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深海・地殻内生物圏研究分野

成果 (論文の内容紹介)

[2014年]

「論文の歩き方」
高井研 分野長

Theoretical constraints of physical and chemical properties of hydrothermal fluids on variations in chemolithotrophic microbial communities in seafloor hydrothermal systems.
Kentaro Nakamura & Ken Takai
Progress in Earth and Planetary Science 2014, 1:5

※!推奨読書環境、、byケンタッカイ
  • ブリリアントな休日の午後に、、
  • 香り高いアップルティーとビスケットを傍らに、、
  • 格式高井優雅なBGMと共に、、


  •  3回目を迎えましたJAMSTEC D-SUGARのオヌヌメ論文紹介ですが、今回は今や東京大学大学院工学研究科システム創成学専攻の准教授 として、「♩ヲタ臭をSHYな言い訳仮面でかくして踊ろ踊ろかりそめの海底資源研究」を「トゥナイヤイヤイヤイヤイヤイヤティア♫」されている、元プレカンブリアンエコシステムラボ研究員中村謙太郎ニーサンと、ワタクシ=高井研 が発表した表記論文の紹介をしてみたいと思います。

    この論文 (正確には「総説」=「review」と呼ばれる形式なのですが) は、ホームページからいつでもどこでも誰とでもタダでダウンロードして読める今流行のオープンアクセス。
    学術関係者はオリジナル論文を読めや!そしてせっせシコシコと引用せいや!by PEPS編集部の編集女史」なのですが、なんせ印刷フォーマットにして24ページに及ぶ大作なので、なかなか歯応えがありすぎるかもしれません。
    著者であるワタクシですら、最初から最後まで逐一熟読し、英文などを全チェックしたあかつきには、その達成感だけであまりの自己満足感で満ち溢れ、

    「サイコーやっ!!
    Takai & Nakamura (2010) とか Takai & Nakamura (2011)とか
    最初からいらんかったんや!」


    と反射的にを炸裂してしまったような「クドさ、ウザさ」が売りの論文と言えましょう。
    大部分は中村謙太郎ニーサンのほとばしる情熱とヲタ芸が織りなす文章で構成されていますが、折りにつけ「ユトリガー!」と罵倒されがち昨今の学生さんや若手研究者には、ヒンドゥー教の聖典の一つ、大叙事詩「マハーバーラタ」読破にチャレンジするような覚悟を持って読んで頂きたいと2名しかいない著者一同を代表して願っております。

    ただしこの論文は3部作の第1部。第2部は2015年1月に発行される この本の最初のチャプター(ただしUrabeを除く)に掲載され、しかもまたもや タダ読み オープンアクセスになります。ぜひ未完の大器=第3部(民明書房以外の出版社の雑誌に投稿予定)と合せて大威震八連制覇しましょう。

    それ以外の方には、実は日本語で書かれたカンニングペーパー日本地球惑星科学連合ニュースレター誌(JGL; Japan Geoscience Letters)の2011年No.4タダ読み 置いてありますので、この駄文で展開される論文の中身とはあまり関係の無いグダグダの背景や裏話と簡潔に纏められたカンニングペーパーを併せて楽しみつつ、香り高いアップルティーとビスケットをともにブリリアントな休日の午後を過ごして頂けたら幸いです。


     見渡す限りの褐色の大地とジリジリと照りつける太陽。乾いた不毛な大地には時代劇の捕物ドラマに使われる十手やバフンウニ、イソギンチャクのような形をしたサボテンとコロコロ草しか見当たらない。申し訳程度に地表を彩る植物を除けば、まるで火星の表面にいるかと錯覚してしまうような荒れた大地。それがアリゾナの日常風景だ。そんな太古の地球の面影を残すようなアリゾナで、急成長を続ける都市フェニックスとその他諸々の近郊都市、その中の一つテンピにあるアリゾナ州立大学に初老とは思えない無駄にエネルギッシュなその男はいる。
    エヴェレット・ショック(Everett L. Shock)
    この物語の主役の一人である。エヴェレットは現在、アリゾナ州立大学化学・生化学部の教授として大きな研究室を主宰するが、2002年に砂漠の州にやってくる前は、ミズーリー州セントルイスにあるワシントン大学(日本語で書くとワタクシの留学先であるワシントン州にあるワシントン大学と表記が同じになってしまうが別の名門校)に15年ほど所属し、その前はカリフォルニア大学バークレー校で地質学の博士号を修了している。

