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2015年 7月 24日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

「ちきゅう」により世界最深の海底下微生物群集と生命圏の限界を発見
―石炭・天然ガスの形成プロセスを支える「海底下の森」が存在―

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)高知コア研究所地球深部生命研究グループ・海底資源研究開発センター地球生命工学研究グループ(兼任)の稲垣史生上席研究員らは、国立研究開発法人産業技術総合研究所、国立大学法人高知大学、国立大学法人千葉大学、ブレーメン大学(ドイツ)、スイス連邦工科大学(スイス)、カリフォルニア工科大学(米国)、マサチューセッツ工科大学(米国)、クレイグベンター研究所(米国)等が参加する国際研究チームと共同で、地球深部探査船「ちきゅう」による統合国際深海掘削計画(IODP, ※1)第337次研究航海「下北八戸沖石炭層生命圏掘削」により青森県八戸市沖の約80kmの地点(水深1,180m)から採取された海底下2,466mまでの堆積物コアサンプル(※2)を分析した結果、海底下に埋没した約2000万年以上前の地層に、陸性の微生物生態系(石炭の起源である森林土壌の微生物群集)に類似する固有の微生物群集が存在することを発見しました。それらの微生物群集は、堆積物1cm3あたり100細胞以下と極めて微量であり、海洋科学掘削により、世界で初めて海底下深部の生命圏の限界域に到達したことを示唆しています。一方、栄養源に富む海底下約2kmの石炭層では細胞数が100倍以上増加する傾向が認められました。石炭層から採取されたサンプルを用いて、下降流懸垂型スポンジリアクター(※3)による培養を試みたところ、天然ガス(メタン)を生産する世界最深の嫌気性微生物群集の培養に成功しました。

本研究成果は、かつて湿原や森であった太平洋沿岸の環境が日本列島の形成に伴って海底下深部に埋没し、2000万年以上の地質学的時間を経てもなお、当時の森林土壌に由来する微生物生態系の一部が保持され、有機物の分解による石炭層や天然ガスの形成プロセスに重要な役割を果たす「海底下の森」の存在を示しています。これらの発見は、地球内部環境における生命圏の限界とその広がり、生命生息可能条件や生命進化等を理解する上で極めて重要な研究成果です。

なお本研究は、JSPS科研費26251041, 24770033, 24687011, 26287142, 25610166, 24651018, 24687004、最先端研究基盤事業、最先端・次世代研究開発支援プログラム(GR102)の一環として行われたものです。

本成果は、7月24日付(日本時間)の米国科学誌サイエンス(オンライン版)に掲載される予定です(http://www.aaas.org)。サイエンス誌は世界最大の総合科学機関である米国科学振興協会(AAAS)により発行されています。

タイトル:Exploring deep microbial life in coal-bearing sediments down to ~2.5km below the ocean floor.

著者:稲垣史生,1,2* Kai-Uwe Hinrichs,3* 久保雄介,4,5 Marshall W. Bowles,3 Verena B. Heuer,3 Wei-Li Hong,6 星野辰彦,1,2 井尻暁,1,2 井町寛之,2,7 伊藤元雄,1,2 金子雅紀,2,8 Mark A. Lever,9,a Yu-Shih Lin,3,b Barbara A. Methé,10 森田澄人,11 諸野祐樹,1,2 谷川亘,1,2 Monika Bihan,10 Stephen A. Bowden,12 Marcus Elvert,3 Clemens Glombitza,9 Doris Gross,13 Guy J. Harrington,14 堀知行,15 Kelvin Li,10 David Limmer,12,d Chang-Hong Liu,16 村山雅史,17 大河内直彦,2,8 小野周平,18 Young-Soo Park,19§ Stephen C. Phillips,20 Xavier Prieto-Mollar,3 Marcella Purkey,21 Natascha Riedinger,22,c 真田佳典,4,5 Justine Sauvage,23 Glen Snyder,24,e Rita Susilawati,25 高野淑識,2,8 田角栄二,7 寺田武志,26 戸丸仁,27 Elizabeth Trembath-Reichert,28 David T. Wang,18 山田泰広5,29

