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プレスリリース

2019年 1月 24日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

極端に強いエルニーニョ現象やインド洋ダイポールモード現象の発生を
高精度で予測可能に!

1. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)アプリケーションラボの土井威志研究員らは、極端に強いエルニーニョ/南方振動現象(以下「ENSO現象」という、※1)やインド洋ダイポールモード現象(※2)の発生を、数ヶ月前から高精度に予測するシステムを開発しました。

これらの現象が発生すると日本を含む世界各地で季節的な異常(例えば、猛暑、暖冬等)が引き起こされることから、極端に強い現象は特に注視しなければなりません。そのため、その予測を高精度に実施することは、社会・経済的な視点でも非常に重要です。

JAMSTECアプリケーションラボでは、大気-海洋-陸面-海氷結合大循環モデルを基盤とした「SINTEX-F季節予測システム(※3)」を開発し、数ヶ月後のENSO現象等の発生や季節的な異常の予測研究に取り組んでいますが、これらのイベントがどの程度の規模かについてまで踏み込んで予測するのは困難でした。

そこで本研究では、「SINTEX-F季節予測システム」を発展させ、予測シミュレーションされるパラレルワールドの数を約10から約100まで増やした結果、発生頻度が稀ではあるが極端に強いENSO現象(図1)やインド洋ダイポールモード現象(図2)の発生を、数ヶ月前から高精度に予測することに成功しました。また、地球全体の極端な渇水イベントを約半年前に予測する精度を検討した結果においても、本システムでは予測精度が向上していました(図3)。単一の気候モデルを基盤として、100程度のパラレルワールドを創出する季節予測システムで、過去に発生したイベントの予測精度を検証したのは、世界初の試みです。この膨大な計算は、「地球シミュレータ」の性能を駆使することで実現できました。このシミュレーションで得られた知見は、今後の数値季節予報システムの戦略的な開発に生かされることが期待されます。

この成功を契機に、多数のパラレルワールドを有する予測結果を包括的に解析し、新しいプロセスの発見や、新しい予測シグナルの抽出等を実施し、気候予測研究を発展させると共に、極端な気候イベントの予測情報を基盤としたアプリケーション研究を展開し(例えば農作物予測や感染症予測)、人々の安全・安心に資するために、社会の活動に具体的に貢献することを目指していきます。

本成果は、米国気象学会AMSのJournal of Climateに1月22日付け(日本時間)で掲載されました。

タイトル:Merits of a 108-member ensemble system in ENSO and IOD predictions
著者:
土井威志1、スワディヒン・ベヘラ1、山形俊男1
1.JAMSTECアプリケーションラボ

2.背景

季節的な異常(例えば冷夏、猛暑、暖冬、厳冬等)を数ヶ月前から事前に予測することを“季節予測”と呼びます。大気のスナップショットである日々の“天気”(晴れ、雨、日最高気温等。英訳weather)を予測する天気予報と大きく違う点は、天気の大まかな傾向(あるいは統計量)である“気候”(英訳climate)が予測の対象であることです。季節予測を高精度に実現できれば、豊かな社会応用可能性があります。作物の豊凶予測、熱中症等の健康被害対策、水管理、レジャー、アイスクリームやビール等の生産管理にまで、季節予測情報は幅広く応用できます。

季節予測の成功の鍵を握るのは、主に、海の水温です。海は大気よりも大きな熱容量をもち、ゆっくりと変動します。冬に利用する湯たんぽを想像してもらえれば、水が冷めにくいことが容易に想像できるかと思います。海の水温異常が、季節的な異常を引き起こしているならば、それを数ヶ月先から予測することが可能です。特に熱帯太平洋で発生するENSO現象や熱帯インド洋で発生するインド洋ダイポールモード現象は、熱帯の大気循環に影響を与えるだけでなく、日本を含む東アジアの大気循環に遠隔的に影響を与えることが知られています(テレコネクションと呼ばれています)。そのため、季節予測の成功の鍵は、まずENSO現象やインド洋ダイポールモード現象を正確に予測することであると言っても過言ではありません。

JAMSTECアプリケーションラボでは、日欧協力によって開発された大気-海洋-陸面-海氷のそれぞれの物理過程やその相互作用を表現する気候モデルを基にした「SINTEX-F季節予測システム」を開発し、2005年から準リアルタイムで季節予測情報を配信してきました(例えば、最新の予測情報はhttp://www.jamstec.go.jp/frcgc/research/d1/iod/seasonal/outlook.html)や、季節ウォッチ:http://www.jamstec.go.jp/aplinfo/climate/から確認できます)。数ヶ月後のENSO現象やインド洋ダイポールモード現象の発生や、それに起因する世界各地の季節的な異常の予測について、最先端の成果を創出してきました。

 大気・海洋現象の予測シミュレーションを実施すると、同様の条件の下でも物理法則に基づく計算上で異なる状態(いわゆるパラレルワールド)が現れることが知られています。このような予測シミュレーションの不確実性を考慮し、できるだけ確からしい予測を実現するために、観測値に基づいた予測の初期値や予測に使用する数値モデルに、わずかな違いを与えて複数の予測シミュレーション(以下「予測アンサンブルメンバー」という。) を実施し、その平均や解の確率分布等から予測情報を抽出する手法が使われています。季節予測だけでなく、天気予報や台風の進路予測等でも用いられています。