    エヴェレットは学生時代から、一貫して地殻内熱水循環に関わる地質学や地球化学を対象に研究を続けてきた。しかし彼の研究のポリシーは、世界に数多と存在する地質学者や地球化学者と一線を画するどこかエキセントリックなところがあった。それは彼が研究を始めたときから、研究対象となった地質学や地球化学の根底に横たわる共通原理である水と岩石の物理化学プロセスが、しばしまるで「インドラの矢」のように「神の見えざる創作」としてしか理解できないようにも思える「生物世界の複雑なからくり」を貫くことを信じて疑わなかったこと、そして地質学や地球化学を専門としながら「生物世界」を解き明かそうとしていたことだ。
    多くの地質学者や地球化学者にとっての「生物世界」は、多くの一般人にとっての「コンピューターやスマホ」に似ている。
    つまり中身の仕組みはよくわからないけど、
    元気 電気が一番、元気 電気があれば何でもできる」的ブラックボックスに等しい
    (かなり暴論だけどあながち外れていない)。
    そしてエヴェレットにとっての「インドラの矢」とはつまりエネルギーのベクトルであり、それを紐解く地質、地球化学、生物を俯瞰する熱力学的なエネルギー論というアプローチを意味していた。

    おそらくエヴェレットは、最初から直感的にそれが真理であることがわかっていたはずだ。

    なぜなら彼は天才だった。

    天才は最初から答えがわかるのである。
    しかし、天才の直感が嗅ぎ当てた真理が広く受け入れられるには時間がかかる。万人がそれを共有するためには、わかりやすい証拠や例証、実証が必要とされるからだ。
    エヴェレットの初期の研究は、1970年代後半の深海熱水の発見とそれに続く生命誕生の場としての連想に触発された、深海熱水循環系における有機物化学進化について簡単な実験と熱力学的なエネルギー論に基づいた理論的研究が中心であった。

    彼の研究は、1990年代中頃から「深海熱水域で生命は誕生した」という大仮説が創られていく理論的基盤となるものであったが、実際は、深海熱水域に生息する超好熱菌の分子系統進化や生理の研究や実際の化学進化実験による有機物生成、太古代地球の地球史解読といった世間の耳目を集めやすいが状況証拠やストーリーテラーにすぎない研究に比べて科学ポピュリズム的には注目度は低かったと言えよう。つまり、その研究のクオリティの高さに比して、NatureとかScienceとかいった ゴシップ系週刊誌 影響力の大きい科学雑誌に掲載されることもほとんどなく、淡々と研究成果を「地球化学界最高峰の誉れ高いGeochimica et Cosmochimica Acta誌」(by 川口・G・慎介氏)や、まるで1981年創刊から1988年に警視庁からの圧力で廃刊に至った白夜書房発行のメンズドリームマニア誌「写真時代」なみの絶倫なマニア度を誇る「Origins of Life and Evolution of the Biosphere 誌」に発表していった。

    1994年から1995年にかけて、若かりし頃の私がシアトルのワシントン大学海洋学部で
    「時代は深海熱水域の微生物生態学なんや!それが生命の起源や初期進化を解き明かす鍵なんや!」
    と意気込んでいた同じ頃、
    知的キュート天使降臨時代の私とほぼ同い年と思えないほど老け顔のサッカー好きの長身痩躯の若者がセントルイスのワシントン大学のエヴェレットのもとで博士課程の研究を続けていた。
    この物語のもう一人の主役、トム・マッカラム(Tom McCollom)である。

