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深海深海

2021.12.13

石油と同じ成分をつくり出す
植物プランクトンを発見  

文:立山 晃/フォトンクリエイト

石油は、太古の生物が合成した有機物が、高温・高圧の地下で長い時間をかけて化学的に変化してつくられたと考えられています。

ところが2021年7月、JAMSTEC地球環境部門の原田尚美部門長たちは、北極海で採取した植物プランクトンが、石油と同じ成分をつくり出していることを公表しました。

その特殊能力を利用して高品質のバイオ燃料やバイオプラスチックをつくることができれば、地球温暖化や資源問題の解決に貢献できます。

原田部門長に、今回の発見について聞きました。

どんな生物が石油と同じ成分をつくるの?

──石油と同じ成分をつくっていたのは、どのような生物ですか。
私たちが2013年、北極海のチュクチ海で採取したディクラテリア・ルトゥンダ(Dicrateria rotunda)という植物プランクトンです。ハプト藻の仲間で、動き回るためのべん毛を持っています。
ディクラテリア・ルトゥンダはすでに知られていた種ですが、大繁殖することもなく、とても地味な存在でした。
この光合成生物がつくり出す物質を調べたところ、石油と同じ炭化水素が含まれていたのです。石油と同じ成分をつくり出せる生物は、今まで発見されていません。
──それは、北極海という極寒の海に生息する生物の特殊な能力なのですか?
私たちもはじめは、そう予想していました。しかし、微生物株保存機関に保管されていた同じディクラテリア属のほかの10種を調べてみたところ、その全てが石油と同じ成分をつくり出す能力を持っていました。ディクラテリア属は太平洋や大西洋など北極海以外の海にも広く生息しています。北極海という極限環境に生息する生物の特殊能力ではなかったのです。
ディクラテリア・ルトゥンダ
採取地点(赤丸)

ガソリンや軽油、重油と同じ成分を合成

──石油と同じ成分とは?
石油は主に、炭素(C)と水素(H)だけが結び付いた炭化水素からできています。その中でも、直鎖状の「飽和炭化水素」が主成分です。それは下の図のように、炭素が直線状に並んで水素と手をつないでいます。
──「飽和」とは何ですか?
炭素は“4本の手”を持っていますが、飽和炭化水素では炭素が1本の手で炭素や水素とつながっています。このように1本の手による「単結合」のみでつながっている状態を「飽和」といいます。

分子に含まれる炭素の数を炭素数といいます。炭素数が1個の飽和炭化水素はメタン、2個はエタン、3個はプロパンと名付けられています。

石油には、炭素数が2〜40くらいのいろいろな飽和炭化水素が含まれています。ディクラテリア属の植物プランクトンが持つ能力の驚くべきところは、10から38までのさまざまな炭素数の飽和炭化水素をつくり出せることです。

石油に含まれる炭素数10〜15の飽和炭化水素はガソリン、16〜20は軽油、21以上は重油として使われています。ディクラテリア属は、ガソリンや軽油、重油と同じ成分を合成できるのです。
さまざまな炭素数の直鎖状飽和炭化水素

