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プレスリリース

2019年 1月 16日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

人工知能を用いて地震動と低周波微動シグナルを
自動的に高精度で判別する新手法を開発

1. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)地震津波海域観測研究開発センターの中野優特任技術研究員、地球情報基盤センターの杉山大祐技術副主任らは、地震計記録のランニングスペクトル(※1)を用いて低周波微動(※2図1)と通常の地震動のシグナルを自動的に高精度で判別する、人工知能(AI)技術を用いた新しい手法(以下「SRSpec-CNN」という。図2)を開発しました。

低周波微動は、プレート境界断層やその近傍で発生するスロー地震(ゆっくり地震、※3)の一つです。従来の低周波微動の検知手法では、通常の地震動も同時に検知してしまうことから、目視によるチェックを行う等して個別に判別する必要がありました。

そこで本研究では、低周波微動と通常の地震動のシグナルの周波数成分と継続時間の違いに着目しました。これらを同時に表現するランニングスペクトル画像を地震動波形から作成し(図3)、震源の物理的性質を表す周波数成分の違いを適切に認識するSRSpec-CNNを開発することで、シグナルを自動的に判別するだけでなく判別精度を向上することにも成功しました(図4)。

SRSpec-CNNを用いて、南海トラフ付近に展開されている地震・津波観測監視システム(※4、以下「DONET」という。図5)の地震計で記録された低周波微動と通常の地震動のシグナルの判別を行った結果、99.5%という高い正解率を達成しました。

AI技術を地震動シグナルの判別に用いた研究はこれまでにも行われていましたが、ほとんどは波形データを直接利用していました。地震動シグナルの判別にランニングスペクトルを用いたのは本研究が初めてであり、さらに新しく開発したオリジナルな手法によってシグナルの周波数成分の違いを認識することによって、地震動シグナルの判別の高精度化に成功しました。

スロー地震の発生はプレート境界における巨大地震発生に向けた歪の蓄積過程と深い関係があると考えられています。本手法によって低周波微動を自動でモニタリングすることにより、プレート境界すべりの多様性と時間変化、そして巨大地震の発生メカニズムと準備過程についての理解が深まると期待されます。

本成果は、米国地震学会(Seismological Society of America)発行の科学誌「Seismological Research Letters」電子版に1月3日付け(日本時間)で掲載されました。

タイトル:Discrimination of seismic signals from earthquakes and tectonic tremor by applying a convolutional neural network to running spectral images

著者:中野優1、杉山大祐2、堀高峰1、桑谷立3,4、坪井誠司2
1:JAMSTEC地震津波海域観測研究開発センター
2:JAMSTEC地球情報基盤センター
3:JAMSTEC地球内部物質循環研究分野
4:科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(さきがけ)

2.背景

近年の地震・地殻活動観測網と観測データ解析技術の発達により、プレート境界地震の震源域周辺において、低周波微動、超低周波地震、スロースリップ等、通常の地震動と比べてゆっくりとしたスロー地震が発生していることが明らかになってきました。スロー地震の発生メカニズムを解明し、発生状況をモニタリングすることで、巨大地震の発生メカニズムと準備過程について理解が深まると期待されています。その中でも低周波微動は、地震計によって低周波成分が卓越し、数十秒以上継続するシグナルとして観測されます(図1)。

低周波微動はシグナルの始まりがゆっくりであるため、通常の地震に用いられるような、急激な振動の始まりを検出する方法では検知が困難です。代わりに、地震動シグナルが複数の観測点で共通して強くなるタイミングを調べることで、低周波微動の検知が行われてきました。しかし、このような手法では通常の地震動も同時に検出してしまうため、あらかじめ検出した地震のリストを用いたり、目視によるチェックを行う等して、低周波微動のイベントだけを抽出する必要がありました。

一方で、低周波微動と通常の地震動のシグナルは卓越する周波数成分と継続時間が異なり、これらの情報を使うことで、シグナルの判別ができると考えられます。すなわち、低周波微動はその名の通り、通常の地震動と比べて低周波成分が卓越し、高周波成分のシグナルは弱いという特徴があります。また低周波微動は数十秒以上と、通常の地震動と比べて長時間シグナルが継続します。シグナルに含まれる周波数成分と継続時間を同時に表現する手法として、ランニングスペクトルがあります。地震動のランニングスペクトル画像の画像認識によって、低周波微動と通常の地震の判別が可能と考えられますが、低周波微動や地震動の波形は震源と観測点の距離や位置関係によってさまざまに変化し、また、低周波微動は震源がランダムな断層すべりによって発生すると考えられ、通常の画一的な基準での判別は困難でした。