所属:1. JAMSTEC高知コア研究所、2. JAMSTEC海底資源研究開発センター、3. ブレーメン大学(ドイツ)、4. JAMSTEC地球深部探査センター、5. JAMSTEC海洋掘削科学研究開発センター、6. オレゴン州立大学(米国)、7. JAMSTEC深海・地殻内生物圏研究分野、8. JAMSTEC生物地球化学研究分野、9. オーフス大学(デンマーク)、10. クレイグベンター研究所(米国)、11. 産業技術総合研究所地圏資源環境研究部門、12. アバディーン大学(英国)、13. レオベーン大学(オーストリア)、14. バーミンガム大学(英国)、15. 産業技術総合研究所環境管理研究部門、16. 南京大学(中国)、17. 高知大学海洋コア総合研究センター、18. マサチューセッツ工科大学(米国)、19. 韓国地質資源研究院(韓国)、20. ニューハンプシャー大学ダーラム校(米国)、21. ネブラスカ・リンカーン大学(米国)、22. カリフォルニア大学リバーサイド校(米国)、23. ロードアイランド大学(米国)、24. ライス大学(米国)、25. クイーンズランド大学(オーストラリア)、26. 株式会社マリン・ワーク・ジャパン、27. 千葉大学大学院理学研究科、28. カリフォルニア工科大学(米国)、29. 京都大学大学院工学研究科

2.背景

近年の海洋科学掘削の研究により、世界各地の大陸沿岸の海底堆積物環境には、1 cm3あたり1万細胞以上の微生物が生息し、地球全体の海洋堆積物には約2.9×1029細胞の膨大な数の微生物が生息していると考えられています。それらの微生物群集は、主に海水から地層に埋没した有機物を栄養源として生育し、水素・炭素・酸素・窒素・硫黄などの元素循環に大きな役割を果たしています。これまでに、有機物を多く含む海底堆積物に生息する多様な未知微生物遺伝子の検出(2006年2月6日既報)や、大量のアーキア(古細菌)の発見(2008年7月22日既報)、海底下地層中に大量の“生きている”微生物細胞を確認(2011年10月11日既報)、天然ガス・メタンハイドレートなどの海底炭化水素資源の形成プロセスに関与するメタン菌の培養に成功(2011年6月9日既報)、外洋の深海底堆積物に膨大な酸素と超低栄養生命圏を発見(2015年3月17日既報)など、海底下に広がる生命圏の実態に関する謎が次々と明らかにされてきました。

一般的に、海底堆積物に含まれる微生物細胞の数は、深さが増すにつれて対数的に減少する傾向が認められています。これまでに、ニュージーランド沖で掘削された1,922mまでの堆積物サンプルから微生物の存在を示唆するデータが報告されています。一方、海底下のどのくらいの深さまで生命圏が広がっているのか(生命が存在しているのか)といった「生命圏の限界」に関する謎や、そもそも生きているのか、どこから来たのか、炭素循環などの地球環境にどのような役割を果たしているのか、といった多くの科学的な疑問は未解明のままでした。

2012年7月から9月にかけて、JAMSTECは地球深部探査船「ちきゅう」のライザー掘削(※4)によるIODP第337次研究航海「下北八戸沖石炭層生命圏掘削」(共同首席研究者:稲垣史生(JAMSTEC)、Kai-Uwe Hinrichs(ドイツ・ブレーメン大学))を青森県八戸市沖約80kmの地点(サイトC0020: 水深1,180m)(図1)で実施し、当時の海洋科学掘削における世界最高到達深度記録(※5)を更新する海底下2,466mまでの堆積物コアサンプルや地層流体・ガスサンプルを採取しました(2012年7月12日9月6,10,27日既報)。本研究では、同研究航海により得られたサンプルから現場固有の生命シグナルを抽出し、海底下深部の生命圏の限界と微生物生態系の実態解明を目指しました。

