国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是)の研究プラットフォーム運用開発部門 マントル掘削プロモーション室の稲垣史生室長と超先鋭研究開発部門 高知コア研究所 地球微生物学研究グループの諸野祐樹主任研究員は、米国・カリフォルニア大学ロサンゼルス校、デンマーク・オーフス大学、ドイツ・ドイツ地球科学研究センター(GFZ)、ドイツ・ブレーメン大学、スイス・スイス連邦工科大学チューリッヒ校、米国・ロードアイランド大学、スウェーデン・ゴーセンベルグ大学と共同で、地球深部探査船「ちきゅう」により高知県室戸岬沖の南海トラフ沈み込み帯先端部(水深4,776 m)より掘削・採取された堆積物コアサンプルを用いて、海底下1,180 m・120℃までの堆積物に生息する微生物の代謝活性を明らかにしました。その結果、海底下400 m・55℃より深い高温の堆積物環境に生息する微量の(超)好熱性微生物群集が、タンパク質の熱損傷の修復などの生命機能の維持に必要なエネルギーを得るために、冷たく浅い堆積物に生息する微生物に比べて10~100倍以上高い代謝活性を維持していることが明らかとなりました。本研究の成果は、水やエネルギー基質が連続的に供給される地質学的条件が整えば、100℃を上回る極限的な海底下深部環境であっても、高い代謝活性を維持する超好熱性海底下微生物生態系が存在しうることを示しています。これらの発見は、堆積物の下に広がる未踏の海洋地殻内環境や、地球外天体における生命居住可能性(ハビタビリティ)を理解する上で、極めて重要な成果です。
なお、本研究は2016年9月に地球深部探査船「ちきゅう」を用いた国際深海科学掘削計画(IODP、※1)第370次研究航海「室戸岬沖限界生命圏掘削調査」により採取された堆積物コア試料(※2)を用いて行われたものです。本研究の一部は、日本学術振興会による最先端研究基盤事業、最先端・次世代研究開発支援プログラム(GR102)の支援を受けて実施されました。
本成果は、英科学誌「Nature Communications」に1月26日付け(日本時間)に掲載される予定です。
過去の複数の海洋科学掘削プロジェクトの成果により、地球表層の約7割を占める海洋のその下に、2.8 × 1028細胞もの膨大な微生物から構成される海底下生命圏の存在が明らかになっています。それらの海底下微生物は、堆積物や玄武岩の亀裂の中に全球的に存在し(2008年7月22日既報、2020年4月3日既報)、その多様性は陸上の土壌や海水の微生物に匹敵するほど豊かです(2020年10月20日既報)。海底下の堆積物や岩石などの地質環境は、太陽の光が直接届くことがなく、表層の土壌や海水とは異なり栄養源の供給が極度に少ない超低栄養状態の極限環境です(2015年3月17日既報)。そのため、海底下に生息する多くの微生物は、陸や海水などから供給・埋没した有機物の残渣(ざんさ)や、微生物の遺骸の分解物をリサイクルするなどして自らの体(DNAやタンパク質)の損傷を修復しつつ、数百年から数千万年にわたる生存を可能にしていると考えられています(2020年7月29日既報)。それらの微生物活性は極めて低いものですが、その活動が地質学的時間スケールで集積することにより、天然ガス・メタンハイドレートなどの資源形成や地球規模の元素循環にとって重要な役割を果たしていると考えられています(2015年7月24日既報、2018年6月14日既報)。
海底には新たな堆積物が降り積もり続けるため、ある時に海底面だった地層は時間の経過とともにより深く埋没していき、深くなるにつれて現場の温度が高くなっていきます。一方、自然界の微生物はその種類(好冷菌、常温菌、好熱菌、超好熱菌など)によって生息可能温度帯が異なります。冷たい海洋底の堆積物に生息する微生物が微弱な代謝活性を保ちながら長期生存状態になったとしても、その地層が微生物種としての生息可能温度の限界を超えてしまうと生存は物理的に困難になります。また、生命に必須の機能であるDNAやタンパク質といった生体高分子の熱損傷率は、50℃前後から急速に高まる傾向があります(※3)。そのため、海底下深部の高温の地層環境で生命が存在し続けるには、高温環境で生息可能な微生物種が、生体高分子の損傷を修復し生命機能を維持するための栄養・エネルギー供給を受け続けられなくてはなりません。
2016年9月、高知県室戸岬沖の南海トラフ沈み込み帯先端部において、地球深部探査船「ちきゅう」を用いたIODP第370次研究航海が実施され(2016年9月5日既報)、水深4,776 m(水温1.7℃)の海底から深さ1,180 m(地層温度120℃)までの堆積物コア試料を採取しました。その後の詳細な分析研究により、最深部の110~120℃の地層環境に酢酸を消費する超好熱性微生物生態系の存在が明らかとなっています(2020年12月4日既報)。一方、冷たい表層の堆積物に生息する微生物の代謝活性が、時代の経過とともに深部に埋没し、上昇していく現場生息環境の温度に対してどのように対応しているのか、そして、なぜ生命が海底下深部の高温環境で存続しうるのかについては、依然として不明のままでした。