予測アンサンブルメンバーの数(つまりパラレルワールドの数)を増やすことのメリットは、過去の研究でも示唆されてきました。例えば、予測アンサンブルメンバーの多数化によって、予測値の頻度分布を精緻に捉えることができれば、極端ゆえに発生確率が稀なイベントの予測精度が向上すると期待されます(例えば10年に1度の極端な現象の発生確率を10程度の予測アンサンブルメンバーで表現するのは難しいことは容易に想像できます)。しかしながら、主に計算コストの高さから、世界の予報機関の季節予測システムはせいぜい数10程度の予測アンサンブルメンバーで構成されています。JAMSTECアプリケーションラボの「SINTEX-F季節予測システム」も同程度のアンサンブル数で構成されていました。

そこで本研究では、「地球シミュレータ」の性能を駆使し、約100の予測アンサンブルメンバーで1983-2015年の過去再予測実験を実施し、主にENSO現象やインド洋ダイポールモード現象の予測について、そのメリットを調べました。単体の気候モデルを使って、このような大規模アンサンブルで過去の季節的な異常について予測実験を実施したのは世界初です。

3.成果

まずは、季節予測において最も重要であるENSO現象の予測精度について調べました。特に、過去最大級のラニーニャ現象(エルニーニョ現象と符号が逆の現象)が発生した1988/89 年のENSO指標Nino3.4 (※5)の推移に注目します(図1)。黒色の線が観測、つまり実際の値です。水色の線は、1988年6月1日時点の予測シミュレーションの結果で、12アンサンブルあります。この既存の12アンサンブルでは観測の値を予測できていないことが分かります。一方、オレンジ色の線は、今回の研究では新たに増やした予測アンサンブルメンバーです。オレンジ色の線のいくつかが、観測の値を捉えることに成功しています。つまり、既存の12アンサンブルでは、観測されたような極端なラニーニャ現象が発生する確率は0%でしたが、108アンサンブルでは、その可能性があると予測していたことになります。

同様の解析を、インド洋ダイポールモード現象についても実施しました(図2)。過去20年のうち、最大級の正のインド洋ダイポールモード現象が発生した2006 年のインド洋ダイポールモード現象の指標DMI (熱帯インド洋の海面水温偏差の東西差を示す数値)の推移を見ると、既存の12アンサンブルでは、観測されたような極端に強いインド洋ダイポールモード現象が発生する確率は0%でしたが、108アンサンブルでは、その可能性があると予測していたことになります。

上述した予測実験を、1983年から2015年の過去 33 年間のイベントに対して実施し、予測スキルの精度を統計的に評価しました。ここでは、極端に強いイベントとは、約7年に1回起こる程度の極端事例と定義しました。12から108に予測アンサンブルメンバーを増やすことで、ENSO現象やインド洋ダイポールモード現象の極端イベントの確率論的な予測(※6)の精度が向上することを示すことができました。

最後に、11-12 月平均の降水量の全球分布を6 月初旬から予測した場合の予測精度についても比較しました(図3)。発生頻度が15%以下の極端な渇水イベントに対する確率論的な予測スキルが、メキシコ、ブラジル北部、中国南部域等で向上しています。

4.今後の展望

ENSO現象やインド洋ダイポールモード現象に焦点をあて、108の予測アンサンブルメンバーで1983-2015年の過去再予測実験を実施したところ、発生確率が稀ではあるが発生すると甚大な被害を及ぼす極端なイベントについての予測が向上することを示しました。この大規模アンサンブルの過去再予測実験をさらに詳細に解析することで、ノイズの影響が強い中緯度の気候予測について、新しいプロセスの発見や、新しい予測シグナルの抽出等に利活用されることが期待されます。また、気候予測研究を発展させるだけでなく、気候予測情報の社会応用研究にも大きく影響を与えることが期待されます。例えば、既存のシステムでは不可能であった極端イベントの発生確率予測情報は、特に凶作被害対策やマラリア等の感染症流行対策において飛躍的に利活用しやすくなることが期待されます。

[補足説明]

※1 エルニーニョ/南方振動現象(ENSO現象):エルニーニョ現象は、熱帯太平洋で見られる気候変動現象で、数年に1度、春から冬にかけて発生する。エルニーニョ現象が発生すると、熱帯太平洋の東部で海面水温が平年より高く、西部で海面水温が低くなる。この水温の変化によって、通常は熱帯太平洋の西部で活発な対流活動が東に移動し、インドネシアや南米の北部では平年より雨が少なく暖かくなる。また、熱帯からの大気の変動を通して、日本では冷夏、暖冬となる傾向がある。海洋に着目した場合には「エルニーニョ現象」、大気に着目した場合には「南方振動」と呼び分けることが多いものの、両者は密接に関係しており、まとめて「エルニーニョ/南方振動現象(ENSO現象)」と呼ぶ。一方、ラニーニャ現象は、エルニーニョ現象とは符号が逆の現象で、熱帯太平洋の西部で海面水温が平年より高く、東部で海面水温が低くなる。この水温の変化によって、熱帯太平洋の西部で対流活動がさらに活発になり、インドネシアでは平年より雨が多くなる。また、熱帯からの大気の変動を通して、日本では猛暑、寒冬となる傾向がある。