3.成果

IODP第337次研究航海「下北八戸沖石炭層生命圏掘削」における「ちきゅう」船上の堆積学的分析などにより、海底下約1.5〜2.5kmの深度範囲に過去2000万年以上前(新第三紀中新世〜古第三紀漸新世)に浅海~湖沼環境で形成されたと推察される17の石炭層(厚さ0.3~7.3mの褐炭と呼ばれる未熟性の石炭)が確認されました(図2)。これは、北海道南部〜東北地方太平洋側の沿岸環境が、かつて植物の生い茂る「森」や「湿地」であったことを示しています。また、温度センサーを用いた孔内計測(※6)によって、掘削孔の最深部2,466m地点での現場温度は約60°Cであり、採取された地層サンプルは生命(微生物)が生息可能な温度の範囲内であることが示されました。

「ちきゅう」船上に整備されているX線CTスキャナーによって選別された高品質な微生物分析用コアサンプルを採取し、陸上の研究施設(JAMSTEC高知コア研究所※7)において、堆積物中に含まれる微生物細胞を鉱物などから剥離・濃縮し、ゲノムDNAに特異的に吸着する蛍光色素で染色された微生物細胞の数を蛍光イメージ画像により計測した結果、大陸沿岸の堆積物に生息する微生物細胞数の世界平均を遥かに下回る極微量の微生物細胞(1 cm3当たり100細胞以下)が存在していることが明らかになりました(図3)。本結果は、海洋科学掘削により世界で初めて海底下深部生命圏の限界域を捉えたことを示唆しています。また、微生物にとっての栄養源となる海底下1.9~2.0kmと2.4km付近の石炭層には、1 cm3あたり1万細胞程度にまで微生物細胞数が増加していることが明らかになりました。

「ちきゅう」のライザー掘削によって地層から船上に運ばれてくるマッドガス(※8)や、掘削孔内から採取された地層流体(地下水)に含まれるガス(※9)の化学成分(C1/C2: メタンとエタンの比率)およびメタン・二酸化炭素の炭素・水素同位体組成(※10)を分析した結果、2000万年以上前に形成された海底下約2.5kmまでの地層においてもなお、現場の微生物の代謝活動による天然ガス生産が進行しており、その末端反応を担う微生物は、水素をエネルギー源とした二酸化炭素(CO2)還元型のメタン生成菌であることが示唆されました(図4)。さらに、それらの堆積物コアサンプルから、メタン生成菌の生細胞の存在を示すF430バイオマーカー(※11)の検出・定量にも成功しました(図5)。

また、同掘削地点の浅部堆積物に生息する微生物の培養に実績のある下降流懸垂型スポンジリアクター(2011年6月9日既報)を用いて、海底下約2kmの石炭層に生息する微生物群集の培養を現場温度に近い約40°Cの嫌気(無酸素)条件で試みた結果、メタノバクテリウム属に近縁なメタン生成菌を含む、世界最深部の海底下微生物群集の培養に成功しました(図6)。リアクターにより培養された微生物細胞を含む培養液を採取し、安定同位体炭素(13C)で標識されたCO2を添加し、超高空間分解能二次イオン質量分析計(NanoSIMS※12)を用いて細胞の同位体元素組成イメージを分析した結果、実際にCO2を細胞内に取り込んでいる微生物細胞(メタノバクテリウム属のメタン菌など)の生育が確認されました(図6, 7)。これらの微生物学的な結果は、ガスの同位体地球化学分析やF430バイオマーカーの分析から得られた結果と同様に、海底下約2.5kmまでの堆積物環境に、石炭層の熟成プロセスや天然ガスの形成プロセスに関与する微生物生態系が存在する証拠を示しています。

