国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和裕幸、以下「JAMSTEC」という。)海域地震火山部門 火山地球内部研究センター 田村芳彦上席研究員(シニア)らは、地殻-マントルの境界であるモホロビチッチ不連続面(以下「モホ面」という。)と海洋地殻の成因に関する新しいモデルを提唱しました。
これまでのモホ面に関する定説では、「地殻とマントルは、それぞれの物質組成が異なることから、その境界であるモホ面で地震波の伝わる速度が大きく変化する」とされていますが、モホ面の実態は依然として不明な点が多く、長らく地質学者の議論の的になっていました。
本研究では、JAMSTECがこれまで北西太平洋の海底でおこなってきた総距離3,000kmを超える反射法地震探査(※1)及び屈折法構造探査(※2)によるモホ面での地震波の伝播に関する研究結果と、オマーン王国におけるオフィオライトの地殻-マントル境界の岩石学的研究をもとに、モホ面の実態と成因を検証しました。
その結果から、海洋地殻を形成する中央海嶺に海水が流入する場合、より多くのマグマが生成して地殻が厚くなり境界は明瞭になる一方、海水が流入しない場合、境界は不明瞭になるという海洋地殻とモホ面の関係を表す新たな成因モデルの構築に至りました。
本モデルは、地球表面で最大の面積に広がる岩石圏である海洋地殻と人類未到のモホ面の実態に迫った画期的なものですが、今回の研究成果は北西太平洋での調査とオマーンでの陸上調査から得たものですので、ここから地球という惑星がどのような内部構造となっているのかを理解するためには、更なる調査や検証が必要です。
なお本研究は、JSPS科研費JP17H02987、JP16H06347、JP16H02742、及びJP21H01195の支援を受けて行われました。
本成果は、日本地質学会の国際誌「Island Arc」に9月21日付け(日本時間)で掲載される予定です。
モホ面はクロアチアの地震学者アンドリア・モホロビチッチによって1909年に地震観測の過程で発見され、彼にちなんで命名された地殻とマントルの境界で、高等学校の教科書にも記載されています。海洋地殻とモホ面を表す構造モデルは「ペンローズモデル」(図1)と言われ、定説として広く知られているものですが、モホ面の実態と成因は発見当時から議論の的になっており、モホ面の生成プロセスや構成する物質に関する論争は未だ決着は着いていません。
これまで、JAMSTECは海上保安庁とともに北西太平洋において海洋調査船による総距離3,000 km以上の反射法地震探査及び屈折法構造探査を行い、太平洋プレートの海洋地殻の構造を探査してきました。また、中東のオマーン王国の北部において海洋地殻と上部マントルが陸地にのし上げてきたオフィオライトの岩石的研究をおこなってきました(2016年11月30日既報)。
今回、この地震波探査による太平洋プレートのモホ反射面の地球物理学的研究成果と、オマーンオフィオライトにおけるモホ面の地質学的研究成果を総合して、モホ面と海洋地殻のつくりかたに関する全く新しい考えを、本研究グループは提唱しました。
現在、定説となっている「ペンローズモデル」では、図1のような構造と推定されています。地震波は音響インピーダンス(密度×地震波速度)の差が大きい境界で反射しますので、下部地殻と最上部マントルが、ペンローズモデルのようにはんれい岩とカンラン岩(ダナイト、ハルツバージャイト)であれば、その境界であるモホ面は明瞭な地震波の反射面を形成するはずです。
図1 海洋地殻と上部マントル、モホ面の典型的な模式図(ペンローズモデル)。このモデルの海洋地殻と上部マントルが正しければ、はんれい岩とダナイトの境界が地殻とマントルの境界面(モホ面)となり、その面において必ず地震波の強い反射が起こることが予想される。各層の詳細は補足説明に記載した(※3)。