※2 インド洋ダイポールモード現象:熱帯インド洋で見られる気候変動現象で、数年に1度、夏から秋にかけて発生する。インド洋ダイポールモード現象には正と負の符号があり、正のインド洋ダイポールモード現象が発生すると、熱帯インド洋の南東部で海面水温が平年より冷たく、西部で海面水温が温かくなる。この水温の変化によって、通常は東インド洋で活発な対流活動が西に移動し、東アフリカで雨が多く、インドネシアでは雨が少なくなる。また、熱帯からの大気の変動を通して、日本では雨が少なく、気温が高くなる傾向がある。一方、負のインド洋ダイポールモード現象は、熱帯インド洋の南東部で海面水温が平年より温かく、西部で海面水温が冷たくなる。この水温の変化によって、通常は東インド洋で活発な対流活動がさらに活発となり、インドネシアやオーストラリアで雨が多くなる。また、熱帯からの大気の変動を通して、日本では雨が多く、気温が低くなる傾向がある。

※3 SINTEX-F季節予測システム:JAMSTECアプリケーションラボ(前身は地球フロンテイア研究システム気候変動予測領域)では、数ヶ月から数年スケールで発生する気候変動現象の解明ならびにその予測研究のため、SINTEX-F気候モデルを基盤としたダイナミカルな季節予測システムを、日欧研究協力に基づき「地球シミュレータ」を用いて開発および改良してきた。気候モデルとは、大気-海洋-陸面-海氷の物理に関する微分方程式群で構成されており、地球を3次元的な格子状に分割し、それぞれの格子に対して方程式を時間方向に数値積分するプログラム群を指す。現在の観測情報(季節予測では、熱容量の大きい海洋の水温異常の情報が特に重要)を気候モデルに教え込み、その時間発展をスーパーコンピュータで計算することで、季節の異常性(平年からのズレ)を数ヶ月前から予測することが可能となる。JAMSTECでは、海洋観測網の発展に尽力していると共に、世界有数のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を有する。観測と数値計算を両輪として、自然災害をもたらす現象の高精度な事前予測を実現させ、人々の安全・安心に資するために、季節予測研究は重要な課題の一つ。
SINTEX-F Website:
http://www.jamstec.go.jp/frcgc/research/d1/iod/seasonal/outlook.html

※4 季節ウォッチ:JAMSTECアプリケーションラボが実施しているSINTEX-F季節予測システムの予測結果を用いて、これからの季節に予測される世界の天候異常(猛暑や干ばつ等)を解説するサイト。
http://www.jamstec.go.jp/aplinfo/climate/

※5 ENSO指標Nino3.4:エルニーニョ現象やラニーニャ現象が発生しているかどうかを判断する際によく使われる指標で、熱帯太平洋東部で領域平均した海面水温が、どの程度平年値からずれているかを示す数値。単位は°C。

※6 確率論的な予測: 閾値を決めて、イベントの有無を定義し、その発生を確率で予測すること。カテゴリー予測とも呼ばれる。例えば、ENSO指標Nino3.4が、+0.5度(閾値)を超える確率は80% であるといった予測。対して、ENSO指標Nino3.4が、+0.8度になるといった予測は決定論的な予測と呼ばれる。本成果は、主に確率論的な予測に基づいた結果である。

図1

図1. ENSOの指標Nino3.4(東部熱帯太平洋190º-240ºE,5ºS-5ºNで領域平均した海表面水温の平年値からの差、°C)の推移。
黒色太線:観測値。
水色線:SINTEX-Fによる既存の12アンサンブルによる1988年6/1からの各アンサンブル予測値。
青色太線:SINTEX-Fによる既存の12アンサンブルによる1988年6/1からの予測平均値。
オレンジ色線:今回の研究で新たに増やした96の予測アンサンブルメンバー。
赤色太線:既存の12アンサンブルとこの96アンサンブルを合わせた108アンサンブルの平均値。

図2

図2. 2006年のインド洋ダイポールモード現象の指標DMI (熱帯インド洋の海面水温偏差の東西差を示す数値。単位は°C)の推移。カラーラインは図1と同義。

図3

図3. 1983-2015年の11-12 月平均の降水量の全球分布を、各年の6 月初旬から予測した場合のSEDIスキルスコア。気候学的に発生確率が15%以下の極端な渇水イベントに対して、その発生確率が平年より約2倍以上に上昇していると予測シミュレーションが算出した際に、極端イベントが発生すると予測した場合について、その予測情報の正誤を判断するスキルスコア。 12アンサンブルでの予測(上段)より、108アンサンブルでの予測(中段)の方が、メキシコ、ブラジル北部、中国南部域等で予測精度が高いことを示している。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
アプリケーションラボ 研究員 土井 威志
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛
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広報部 報道課
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