海底下深部の「生命圏の限界域」に生息する低濃度の微生物群集について、その種類や多様性を評価するため、堆積物コアサンプルから直接DNAを抽出し、系統学的な分類指標となる16S rRNA遺伝子(※13)の増幅および次世代シーケンサーを用いた網羅的な塩基配列の解読を行いました(図8)。さらに、外部汚染(コンタミネーション)の影響のない現場固有の微生物種を評価するため、ライザー掘削に用いる泥水や実験室内の空気・水などに由来する16S rRNA遺伝子の増幅産物についても網羅的な塩基配列の解読を行い、統計学的手法によって比較群集構造解析を行いました。その結果、海底下365mまでの海洋性堆積物から得られたコアサンプルからは、これまでの大陸沿岸の海底堆積物から検出されている一般的なバクテリア(例えば、クロロフレキシ門やアトリバクテリア門などに属するバクテリア)が優占的に検出されましたが、石炭層を含む海底下1.2~2.5kmまでの深部地層からは、それらのバクテリアはほとんど検出されず、陸域の森林土壌などに広く分布する固有のバクテリア(例えば、アクチノバクテリア門、プロテオバクテリア門、ファーミキューテス門やアッシドバクテリア門などに属するバクテリア)が多く検出されました。これらの遺伝子解析の結果は、過去2000万年以上前の当時、「森」や「湿原」であった大陸縁辺の環境が、日本列島の形成に伴い、地質学的な時間を経て海底下深部に埋没してもなお、当時の森林土壌に由来する陸源性の微生物生態系の一部を保持し、依然として有機物を分解してメタンを作り出す「海底下の森」としての役割を果たしていることを示唆しています。

4.考察

海底下約2.5kmの地層温度は約60°Cであり、自然環境中の微生物が生息可能な温度範囲内であるにもかかわらず、なぜ生命圏の限界域に相当するような極度な微生物量の低下が起きているのでしょうか?

海底下の堆積物環境は、一般的に深くなるにつれ古い地層から構成され温度が高くなっていきます。他方、核酸(DNAやRNAなど)やタンパク質を構成するアミノ酸などの生体高分子は、温度が増すにつれ急激に損傷率が高くなることが知られています(※14)。本研究で調査された掘削サイトでは、深度が増すにつれて温度が上昇し、海底下約1.5km付近から生体高分子の損傷率が急速に高くなる傾向が認められると同時に、極度に細胞数が低下していることが示されました(図9)。海底下生命圏において、堆積物中に埋もれた微生物が生息あるいは生体高分子の損傷を修復しながら存続していくためには、細胞内の酵素を機能させるための水やエネルギー基質の持続的な供給が不可欠です。また、温度が高い海底下深部の堆積物環境に適応した新しい微生物群集(例えば、好熱性のバクテリアなど)が繁茂せず、堆積当時の陸源性の微生物生態系の一部が保持されていたことから、下北八戸沖の石炭層を含む深部堆積環境は、微生物生態系を支えるために必要な水やエネルギー基質の持続的な供給が限られているだけではなく、外部からの環境適応可能な微生物種の混入が閉ざされた環境であることが推察されます。これは、陸域や海底下を含むあらゆる地球内部環境において、たとえ生命生息のためのいくつかの環境条件がそろっていても、必ずしもそこに生命が繁茂・存続できるわけではないことを示しています。

5.今後の展望

本研究では、「ちきゅう」のライザー掘削を用いて、世界で初めて海底下深部の60°Cまでの堆積物環境で生命圏の限界域を捉えることに成功しました。現在、高知県室戸沖の南海トラフ沈み込み帯(※15)において、4°C付近の海底面から100°C以上までの温度勾配があるエリアを「ちきゅう」を用いて掘削し、温度上昇によって高まる生命機能維持のためのエネルギー要求性と、地下深部からの流体・エネルギー供給のバランスにより規定される生命圏の限界を追究するIODP掘削調査プロジェクトを計画しており、今後さらなる海底下生命圏の実態解明が期待されます。