    トムや私が過ごした学生時代は、1980年代の後半から世界中でどんどん新しいタイプの深海熱水活動が見つかっていき、また新しい熱水環境に生息する微生物の多様性がどんどん明らかになってゆく深海熱水バブル期と重なっている。
    つぎつぎに見つかる新しい発見に湧く研究業界。
    こんなんでましたけど〜」的な無邪気にすら思える研究成果のラッシュは、誰もが一攫千金(新しい熱水活動のタイプ、微生物や生物の発見)のチャンスを夢見ることができる可能性を広げるものであったが、
    一方では、

    (発見される多様性)x(発見される多様性)=(混沌とした複雑さ)

    というように闇雲に増殖する知見に研究者の理解が追いつかない状況を作り出していた「今日は別れた恋人達も生まれ変わってめぐりあうよ♫」な時代 (by 中島みゆき) だったのだ。

    そんな同時代を生きた二人の若者は、「混沌とした複雑さ」をなんとか解き明かそうと必死にもがいていた。シアトルのワシントン大学海洋学部から帰国した私は、「混沌とした深海熱水微生物世界」の理解を阻んでいた微生物学的方法論を刷新し、微生物生態系構造を包括的に解読する分子生態学的手法による深海熱水微生物世界の可視化にチャレンジしようとしていた。
    トムは、「混沌とした深海熱水微生物世界」を貫くエヴェレットの言う「インドラの矢」が、熱水と海水の混合に伴う化学非平衡状態からもたらされる化学合成代謝のエネルギー論であると喝破し、その理論計算に取り組んでいた。
    この二人の若者の挑戦は、やがて

    McCollom, T.M. and Shock, E.L. (1997)
    Geochim. Cosmochim. Acta 61, 4375-4391


    Takai, K. and Horikoshi, K. (1999)
    Genetics. 152, 1285-1297

    という二つの論文に結びつく。

    深海熱水域に生息するすべての生物は、
    熱水によってもたらされる還元物質(突き詰めて言えば、地球内部の熱が海水と岩石に働きかけて創り出した硫化水素、メタン、水素、二価の鉄イオン、マンガンイオンなどの還元物質)と、
    海水に溶存する酸素、硫酸イオン、硝酸イオンなどの酸化物質が混じり合う混合域(ミキシングゾーン)に生きる
    そして混合域で起きる、還元物質を酸化物質で酸化する発熱化学反応で生じるエネルギーを熱にすることなく化学エネルギーとして貯蔵する代謝(エネルギー代謝)が、二酸化炭素の有機物への変換(炭酸固定)や生体高分子の生産(一次生産)を支え、そこに生息するすべての生物の生命活動の原動力となる。
    まるで陸上の生物活動がすべて、究極的に植物の光合成によって依存しているかのように。この一次生産を担うことができるのは、化学合成独立栄養微生物と呼ばれる一部の崇高なアーキアやバクテリアのみである。その崇高なアーキアやバクテリアの生産した有機物のおこぼれの恩恵によって、他の凡夫たる従属栄養微生物が養われ、あるいは崇高な微生物を喰らう野蛮な動物、あるいは自らの身体の一部を崇高な微生物に提供しその働きで養ってもらう栄養奴隷動物、そしてそれらの死骸などをあさる「社会のクズ」的動物が生きてゆけるのである。これが深海熱水生態系の縮図であり、その生態系は熱水と海水の混合域にのみ成立する(図1)。