本研究では、地球深部探査船「ちきゅう」により海底下から採取された堆積物コア試料の一部を無菌・無酸素条件の下で滅菌されたガラス瓶に分取し、13Cや35Sなどの放射性元素で標識された極微量の放射性トレーサー基質(14CO2、14CH4、35SO42-、※3)を添加し、現場に近い温度(40℃、60℃、75℃または80℃、95℃)で一定期間培養しました(図1a)。その後、メタン生成反応や嫌気的メタン酸化反応、硫酸還元反応などの微生物代謝により、加えた基質から転換された生成物の放射線量を測定しました。この放射性トレーサー法による基質転換速度の測定値と細胞密度のデータを用いて、堆積物1 cm3あたりの代謝活性速度(図1e-g)、微生物細胞の炭素が完全に入れ替わるまでの時間(ターンオーバー時間)、および一細胞が1日あたりに転換するバイオマス炭素の割合(転換率)を算出しました(図2)。
既報の研究により、海底表層に生息する多くの好冷性~常温性の微生物は、本堆積物環境において、深さ約400 m・温度約55℃付近に生息限界を持つことが明らかとなっています(2020年12月4日既報)。その深度よりも深く高温の堆積物環境には、高濃度の酢酸が存在する深度区間(図1c)や生命シグナルが検出されない深度区間があり、最深部となる120℃までの地層に1 cm3あたり数百細胞の(超)好熱性微生物が存在しています(図1d)。
本研究により、深さ400 mより浅い堆積物に生息する微生物群は、堆積物1cm3に生息する微生物群集が1日あたり約100 pmol(ピコモル、※5)のメタン生成や硫酸還元の代謝活性を持つことが示されました。それらの単位体積あたりの微生物活性は、深度・温度の上昇と共に減少する微生物密度と相補的に、1/1000(約0.3 pmol)程度にまで低下する傾向が認められました。この代謝活性の減少傾向は、海水から供給される硫酸(海水1リットルあたり28 mmol [ミリモル、※5]程度)を9万年かけて完全に枯渇させる減少量に相当します(図1b)。これらの代謝速度の試算は、実際の堆積物に含まれる硫酸やメタンの濃度から推定される微生物代謝の速度とよく整合していることが示されました。
深さ400 m以深・55℃以上の深度区間においては、1 cm3、一日当たり0.1~10 pmol程度の(超)好熱性微生物群集による代謝活性が認められました。特に、深さ1,050~1,180 m・温度110~120℃までの深部高温堆積物環境では、それよりも浅い深度区間に比べて10~100倍程度高い細胞当たりのメタン生成や硫酸還元の代謝活性が認められました(図1e-g)。深さ400 m以深の堆積物環境における細胞密度を考慮すると、(超)好熱性微生物の一細胞あたりの平均代謝速度は少なくとも一日当たり0.2 fmol(フェムトモル、※5)以上に維持されていることになり、これは、海底下浅部の堆積物に生息する好冷性~常温性微生物の平均的な代謝活性(堆積物1 cm3・1日あたり約0.001~0.01 fmol)と比較すると10~100倍高い代謝活性です。つまり、海底下深部の高温堆積物環境で生命機能を維持していくには、表層から浅部にかけての冷たい堆積物環境よりも多くの代謝エネルギーを必要とすることを示しています。
フィリピン海プレートの深海底に堆積物が降り積り、現場の温度が120℃になるまでの約1500万年もの間、海底下に埋没した微生物は時間や深さとともに高まる温度の上昇に耐えてきたと考えられます。海底下深部のような極限環境における微生物の死亡率は、熱によるタンパク質を構成するアミノ酸のラセミ化やDNAの脱プリン化といった生体高分子の熱損傷(※3)をいかに迅速に修復できるかに依存します。2012年に地球深部探査船「ちきゅう」を用いて実施された下北八戸沖石炭層生命圏探査(IODP第337次研究航海)では、その損傷率が急速に高まる40~50℃以上の堆積物環境で微生物量が急速に低下することが示唆されていました(2015年7月24日既報)。