また、本研究では、石炭層の熟成プロセスとそれに伴う天然ガスの生成プロセスに、堆積当時から保持される「海底下の森」の微生物生態系が寄与していることが明らかとなりました。それらの時代や環境を反映する微生物は「究極のバイオマーカー」である可能性があり、今後、地球科学と生命科学を融合した最先端分析科学の進展によって、海底下生命圏における環境適応や進化プロセス、長期生存戦略といった多くの科学的疑問の解明が期待されます。さらにJAMSTECでは、約40億年の地球と生命の共進化により培われた合理的な海洋・海底下微生物生態系の機能を、将来の地球環境維持・修復や炭素・エネルギー循環型の産業社会の構築に生かすための応用研究開発を展開していきます。

※1
統合国際深海掘削計画(IODP: Integrated Ocean Drilling Program)
日・米が主導国となり、2003年~2013年までの10年間行われた多国間国際協力プロジェクト。日本が建造・運航する地球深部探査船「ちきゅう」と、米国が運航する掘削船ジョイデスレゾリューション号を主力掘削船とし、欧州が提供する特定任務掘削船を加えた複数の掘削船を用いて深海底を掘削することにより、地球環境変動、地球内部構造、海底下生命圏等の解明を目的とした研究航海を実施した。2013年10月からは、国際深海科学掘削計画(IODP: International Ocean Discovery Program)という新たな枠組みの多国間国際協力プロジェクトに移行している。
※2
堆積物コアサンプル
掘削などによって採取される柱状の堆積物試料。
※3
下降流懸垂型スポンジリアクター
水質処理工学の分野で開発されたバイオリアクター。嫌気条件下で粉末化した石炭サンプルのスラリーをウレタン製スポンジに染み込ませ、窒素で満たされたリアクター反応容器内に設置後、上部から一定流速で培地を通過させる連続培養システム。
※4
ライザー掘削
地層圧力などに応じて船上で合成された粘性や比重の高い泥水を、噴出防止装置を備えたライザーパイプを通じてドリルビットに噴出し、大深度掘削や油ガス田などの掘削を可能にする「ちきゅう」の海底掘削技術の一つ。泥水をライザーパイプ内で吸い上げ、地層と船上を循環させることで、カッティングス(掘り屑)の回収や掘削孔内の孔壁や圧力を保つことが可能となる。
※5
海洋科学掘削における世界最高到達深度記録
本研究航海以前の海洋科学掘削における世界最高到達深度記録は、1993年2月に米国の科学掘削船ジョイデスレゾリューション号がコスタリカ沖で掘削した海底下2,111m(Ocean Drilling Program Leg 148)であった。2012年9月9日、「ちきゅう」のライザー掘削によるIODP第337次研究航海「下北八戸沖石炭層生命圏掘削」により、その記録が約20年ぶりに更新され、海底下2,466mを達成した。その後「ちきゅう」は、2014年8月に紀伊半島沖南海トラフで行われたIODP第348次研究航海で、海底下3,058mまで到達深度記録を更新している。
※6
孔内計測
掘削された孔内に船上から各種センサーを搭載した計測ユニットを挿入し、上下に動かしながら様々な地層データを採取するワイアラインロギングと呼ばれる手法。IODP第337次研究航海では、ワイアラインロギングにより詳細な地層データの獲得に成功している。その他、ドリルビットに各種センサーを組み込み、掘削と同時に孔内計測を行う手法や、各種センサーを孔内に設置して長期観測を行う手法がある。
※7
JAMSTEC高知コア研究所
高知県南国市に存在するJAMSTECの研究拠点。JAMSTEC高知コア研究所と高知大学海洋コア総合研究センターが共同運営する高知コアセンターには、IODPなどの海洋科学掘削によって全海洋の約1/3の海域(西太平洋やインド洋など)から採取されたコア試料(全長約100km分)が保管・管理されている世界の三大コア保管施設の一つ(他のコア保管施設は、米国テキサスA&M大学とドイツ・ブレーメン大学)。
※8
マッドガス
ライザー掘削に用いる泥水に含まれるガス成分。「ちきゅう」と掘削孔の最深部を循環する泥水ラインから、本研究航海から新たに船上に設置したマッドガス分析ラボに連続的にガスを引き入れ、ガスの化学成分組成やメタンの炭素同位体組成などのリアルタイム分析やサンプリングを行うことが可能。
※9
地層流体に含まれるガス
