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2017年 7月 21日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

地下深部の超極限的な環境に「常識外れな微生物群」を発見
~マントル岩石と生命との関わりや地球初期の生命進化の謎の解明に前進~

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)高知コア研究所地球深部生命研究グループの鈴木志野特任主任研究員らは、J・クレイグベンター研究所、南カリフォルニア大学、ニューファンドランド・メモリアル大学、デルフト工科大学と共同で、マントル由来の岩石域から湧き出る強アルカリ性の水環境に、極めて特異なゲノム(※1)構造を持つ常識外れな微生物が生息していることを発見しました。

上部マントルの主要な岩石であるカンラン岩が水と反応し、蛇紋岩と呼ばれる鉱物に変質する反応は、「蛇紋岩化反応」と呼ばれています。地球上には、この蛇紋岩化反応を介して、pH11を超える強アルカリ性(※2)の非常に還元的(※3)な水が湧き出ている場所があります。本研究では、米国・カリフォルニア州ソノマ郡にある「ザ・シダーズ (The Cedars)」と呼ばれる場所(図12)を調査し、地下の蛇紋岩化反応を介して湧き出る強アルカリ性の水に存在する微量の微生物細胞を採取し、それらに含まれるゲノムの網羅的な遺伝子解読(メタゲノム解析、※4)を行いました。

その結果、蛇紋岩化反応が起きている地下深部に由来する超好アルカリ性微生物(※5)の多くは、一細胞あたりのゲノムサイズが非常に小さく、生命機能の維持・存続に必須の遺伝子群が欠落しているなど、既知の微生物のゲノム構造とは大きく異なる、極めて特異なゲノムを有する生命体が多く存在することが分かりました。また、これらの微生物は、湧水中に含まれるカンラン岩の隙間や表面に密集している様子が観察されたことから、その生命活動を蛇紋岩化反応に依存して生きる生命である可能性が示されました。蛇紋岩環境は、陸域・海底下の地質環境における鉱物と水と生命の相互作用や、地球の初期環境における生命の起源や進化を紐解く上で、重要な場所と考えられており、本成果は、現地球における上部マントルと生命圏との関わりや、地球の初期環境における生命進化の謎を解き明かす上で非常に重要な発見です。

なお、本研究は、JSPS科研費JP26106004、JP16K14647、JP15H06907、JP26251041、JP15K14907および米国National Science Foundationの助成を受けて実施されたものです。

本成果は、英科学誌「ISME Journal」に7月21日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル: Unusual metabolic diversity of hyperalkaliphilic microbial communities associated with subterranean serpentinization at The Cedars
著者: 鈴木志野1,2,3、石井俊一1,2、星野辰彦1、Amanda Rietze4、Aaron Tenney2、Penny L. Morrill4、 稲垣史生1、J. Gijs Kuenen3,5、Kenneth H. Nealson3
 1. 海洋研究開発機構
 2. J.クレイグベンター研究所(米国)
 3. 南カリフォルニア大学(米国)
 4. ニューファンドランド・メモリアル大学(カナダ)
 5.デルフト工科大学(オランダ)

2.背景

地球の上部マントルを構成する主要な鉱物であるカンラン岩と水が反応すると、カンラン岩が蛇紋岩と呼ばれる鉱物に変質するとともに、水素を多く含む強アルカリ性の極めて還元的な流体が生成されます。この一連の鉱物—水反応は「蛇紋岩化反応」と呼ばれ、約40億年前の地球初期の環境と類似すると考えられています。そのため、そのような極限的な環境で生きる微生物は、地球初期の始原的な生命の生理機能や生存戦略を色濃く残している可能性があると考えられています。

地下の蛇紋岩化反応により生成される湧水(以下「蛇紋岩体湧水」という。)はpH11を超える強アルカリ性で、雨水を水源とする陸域の蛇紋岩体湧水の場合は、ほとんど塩分を含みません。そのため、水素イオンやナトリウムイオンの生体内外の濃度勾配を用いたエネルギー物質(アデノシン3リン酸(ATP))(※6)の産生が困難であり、生命活動にとって非常に過酷な自然環境であると考えられています。また、蛇紋岩化反応により生成される水素や、それに伴った非生物的な化学反応によって発生するメタンのような炭化水素(還元的な物質)は、生命活動にとって重要なエネルギー源となる可能性があります。その一方で、この湧水は呼吸によりエネルギー物質を作り出すために必要となる酸化的な物質(酸素、硫酸、硝酸等)がほとんど含まれていない超還元的な環境であるため、還元的な物質から効率的にエネルギーを得ることが難しい環境です。さらに、蛇紋岩化反応が起こる地下深部の環境は、アミノ酸や糖などの栄養分に乏しいばかりではなく、生命活動に不可欠なリンなどの栄養塩に乏しい環境でもあります。つまりこの蛇紋岩反応に伴う湧水環境は、生命活動を維持・存続のために必要なエネルギーの獲得や、細胞を構成する物質を新たに作り出す点において、地球上で最も過酷な自然環境の一つであると考えられます。この初期地球環境にも類似した地下環境に、どのような生命(微生物)が存在し、どのように生命活動を維持しているのかについては、未解明の部分が多いのが現状でした。

