海洋生物ポンプにおけるエアロゾルの役割(文部科学省科学研究費補助金Aプロジェクト2011-2013)


平成24年度成果概要

1. 生物ポンプにおけるエアロゾルの役割の把握

時系列観測定点K2とS1におけるセジメントトラップで捕集された沈降粒子とエアロゾルの関係を解析した。以下は2013年度日本海洋学会春季大会で口頭発表した「西部北太平洋の生物ポンプとエアロゾル(I)」の要約である。

(1) バラスト効果

セジメントトラップ中の有機炭素を海洋内部へ輸送するバラストとして何が有効であるかを明らかにするために、有機炭素と生物起源オパール、炭酸カルシウムおよび(エアロゾルの指標になるであろう)陸起源物質の関係を多変量解析した。その結果、K2ではどの深度のセジメントトラップ試料でも生物起源オパールが最も高いバラスト効果(輸送係数)を持つ事が明らかとなった(図1)。一方、S1では水深によって有機炭素と相関の高いバラストが異なり、水深500mではバラストとは関係ない有機炭素(residual)が優占的であった。いずれにせよ両地点では陸起源物質が有機炭素のバラストとして働いていることはないと考えられた。

図1 各バラストの輸送係数
図1 各バラストの輸送係数。輸送係数は以下の式で算出
Organic carbon flux (OM) =
a×Opal flux + b×CaCO3 flux + c×Lithogenic material flux (LM) + residual
n:試料数、r^2: 相関係数。

(2) 生物ポンプの制限因子:エアロゾルとクロロフィルの相関関係

1) 有機炭素フラックスと海洋表層クロロフィル濃度
K2の500m、S1の200mにおけるセジメントトラップで観測された有機炭素フラックスと、衛星で観測された海洋表層クロロフィル濃度は良い相関関係を示した。そこで海洋表層クロロフィルと(a)水温(b)日射量(c)エアロゾルの関係を解析した。

(a) 水温

K2では表層クロロフィル(chl-a)と海洋表層水温(SST)とは正の相関が見られた(図2)。S1ではchl−aとSSTは負の相関関係を示した。S1は、K2と異なり、海洋表層に栄養塩が極めて少ないか枯渇した状況である。そのため中規模渦などにより栄養塩に富む水温の低い亜表層水もしくは亜寒帯水が同地点表層に供給された時にchl-aが高くなっていることを示唆するものである。

図2 Chl-a とSSTの相関関係。(左図)K2、(右図)S1
図2 Chl-a とSSTの相関関係。(左図)K2、(右図)S1

(b) PAR

人工衛星で観測された光合成有効放射(PAR)はK2では5月頃、S1では7月に最大であった(図3)。また両地点とも12月が最低であった。S1と比較すると、K2のPARは理論値より低いことが多く、雲による日射量低下が起こる日数が多いことを示唆していた。

図3 PAR(紫), chl-a(黄色)および有機炭素フラックス(棒グラフ)。(上図)K2 500m、(下図)S1 200m
図3 PAR(紫), chl-a(黄色)および有機炭素フラックス(棒グラフ)。(上図)K2 500m、(下図)S1 200m

(c) エアロゾル

エアロゾルとして2つの値を解析に用いた。

(i) エアロゾル光学的厚さ

人工衛星Terra, Aquaから観測された波長550nmのエアロゾル光学的厚さ(AOT)を図4に示す。予想に反してAOTの季節変動はそれほど大きなものではなかった。またK2とS1の平均値はほぼ同程度であった。

図4 AOT(青)と有機炭素フラックス(棒グラフ)。青線は各地点の平均値
図4 AOT(青)と有機炭素フラックス(棒グラフ)。青線は各地点の平均値

多変量解析の結果は以下のとおりであった。

(K2)
Chl-a = 0.73 SST + 0.33 PAR + 0.025 AOT (Aqua, 550nm) – 0.080
(R^2 = 0.51)
Chl-a = 0.73 SST + 0.34 PAR - 0.004 AOT (Terra, 550nm) – 0.068
(R^2 = 0.54)
(S1)
Chl-a = -2.56 SST + 0.22 PAR + 0.052 AOT (Aqua, 550nm) + 3.29
(R^2 = 0.49)
Chl-a = -2.70 SST + 0.26 PAR + 0.068 AOT (Terra, 550nm) + 3.37
(R^2 = 0.53)

K2ではChl-aはSSTと最も高い正の相関があり、続いてPARと正の相関関係が見られた。しかしAOTとの相関は低いものであった。S1ではChl−aはSSTと負の相関が見られた。またS1ではSST, PAR, AOTと相関をもたないChl-aも多く見られた。いずれにせよS1でもAOTとchl-aの間に高い相関は見られなかった。