水素をたくさん持ち、炭素と水素以外を含まない優れた燃料

──ディクラテリア属以外の植物プランクトンは、炭化水素をつくらないのですか?
つくりますが、直鎖状や枝状に分岐した「不飽和炭化水素」がほとんどです。炭素がほかの炭素と2本や3本の手でつながった二重結合や三重結合を含む状態を「不飽和」と呼び、1個の炭素が持つことができる水素の数が少なくなってしまいます。
飽和炭化水素と不飽和炭化水素
上の図のように、2個の炭素が1本の手でつながったエタンは6個の水素を持つことができます。しかし2本の手で炭素同士がつながったエチレンは水素を4個、3本の手でつながったアセチレンは水素を2個しか持つことができません。
──たくさんの水素を持つことが重要なのですか?
水素の数が多い分子ほど、燃やしたときに水素と酸素の結合がたくさん起きて、高い熱エネルギーが出るのです。つまり、普通の植物プランクトンがつくる不飽和炭化水素に比べて、ディクラテリア属がつくる飽和炭化水素はとても効率の高い燃料となります。
しかもディクラテリア属は、炭素数が10〜38の飽和炭化水素を均等につくるのではなく、10と11をたくさんつくります。同じ質量の飽和炭化水素を比べた場合、炭素数が小さいほど水素の数が多く、たくさんの熱エネルギーを発生させることができます。炭素数10や11の飽和炭化水素は、自動車のガソリンや航空機のジェット燃料として利用できます。
ディクラテリア・ルトゥンダが合成した飽和炭化水素の炭素数と合成量
──光合成を行う生物がつくるオイルやエタノールを燃料として利用する研究開発が進められていますね。それらと炭化水素との違いは?
オイルやエタノールには、酸素(O)など炭素と水素以外のものが含まれています。そのため、オイルやエタノールを燃やしたときの熱エネルギーは、飽和炭化水素よりもとても小さいのです。そのままでは燃料としてパワーが足りないので、既存のガソリンやジェット燃料の一部に混ぜて使うことが一般的です。

バイオ燃料やバイオプラスチックの原料に

──光合成を行う生物が合成する物質からつくった燃料を「バイオ燃料」と呼び、今、大きな期待が集まっていますね。
現在、人類が消費するエネルギーの約85%は、石油や天然ガス、石炭などの化石燃料によって生み出されています。化石燃料を燃やすことで発生した二酸化炭素が大気中に蓄積して、地球温暖化が進行しています。そこで、化石燃料に代わるものとしてバイオ燃料が注目されています。
──バイオ燃料を燃やしたときにも二酸化炭素が出るのでは?
出ます。ただし、光合成を行うときに大気中から二酸化炭素を吸収しています。光合成で吸収した量とバイオ燃料を燃やして排出した量の二酸化炭素が同じならば、大気中に蓄積する二酸化炭素は増えないことになると想定されます。
産業革命前と比べて気温上昇を1.5℃ないし2.0℃以下に抑えることが世界の目標となっており、そのために、2050年ごろに二酸化炭素の排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」が、日本を含む各国で目指されています。バイオ燃料はそのための技術の一つとして期待されているのです。
ただし、光合成でつくられた糖を発酵させてエタノールにしたり、生物由来のオイルからバイオ燃料をつくったりするときにもエネルギーが必要です。バイオ燃料の製造に必要なエネルギーを生み出すために化石燃料を燃やしていたら、その分、二酸化炭素が大気中に蓄積してしまいます。
ディクラテリア属がつくる飽和炭化水素は、ほとんどそのままバイオ燃料として使えるので、製造に必要なエネルギーやコストは少なくて済むはずです。ディクラテリア属の能力を利用したバイオ燃料は、カーボンニュートラル実現のための技術として有望です。
石油はプラスチックの原料としても使われています。ディクラテリア属がつくる石油と同等な飽和炭化水素は、質の高いバイオプラスチックの原料としても利用できるでしょう。
バイオ燃料によるカーボンニュートラルと大気中からの二酸化炭素の除去
──2021年8月、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が、温暖化研究の最新成果をまとめた「第6次評価報告書」第1作業部会(自然科学的根拠)報告書を発表しました。気温上昇を1.5℃ないし2.0℃以下に抑える二酸化炭素の排出シナリオでは、カーボンニュートラルに加えて、大気中から二酸化炭素を除去することを想定していますね。
バイオ燃料を燃やして発生する二酸化炭素を回収・貯留すれば、植物などが光合成で吸収した分の二酸化炭素が大気から除去されることになります。バイオ燃料と二酸化炭素の回収・貯留を組み合わせたシステムは、大気中から二酸化炭素を除去する技術として期待されています。
ただし、二酸化炭素は大気よりも海にたくさん蓄積されています。大気中からの二酸化炭素除去が進み濃度が下がると、いずれ濃度の高い海から濃度の低くなった大気へ二酸化炭素が放出されてしまいます。ですから、大気中からだけでなく、海中からも二酸化炭素を除去することが必要となります。大気中から二酸化炭素を回収する技術の開発は進められていますが、海中から除去する研究はまだほとんど行われていません。
今回の発見を新しいバイオ燃料の開発につなげる取り組みを進めるとともに、私たちJAMSTEC地球環境部門では、海中から二酸化炭素を除去するための基礎研究を始める準備をしているところです。
出典:IPCC第6次評価報告書
人間活動による二酸化炭素の排出シナリオ
──今回の発見をもとに、新しいバイオ燃料をつくって利用するには何が必要ですか。
ディクラテリア属が合成する飽和炭化水素の「質」はバイオ燃料として申し分ありません。しかし細胞当たりの「量」が少ないという課題があります。ディクラテリア属の大量培養は難しいので、飽和炭化水素の合成に関わる遺伝子を突き止め、それらを大量培養が可能な大腸菌などに組み込み、飽和炭化水素を合成させる、といったことが必要でしょう。
ただし、私たちはバイオ燃料の専門家ではありません。実用化につなげるには、専門家との連携が必要です。