    図1、「深海熱水生態系は熱水と海水の混合域にのみ成立」


     ここで熱水と海水の混合域をすこし想像して欲しい。
    ジョン・レノン的に言えば「Imagine all the life living in the mixing zone」か。
    熱水は400℃近くの高温で、海水は2℃くらいの低温である。熱水と海水を等量ずつエイヤと混ぜ合わせれば200℃近い混合熱水になるが、実際の深海熱水域の混合域は大きなお風呂で水が温まっていく過程に似ている。熱水の近くは熱水の割合が高くて熱いが、熱水から離れれば海水の割合が圧倒的で冷たいままである。
    熱水と海水の混合比率はほぼ温度に相関し、温度が分かれば逆に熱水由来の成分がどれだけ存在し、海水由来の成分がそれだけ存在するかは決まる。
    実際の深海熱水域の混合域は大きなお風呂なので、きれいに均一に混ざらずムラムラしながら混ざり合い、またチムニーの壁や堆積物などの障壁が変則的な混合を生み出す。しかし大局的に見れば、熱水からの距離に比例して、ほぼ直線的な温度勾配のなかで混合していると考えても良い
    そして熱水と海水の混ざり具合の比率が、混合域のなかにある環境の温度や還元物質や酸化物質の混ざり具合を一次的に決める

    トムとエヴェレットの考えた「インドラの矢」は、混合域環境の温度や還元物質や酸化物質の混ざり具合から生物利用可能エネルギー量を見積もることができ、それが「混沌とした深海熱水微生物世界」を極めてエレガントに記述することができるというロジックだった。
    つまり、

    混合環境の温度は熱水と海水の混合比で決まる
    生命活動が起きるのは大体0-130℃の温度
    その範囲での物質の混ざり具合が決まる
    その環境に利用できる物質の酸化還元反応で得られる化学エネルギー量が(熱力学的計算によって)決まる
    それぞれの酸化還元反応を司る微生物の量が決まる(イマココ)

    という、宇野宗佑 なみの明鏡止水の心境に至った。


    そして、東太平洋海膨の化学組成がよくわかっていた 一つの ブラックスモーカー熱水にその理論計算を適用し、「大体、硫黄酸化細菌と鉄酸化菌とマンガン酸化菌がタクサンいるんじゃない。あとは水素酸化とメタン酸化がチョイチョイ。 環境微生物学はとても遅れてる分野で微生物学者はアホなので 、実際そこに生息する微生物の99.9%は取り逃がしているらしいけど、ポツポツと得られている結果と照らし合わせてみても、まあ、大体イケテルんじゃないの〜」
    と世に問うたのが
    McCollom, T.M. and Shock, E.L. (1997)
    Geochim. Cosmochim. Acta. 61, 4375-4391

    の論文だった。

    一方、

    生命活動が起きるのは大体0-130℃の温度だけど
    0-400℃の範囲のDNAを総取りすればええやん

    その生物由来DNAは0-130℃の生命範囲由来しかないやん
    DNAの塩基配列から微生物組成が決まるやん
    微生物の類縁関係から微生物代謝の量が決まるやん(イマココ)

    という竹下登 的な「言語明瞭、意味不明瞭」状態だったのが

    Takai, K. and Horikoshi, K. (1999)
    Genetics. 152, 1285-1297

    の論文と言える。

    “私自身まとめる喜びはあった”風に言えば
    「うむ、どうやら熱水活動域ごとに微生物生態系組成は大きく変わるらしい。しかしハッキリ言って、熱水微生物生態系のほとんどはよーわからん。しかし、ぼんやり熱水の地質とか化学と関係してるんじゃないの?微生物生態系は複雑系なので地球化学者のような単細胞で解ける世界ではないのだ。世の中熱力学的エネルギー計算で解決するなら警察などいらんわ。私のようなエドワード・デロングの “モダンエレガンス” とカール・ステッターの “ワイルドエモーション” を兼ね備えたな微生物学者のみがその真理にたどり着く事できるのだ」
    ということだ。

    もう少し真面目に言えば、
    熱力学的エネルギー論は生物利用可能なエネルギー量を見積もる事はできるかもしれないが、微生物のエネルギー代謝は総量でなく、どれくらいの速度と効率でエネルギーがとれるかという反応速度論の方が重要であり、そんな単純に解決するなら苦労せんわ、ボケ」
    という主張なのだ。