(ii) 数値シミュレーション値

全球エアロゾルモデル“SPRINTARS”によりK2, S1それぞれの最近傍グリッド(空間解像度1.1度)での1日平均した大気最下端での大気中濃度(kg m-3)と沈着量(乾性+湿性; mg m-2 day-1)からエアロゾル降下量(フラックス)を計算した。K2ではエアロゾルフラックスは春の黄砂シーズン、初夏の梅雨シーズンにかけて高くなる傾向が見られた(図5)。S1でも2010年、2011年には同時期にエアロゾルフラックスが高いと推定された。加えて2012年1月、2月にも高いエアロゾルフラックスが推定された。2010年2月から2012年6月間のS1におけるエアロゾルフラックス平均値は、それぞれK2のものの約7倍と推定された。

図5 K2の水深500m(上図)とS1の水深200m(下図)における有機炭素フラックス、およびモデル計算で推定された両地点のエアロゾルフラックス(Dust Deposition: オレンジ線)の季節変動。黄色はchl-a.
図5 K2の水深500m(上図)とS1の水深200m(下図)における有機炭素フラックス、およびモデル計算で推定された両地点のエアロゾルフラックス(Dust Deposition: オレンジ線)の季節変動。黄色はchl-a.

AOTと同様にDDを用いて多変量解析を行った。その結果、AOTと同様に、DD(Dust Deposition、エアロゾルフラックス)とChl-aの間には相関が見られなかった(図6)。

図6 多変量解析結果。DDとChl-aの間には相関性は見られなかった。
図6 多変量解析結果。DDとChl-aの間には相関性は見られなかった。

(3) まとめ

今回の解析結果からエアロゾルと生物ポンプとの有意な関係は見られなかった。今後は

  • セジメントトラップデータの化学(鉱物)成分の詳細検討
  • 衛星データ、モデルデータの検証

を実施する予定である。

付録

SPRINTARを用いてモデル計算されたエアロゾルフラックス、過去に報告されたエアロゾルフラックス観測値、およびセジメントトラップ粒子中の地区起源物質・Alフラックス

DD and settling particles

2. エアロゾル供給量の時空間変動

2.1 海洋性エアロゾル粒子の成分分析

西部北太平洋には、鉄(Fe)を含むエアロゾル粒子(黄砂ダスト等)がアジア大陸から大気中を輸送されたのち、海表面へ沈着することによって、生態系に対する重要な栄養塩供給経路となっている可能性が指摘されている。また、近年のアジア域の経済発展により、産業から大気中へ排出される鉄の量が増大し、影響が無視できなくなっている可能性が指摘されているが、その重要度や影響の及ぶ範囲は明らかになっていない。そこで、我々は人為起源(産業)・自然起源(鉱物ダスト)の寄与をそれぞれ見積もり、大気から海洋への物質供給の時空間変動に関する知見を得ることを目指して、海洋大気中のエアロゾル粒子の捕集と微量元素分析を開始した。

図1にMR11-05およびMR12-02で行なったエアロゾルサンプリング地点と、各地点における金属成分濃度の一例を示す。鉄(Fe)の質量濃度が微小粒子(< 2.5µm)で0 - 157 ng m-3, 粗大粒子(> 2.5µm)で0 - 546 ng m-3の範囲で測定され、ダストが主である粗大粒子と同時に、人為起源物質が主と考えられる微小粒子の寄与も高いことが示された。また、石油燃焼由来の物質であるバナジウム(V)が微小粒子で有意に測定され、重油燃焼などの人為起源汚染の影響が遠く外洋域まで及んでいることが示唆された。MR11-05において、黄砂粒子ではFe/Al比がおよそ0.44–0.82の範囲であることが知られているが、K2ではそれを大きく上回る値(1.8)が見られ、別の発生源の影響を受けていることが示唆された。今後、モデルデータとの比較などから、詳細な解析を行う予定である。

図1. MR11-05およびMR12-02航海におけるエアロゾルサンプリング地点と各地点における粒子成分濃度
図1. MR11-05およびMR12-02航海におけるエアロゾルサンプリング地点と各地点における粒子成分濃度

3. エアロゾル供給量の変動予測

3.1 衛星データ解析

観測定点K2とS1付近におけるクロロフィルa濃度とエアロゾルとの時空間分布を理解するため、NASA Ocean Color Website (https://oceancolor.gsfc.nasa.gov/) よりMODISのクロロフィルa濃度及び観測波長869nmにおけるエアロゾルの光学的厚さデータ(時空間解像度は月平均、9km)を入手し、動画を作成した。2002年から2012年におけるクロロフィルa濃度とエアロゾルの光学的厚さとの時空間分布を比較した結果、両者の変動パターンにはあまり良い関係が見られなかった。

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