IODP第337次研究航海では、孔内計測により流体を含む地層の深度を特定し、米国シュランベルジェ社のクイックシルバープローブと呼ばれる地層流体分析・採取システムを用いて、現場の圧力を保持した状態で地層流体を採取することに成功した。地層流体サンプルは、「ちきゅう」船上に回収後直ちに真空ラインによりガスを採取し、陸上実験施設で詳細な同位体地球化学分析が行われた。
※10
メタン・二酸化炭素の炭素・水素同位体組成
天然ガスの主成分であるメタン(CH4)と微生物によるメタン生成に必要な二酸化炭素(CO2)を構成する元素である炭素(C)と水素(H)の同位体組成(質量数の異なる元素の存在割合)を質量分析器などで測定することで、メタンの主な成因(熱分解起源もしくは微生物起源)を推定することができる。本研究では、メタンと二酸化炭素の炭素同位体比(δ13C-CH4, δ13C-CO2)およびメタンの水素同位体比(δD-CH4)を測定し、海底下約2.5kmまでのメタンが微生物のCO2還元によって生成されたことを示した。さらに本研究では、クイックシルバープローブを用いて現場で採取された地層流体からメタンを抽出し、マサチューセッツ工科大学にて炭素と水素の両方の元素に安定同位体(13CとD)を持つ微量なメタンの同位体分子(13CH3D:クランプト同位体と呼ばれる)の存在比を測定した結果、石炭層中のメタンが現場地層の温度に近い70°C前後の環境で微生物により生成されたことが推定された。
※11
F430バイオマーカー
メタン菌のメタン生成代謝経路やその可逆反応を利用する嫌気的メタン酸化菌に必須な酵素であるメチルコエンザイムM還元酵素に含まれる補酵素。ニッケル元素を一分子含む還元型テトラピロール環からなる有機分子であり、細胞の死後に速やかに分解される複数のカルボキシル基を持つ。そのため、完全体のF430はメタン菌の生細胞の存在を示すバイオマーカーとして用いられる。本研究では、海底下2.4kmの石炭層を含む堆積物コアサンプルから、完全体のF430バイオマーカーの検出と定量に成功した。
※12
超高空間分解能二次イオン質量分析計(NanoSIMS)
高エネルギーの一次イオンビームを微生物細胞などの微小領域に照射し、試料表面から放出される二次イオンの質量スペクトルをイメージ分析する装置。本研究では、JAMSTEC高知コア研究所のNanoSIMS 50Lを用いて、培養されたメタン菌を含む微生物細胞がCO2を基質として取り込むかどうかについて検討した。海底下約2kmの石炭層サンプルからリアクターを用いて培養された細胞に安定同位体炭素(13C)で標識された二酸化炭素(13CO2)を添加し、細胞を構成する12Cと13Cの存在比を複数の細胞に対してイメージ分析した結果、実際にCO2を細胞内に取り込む微生物が生育していることが示された。
※13
16S rRNA遺伝子
遺伝子翻訳(遺伝子配列に基づくタンパク質の合成反応)の場であるリボソームに含まれるRNAをコードするゲノム上の遺伝子(DNA)。リボソームとそこに含まれるRNAは全ての生物に存在しており、その遺伝子配列は進化学的な系統分類の指標として広く用いられている。
※14
生体高分子の損傷
地球上のあらゆる生物に含まれる生体高分子である核酸(DNA, RNA)やアミノ酸からなるタンパク質は、時間や温度などの物理化学的条件の変化により、ある一定の割合で損傷することが知られている。例えば、DNAの加水分解による脱プリン化やアミノ酸のラセミ化の損傷率は、温度上昇に対して指数的に増加する傾向にある。海底下生命圏では、地球の内部エネルギーの影響により深さが増すにつれ温度が高くなるため、大深度の生命圏の限界域で生命機能を維持し存続するためには、利用可能な栄養・エネルギー基質の持続的な供給と生体高分子の損傷を修復するための酵素機能が必要となる。
※15
高知県室戸沖の南海トラフ沈み込み帯
2000年と2001年に、高知県室戸沖南海トラフで米国科学掘削船ジョイデスレゾリューション号を用いて深海掘削調査(ODP Leg 190, 196)が行われ、同海域の詳細な地質構造および流体移動プロセスに関するデータが得られた。現在、それらの掘削調査から約15年の間に海底下生命圏に関する生命科学分析技術と知見が急速に進展したことを踏まえ、「ちきゅう」を用いた海底下生命圏の限界(特に温度と流体移動との関わり)に関する掘削調査がIODPに提案されている。
図1