どうやって石油と同じ成分をつくっているのか?

──ディクラテリア属は、どうやって炭素数10から38までの飽和炭化水素をつくっているのですか。
私たちは今、それが知りたくて研究を続けていますが、まだよく分かっていません。実は、炭素数が15や17といった1〜2種類の飽和炭化水素を合成する植物プランクトンは以前から知られていました。それは炭素数が偶数の有機物(脂肪酸)を出発物質としてつくられると考えられています。すると炭素数が奇数の飽和炭化水素になります。
ところがディクラテリア属は炭素数が偶数のものもつくっています。未知の合成経路を持っているのです。
ディクラテリア属は炭素数が小さい10と11をたくさんつくっていることを紹介しました。それは、炭素数の大きいものをいったん合成して、そこから炭素数の小さいものをつくっているらしい、ということは分かりました。
──ディクラテリア属は何のために、飽和炭化水素をつくっているのですか?
光や温度、栄養分などを変えたいろいろな環境でディクラテリア・ルトゥンダを培養して飽和炭化水素の合成量を調べてみました。すると、光合成ができない暗い場所や、生存に必須の栄養分である窒素が少ない環境では、ほかの環境に比べて飽和炭化水素の総量が4〜5倍に増えました。もし飽和炭化水素をエネルギー貯蔵物質として利用しているのならば、光合成ができない暗い場所や栄養分の少ないときには飽和炭化水素を消費して、その量が減るはずです。
実は、暗い場所や栄養分の少ない場所では、ディクラテリア・ルトゥンダの細胞サイズは大きくなります。
──大きくなることで生き延びるのですか?
大きくなる理由はまだ分かりません。一方、シアノバクテリアという別の光合成生物では、飽和炭化水素を細胞膜の材料に使って細胞の柔軟性を保っているという報告があります。
ディクラテリア属は、暗い場所や栄養分の少ない場所では、飽和炭化水素をたくさん合成して、細胞のサイズを大きくするなど膜の柔軟性を高める材料として利用しているのかもしれません。
ディクラテリア・ルトゥンダを暗所や窒素欠乏で培養すると飽和炭化水素の総量が増加

石油ができる第三の経路か?