本研究のIODP第370次研究航海「室戸岬沖限界生命圏掘削調査」では、海底下深部の120℃までの高温堆積物に存在する微生物が生体高分子の熱損傷を修復し生き続けるために、少なくとも硫酸還元代謝は一細胞・1日あたり0.1 fmol以上、メタン生成代謝は0.2 fmol以上の速度を維持する必要があると考えられます。そして、その熱損傷の修復とエネルギー代謝の速度バランスにおいて、海底下深部の(超)好熱菌のターンオーバー時間は数日~数週間と極めて短く、その時間は冷たい海底堆積物に生息する微生物のそれに比べて著しく短いと考えられます(図2)。本考察は、高温の堆積物に生息する微生物の一細胞・1日あたりに転換する炭素量(転換率)が、海底表層などの冷たい堆積物に生息する微生物に比べて4~6桁ほど高いことでも支持されます(図2)。一方、本研究や他の研究で得られた異なる温度条件での微生物代謝活性の値は、アミノ酸の一種であるアスパラギン酸のラセミ化速度定数(※6)から推定される生命機能維持のための限界ラインを下回らない理論上可能な範囲内にあります(図2)。これらのことから、海底下深部高温微生物生態系においては、低い代謝活性で地質学的時間スケールを生存するような微生物は存在することが著しく困難であることがわかります。また、室戸岬沖の限界生命圏に生息する超好熱性海底下微生物生態系は、現場における高い代謝活性により得られるエネルギーのほぼ全てを細胞機能の損傷修復とバイオマスの維持に費やし、理論上の生命限界に近い極限的な状態の下で維持・存続しているものと推測されます。
今回のIODP第370次研究航海「室戸岬沖限界生命圏掘削調査」では、水温1.7℃の海底表層から約120℃の基盤岩直上の堆積物まで高品位の堆積物コア試料を採取し、海底下生命圏の限界に関する研究を実施しました。これまでの研究成果は、局所的に微生物細胞が検出されない深度区間が存在したものの(2020年12月4日既報)、約1500万年前に形成された最深部の110~120℃の堆積物には、超好熱性微生物群集が高い代謝活性を維持しながら生命圏の限界域で存続していることが明らかとなりました。
一方、南海トラフ沈み込み帯先端部の海底下深部に存在する超好熱性微生物群集の由来やゲノム進化学的特徴、そして類似の地質環境に普遍的に存在しているのかどうかについては技術的な困難等の問題があり、依然として不明のままです。また、120℃を超える超極限的な海底下深部環境に生命が存在するかどうかは、未だ不明瞭です。
今後は、海洋科学掘削を通じて、海底堆積物やその下に存在する広大な海洋地殻内環境(岩石圏)における生命圏の時空間規模や限界を追究するとともに、極限環境における生命機能の維持・修復と長期生存を支える分子生物学的なメカニズムや、それらの微生物の適応・進化プロセスに影響を与える外的・内的要因の解明を目指します。
【補足説明】
図1. IODP第370次研究航海「室戸岬沖限界生命圏掘削調査」の掘削サイトC0023における堆積物の温度・地球化学・細胞数・微生物代謝活性を示す深度プロファイル。(a)堆積物の現場温度と放射性トレーサー試験におけるインキュベーション温度。(b)間隙水中に含まれるメタンと硫酸イオンの濃度。(c)間隙水中に含まれる酢酸の濃度と堆積物に含まれる有機炭素の割合。深さ約1,000 m以深で酢酸が減少(消費)されていることがわかる。(d)堆積物に含まれる微生物細胞の密度。細胞計数の最小定量限界(MQL: Minimum Quantification Limit)は、堆積物1 cm3あたり16細胞であった。(e)微量水素(H2, 130 nmol/L)を含む溶存無機炭素(0.68 mmol/L)からのメタン生成活性。(f, g)硫酸イオン存在下(5 mmol/L)において、微量水素(H2, 130 nmol/L)、メタン(バイアルの気相に100%)、酢酸(5 mmol/L)を添加した条件における硫酸還元活性。比較のため、微量水素添加条件のデータは、パネルfとgの両方に示した。パネルe, f, gでは、微生物が熱損傷を修復するために必要な活性速度を下回る領域を赤で示している。合計で700を超える評価試料を分析し、堆積物コア試料は常に非生物学的なバックグラウンドレベルを上回っていた。
図2. 微生物代謝活性測定の結果に基づく一細胞・1日あたりの炭素転換率(左軸)と細胞骨格(バイオマス)に含まれる炭素のターンオーバー時間(右軸)を温度(下軸)に対してプロットした図。本研究の掘削サイトC0023における分析データ(オレンジと紫の点で示す)とともに、硫酸還元菌やメタン菌の純粋培養株から得られるデータ(三角のプロット)や既報の測定データ(灰色や白色のプロット)を再計算したものを示す。灰色の実線は、アスパラギン酸のラセミ化速度定数から算出される理論上の生命存続限界曲線を示す。
参考:IODP第370次研究航海「室戸岬沖限界生命圏掘削調査」において、地球深部探査船「ちきゅう」船上に整備された専用のコンテナラボで行われた放射性トレーサー実験の様子。放射性同位体元素の取り扱いに係る許認可を受けた乗船研究者が、微量のトレーサー基質を堆積物コア試料が入ったガラス瓶に添加している。