近年、画像に含まれる共通した特徴を自動で学習、認識し、判別する技術として、畳み込みニューラルネットワーク(※5、以下「CNN」という。)が注目されています。ランニングスペクトル画像をCNNによる画像認識によって判別することで、低周波微動と通常の地震動の判別ができると期待されます。

3.成果

本研究では地震動シグナルからランニングスペクトル画像を生成し、CNNによる画像認識に独自の改良を加えることで、低周波微動と通常の地震動のシグナルを高精度で判別する手法を開発しました。この一連のプロセスをSRSpec-CNN(Seismic Running-Spectrum CNN)と名付けました。

通常のCNNによる画像認識では、シグナルの特徴が画像のどこに現れても認識できるように設計します。地震動の場合、シグナルの現れる時刻、すなわちランニングスペクトル画像の横方向の位置はどこでも構いません。一方、周波数成分については震源の物理プロセスを反映しているため、シグナルの現れる周波数の絶対値(画像の縦方向の位置)はシグナルの判別に重要な情報となります。従って、本研究では画像の縦方向(=周波数)には位置感度を持たせつつ、横方向(=時刻)の位置には影響を受けない、非対称な画像認識手法を新たに考案し、低周波微動と通常の地震を判別する手法を開発しました。

SRSpec-CNNの具体的な構成を図2に示します。SRSec-CNNでは地震計記録を入力とし、ランニングスペクトル画像の作成を最初に行います。通常のCNNではプーリング層と呼ばれる層を挿入することで、シグナルの特徴が画像のどこに現れても、適切にシグナルを認識することができます。通常のプーリング層は、二つ目のプーリング層(Pool 2)のように、縦横方向に対称な形状とします。しかし今回開発したSRSpec-CNNでは、二つあるうち一つ目のプーリング層(Pool 1)を非対称な形状とし、横方向のみに適用することで、縦方向(周波数)に感度を持たせました。この点が通常のCNNとは異なります。

今回開発したSRSpec-CNNをDONETで観測された低周波微動と通常の地震動、ノイズの記録から作成したランニングスペクトル(図3)を用いて学習させ、シグナルの判別精度評価を行いました。この時、二つの観測点(KMB06とKMD13、図5)のデータは学習に用いず、観測網に新しく観測点が追加された場合を想定したシグナル判別精度の評価試験に用いました。また、比較のために通常のCNNと同じ構成のニューラルネットワークによるシグナル判別も行いました。

その結果、通常のCNNの場合は正解率(予測結果全体の中で、答えが正解と一致している割合)が95.9%だったのに対し、今回開発したSRSpec-CNNを用いると97.4%と正解率が向上することが分かりました。さらに学習のさせ方を最適化することで、最終的に99.5%の正解率を達成しました。個々のイベントに対する判別の状況を見ると(図4)、全体の98%以上のデータが90%以上の確率で、正しいイベントのタイプであると判別されています。また、除外した二つの観測点のデータに対してシグナル判別を行ったところ、正解率は99.2%と、やはり高い判別性能を示しました。つまり、既に観測網を展開している領域でのシグナルの一般的な特徴を学習しているため、観測網に新しい観測点を追加しても改めて学習をやり直す必要はない、ということを示しています。

4.今後の展望

近年の機械学習を用いた手法では、ニューラルネットワークの階層を深くすることで複雑な問題が解けることが分かり、その応用性が格段に向上しました。しかし本研究では、低周波微動と地震動の判別に有効な、周波数成分と継続時間の情報を明示的に表すランニングスペクトルを用いることで、比較的シンプルな、階層の浅いニューラルネットワークでも高精度の判別に成功しました。すなわち、入力データやニューラルネットワークの構造を工夫し、判別に有効だと分かっている物理的な情報を明示的に利用することで、シンプルなネットワークでも高精度な判別を行うことができることを明らかにしたのです。

もちろん、実は他にも我々の気づいていない、判別に有効な情報があり、ニューラルネットが自動的に学習して判別に利用している可能性もあります。このような情報を明らかにできれば、震源における物理プロセスを理解するための助けとなる可能性があることから、判別過程を詳しく調べるための研究と手法の開発を行うことも重要であると考えられます。