そこで本研究では、上記の科学的な疑問を解き明かすために、米国カリフォルニア州ソノマ郡にある「ザ・シダーズ」と呼ばれる場所で蛇紋岩体湧水を採取し、地下深部に由来する超好アルカリ性微生物の詳細なメタゲノム解析を行いました。

3.成果

本研究では、「ザ・シダーズ」において、2つの異なる蛇紋岩体湧水に含まれる微生物細胞を採取・濃縮し、それらの細胞に含まれるゲノムの塩基配列を網羅的に解読し、その塩基配列データから、79個の微生物のゲノムを再構築しました(図3)。本研究により再構築された79個のゲノムは、同環境に生息する微生物群集のゲノムの約80%を占めるため、生態系のおおよその全体像を明らかにするには十分であると考えられます。

79個のゲノムのうち、深部流体に由来する57個の微生物ゲノムの詳細な解析により、これらの微生物はそれぞれの微生物門(分類学上の単位)において、最小サイズのゲノムを有することがわかりました。また、この微生物群集は、エネルギー呼吸をつかさどる遺伝子群は一切存在せず、これまでに知られているあらゆる呼吸反応を行っていない可能性が示唆されました。さらに興味深いことに、深部流体の微生物群集はバクテリア(真正細菌)が全体の約99%を占めるにも関わらず、生命活動にとって重要な酵素の一つであるATP合成酵素(※7)遺伝子が全てアーキア(古細菌)型(主に超好熱性アーキア)であることが明らかになり、さらに、いくつかの微生物は、ATP合成酵素の遺伝子を持っていないことが分かりました。昆虫の細胞の中で生きるような細胞内共生微生物を除けば、ATP合成酵素を作るための一切の遺伝子断片をゲノム上に持っていない生命は知られていません。よって、これらの発見は、「ザ・シダーズ」の深部流体に含まれる微生物群集は、地球上のあらゆる既知微生物群集とは異なる、特異なエネルギー獲得系を有している可能性を示しています。

「ザ・シダーズ」の深部流体に最も多く検出された微生物種は「Candidate Phyla Radiation (CPR)」(※8)という系統群に属する微生物でした。CPR細菌は謎に満ちた生命であり、現時点では、ゲノムサイズが小さいこと、多くの生合成経路の遺伝子を持たないこと、タンパク合成を行うための構造体が特殊であることなどの報告しかありませんが、それらの特徴から、CPR細菌は他者に自身の生存を依存する生命であると考えられています。本蛇紋岩体の深部流体から検出されたCPR細菌群もこれらの特徴を有している一方で、他の環境由来のCPR細菌と比較し、ゲノムサイズがさらに小さく、細胞内共生菌を除けば、既知の微生物の中では最も小さいゲノムを持つ生命であることが示されました。また、その多くは、ATP合成酵素遺伝子や糖発酵(※9)の初期経路を担う重要な遺伝子群も欠損していることが確認されました。興味深いことに、本蛇紋岩体の深部流体にみられるCPR細菌群は、様々な機能を著しく欠損した生命であるにもかかわらず、他の環境由来のCPR細菌群とは異なり、メタゲノム塩基配列を利用した微生物のゲノム複製速度(細胞増殖速度)解析から、深部流体中で活発にゲノムの複製を行っていることが示唆されました。さらに、その細胞に特異的な蛍光標識を施した顕微鏡観察の結果から、「ザ・シダーズ」のCPR細菌群は、カンラン岩(もしくは蛇紋岩)と類似の元素組成を持つ鉱物粒子の表面に密着し、バイオフィルムを形成していることが確認されました(図4)。これらの結果から、「ザ・シダーズ」の強アルカリ性の深部蛇紋岩流体に優占的に生息しているCPR細菌群は、マントル岩石に付着し、現時点の生命科学の知識では特定不能の未知代謝系を駆使して生きる「常識外れな微生物」であると結論付けました。

4.今後の展望

蛇紋岩化反応が起きている陸域・海底下の地質環境は、栄養・エネルギー基質の供給が極めて乏しい強アルカリ性環境です。今回、「ザ・シダーズ」の強アルカリ性の深部蛇紋岩流体に、生命活動を維持しつつも、特異なゲノム構造をもつ微生物が存在することが分かりました。さらに、それらがこの深部流体に生息する微生物生態系の大部分を占めることも明らかとなりました。一方、このような特異なゲノム構造を持つ微生物は、この極限的な地下環境に適応するために、大規模なゲノムの再編集や代謝機構の特異化を余儀なくされた結果として創り出された微生物なのか、それとも、非常に原始的な生命の形を維持しているがために、現存する生命と異なるゲノム構造になっているのかは、明らかになっていません。今後、これらの微生物の環境適応戦略や進化メカニズムの詳細を明らかにすることで、生命の進化や多様化の謎を知る手掛かりがつかめるかもしれません。

