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プレスリリース

2022年 1月 26日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
株式会社トリマティス

1Gbps×100m超高速海中光ワイヤレス通信に成功
― 海中ワイヤレス通信技術のパラダイムシフトを目指して ―

1. 発表のポイント

高速海中光ワイヤレス通信試験を深海域で実施し、距離100m超で1Gbpsの通信に成功した。
トリマティス独自の高速光通信技術・光制御技術とJAMSTECの海中光学技術を組み合わせることで、従来の海中音響通信の数千倍以上、他の海中光ワイヤレス通信と比較しても数十倍以上の高速化を実現した。
本成果は、海中ワイヤレス通信技術分野におけるパラダイムシフトとなることが期待される。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)研究プラットフォーム運用開発部門 技術開発部の石橋正二郎主任研究員らは、株式会社トリマティス(代表取締役 島田 雄史、以下「トリマティス」という。)と共同で、海中探査機を適用した光ワイヤレス通信試験を深海域で実施し、通信距離100m超で1Gbpsの通信速度(※1)を有する高速海中光ワイヤレス通信に成功しました。

これまで海中におけるワイヤレス通信技術は音響通信が主流でしたが、その通信速度は数kbps~数十kbps程度と限られた情報伝送にしか利用できません。そこで近年、音響に代わり海中でレーザー光を用いたワイヤレス通信技術が注目されており、国内外において積極的に研究開発が進められています。しかし現況の通信速度はMbpsクラスの実績(実用化)しかなく、地上通信ネットワークに相当する通信速度(Gbpsクラス)において100m以上の通信距離を海中で達成した実例はありませんでした。

そこでJAMSTECとトリマティスは、海中環境においても地上と同レベルのワイヤレス通信を提供することを目指し、長距離高速通信を実現する海中レーザー通信技術の基礎を確立すべく研究を始めました。海中における光ワイヤレス通信の品質に影響を与える要因を精査し、その原理や条件を考慮した通信手段や光学系について研究を進捗させることで、1Gbps光ワイヤレス通信試験機(図1表1)を開発しました。

本成果では、JAMSTECが所有する無人探査機「かいこう」のランチャーに1Gbps海中光ワイヤレス通信試験機(以下、「通信試験機」という。)の送信器を、ビークルに受信器をそれぞれ搭載し(図2)、深海域においてランチャー⇒ビークル間の通信試験を実施しました。その結果、通信距離100m超において通信速度1Gbpsの光ワイヤレス通信を達成しました。この成果は、従来の海中音響通信の数千倍以上(※2)、他の海中光ワイヤレス通信と比較しても数十倍以上(※3)という、海中におけるワイヤレス通信でこれまでにない超高速化が実現されたことを示しており、本成果が海中ワイヤレス通信技術分野におけるパラダイムシフトとなることが期待されます。

本研究は、防衛装備庁が実施する「安全保障技術研究推進制度JPJ004596」の支援を受けたものです。

3. 背景・目的

これまで海中における伝搬技術は音響利用が主軸であり、海中通信技術や海底可視化技術に広く応用され、市場展開も進められてきました。一方、音響は、海中において圧倒的な遠達性を保証するものの、ノイズやマルチパス等の伝搬場の環境に起因する品質劣化要因が多く、耐環境性に欠点を持ちます。併せて、音響として扱う周波数帯は比較的に低く、これに応じて通信速度や可視化分解能も遅く、低くなります。

そこでJAMSTECでは2008年より、音響に代わる海中伝搬技術としてレーザー光に注目し、レーザー光の海中伝搬特性に関して基礎研究を進めました。海中における可視光域の減衰要因について知見を深めると共に、実用化を見据えた海中光学仕様について検討を進め、これまでに、レーザー光を適用した可視化技術および通信技術について先進的な取組みを実施してきました(2013年2月8日既報2015年12月2日既報2017年10月2日既報)。一方、2010年以降、海中で可視光レーザーを用いた様々な取組みが国内外でも始まり出し、近年では製品化される技術も現れるようになりました。海中ワイヤレス通信技術についても例外でなく、レーザー素子や光検出器に係るエレクトロニクスの進歩に伴い小型化・高出力化・高感度化が進むことで、レーザー光の海中利用に大きな影響を与えました。これらの成果は、音響通信技術と比較すると著しい性能向上(通信速度の高速化)をもたらしましたが、地上における通信性能と比較すると依然として大きく劣るため、適用分野も限られました。