──今回の研究成果に関して、どのような反響がありましたか?
多くのマスメディアに取り上げられ、石油ができる新しい経路として注目を集めました。
石油は、太古の植物プランクトンなどの有機物が地下深部に埋もれ、高温・高圧の環境で非常に長い時間をかけて熱分解・熟成されてつくられたと考えられています。それが、石油ができる第一の経路です。
多くの油田にある石油の年代は古く、第一経路でつくられたのでしょう。ただし、とても若い年代の石油が地下の浅いところから泉のように湧き上がっている油田も、カムチャツカ半島などで見つかっています。
そこで、第一経路のほかに、バクテリアが周囲にある有機物を分解して石油をつくる第二の経路もあるのではないかと考えられています。しかし、カムチャツカ半島の油田から石油をつくり出すバクテリアは特定されていません。
私たちは今回、光合成でつくった有機物をもとに石油が合成されるという、第三の経路を発見したのかもしれません。カムチャツカ半島の油田の石油も、ディクラテリア属のような炭化水素合成能力を持つプランクトンがつくり出したものである可能性があります。

人が現場へ行ったからこその想定外・常識外の発見!

──今回の発見の経緯を教えてください。
実は研究の目的は別にありました。北極海は温暖化が地球上で最も早く進行していて、海氷の面積も減少しています。その環境変化が海の生態系にどのような影響をもたらしているのか、それが私たちの追い続けている研究テーマです。
近年、北極海の南側、太平洋最北部のベーリング海では、温暖化に伴い円石藻(Emiliania huxleyi  エミリアニア・ハックスレー)が大繁殖しています。円石藻は、ディクラテリア属と同じハプト藻の仲間で、カルシウムの殻を持つ植物プランクトンです。2013年の海洋地球研究船「みらい」による研究航海で、その円石藻が北極海に進出しているかどうかを調べることが私たちの目的でした。
円石藻は特定の有機物をつくるので、それが目印(バイオマーカー)となります。海水を採取して、ある種類の微生物だけを培養して、その有機物をつくっているかどうかを調べました。
その実験を担当してくれたのが、円石藻の研究で有名な筑波大学の白岩善博 教授が率いる研究室の大学院生だった伊藤史紘さん(現 株式会社ファイトペトラム 代表取締役社長)でした。
私たちの研究室では、目的の物質だけを分離して分析します。一方、白岩研究室では、微生物がつくり出す物質を分離せずにそのまま分析します。その手法によって炭素数10〜38の飽和炭化水素が見つかったのです。最初は、どこかの過程で石油が混じってしまったのかもしれないと思いました。しかし、実験をやり直してみても、結果は同じでした。目的の有機物だけを分離して分析する私たちの手法だったら、今回の発見はできなかったのです。
最近では、人が観測現場に行かずに、代わりにロボットが現場へ行き、目的の観測を自動的に行う技術の開発が海洋分野でも進んでいます。そのような観測手段も重要ですが、今回のような目的外の発見は、人が実際に現場へ行き、自然を観察しなければ難しいかもしれません。
今回は論文発表までも長い道のりでした。一般的な海洋学分野の論文では、内容を確認する査読者は2〜3人くらいが普通です。しかし今回は5名もいて、追加実験も要求されました。おそらく、常識外の発見としてなかなか信じてもらえなかったのだと思います。
海洋地球研究船「みらい」の採水器による北極海でのプランクトン採取の様子
──今後の北極海の研究航海によって、海洋生物の新しい有用機能をさらに見つけることができそうですか?
見つけようとすると、なかなか見つからないものです(笑)。想定外の発見は、さまざまな視点や手法を持つ人たちと一緒に観測現場へ行くことが重要だと、改めて思いました。
今回の発見をきっかけに、今まで海洋科学や海洋生態学と関わりのなかった異分野の人たちに、海に関心を持っていただけたらうれしいですね。
原田部門長
地球環境部門 部門長
原田 尚美

マンガでよくわかる
光合成で石油を作る! 脅威のプランクトン“ディクラテリア”って?」[PDF]
(マンガ:倉田けい)

光合成で石油を作る! 脅威のプランクトン“ディクラテリア”って?-P.1 光合成で石油を作る! 脅威のプランクトン“ディクラテリア”って?-P.2 光合成で石油を作る! 脅威のプランクトン“ディクラテリア”って?-P.3 光合成で石油を作る! 脅威のプランクトン“ディクラテリア”って?-P.4

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