現在、地球深部の蛇紋岩環境において、さまざまな有機物が非生物学的に合成され得ることが明らかになりつつあります。一方、非生物学的に合成された有機物質が、地球生命の誕生の鍵となるプロセスやその後の初生的な生態系の構築にどのような役割を果たしたのかについては、現時点では未知の研究領域です。今後、「ザ・シダーズ」の深部蛇紋岩流体に生息する特殊な微生物の代謝や生存メカニズムを明らかにすることで、マントルと生命圏との関わりや、地球初期の化学進化・生命進化の解明に結びつくことが期待されます。

※1 ゲノム:それぞれの生物がもつ全ての核酸上の遺伝情報のこと。

※2 強アルカリ性:非常に塩基的な水溶液。水素イオン指数(pH)がpH7より大きい塩基性のことをアルカリ性と言い、pH11以上の水溶液を強アルカリ性水溶液と言う。pHが高いということは、水素イオン濃度が低いことを意味する。水素イオンは、生命のエネルギー代謝に非常に重要な役割を果たす。

※3 還元的:酸素が存在せず、水素(電子)が多く存在する水溶液の性質。水溶液中に遊離している電子の量(電位)を測ることで、酸化還元状態を示すことができる。「ザ・シダーズ」蛇紋岩湧水の酸化還元電位(Eh)は-700 mVから-550 mV。

※4 メタゲノム解析:環境サンプルから直接回収されたゲノムDNAの塩基配列を決定し、解析する方法。この手法が開発されたことで、微生物を培養しなくても、環境中の微生物の遺伝子情報を獲得することができるようになった。

※5 超好アルカリ性微生物:好アルカリ性微生物は至適生育pHが9以上の微生物を指す。一方、超好アルカリ性微生物は、さらに高いpHを好む微生物群で、pH11以上で生育する微生物群を指す。

※6 ATP:アデノシンの糖に3分子のリン酸が付き、2個の高エネルギーリン酸結合をもつ化合物のこと。ATPは生体内に広く分布し、リン酸1分子が離れたり結合したりすることで、エネルギーの放出・貯蔵、あるいは物質の代謝・合成に重要な役割を果たしていることから「生体のエネルギー通貨」と呼ばれている。

※7  ATP合成酵素: 呼吸鎖複合体によって形成された水素イオン(もしくは、ナトリウムイオン)濃度勾配と膜電位からなる水素イオン(ナトリウムイオン)駆動力を用いて、アデノシン二リン酸とリン酸からアデノシン三リン酸の合成を行う酵素。この酵素は、現存するほぼすべての生命が保持しており、全生物の共通祖先の時代から、生命が有していた酵素である可能性が高いと考えられている。

※8 「Candidate Phyla Radiation (CPR)」:全バクテリアの約15%を占めるほとんど未知で、培養例が皆無の35の門に属するバクテリアは、単系統であることが示された。よって、これらの門は、バクテリアドメイン内の下位区分としてCPRと定義された。

※9 糖発酵:グルコースをピルビン酸などの有機物に分解し、エネルギーを獲得する代謝のこと。

図1

図1 「ザ・シダーズ」蛇紋岩体内の湧水泉の1つ
白く見えるのは、炭酸カルシウムの結晶

図2

図2 「ザ・シダーズ」蛇紋岩体の地下構造模式図
「ザ・シダーズ」には、深度のこと異なる2つの流体(浅部・深部流体)が存在する。どちらも蛇紋岩化反応を受けているため、アルカリ性で還元的な水である。

図3

図3 深部および浅部流体を含む「ザ・シダーズ」蛇紋岩体湧水に生息する微生物群のゲノム解析
丸は、この微生物群を構成する各々の微生物のゲノムを示す。赤丸は深部流体由来、青丸は表層流体由来の微生物。

図4

図4 顕微鏡による微小鉱物に付着したCPR細菌の観察
(A、B)CPR細菌の1つ「パークバクテリア」に特異的な蛍光標識(緑色)で検出したもの
(C-I)走査型電子顕微鏡解析およびエネルギー分散X線分光法による解析で、(C)カルシウム、(D)ケイ素、(E)鉄、(F)マグネシウム、(G)塩素、(H)ナトリウム、(I)銅の存在を検出したもの。その結果、カンラン岩(もしくは蛇紋岩)の元素成分であるケイ素、鉄、マグネシウムに強い反応を示したことから、この微小鉱物はカンラン岩(もしくは蛇紋岩)である可能性が示された。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
高知コア研究所 地球深部生命グループ
特任主任研究員 鈴木志野
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛
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