これを受けJAMSTECとトリマティスは、海中環境においても地上と同レベルのワイヤレス通信を実現するために、レーザー光を用いた海中ワイヤレス通信技術について研究を開始しました。海中環境がレーザー光の伝搬特性や通信品質に与える影響を整理・分析し、その原理や条件を明らかにするために基礎研究を進め、これを抑制する通信方式について検証してきました。2019年からは、トリマティスが有する独自の高速光通信技術・光制御技術とJAMSTECがこれまで培ってきた海中光学技術とを組み合わせることにより、実海域において1Gbps×100m の光ワイヤレス通信を目的とする通信試験機の開発を進めてきました。今回、当該試験機を「かいこう」ランチャーおよびビークルに搭載させ、ランチャー~ビークル間の距離を段階的に100mまで伸長させながら1Gbps通信速度による通信試験を実施しました。

4. 成果

2021年11月27日-29日(3日間)において、無人探査機「かいこう」に通信試験機を搭載し、相模湾西方の海域にて通信試験を実施しました。「かいこう」ランチャーから1Gbpsに変調したパルスレーザー光(1Gbps試験フレーム)を送信し、ビークルにて受信することで通信性能を評価しました。この際、ランチャー~ビークル間の距離(通信距離)を10m毎段階的に離していき、1Gbps試験フレームの受信成否(誤りのない試験フレームの受信数)を確認するとともに、受光強度、伝搬場の環境パラメータを計測しました(図3)。通信距離が伸長されるに連れ当該レーザー光は、海水を構成する諸成分により拡散・吸収(減衰)されていくため、1Gbps試験フレームの品質を損なうことなく長距離を伝搬させることは困難となります(図4)。しかし本試験では、「かいこう」ビークルの挙動を適宜制御することで光軸合わせを試み(図5)、100m超の通信距離においても1Gbps試験フレームを良好に受信したことが確認されました(水深900m、ランチャー深度約699.5m、ビークル深度802.9m)。この成果は世界的にも類の無い(※4)、実海域において1Gbps×100mの海中光ワイヤレス通信が確立したことを意味します。高出力1Gbpsの送信系をマルチビーム化することで海中伝搬場における通信レベルとビーム有効径を保証し、高感度なPMT(※5)をアレイ配置した受信系により受光効率の大幅向上が図られました。

この成果により、伝搬場の環境に応じて適切にレーザー光の送受を制御することで、海中においても地上と同レベルの高速通信ネットワークが非接触(ワイヤレス)で実現できることが証明されました。海中で地上と同レベルの高速ワイヤレス通信が展開されることにより、海中や海底にて計測される様々な状態や現象をリアルタイムで取得することが実現され、海底資源開発や地震・津波等の防災技術に貢献することが期待されます。また、海中移動体や海底構造物といった多様なプラットフォーム間の情報伝達や情報共有がリアルタイムに成立するため、海中・海底観測における複合的アプリケーションを成立させることが可能です。例えば、海底に高速ワイヤレス通信が展開されることにより、“ケーブルレス”な海底センサネットワークを構築することも可能となります。

5. 今後の展望

本成果は、圧倒的な通信速度を有する光ワイヤレス通信技術の海中利用における新たな可能性を示しました。一方、本研究は当該技術の基礎研究であり、実環境下における海中光ワイヤレス通信技術のフィージビリティを確認するとともに、その原理や条件を明確化することが目的となります。今後は、試験結果を裏付ける理論を構築するために、水槽試験において通信品質に影響する環境パラメータについて定量的な評価を実施していきます。この研究結果が確立されることにより、海中だけでなく湖水、河川、ダム、その他の人工的な水域や大型のプールや水槽も含め、光学伝搬場の水域環境に応じて高速光ワイヤレス通信を達成するための必要諸元が整理され、効果的かつ実用的な回線設計手段が提供されます。