現在、太平洋プレートと海洋地殻は、中央海嶺のなかでも、東太平洋海嶺において生成されています。これまでJAMSTECと海上保安庁は、北西太平洋において測線の全長が3,000 kmを越える長さの反射法地震探査と屈折法構造探査を行ってきました(図2)。その結果を詳細に分析すると、それぞれの測線においてモホ面での反射が明瞭な、強いモホ反射面がある海洋底と、モホ面での反射がほとんど見られない海洋底があること、また、モホ反射面が見えない海洋底が大部分(90%以上)を占めることがわかってきました。これは、今まで定説となっていたペンローズモデルとは相反する結果です。
さらに、同じ測線上で比較すると共通点がみえてきました。それは、強いモホ反射面を持つ海洋地殻は、そうでないものに比較して、厚く、水深も浅いということです。
図2 (上)太平洋プレートと東太平洋海嶺(深海と地球の事典より)。黄色でかこった部分は次の図の北西太平洋の部分。(下)JAMSTECと海上保安庁が北西太平洋でおこなった反射法地震探査と屈折法構造探査の測線。
図3は全長900kmの測線MTr5で中央太平洋海山群を横切る測線です。この海山群の北部と南部は同じジュラ紀の海洋底ですが、明瞭な違いが見られます。南部の海洋底は強いモホ反射面を持ち、地殻の厚さは7.5km、水深は5.6-5.7 kmあります。一方、北部の海洋底のモホ反射面は弱く、不連続で、地殻の厚さは薄く(6.5 km)、水深は深い(5.9 km)ことがわかります。
これはこの測線特有のものではなく、図2の全ての測線において、同じ測線上で比較するとモホ反射面の強い海洋地殻は厚いという傾向が見られます。
図3 MTr5は海山群をまたぐ長さ900 kmの測線の調査結果。
(a)測線上の各水深。(b)反射法探査測線の南部と北部の反射断面を比較したもの。往復走時(msec)で水深や厚さを示している。
(c)南部と北部の深さによる地震波速度の違い。(d)海洋底南部と北部の水深比較。
同じ測線の反射法地震探査と屈折法構造探査から見られる海洋地殻の構造に関する概略図が図4です。このことから、モホ面での反射が強い海洋地殻は、反射が弱い海洋地殻よりも厚いことが分かりました。また、アイソスタシー(※4)により、地殻の厚さが厚くなるほど水深は浅くなる関係になりますので、モホ面での反射が強い海洋底は浅いことになります。
モホ面での反射が強いということは、モホ面が明瞭な境界(地殻−マントル境界)であることを意味します。一方、反射が弱い、または全くない場合は、地殻とマントルがはっきりした境界を持たないことを意味します。
また、オマーンオフィオライトにおけるモホ面の地質学的研究での観測から、地殻とマントルの境界に厚いダナイトが存在する場合と、はんれい岩の貫入が多く見られる場合があることが分かっていますが、厚いダナイトの層は地震波を強く反射するため、モホ面での反射が強い境界を形成します。
一方、地殻とマントルの境界に多くの貫入岩が存在すると、密度と地震波速度の変化が連続的となり、モホ面での反射が弱いか、全く無くなります。
これらの結果から、研究チームでは、中央海嶺での海洋地殻の形成において、「ペンローズモデル」のような構造を生み出すプロセスと、モホ反射面が弱い海洋地殻を形成する2つのプロセスが存在することを提唱しました。また、そのためには、海洋地殻のでき方自体を見直す必要があります。
それを示す概略図が図5です。(a)の場合は、海洋地殻を形成する中央海嶺に海水が流入する場合で、より多くのマグマが生成して地殻が厚くなり境界は明瞭になります。また、(b)のような海水が流入しない場合、地殻とマントルの境界に多くの貫入岩が生じるため、境界は不明瞭になります。