今回はリスト化された、すなわち波形記録上で明瞭な低周波微動と地震動の判別を行いました。今後は、より弱いシグナル、すなわちノイズ成分の強い条件でのシグナルの判別や検出についての性能の評価と向上を行い、スロー地震を含む様々な地震現象のモニタリング能力の向上を図っていく必要があります。AI技術を用いて高精度な地震シグナル検出手法を開発し、地殻活動状況を詳しくモニタリングすることで、様々な地震現象の発生メカニズムと巨大地震の準備過程についての理解が深まると期待されます。

[補足説明]

※1
ランニングスペクトル:地震等の波動シグナルに含まれる周波数成分の時間変化を表示する手法の一つ。画像の縦方向に周波数成分を示し、これを横方向に時間経過に従って表示することで、シグナルに含まれる周波数成分の継続時間と時間変化を画像として表現する手法。図1b、 dに示すのが図1a、cの波形に対応するランニングスペクトル。
※2
低周波微動:通常の地震と異なり、微動状の、P波やS波の到着がはっきりしない波形として観測される地動現象。放射される地震波は通常の地震と比べて低周波数成分(数Hz~10Hz)が卓越している。南海トラフでは巨大地震の震源域であるプレート境界の深部(深さ30km付近)と浅部(トラフ軸近傍の付加体の下)で発生することが知られている。
※3
スロー地震(ゆっくり地震):低周波微動、超低周波地震、スロースリップ等に代表される、通常の地震よりゆっくりとした断層滑りの総称。スロー地震発生メカニズムの解明によって、巨大地震の発生メカニズムやプレート境界での歪の蓄積過程についての理解が深まると期待され、精力的に研究が行われている。
※4
地震・津波観測監視システム(DONET):海域で発生する地震・津波を常時観測監視するため、文部科学省の委託事業として、JAMSTEC が開発し南海トラフ周辺の深海底に設置したリアルタイムでデータを伝送するシステムである。紀伊半島沖熊野灘の水深1,900~4,400mの海底に設置されたDONET1および、潮岬沖から室戸岬沖の水深1,100~3,600mの海底に設置されたDONET2から構成される。各観測点には強震計、広帯域地震計、水晶水圧計、微差圧計、ハイドロフォン、精密温度計が設置され、大小の地震動から地殻変動のようなゆっくりした動きまで様々な海底の動きを観測することができる。 DONETは、DONET2の完成をもって2016年4月に国立研究開発法人防災科学技術研究所へ移管し、現在運用されている。DONETで取得したデータは、気象庁等にリアルタイムで配信され、緊急地震速報や津波警報にも活用されている。
※5
畳み込みニューラルネットワーク(CNN):画像認識を効率的に行うことが出来るニューラルネットワークのモデルの一つ。対象物の特徴(人の顔や動物の模様等)を画像の空間的なつながりや関連を抽出することで、画像に含まれる対象物の認識を行う。畳み込み層、プーリング層、全結合層から構成され、畳み込み層によって画像に含まれる様々な特徴を抽出、プーリング層によってシグナルの特徴が画像のどこに現れても、適切にシグナルを認識し、全結合層によって畳み込み層とプーリング層で得られた特徴とシグナルの種類との関連付けを行う。
図1

図1 通常の地震動 (a、b) と低周波微動 (c、d) のシグナル。DONETのKMD13観測点での観測波形 (a、c) とランニングスペクトル (b、d)。

図2

図2 シグナル判別に用いたSRSpec-CNNの構成。入力した地震動からランニングスペクトル画像を作成し、最終的にシグナルが低周波微動、通常の地震動、ノイズそれぞれの確率が出力される。非対称な構造のプーリング層(Pool 1、赤丸)は本研究で新たに考案し、導入したもの。

図3

図3 シグナル判別に用いたランニングスペクトル画像の例。(a) 通常の地震動、(b) 低周波微動、(c) ノイズ。各画像は64×64ピクセルの画像であり、横方向は時間(225秒間)、縦方向は周波数(2-10 Hz)に対応する。シグナルのパワーが強いほど色が白い。

図4

図4 SRSpec-CNNによる、精度の検証に用いた個別のイベントが各イベントタイプに属する確率を示した三角ダイアグラム。三角形の頂点に近いほど、示してあるイベントである確率が高いと判断される。実際のイベントのタイプが (a) 通常の地震動、(b) 低周波微動、(c) ノイズに対する判別結果。Nは検証に用いたイベントデータの数。背景のグレーは、全体のデータの内、どれぐらいの割合が各セグメントに属しているかを表す。

図5

図5 ONET観測点(グレーの▲)と本研究で解析に用いた通常の地震(●)および低周波微動源(▼)の分布。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地震津波海域観測研究開発センター
地震津波予測研究グループ 特任技術研究員 中野 優
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛
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