図1. IODP第337次研究航海「下北八戸沖石炭層生命圏掘削」の掘削調査地点(IODPサイトC0020:北緯41度11分、東経142度12分、水深1,180m)。

図2

図2. IODPサイトC0020の堆積学的特徴。海底下約1.5~2.5kmの深度範囲に、過去2000万年以上前(新第三紀中新世~古第三紀漸新世)に浅海〜湖沼環境で形成されたと推察される17の石炭層(厚さ0.3~7.3mの褐炭と呼ばれる未熟性の石炭)が確認された。

図3

図3.  IODPサイトC0020から採取された堆積物コアサンプルに含まれる微生物細胞数。(A) 深度をリニア軸に微生物細胞数をプロットしたプロファイル。(B)深度を対数軸に微生物細胞数をプロットしたプロファイル。同サイトの海底表層から365mまでの海洋性堆積物のコアサンプルは、2006年に実施された「ちきゅう」の慣熟航海CK06-06によって採取された。IODP第337次研究航海によって海底下深部から採取されたライザー掘削のコアサンプルに含まれる細胞数は、イメージ分析による直接細胞計数の値に加えて、堆積物サンプルと掘削泥水や実験室内の空気・試薬などの汚染の可能性のあるサンプルから検出されたバクテリアの16S rRNA遺伝子について網羅的に遺伝子解読を行い、その統計学的分析や系統学的分析により現場固有の推定微生物細胞数を試算した。IODPサイトC0020の堆積物に含まれる微生物細胞の量は、世界各地の大陸沿岸の海底堆積物に生息する微生物細胞の世界平均に比べると、海底表層から海底下365mまでの浅部堆積物には世界平均を上回る高濃度の微生物細胞が存在する一方、海底下約1.2~2.5kmの深部堆積物では細胞数が大幅に世界平均を下まわっており、海底下生命圏の限界域に到達したことを示唆している。

図4

図4.  IODPサイトC0020のガス成分組成と同位体組成の深度プロファイル。(A)メタンの炭素・水素同位体組成とクランプト同位体(13CH3D)によるメタン生成温度の推定分析に用いた地層流体サンプルのメタンの炭素・水素同位体組成。(B)マッドガス成分の化学組成(C1/C2比)と堆積物コアサンプルに含まれるCO2の炭素同位体組成。海底下約2.5kmの大深度においてもなお、石炭などの有機物を栄養源とする微生物生態系の最終分解プロセスとして、現場に生息するメタン菌のCO2還元によるメタン生産が起きていることを示している。

図5

図5. 海底下約2kmの石炭層サンプルから検出された完全体F430バイオマーカー(および分解されたF430)を示すクロマトグラム。メタン菌によるメタン生成が起きていることを示唆している。

