002Gの設置点での地震断面図(上)とシステムの観測装置設置深度についての図。孔内間隙水圧は、堆積層深部の堆積層および付加体内で測定された。

図4

図4 観測された「ゆっくり滑り」のうち3例について、観測した間隙水圧記録(上段、青線C0002G赤線C0010A)を低周波微動活動による地震モーメント解放量(断層滑りの規模)の時系列(中段)および低周波微動の発生場所(下段地図)と比較したもの。 地図上の丸は低周波微動震源で色は中段の地震モーメントを含め低周波微動の発生地点を表す。灰色三角は、低周波微動活動解析に使用したDONET観測点。図1と同様に青三角C0002G, 赤三角C0010A孔内観測点位置。

A)
2014年3月の「ゆっくり滑り」。陸側のC0002Gで伸長、海側のC0010Aで圧縮歪変化をしていることから、孔内観測点2点の間の地域が「ゆっくり滑り」を起こしていることがわかる。この時は活発な低周波地震活動が見られない。
B)
2016年4月の三重県南東沖地震後に誘発された沖合での「ゆっくり滑り」。C0002Gで地震時の圧縮歪変化後2~3週間をかけて伸長していることから、沖合で「ゆっくり滑り」が発生していることがわかる。低周波微動活動の時系列から、このとき、活発な低周波地震活動が陸側から沖合に移動しながら発生していることが分かる。
C)
2015年10月の「ゆっくり滑り」。最初は低周波地震活動を伴わず、C0002Gで伸長、C0010Aで圧縮、すなわち、孔内観測点2点の間の地域で「ゆっくり滑り」が起こっているが、その後、両方とも伸長に転じるとともに、孔内観測点の沖合での活発な低周波微動活動が始まった。このことから、「ゆっくり滑り」が沖合に移動しつつ、低周波微動を起こす領域を含め滑っていると考えられる。
図5

図5 孔内観測によって検出された2011年~2016年の8例のゆっくり滑りの規模および発生地域のまとめ。
縦軸は、間隙水圧(kPa)および推定された歪変化量(μ歪)、□が伸長、●が圧縮を表し、青色でC0002G、赤色でC0010Aでの観測を示している。各イベントについて、観測された間隙水圧変化の極性と大きさから推定された、「ゆっくり滑り」を起こした沈み込むプレート境界の位置と規模を断面図であらわした。小さな規模の「ゆっくり滑り」で1-2cm、2011年3月や、2015年10月(図4C)、2016年4月(図4B)の「ゆっくり滑り」では2-4cmの滑りが発生したものと考えられる。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
地震津波海域観測研究開発センター 主任技術研究員 荒木英一郎
国立大学法人東京大学 大学院理学系研究科
地球惑星科学専攻 教授 井出哲
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長 野口 剛
国立大学法人東京大学 大学院理学系研究科・理学部
特任専門職員 武田加奈子、学術支援職員 谷合純子、教授・広報室長 大越慎一
お問い合わせフォーム