なお、(a)の場合において海洋地殻の厚さとモホ反射面(地殻−マントル境界の状態)の相関を説明するためには、従来全く検討されていなかった、海水のマントルへの流入という偶発的なイベントを導入する必要があります。これは、オマーンオフィオライトでの研究では、マントルへ海水を流入するような断層が見出されたこと、更には、地球内部の条件が同じ場合、厚い地殻、つまり、より多くのマグマとダナイトを同時につくるためには、海水の流入が岩石学的に不可欠である、という理由からです。
本研究成果は、これまでの海域調査とオマーンの地質調査から、地球表面で最大の面積に広がる岩石圏である海洋地殻と人類未到のモホの実態に迫った、画期的な成果です。
図5 中央海嶺における二通りの海洋地殻形成を示す概略図。
(a)厚い地殻と厚いダナイト層をつくるモデル。マントル深部が上昇することによる減圧融解で玄武岩マグマを生成する(ⓓにおいて玄武岩マグマが生成する)。これに加えて、最上部マントルに水が流入することによってマントルの融点が低下し、より多くのマグマが発生するとともに、低圧での反応によりダナイト層が形成される(ⓒにおいて水の影響により安山岩マグマが生成し、その反応でハルツバージャイトからダナイトができる)。ⓓでできるマグマは玄武岩マグマ、ⓒでできるマグマは安山岩マグマで、玄武岩マグマと安山岩マグマが固まって地殻を形成するため、地殻は厚くなる。
(b)薄い地殻と漸移的な地殻−マントル境界をつくるモデル。マントル深部が上昇することによる減圧融解で玄武岩マグマを生成する(ⓓにおいて玄武岩マグマが生成する)。マントルの最上部は低温のため融けることができず、マグマが貫入岩として多数貫入するため、地殻とマントルの境界はマントルとはんれい岩の混合物となる。地震学的に見ると地震波はこのような連続的な変化をしている境界では反射しない。また、減圧融解のみによる玄武岩マグマが固まって地殻を形成するため、(a)と比較すると地殻は薄くなる。
本研究では、「モホ面とはなにか」という長年の問題に直接踏み込んだ議論と地球表面で最大の面積に広がる岩石圏である海洋地殻の具体的なモデルを考案しました。
モホ面と海洋地殻のでき方は一様ではないと考えられることから、今後、明確なモホ反射面をもつ海域とモホ反射面のない海域をそれぞれ選定して、更に比較検討していく必要があります。
また、両者で生成するマグマ組成も異なることから、まずは海洋地殻上部に噴出する溶岩を比較することが、新しいモデルを検証する第一歩になります。
【補足説明】
海洋地殻:上から、枕状溶岩、シート状岩脈、はんれい岩、層状はんれい岩で形成され、中央海嶺においてマントルが溶けたマグマから形成されたもの。
枕状溶岩:海底に噴出し、ながれた溶岩は、枕状に伸びた楕円体の集合からなる。これを枕状溶岩とよぶ。
シート状岩脈:中央海嶺は両側に拡大していく火山であるから、その隙間を埋めるようにマグマがシート状に貫入してくる。これがシート状岩脈を形成する。
はんれい岩:鉱物が粗粒で、ガラスや細粒部をふくまない玄武岩質の深成岩。地殻深部では層状はんれい岩となる。
ウエールライト貫入岩:かんらん石と単斜輝石からなる岩石。海洋地殻をつくったあとに、マントルから貫入してきたマグマから結晶したものと考えられる。
マントルとモホ面:マントルはダナイト、ハルツバージャイト、レールゾライトのかんらん岩からなり、最上部にはダナイトがある。はんれい岩とダナイトの境界がモホ面となる。
ダナイト:ほとんどかんらん石のみからなる完晶質の岩石。マグマから晶出したかんらん石が集積した時、または水が入ったマントルが浅所で融解したときに生成する。
ハルツバージャイト:マントルが融解してマグマを生成し、海洋地殻を形成したときの融け残りのマントルかんらん岩。主にかんらん石と直方輝石とスピネルからなる。
レールゾライト:融ける前のマントルかんらん岩。かんらん石、直方輝石、単斜輝石、スピネルから構成される。