    当時の深海熱水微生物の研究者の多くは、トムとエヴェレットのロジックには極めて否定的だったのだ。微生物学者にとってそれはあまりに単純化しすぎた所業で、思わずアホなの?と突っ込みたくなる人が続出したのだ。
    しかし、私自身は、多くの深海熱水微生物学者が反発するのを見るにつけ、最初は「絶対許さない!」と元日本ハムファイターズの投手のような頑なな気持ちだったのだが、だんだん「もしかしてだけど、もしかしてだけど、マンデンブロ集合が極めてシンプルな数式で表されるように、トムとエヴェレットのロジックは混沌とした深海熱水微生物世界を貫く美しい真理となるかもしれない」と思い始めるようになっていった。
    まるで喉に刺さった小骨のように、トムとエヴェレットの「インドラの矢」が私のアタマの片隅に鋭く刺さったままだった。


    交わることのなさそうだった二人の若者を結びつけた運命の糸は、
    蛇紋岩化反応」だった。
    だがそれについては詳しく説明しない。
    トムは海水と超マフィック岩の熱水反応が、無機物から有機物を創り出す化学反応であること、ある意味無機物から生命を創り出す第一歩としての可能性、に惹きこまれていった。そしてそれが地球だけでなく、太陽系の他の惑星でも起きる極めて普遍的な惑星科学現象であるという考えに至るのだ。
    一方私は、インド洋や大西洋の熱水の研究を通じて、超マフィック岩を母体とする深海熱水では熱水中に水素がびっくりするぐらい高濃度で存在し、「びっくりドンキーな濃度の水素はその混合域の微生物生態系を支配する」というトムとエヴェレットの予想を完全に支持するような紛れもない現実に遭遇し、自身のちっぽけな「熱水生命観」を木っ端みじんに粉砕されて、のたうちまわりながら新しいリアルに打ち震えていた。

    すでに私は、「トムとエヴェレットのロジックは大局的には深海熱水微生物世界を貫く美しい真理である」と感じ始めていた。その一方で、トムとエヴェレットの「インドラの矢」は奥深い真理に対するあまりに大きな飛躍の産物と言えるモノあり、ある意味天才特有の「ワシはもうわかっちゃったから、すでにわかってしまったことにアクセクと汗水をたらすことは無駄無駄無駄無駄」というディオ的なニュアンスにはイラッとしていた。

    実際、トムとエヴェレットの予想は、たった一つの深海熱水の例に基づくものであり、結果から導かれるコトの重大さにくらべ、計算の仮定や条件設定といった方法論はママゴトレベルと言ってもよかった。
    「風が吹けば桶屋が儲かる」が真理か戯言かであるかを実証するのは難しいように、ノイズに満ち溢れた複雑な生物世界を記述するためには、猜疑を圧倒する数と質を兼ね備えた例証が必要で、それは誰かがやらねばならないこと、いやそれは私にしかできないこと、と思うようになった。

    トムとエヴェレットが地球化学者としての師弟コンビだったのに対して、微生物ハンターの私には地球化学者の中村謙太郎がいた。(同じように、惜しまれながら若くして2014年10月に逝去してしまった私と同世代の微生物学者であるカトリーナ・エドワーズには地球化学者のウォルフガング・バッハがいた。)
    私と中村謙太郎(やカトリーナ・エドワーズとウォルフガング・バッハ)は、フィールドワーカーであり、かつ実験屋で理論家でもあった。さらに私と中村謙太郎は、世界一の深海探査能力をもったJAMSTECの研究者だった。そして、世界が時代が、トムとエヴェレットの予想にようやく追いついてきた。つまりトムとエヴェレットの予想を例証するに必要な数と質を兼ね備えたデータが整いつつあった。

    最初は、典型的なタイプの深海熱水における「地質条件、熱水化学そしてチムニーにおける微生物群集組成の関係性」について、トムとエヴェレットの予想が確かに成り立つことを示す報告だった(Takai & Nakamura, 2010)。