本研究の次段階としては、光ワイヤレス通信リンクを確立するために必須となる光軸制御やシステムの統合化、小型化、および更なる通信品質を担保するための符号化アルゴリズムに取り組みます。今後、本研究の成果を発展させ更なる高速化・遠達化が達成されることにより、利便性が高く巨額な費用を必要としない、地上と同レベルの高速ワイヤレス通信ネットワークが様々な水域において展開されていくことが期待されます。

【補足説明】

※1
「1Gbpsの通信速度」とは物理レートが1Gbpsとなる通信を意味する。本成果における海域試験では、試験フレームを1Gbpsでデジタル変調したレーザー光を送信した。
※2
海中音響通信速度を数十kbpsレベルとした場合。
※3
海中光ワイヤレス通信速度を数十Mbpsレベルとした場合。
※4
2021年12月12日時点(JAMSTEC・トリマティス調べ)。
※5
PMT:Photomultiplier tubeの略。光電子増倍管(こうでんしぞうばいかん)。
図1

図1 1Gbps光ワイヤレス通信試験機
本試験機は、Green波長帯の高出力レーザー光源を空間配置することでマルチビーム化させ、遠方に対する送信レベルとビーム有効径を保証した。併せて、受信器にはPMTをアレイ配置し、受信信号を合成することで有効受光径を拡大させ、受光効率を向上させるとともに通信品質の劣化を抑制している。

表1 海中光ワイヤレス通信装置

<送信器>(レーザー光源)
種別|個数GaN-LD ×5
波長520nm(Green波長帯)
ピークパワー0.7W ×5(3.5W)
ビーム径700mm以下@100m
変調方式OOK(On-Off Keying)
ビットレート1Gbps(1ns)
<受信器>(受光センサ)
種別|個数PMT ×4
波数帯域1GHz
有効受光面積6.25cm2×4(25cm2
<主仕様>
寸法送信器(Tx):φ225×720mm
受信器(Rx):φ280×550mm
耐圧深度1,000m
最大送受信距離120m(設計値)
電源(ランチャー搭載)
AC100V/2A | Tx単体24V/110W
(ビークル搭載)
DC24V/7A | Rx単体24V/60W
図2

図2 通信試験時の「かいこう」(通信試験機搭載)
「かいこう」はランチャーとビークルから構成される2段式の海中探査機で、目標深度まで潜航するとビークルがランチャーから切り離される。本試験では、通信試験機の送信器をランチャー(右舷・後部)に、受信器をビークル(右舷・後部)に搭載して試験を実施した。

図3

図3 通信試験コンフィギュレーション
「かいこう」は水深900m海域の深度約700m地点においてランチャーからビークルを切り離し、ランチャー~ビークル間距離が40m程度離れた地点から通信試験を実施した。その後、通信距離を10mずつ段階的に伸ばしながら通信パラメータ等を計測し、最終的に通信距離100m超における通信(1Gbps試験フレームを受信)に成功した。

図4

図4 通信試験装置「受信器」に格納されるカメラ画像
「かいこう」ビークルに搭載されている受信器にはTVカメラが内蔵されており、ランチャーから照射された送信光(Green波長帯レーザー光)が視認される。ランチャー~ビークル間の距離(通信距離)が伸長するにつれ当該送信光は減衰し視認(カメラ撮影)が困難となるが、高感度のPMTが微小な送信光を捕捉し、これを正確に復調させることに成功した。

図5

図5 通信試験の様子
通信試験では、「かいこう」ランチャー装備のTVカメラ映像、ビークル装備のTVカメラ映像、および受信器に内蔵されるTVカメラ映像と光パワーメーター値を確認しながら、「かいこう」コンソールからビークルの挙動を制御することで光軸を合わせ通信リンクの確立を図った。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
研究プラットフォーム運用開発部門 主任研究員 石橋 正二郎
株式会社トリマティス
技術グループ 執行役員・マネージャー 鈴木 謙一
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋科学技術戦略部 報道室
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