図6

図6.  海底下約2kmの石炭層のコアサンプルから、下降流懸垂型スポンジリアクターを用いて培養された世界最深部の海底下微生物群集。現場温度に近い約40°Cの嫌気・無酸素条件で培養を行い、石炭を基質にメタンを生成する微生物群集の増殖が確認された(A-C)。(A)石炭層に付着する微生物細胞の光学顕微鏡写真。(B)紫外線によって蛍光励起されるメタン菌に特異的なF420補酵素の自家蛍光(青色)を示す蛍光顕微鏡写真。遺伝子解析により、メタノバクテリウム属に近縁なメタン生成菌が増殖しているのが確認されている。(C)胞子様の細胞(矢印)を示す光学顕微鏡写真。本培養液に安定同位体炭素(13C)で標識された二酸化炭素を添加し、超高空間分解能二次イオン質量分析計(NanoSIMS 50L)を用いて細胞の元素組成イメージ分析が行われた(D-F)。(D)細胞内のDNAに特異的に吸着する蛍光色素(SYBR Green I)を用いて染色した細胞の蛍光顕微鏡写真。(E)13C/12Cの元素組成比と(F) 12Cの元素組成を示すNanoSIMS二次イオンイメージ分析画像(Dと同視野)。色が赤から黄色に近づくにつれて元素組成比が高くなることを示す。白線のスケールは10㎛を示す(1mmの1/100)。

図7

図7. 海底下約2kmの石炭層のコアサンプルから、下降流懸垂型スポンジリアクターを用いて培養された世界最深部の海底下微生物群集の走査型電子顕微鏡写真。石炭に膨大な数の微生物が付着し増殖している様子がわかる。右下のスケールは1㎛を示す(1mmの1/1000)。

図8

図8. 下北八戸沖の掘削サイトC0020の海底堆積物に生息すると推察されるバクテリアの多様性解析。(A)各深度の堆積物サンプルから検出された固有のバクテリアの16S rRNA遺伝子に基づく系統分類学的多様性を示すプロファイル。(B)(A)で用いた16S rRNA遺伝子に基づく微生物群集構造のクラスター解析と非相同性解析。(C)“浅部堆積物”(0-365m)と“深部堆積物”(1.2-2.5km)の微生物群集組成の違い。海底下数百mまでの海洋性堆積物のコアサンプル(“浅部堆積物”)には、有機物に富む大陸沿岸の堆積物に一般的に検出される微生物種(例えば、クロロフレキシ門やアトリバクテリア門などに属するバクテリア)が優占しているのに対して、石炭層を含む浅海~湿地・湖沼性の“深部堆積物”のコアサンプルには海洋性堆積物に生息するバクテリアがほとんど検出されず、塩濃度の低い陸域の森林土壌などに広く分布する微生物種(例えば、アクチノバクテリア門、プロテオバクテリア門、ファーミキューテス門やアッシドバクテリア門などに属するバクテリア)が優占的に検出され、浅部堆積物の微生物群集とは明らかに異なる固有の微生物が生息していることがわかる。

図9

図9. 下北八戸沖の掘削サイトC0020の温度条件における代表的な生体高分子の損傷率と堆積物コアサンプルに含まれる微生物細胞数を示すプロファイル。堆積物の深さが増すにつれて温度と生体高分子の損傷率が高くなる。微生物が生存するには、生体高分子の損傷を修復して生命機能を維持するための水とエネルギーの持続的な供給が必要であるが、それが水理地質構造などの条件により満たされない場合には、堆積物中に生存できる微生物の量が急激に低下することが推察される。

【参考】「下北八戸沖石炭層生命圏掘削」特設サイト:
http://www.jamstec.go.jp/chikyu/j/exp337/index.html

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
高知コア研究所 所長代理
稲垣 史生
(「ちきゅう」およびIODP研究航海について)
地球深部探査センター企画調整室 室長
花田 晶公
(報道担当)
広報部 報道課長
松井 宏泰
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