    さらに実証例を加えた一般的な総説を発表した(Takai & Nakamura, 2011)。

    そして、現時点で利用可能な世界89カ所の深海熱水域のデータをコンパイルし、それぞれのデータが意味する背景に関する先人の築き上げてきた知見を体系的に解説した上で、トムとエヴェレットの予想に始まる「地質条件、熱水化学そして混合域における微生物群集組成の関係性」についての到達点をまとめた大作が、Progress in Earth and Planetary Science誌の第1号の第1報を飾ることになったのだ。



    ここから先を語る必要はもはやない。いやむしろ、ここから先を語る体力がもはやない。
    読みたまえ、諸君。






    研究論文や総説では、原則的に研究者の個人的な想いや心象風景を語ることは許されません。しかし研究論文や総説での、理知的で客観的な硬質の文章で彩られたはずの文章の行間には、確かにいろんな想いや心象の変化といった情緒的なナニカが存在するのです。それを感じ取ることはそんなに簡単ではなく、それは同じような対象に対して徹底的に考え、理解し、そして創造することの苦しみや葛藤・憂いを共有した者にだけしかわからないモノかもしれません。しかしワタクシ達がそのナニカを見つけたとき、国や言語や文化、世代や時代を超えた大いなる共感と喜びと敬いと愛しみを感じることができるのです。それが本当の意味の「研究論文のインパクトファクター」ではないかと思います。


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    論文の内容紹介を読んでみて Q&A


    ★ 深海熱水環境の地質-生命システムを、地質学的条件や遺伝子配列を用いた解析などから推測して行く事で最終的には、「初期生命は深海熱水が起源」などのことがわかってくるのでしょうか?

      Yes, We Can.

    ★ 地質学的条件から化学合成生態系の成り立ちを推測することと、遺伝子配列を用いた群集構造解析から、熱水の地質・化学的な諸性質を推測すること。ある程度、両方が可能な状況になりつつあるように思いますが、今後これらは両方とも必須ですか?いずれどちらかは不用になる?

      必須と言うより、「当たり前」になってきましたね。
      机上と現場、理論と現実、冷静と情熱、辻仁成と江國香織、
      は切り離す必要はないですね。
      (辻仁成と中山ミポリンは切り離れちゃいましたけど、デュフフ)

    ★ 地質学的なデータからその場に存在する生物を推測する事は、地球内の事だけでなく地球外生命 (宇宙人とかでは無く微生物とか。)の可能性を探る為にも有効と思いますが、化石試料や他惑星の水や砂の試料さえ得られれば、現状の技術でそれらは可能なんでしょうか?

      はい、現状の技術で(といか熱力学的パラメーターのデータベースから)大枠の推論は可能です。
      それらはまさに今、中村謙太郎ニーサンや海洋地球生命史分野の渋谷岳造君が取り組んでいる研究と言えます。
      ただし、理論的な推論(モデル)は、たびたび、今そこにある現実、によって、脆くも崩されます。しかし、その現実は、次の新しい理論や仮説の創造に繋がるのです。
      この行為は、「科学の賽の河原」モデルと呼ばれます(うそ、今作った造語)。一見、諸行無常の響きありですが、このサイクルが、人類の叡智たる科学を創り上げてきたセントラル・ドグマなんではないか、と。

    ★ 最近、ニュース等でたまに見かける日本近海の海底資源(メタンハイドレートとかレアメタルとか)の探索などにも、こういった研究結果は応用できたりしますか?

      そうですね。
      ある意味沈殿とか溶解という観点では、もうすでに応用され尽くして、飽きられて廃れてしまったぐらいだと思います。
      本文の紹介にもあるように、どちらかという今は速度論的な見方の方が流行っているような気がします。
      が、ファッションにはサイクルがあるように、今の世界的な資源研究が進むことによって、新しい現実が見えてきて、また熱力学的な研究が復権する様な気がします。


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